いつもの日常
波乱の別荘旅行から帰ってきたマリーは、ソフィのレポートを書いていた。今回の別荘での一件で、判明した事などをまとめて、最初のレポートが完成する。
「う~ん……!! 終わったぁ!」
「お疲れ様。アイスでも食べる?」
「食べる!」
ちょうどマリーの様子を見に来たコハクから誘われて、マリーは食堂に向かう。
その傍にソフィはいない。今は、パーツをバラしてのメンテナンスをしているからだ。
「ソフィの調子はどう?」
「思ったよりも、魔法陣の消耗は少ないよ。後は、全力疾走とドラゴンを殴った事で、少し関節部分に負担が掛かってたから、そこら辺の見直しと見た目の練り直しが必要かな」
「そうなんだ。何か困ったら言ってね」
「うん」
マリーは、コハクから受け取ったアイスを食べながらそう言った。
「そういえば、火山のドラゴンについては、わかったのかな? 国民に何の報告もないけど」
「だったら、分かってないんじゃない? 余程のことがあれば、報告するでしょ? 国民に被害が出るし」
「師匠は、学院の仕事しに行ってるし、これについて聞ける人なんていないよね?」
「どこの騎士団が担当しているかによると思うけど?」
火山のドラゴン大量発生については、軍及び騎士団が調査を担当している。その情報だけが市井を飛び交い、肝心の調査内容は、全く流れてこない。
「アルさんに訊けば分かるかな?」
「さすがに分からないと思うけど。大人しく待っているのが一番だよ」
「情報収集の魔道具とかないの?」
「一応、あるにはあるけど」
マリーがそう言うと、コハクはキラキラした眼でマリーを見た。何かロマン的なものを期待しているのかもしれない。
「盗聴器とか、後、通話機とかかな」
マリーがそう言うと、途端にコハクのテンションが下がる。
「何か、自動で情報が浮き上がるものがあるかと思っちゃった」
「魔道具は便利なものが多いけど、都合のいいものばかり作れるわけじゃないんだよ。盗聴器だって、使う人によっては、全然離れられないし、通話機は、そもそも値段が高いし対になるものを持ってないといけないから」
「そういうのを、改良するのも魔道具職人の仕事なんでしょ?」
「そうだけど、基本的に改良が進むことの方が少ないかな。市井に出回るものは、最大限改良が進んだものが多いから」
欠陥が大きいものを商品として出す人はまずいない。そのため、市井に出回る魔道具は、改良の余地があまりないことが多い。
「だから、改良っていっても機能をよくするんじゃなくて、機能を増やすだったりして、全く別のものに変えることになるんだよ」
「ふぅん、そういうものなんだ」
「情報収集とは違うけど、こういうのはあるよ」
マリーは、そう言うと腰に付けているポーチから一つの石を取り出した。その石には、金属で出来た囲いのようなものが、上下左右に伸びて一周していた。
「何これ? 鈴?」
コハクは、そう言ったが、鈴にしては穴になっている面積の方が大きい。
「これはね、『防音結界』っていう魔道具だよ。これを中心として、半径二メートル内の音を外に出さない結界を生成するの。魔力を注ぐことで生成するから、何度でも繰り返し使えるんだ」
「へぇ~、なんでそんなものを持ってるの?」
「この前作ったのをポーチに入れておいたんだ。最近、狙われることも増えたし」
「安心して会話出来るようにって事?」
「そう」
他人が聞けば、考えすぎだろと思うだろうが、マリー達からすれば、これくらいの用心は必要だった。
「さてと、私は工房に籠もるね。早くソフィを起こしてあげたいし」
「うん、行ってらっしゃい」
アイスを食べ終わったマリーは、工房に向かっていった。
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工房に入ったマリーは、素材棚を見ていく。
「情報収集用の魔道具か。盗聴器は、セットになるものが必要だから、特定の場所の情報しか手に入れられないけど、そういう制限を外せたらいいんだよね……」
マリーは、先程コハクに言われた事で、考え込んでいた。
「一定範囲内の会話を集める……でも、声が何重にもなって聞こえないかな……そうなれば、会話を文字に起こすとか? いや、会話の選別が出来ないから、支離滅裂になるだろうし……いや、何事も作ってみることから始めてみよう!!」
マリーは、素材棚から、使える素材を出していく。
「魔鉱石をベースにして、音を集めるのに、風孔石を混ぜて、音響石を音の出力先として加工。集める範囲は、魔法式で整える感じかな」
製造の工程を口に出しつつ、製造を始める。約三十分間の作業で試作品が出来上がった。
「さてと、範囲は五十メートルにしたけど、どんな感じかな?」
