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捨てられた王女は魔道具職人を目指す  作者: 月輪林檎
第二章 成長する王女
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マリーの秘密

改稿しました(2023年7月18日)

 トラブル続きの野外演習を終えたマリー達は、その後、平穏な学院生活を送っていた。そう。幸いな事に、あれから一週間経っても、襲撃などを受ける事は全く無かった。

 マリーとリリーの関係も良好だ。腹違いの姉妹と言われて、混乱したのは最初だけだった。今では、元々の関係よりも仲良くなっている。さらに言えば、Sクラス全体の仲も良くなっていた。あの地獄を共に生き延びた事や全員共通の秘密を得た事が、要因するのだろう。

 だが、全員マリーに気遣っている節は全く無かった。素のままで、仲良くなっているのである。

 マリーが国王の娘という事は、Sクラスの全員と担任であるカレナ、触媒屋を営んでいるネルロしか知らない。カレナは、学院にその事を報告するという事はしていなかった。そもそも、信じてもらえるはずが無いからである。

 何も知らない学院側は、Sクラスの野外演習を不幸な事故として処理し、別の課題で埋め合わせするようにと、カレナに通達した。

 そしてその課題は……


「何で、レポートなの!?」


 セレナが、頭を抱えて嘆く。


「セレナ、頭を抱えてる暇があったら、早く書かないと、一向に進まなくなるよ。後、ここ図書室なんだから静かにしないと、周りに迷惑が掛かるでしょ」


 マリーが、本を片手にそう言う。マリーとセレナは、レポートを進めるために、二人で図書室に来ていた。

 今回出されたレポートは、魔物の生態と特徴だ。この魔物は、それぞれで選んでいい。


「うぅ……マリーは、題材何にしたの?」

「キマイラ」

「キマイラ!? なんで!?」


 あんな目に遭って、なんでキマイラなのかと、セレナは目を剥いている。


「キマイラには、苦い思いをさせられたからね。次は無いようにしないと。後、静かにして」

「うぅ……結構すんなり決めるね。私は、どうしよう」


 セレナが、魔物の図鑑を見ながら、唸っている。


「そんなに焦る必要はないんじゃない? コハクやリリーだって、まだ決めてないって言ってたし」

「でも、早く決めておきたいじゃん」

「でも、いい魔物が見付からないんでしょ?」

「うん。スライムだとありきたりだし、ドラゴンだと文献が架空のものが多いし」

「良い感じの魔物ねぇ……私も全く思いつかないや。妖精とかにすれば?」

「妖精かぁ。いいかも!」

「セレナ……いい加減追い出されちゃうよ」

「うぅ、ごめん」


 そんな感じで、文献を片手に、必要な情報をメモしていく。


「ねぇ、マリー」

「何? セレナ」


 黙々とメモをしていたセレナが、いきなり話しかけてきた。マリーは、飽きたのかと心配になったが、どうやら違うようだった。


「このレポートって、何文字以上だっけ?」

「一万」

「今思うと、やっぱりエグいよね」

「まぁ、三日間の野外演習の代わりだから、仕方ないんじゃない? それに、魔物の生態とかって、意外と書いてある事が多いし、深いから、一万文字でも足りない事もあるかもよ」

「マリーは、意外とレポートが好きって感じ?」

「意外とはなにさ。家柄、レポートを書く事が多いだけだよ」

「ああ、なるほど」


 マリーの言葉に、セレナは納得する。

 マリーは、魔道具職人であるカーリーの娘なので、使い心地や作り方など、色々な情報をまとめる事が多かった。カーリーは、それをレポート形式で提出するように言う事が多いので、必然的にレポートをよく書く事になる。

 その後も、黙々とメモを続けていると、


「ここにいたのか」


 マリーを探していたアルが、やって来た。


「アルくん、どうしたの?」

「ああ、頼みがあってきたんだ」

「頼み?」


 アルは、普段マリーに頼み事をすることがあまりないので、マリーは、意外そうな顔をする。


「ああ、剣を作って欲しいんだ」

「剣?」


 マリーは、不思議そうな顔をする。この前の戦いでもアルの剣は、折れていないので、特に作り直す必要はないと思われるからだ。


「魔力の通りがいいものが欲しいのだが、どこの鍛冶屋に行っても無くてな。マリーが、使っていた剣が似たようなものだと思い出したんだ」


 アルの言うとおり、マリーの剣は、通常の剣よりも魔力の通りが良くなるようにしている。剣舞(ソードダンス)剣唄(ソードソング)を使うのに、そうするが一番だからだ。


「なるほどね。いいけど、時間掛かるかもよ?」

「ああ、構わない。最高の一振りを頼む」

「うん」


 そんな様子を見ていたセレナからマリーに、質問が飛んできた。


「そういえば、マリーって自分で剣を振らないよね? 何で?」

「振れないからだけど。持ち上げるのも難しいし」


 マリーは、剣を振う事が出来ない。そもそも、持ち上げる事すら出来ない。一度、極度に軽くした剣を持ち上げようとしたが、それでも無理だった。ちょうど一緒にいたコハクは、本当に軽々持ち上げていた。この際、コハクが思いっきり振った剣は、ぽっきりと折れてしまった。軽くし過ぎて、耐久度が低かったのだ。


