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捨てられた王女は魔道具職人を目指す  作者: 月輪林檎
第二章 成長する王女
32/93

試作品作り

改稿しました(2023年7月18日)

 マリーが工房の整理を済ませると同時に、玄関から声が聞こえた。


「ただいま!」

「コハク、遅いよ」


 マリーは、工房を出て出迎えた。


「マリーは、結構早かったね。リリー達との話が盛り上がっちゃってさ。すぐにご飯作るね。師匠も、もうすぐ帰ると思うよ。学院出るときにそう言ってたから」

「そうなんだ。私は、工房にいるから、出来たら呼んで」

「分かった」


 二人は手を振り合って、それぞれの場所に向かう。

 マリーは、製図台に紙を広げて、義肢の設計図を書いていく。取り敢えず、誰か特定の人に作る訳ではないので、平均的な大人の腕の長さで設計する。

 肘や手首、指などの関節部分を動かす機構、腕全体を動かすための機構、脳から来る電気信号を受信する機構など、様々な事を設計図として書いていく。

 線を引くマリーの手に迷いはあまりなかった。そもそも、今の段階では試作品でしかないので、あまり気負いすぎてもいけない。失敗を前提に考え、今の自分の考えがどのくらい正しいのかを確認するための作業だ。

 ある程度書き終えると同時に、コハクが呼びに来た。


「マリー、ご飯出来たよ」

「分かった、直ぐに行く」


 マリーは、ペンを置いて食堂に向かう。その前にマリーは、工房に備え付けられている炉に触れてから行った。食堂には、すでにカーリーの姿があった。


「おかえり、お母さん」

「ただいま、マリー。新しい魔道具の製作かい?」

「うん。まだ設計段階だし、試作品も出来てないけどね」

「そうかい……何か知りたかったら、書斎を使いな。鍵は常に開けとくからね」


 カーリーは、何かあっても訊きに来いとは言わない。そこまで、マリーに甘くは無かった。ただ、今回からは、これまで秘密だったカーリーの秘蔵書もある書斎を使わせてくれるという。


「分かった! ありがとう!!」


 マリーは満面の笑みになる。そのまま、コハクが用意してくれたご飯を食べる。いきなり上機嫌になったマリーを、コハクは首を傾げて見ていた。

 マリーは工房に戻ると、まず、炉の扉を開けた。中は真っ赤に燃えたぎっている。しかし、そこに燃料の姿は無かった。ただ、赤い炎だけが存在する。

 これは、魔導炉と呼ばれるもので、魔力を原動力としている。今は、マリーの魔力を吸収して高温になっている。ちなみに、これはカーリーの特製の一品だ。


「うん。大丈夫そう。まずは、義手からかな」


 魔導炉の様子を確認したマリーは、そこに坩堝に入れた鉄と魔鉱石を入れ、完全に溶かした後、型に流し入れ、インゴットへと変えていく。

 マリーは、しばらくの間、無言でこの合金インゴットを作り続ける。

 何個か作った後に、設計図を見てどの大きさに加工するかを確認する。インゴットを炉に入れ赤熱させ、金槌で打つ。

 あまり筋力もなく、鍛冶自体そこまでの頻度でやらないマリーでは、この加工も一苦労だ。出来たのは、少し無骨な部品だった。少し湾曲した形をしており、見ようによっては小手にも見える。


「う~ん、型抜きで作れるものは、そっちにした方が良さそうだね。ネジとかは、市販品で使えるのが残ってるし、細かいパーツは、魔力での加工法でやる。大きくて頑丈な部分は鍛冶で作らなきゃだけど……」


 マリーは、もう一度自分が作った部品を見る。厚さがボコボコになっていて使い物にはならない。


「これじゃあ、他の部品の動きを邪魔する。でも、内部部品を守るためには、頑丈さが必要になる。それには、複数の部品を使うよりも一枚の板でやる方がいいはず……」


 マリーは、一度の失敗に囚われずに、何度も挑戦する。試行回数が十回ほどになると、ようやく一枚だけ及第点のものが出来上がった。


「ふぅ……てか、カバーって、今は、いらなくない?」


 マリーは、死んだような眼でそう言った。そう、動作の確認を最優先でやるべきだったので、それを覆うためのカバーは、後でもよかったのだ。


「作る事だけ考えて、順番間違えた……まぁ、切り替えよう」


 マリーは、細かい部品の製作に移った。特に指の部品は精緻に作る。何故、マリーが、義足からではなく義手から作ったのか。それは、この指先があったからだ。

 手の指先は、脚の指先よりも細かい動作が出来ないといけない。それは、マリーの普段の生活から思ったことだ。

 だからこそ、手の指先を正確に、そして精緻に作れないといけない。さらには、この義手の製造は、絶対に脚の方にも役に立つ。そう考えてのことだ。


「神経となる部分は、側面にまわす……いや、やっぱり、中に通す? でも、内側がスカスカだと強度の問題がなぁ……」


 マリーは、設計段階で最も迷った部分を迷い始めた。

 当初の予定では、神経となる部分は、パーツの内側を通すという設計だった。というのも、その方がすっきりとしたものになるからだ。


「う~ん……まずは、側面にしよう」


 中に通す形は、加工に手間が掛かる。さらに言えば、中に通す形だと、マリーも言った通り、中身がスカスカになるので、強度が足りなくなるかもしれない。ただ、この側面の形にしても問題はあり、大事な神経が断裂する可能性が高くなる。