マリーは、効力を確かめるために、魔力を込める。しばらくすると、声が聞こえ始めた。
『*************************』
声が何重にもなっており、何を言っているのか何も分からない。
「う~ん、やっぱりこうなるよね……声を分けるみたいな機能があれば良いんだと思うけど、絶対に無理だよね……」
マリーは、頭を捻りながら少し考え続ける。
「うん! 無理だ! ソフィの改良やろっと」
マリーは、ソフィのパーツが並んだ机に向かう。
「関節の負担は、この部分だけ別の金属に置き換える事で対応していこう。まずは、耐久テストからやり直しかな。前にやったテスト結果は……」
マリーは、ソフィのパーツを作る時にやった金属の耐久テストをまとめた紙を取り出す。
「ここら辺を使おうかな。それと外部パーツの組み立てもやっておこう。戦闘になった時にあった方が良いだろうし」
マリーは、ソフィのパーツ強化と外部パーツの製造を進めていく。その中で、頭の中で見た目に関してどうするべきを考えていると、扉がノックされて開かれた。
「マリー、今、大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど、どうしたの?」
「さっき、話してたドラゴンについての情報が街に流れてきてるらしいよ。今、アルさんが持ってきてくれたの」
「分かった。すぐ行く」
マリーは、コハクと一緒に応接室に向かった。
「こんにちは、アルくん」
「こんにちは、マリー。コハクから、話は聞いているか?」
「うん。ドラゴンについてでしょ? 私も少し気になってたんだ」
マリーとコハクは、アルの正面に座る。
「ああ、取り敢えず、市井に出回っているものを持ってきておいた」
アルは、鞄から一枚の紙を取り出して、マリー達に渡す。
「ドラゴンの活性化は、魔脈が原因?」
アルから貰った書面にでかでかと書かれていた文字をマリーが読み上げる。
「ああ、結構難しい話なんだが、この星に血液の如く魔力が流れているのは知っているな?」
「うん、学院でも、最初の方に学ぶことだよね」
「ああ、その魔脈に異常が起きているらしい」
「魔脈の異常って、今までにも起きてるんだっけ?」
マリーは授業でやった事を思い出すが、そのことについて学んだ記憶がない。
「いや、俺も気になって調べたが、そういうことは、今回が初めてだったらしい」
「じゃあ、なんで、いきなりそんな事が起こったんだろう?」
コハクも何故そのような事が起きたのか思いつかず、首を傾げる。
「ああ、どうやら、人為的に起こされたみたいだ。魔脈に干渉した痕跡を見つけたらしい」
「「!?」」
アルの言葉に、マリーとコハクは眼を見開いた。
「魔脈に干渉って、そんな事出来るの!?」
マリーの疑問は、コハクと全く同じだった。
「ああ、今回の事を考えると、可能なんだろうな。犯人は、魔道具を使用したらしい」
「魔道具?」
マリーは、頭の中で色々な魔道具を考えるが、どの魔道具も魔脈に干渉するような機能を持っていない。
「完全にその人のオリジナルなんだ……でも、どういうものなんだろう?」
「それを探るためにカーリー殿に協力を仰ぐらしい。魔道具のスペシャリストだからな」
「まぁ、師匠なら分かるかもしれないもんね」
「そりゃ、お母さんだもんね。それにしても、魔脈に干渉か……魔脈って、地中深くに存在してるんだよね?」
マリーは、アルの方を見て訊く。
「ああ、だからこそ、干渉するのは難しいと言われているんだ。この国でも、魔脈を利用したものは一つも存在しない。恐らく、他国の仕業だと考えられている」
「また、戦争が起こるの?」
マリーは、顔を強張らせて訊く。
「どうだろうな。そればかりは、俺にも分からん」
アルは首を振って答えた。マリー達が生きていた期間に戦争は起きていない。マリー達が知っているのは、この国の歴史を学んだが故だ。ただ、それだけでも戦争の恐ろしさを知ってしまっている。
「父上達は、戦争を避けるために動いているが、他国の仕業だということが発覚すれば、戦争を避けるのは厳しいかもしれないな」
「そうなんだ……」
マリーは、少し憂いていた。
「まぁ、話はこのくらいだ。セレナ達のところにも行くから、これで失礼するな」
「うん、バイバイ」
「ああ」
アルは、マリー達の家から出て、セレナ達の家に向かう。
「アルさんも律儀だよね。ちゃんとした情報が出回るとは限らないから、私達に教えに来てくれているんだよね」
「多分ね。特に、私達は当事者でもあるからね」
マリー達は、応接室を後にして、マリーは工房へ、コハクは自室に戻っていった。
マリーの中で、不安が蠢く。これから先に起こる何かを予見しているかのようだった。