「そうなの? 確かに、マリーは細いもんね」

「これでも、腕立てはしてるんだよ。昨日ようやく、五回出来るようになったんだから」

「…………」

「…………」


 マリーはふんぞり返っているが、アルとセレナは苦笑いだ。


「閉館時間です。本を仕舞って、速やかに退室してください」


 図書室の司書が、図書室全体に声を響かせる。


「もう時間なんだ」

「でも、大体調べ終わったから、ちゃんと書けるね」


 セレナも題材を決めて、しっかりとレポートに必要な情報をメモしていた。


「なら、手早く仕舞おう。俺も手伝う」


 三人は、本を仕舞って図書室を出た。


「そうだ! マリー、私の剣を持ってみてよ」

「ええ、多分無理だよ?」

「試すなら、中庭の演習場に行こう。廊下で、刃物を振り回すのは危険だからな」


 中庭に出ると、そこには、コハクとリンの姿があった。


「あ、コハク!」

「マリー、どうしたの?」


 コハクは、タオルで汗を拭いながら訊く。


「セレナの剣を持てるかどうか、実験するんだ」

「へぇ~、大丈夫なの?」

「分からないから、やってみるの。これで持てたら、筋トレの成果が出たって事になるだろうし」


 意気込んでいるマリーに対して、コハクは、少し心配そうにしていた。いつも、剣を持てない姿を見ているからだろう。


「マリーさんは、どうして剣を持てないんだい?」


 リンが、コハクに訊く。


「う~ん、それが全然分からないの。色々試したけど、短剣を持つのが限界なんだ。それも振れないけど」

「ふむ、不思議だね。マリーさんの筋力でも、使える剣はあるはずだけど」

「どうやっても無理だったよ?」

「う~ん……やっぱり不思議だね」


 リンの感想は、不思議という事だけだった。


「じゃあ、はい」


 そんな事を話している内に、セレナがマリーに自分の細剣を渡す。


「うん」


 マリーが受け取って、セレナが細剣を手放す。そして、皆の視線は下に向く。


「……」


 セレナが手を離した瞬間、細剣の先端が地面に刺さったのだ。


「ぐぬぬぬ、重い……」

「えっ?」


 マリーは、その状態で支えるのがやっとだった。コハク以外の皆が、その姿を見て驚く。


「……セレナ。マリーと一緒に持ってみてくれ」

「うん……」


 セレナがマリーと一緒に持つと、普通に持ち上げる事が出来た。


「あれ? 軽い?」


 マリーは首を傾げる。アルは、顎に手を添えて考え込み始める。


「セレナって、筋肉ムキムキだったっけ?」

「そんなんじゃないよ! きちんと細くて柔らかいよ!」


 マリーとセレナがじゃれ合っていると、アルが口を開く。


「カーリー殿は、何か知らないのか?」

「お母さん? どうだろう? これに関しては、聞いた事無いけど。筋力不足だと思ってたから」

「私も、師匠から聞いた事は無いよ」


 マリーもコハクも、カーリーから、このことについて聞いた事は無かった。マリーが剣を持てない姿を見ても、特に理由を述べなかったのだ。


「まぁ、剣舞でどうにかなってるから、特に気にした事無かったしね」


 マリーの剣舞は、自分で剣を扱う事が出来なかったために、開発した魔法だ。開発した後は、このことについて、考えなくなるのも無理は無い。


「マリーさん、これ持ってみてくれる?」


 リンが、自分の弓をマリーに渡す。マリーは、細剣をセレナに返してから、リンの弓を受け取る。


「? 持ったよ?」


 マリーは首を傾げる。マリーが、弓をしっかりと持つ事が出来たのを見て、アルとリンが驚く。


「マリー、リンの弓は、セレナの細剣とほぼ同じ重さをしているぞ」

「え? 嘘!? でも、私、持てるよ?」


 マリーは、アルの言葉に頭が混乱している。


「つまり……」

「ああ、マリーが持てないのは、剣だけということになるな」


 驚愕の事実が判明した。いや、正確には前から分かっていたことだったが、思考停止していたという方が正しい。なぜなら、同じ重さの鉄はもちあげられても、剣になった途端に持ち上げられないということが多かったからだ。


「でも、包丁は振れるよ?」


 マリーは、一応の反論を言ってみる。


「つまり、剣に分類されるものが扱えないというのが正しいらしいな」

「でも、何でだろうね」


 アルとリンは、真剣に考え込む。マリーは、あまり気にしていないので、のほほんとしていた。


「何をしているんですの?」


 中庭で集まっているところに、リリーとアイリがやって来た。Sクラス全員集合だ。


「マリーについての考察といったところか」

「マリーさんの?」


 リリーは、そう言いながらマリーを後ろから抱きしめる。マリーが姉ということが判明して以降、マリーに対するリリーのスキンシップが多くなっている。リリーの方が、背が高いため、マリーの方が妹に見えてしまうのが、マリーにとっては癪だったが。