「今日は、動作確認だけだから良いけど、中に通す方法も試した方が良さそうだよね。強度の問題も解決する可能性はあるし、きちんと考えておかなきゃ」


 部品を作り終えたマリーは、義手を組み立てていく。指先などの細かい部品から組み立てる。


「部品の合わせが悪いなぁ。正確に作ったつもりだったけど、足りなかったかな」


 マリーは、魔力を使って部品の微調整を行う。そうして、調整した部品を組み合わせていき、一つの鉄の腕が完成する。本当に骨組みだけなので、義手というよりも、模型のようだった。


「次は、神経系……」


 ミスリルの糸を、魔力油に浸ける。そうすることで、ミスリルに魔力が浸透していく。この処理をするのとしないのでは、ミスリルの糸を流れていく魔力の通りが変わってくる。

 そのミスリルの糸を魔鉄の糸に巻き付けていく。魔鉄は、魔力を込めた鉄で、糸状にしてもかなりの強度を有している。それを支柱にして、関節部分に配線していき、腕全体にも配線していく。


「余裕をもって配線しないと、動かしたときに張って切れちゃうもんね。つまり、神経が切れるのと同じ事。でも、これはやり過ぎたかな?」


 さっきまで鉄の腕だったのが、配線いっぱいの腕になっている。


「厳選しよ。絡まっちゃうかもだし」


 必要最低限の配線のみにして、すっきりさせる。


「次は、魔法陣を刻印……楕円型の魔法陣にして、腕全体に刻印……いや、複数の魔法陣で刻印していこう」


 この義手に刻印するのは、マリーが剣に使っている魔法陣と同じ思念魔法の受信(レシーブ)だ。受信は、送信(センド)という魔法を受けて反応するもので、その者の意思を受け取る事が出来る。

 マリーの剣は、これに反応して、刻印されている力魔法を発動し、自由自在に操っている。また、思念魔法の一つである認識(レコグナイズ)によって、持ち主が敵と認識した者に対して自動で攻撃するようにもなっている。その場合、少し単調な動きになるのが、難点ではある。

 魔法は、本来そこまで精密な操作など必要としない。火や水などで弾、矢などを形成し放つ。あるいは、標的そのものに作用させるものだ。これも、燃やす、感電させる、切り刻む、叩きつけるなど単純なものだ。ただ標的に直接触れている必要がある。これを遠隔で作用させるには、魔力線を空中に走らせて、相手に間接的に触れる事が必要だ。ただ、空中に魔力線を走らせるのは、高等技術なので使える人は、かなり少ない。

 マリーの剣は、この魔力線を走らせていない。それが、思念を飛ばす送信の効果と思念を受け取る受信の効果だ。

 受信は、送信によって乗せられた意思を、魔力線など無しに直接受け取る。ここにタイムラグはないので、マリーの意のままに操ることが出来る。

 それを少し改変して、義肢専用のものにする。改変するのは、マリーの意志を受信するという部分だ。これを、装着者の電気信号に反応するものにしないといけない。


「よし……改変は出来た。後は、どうやって、神経と繋ぐかだよね。今のままだと、装着者に対して、処理が必要になるんだよね」


 この義手は、装着者の神経を直接繋ぐ訳ではない。だが、装着者の神経と義手の擬似神経を、どうにかして繋がなければ、義手を動かすことは出来ない。


「後は、動力……大気魔力を使うことにしたいけど、魔法陣の消耗もあるからやっぱり、装着者の魔力の消費……」


 マリーは、魔道具の肝となる動力源を考える。この義手は、常に動かすことから、常に魔力を消費しないといけない。その消費を装着者本人にさせてしまうと、魔力の少ない人は使えなくなってしまう。


「起動は装着者、継続は大気魔力でやる方式に調整かな。そうなると、メンテナンスを自分である程度出来るようにしたいな。それは、後で考えよう」


 マリーは、ある程度完成したところで、動作確認の作業に入った。自分の手を、義手の装着部分に触れさせる。そして、自分の神経から魔力線を延ばし、義手に繋げるイメージをした。そうして、自分と義手を繋げていく。


「よし。一応、接続は出来た。後は、きちんと動作するかどうか……」 


 マリーは、手を握ってみる。マリーが手を握るのと同時に、義手も手を握る。次に肘を曲げると、同様に義手も肘を曲げる。


「動きはするけど、少しぎこちない気がするかな。でも、反応の遅れは、ほとんど無い。魔法陣と神経の方は、成功って言ってもいいかも」


 マリーは、最後の調整として、パーツを弄っていく。ネジの絞めすぎや、パーツとパーツの距離などの微調整だ。何度も調整して、動かして、調整して、動かしてを繰り返して、動きが滑らかになるところを探し出す。


「このくらいかな。動きに支障がないし、細かい動きも一応出来る。反応の速度が変化する事も無し。試作品は、これで完成」


 マリーは、この試作品で確かな手応えを得た。試作品で調整したものを考慮して、次の試作品の設計図とレポートを仕上げる。マリーは、それらが終わり、身体を伸ばす。


「魔力線で神経と擬似神経を自動で繋ぐ式を考えなきゃ。装着者に処理をする事は確定かな。いや、そういう魔道具を作れば……後は、メンテナンスを出来るようにしなきゃだね。お母さん書斎に行こうかな」


 マリーが、何気なく窓を見る。


「…………明るいなぁ」


 窓の外は、日が出て少し経っている。どう考えても、今から寝ることは出来ない。


「徹夜状態のまま学院かぁ。寝ないように気をつけよ……」


 マリーは、開き直って設計図などの確認を始めた。

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