「ああ、マリーは、剣を持ち上げられないんだが、同じくらいの重さの弓は持ち上げられたんだ。つまり、剣に関する何らかの制限を受けているのだが、その原因がわからない」


 アルが、これまでの話をまとめて伝える。


「マリーさんは、短剣も持てないんですの?」

「ううん。短剣なら何とか持てるよ」

「なら、必ずしも剣を扱えないというわけではないのではありませんの?」

「でも、持てるだけだよ。まともに振ることは出来ない。重い剣を何とか振うみたいな感じになるんだ」


 マリーがそう言うと、皆がう~んと悩み始める。


「マリーちゃんは、いつ頃から持てなくなったとか分かるの?」

「え~と、五歳か六歳の時に修行を始めたから、そのくらいかな?」

「じゃあ、生まれつきのものなのかもね」


 アイリが、マリーの答えからそう言うと、全員合点がいったような顔をする。


「確かにそうだな。筋力の問題では無いとなると、先天性なものだろう。それこそ、呪いだとか」

「呪い……ある意味じゃ、国王達の判断は合っていたって事なのかな」

「そんなわけ無いですわ。これとそれは別問題ですもの」


 少し落ち込んだマリーを、リリーが少し強めに抱きしめる。


「ありがと、リリー。それはさておき、いつまで抱きしめているのさ」

「それはもう、いつまでもですわ!」


 リリーは、そう言って幸せそうに笑う。それを見てしまうと、マリーも何も言えなくなってしまう。


「マリーって、文句言うくせに甘いよね」


 コハクが、ジト目でマリーを見る。


「そんな事無いよ。譲れない部分は、きちんとしたもの」


 マリーが言っているのは、リリーのお姉様呼びのことだ。学院や外でそんな呼び方をされては、マリーが王族の子供だとばれる可能性があるからだった。

 そのため、お姉様呼びはマリーの家の中のみとなっている。マリーとしては、かなり譲歩した方と思っている。


「あんた達、こんな時間に、ここで何をやっているんだい?」


 声のした方を皆で見る。そこには、教師用のローブを肩に掛けたカーリーの姿があった。


「あ、お母さん。今、私が何で剣を持てないのか話し合ってたの」

「そうなのかい」


 カーリーは、少し考えてから、驚くべき事を口にした。


「マリーが剣を使えないのは、祝福のせいさね。拾ったときには無かったから、いつ頃からかは、分からないけどね」


 皆の目が点になってしまう。


「……お母さん、私、それ聞いたこと無いよ?」

「おや、言ってなかったかい?」


 カーリーも自分が言っていなかったことを忘れていたようだ。


「何の祝福かは分かっているのですか?」


 アルが、カーリーに訊いてみた。実際、皆気になっていたことだったので、全員がカーリーに注目する。


「確か、魔法神の祝福だったかね。魔法の威力の上昇や消費魔力の削減なんかの効果がある代わりに、剣が持てなくなるんさね。祝福自体珍しいものだけど、魔法神のものは、特に珍しいものさね」


 再びマリー達の目が点になる。


「魔法使いからしたら、喉から手が出るほど欲しい祝福ですね」

「そうでもないさね。近接戦闘が出来ないってのは、魔法使いからしても痛手だよ。これで喜ぶ魔法使いは、所詮は二流止まりさね」


 カーリーは、アルの考えを否定する。カーリーにとっての魔法使いとは、接近戦でも対応出来ないといけないのだ。


「魔法使いを守るために、俺達騎士がいるのですが」

「ああ、そうだとも。だが、その騎士がいなくなった場合はどうさね?」

「……なるほど」


 アルは苦い顔をした。騎士がいなくなれば、魔法使いは敵の攻撃に晒される。それどころか、敵の接近も許すことになる。そうなれば、近接戦闘が出来ない魔法使いは途端に役立たずとなるだろう。カーリーの言葉は、全くもってその通りなので、言い返すことが出来ないのだ。


「そういうことさね。魔法使いもある程度の接近戦が出来なければ、特定の戦闘下では、ただの木偶の坊さね」

「では、マリーさんには、何を教えているのですか?」


 カーリーの言葉を受けて、リンが気になったことを訊いた。それを聞いて、マリーの顔がげっそりとなる。


「ああ、マリーには、格闘術を教えているよ。あの事もあるからね。徒手空拳で、ある程度戦えるようになってもらわないといけないさね」


 マリーは、剣が使えないので、その分素手で出来る格闘術を教えられている。


「マリーは、どのくらい強くなったんだ?」

「どうだろう? お母さんには一撃も当てられてないけど……」

「それなら、模擬戦をしてみれば良いんじゃないかい?」


 カーリーが提案した。


「なるほど。なら、やるか、マリー」

「ええ……でも、私もどのくらい出来るかやってみたいし、いいよ」


 こうして、二人の素手による模擬戦が始まる。

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