帰還
改稿しました(2023年7月18日)
襲撃から時間は流れ、朝日が昇りだした。マリーは、眼を覚ますと、周りを見回した。なんとなく見覚えのあるようなないような光景だ。
「そうだった。先生のテントで泊まってたんだった」
昨日は、大きな出来事が多くあったため、起き抜けに記憶が混乱していた。
マリーは布団から抜け出して、テントの外に出る。外には、朝靄が出ていた。周りを見回していると、パチッ、バチッ、と焚き火の音がする。そちらに目を向けると、カレナとネルロが椅子に腰掛けていた。
「先生、ネルロさん」
マリーが声を掛けても、二人は返事をしない。一晩中、見張りをしていたから、寝てしまったのかと思ったマリーは、二人を起こしに近寄った。
「先生、ネルロさん。ここで寝たままだと風邪を引いてしまいますよ」
マリーが二人の肩を揺すると、二人は、椅子から崩れ落ちた。
「!?」
マリーは、驚いて少し後退った。しかし、すぐに二人の傍によって、二人の肩を揺らす。
「先生! ネルロさん!」
二人は、返事をしない。それどころか、息をしていなかった。
「嘘……」
マリーは、焚き火の周りや二人の遺体を確認するが、凶器や外傷は見当たらない。
「な、なんで……?」
マリーは狼狽えて、頭が真っ白になってしまった。少しの間、何も行動出来なかった。
「皆は……?」
マリーは、他の皆の事を考えて、すぐにテントに戻った。中に入ると、皆、寝ていた……カレナ達のように。
「リンくん! アイリ! セレナ! リリー!」
皆を揺すって起こそうとするが、全く起きる気配がない。
「コハク! アルくん!」
全員、息が止まっていた。カレナ達同様に、外傷は一切ない。
「…毒? でも、私も皆と同じものを食べてたし……魔法? でも、何で私は無事なの? 殺すなら、真っ先に私を狙うはずでしょ……」
マリーの頭の中は、ぐちゃぐちゃになっていった。自分以外の皆が死んでしまった。全く予想していなかった自体に考えが纏まらない。
「なんで……? 皆が死んでいるの?」
マリーが混乱していると、テントの入り口が開いた。
「!?」
マリーがそちらを向くと、そこにいたのは、全身を黒色で統一した男だった。顔すらも黒色のマスクで隠しているが体つきが男だった。
「『剣舞・独奏』!」
マリーが剣を操って攻撃しようとする。しかし、マリーの剣が言う事を聞かない。
「なんで!?」
どれだけマリーが命令を出してもうんともすんとも言わない。マリーが焦っている内に、黒ずくめの男が目の前に来ていた。
「うっ……『風刃』!」
風の刃を撃つが、男は剣で打ち消した。
「嘘……」
男の持っている武器は、魔法耐性の高い剣だった。マリーの使える魔法では、太刀打ち出来ない。そういう相手のための剣舞なのだが、何故か使う事が出来ない。
「来ないで……来ないでよ!」
マリーは、でたらめに魔法を撃っていく。風の弾、水の弾、火の刃、多種多様の魔法を撃ち続ける。その全てを、男は片っ端から斬り裂いていく。マリーは、自分の剣を掴み振ろうとするが、そもそも持ち上がらない。
「なんでよ! なんで持ち上がらないの!」
剣を持ち上げようと藻掻いたが、剣は全く持ち上がらない。為す術がなくなり、マリーの戦意はなくなってしまった。男の持つ剣がマリーに迫る。
「申し訳ありません」
マリーは、剣が自分の首を刎ねたのを実感した。首のない自分の身体が見える。不思議と痛みはなかった。消えゆく意識の中、マリーはいろんな事を考えられた。
(お母さん、ごめんなさい。もっと一緒にいたかったな。コハクもアルくんもリリーもセレナもアイリもリンくんも先生もネルロさんも、ごめんなさい。私のせいで巻き込んじゃって……)
考えたことは、申し訳ないという気持ちばかりだった。だが、最後に考えたことは、それとは違うことだった。
(あの人、なんで「申し訳ありません」なんて言ったんだろう?)
そして、マリーの意識は途絶えた。
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「……ー!」
暗闇の中で何故か声が聞こえた。
「…リー!」
自分は死んだはずなのに、声が聞こえる。その事に違和感を覚えた。
「…………マリー!!」
「はっ!」
目の前にコハクの顔があった。
「えっ?」
「マリー! 大丈夫!?」
周りには、コハクの他にもアルやリリーの姿もある。コハク達は、全員心配そうな顔をしている。
「マリーさん! 大丈夫ですか!?」
テントの外から、カレナが駆け込んできた。その後ろから、アイリとネルロも続く。どうやら、アイリが、二人を呼びに行っていたみたいだ。
「コハク? アルくん達も先生達も生きてる?」
「何を言ってるの? 皆、死んでなんかいないよ。それより、ものすごく魘されていたけど、大丈夫?」
コハクは心配そうにマリーに訊く。
「うん、大丈夫」
マリーは、コハクの手を借りて立ち上がった。
「ちょっと、嫌な夢を見ただけだよ」
「そう? ならいいけど」
コハクは、マリーを連れて外に出る。リリー達も後に続く。その様子を、アルはずっと見ていた。
「気になる?」
いつの間にか、アルの隣にはリンが立っていた。
「ああ、嫌な夢を見たと言うが、あそこまで魘されるものか?」
「人によると思うよ。マリーさんにとって、本当に嫌な夢だったんじゃないかな」
「そうだと良いんだがな」
アルとリンも一緒にテントを出た。
「アルくん! リンくん! もう、ご飯出来てるって!」
焚き火の近くでマリーが手を振りながら、アル達を呼んでいる。
「はぁ……人の気も知らないで……」
「元気でいいんじゃない?」
「まぁ、そうだな」
アルが苦笑いしながらも焚き火の近くに行き、マリーの隣に座る。
「本当になんともないんだな?」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
マリーとアルが互いに微笑み合う。そうして、朝ご飯を食べると、馬車の音が聞こえてきた。
「来たようですね。皆さん、帰りの準備をしてください」
『はい』
カレナのかけ声で、皆が動き出す。自分達の荷物の確認、焚き火の処理と順番にこなしていく。
「『起動・収縮』」
カレナが、テントに手を当てて唱えると、ひとりでにテントが畳まれ縮んでいく。最終的に、人の腕の大きさと同じくらいになった。
「やっぱり、収縮は便利だね」
マリーは、火の片付けをしながらコハクに話しかける。
「そうだけど、あれって結構高度な技術なんでしょ?」
「うん。畳まれるパターンを作って、その通りに畳まれるように、魔法陣を刻まなきゃいけないし、少しのずれも許されないからね」
「聞くだけで難しそう」
「そうだね。今年中には出来るようになりたいな。最終的には、そのままの形で収縮できるようになるみたいだし」
目を輝かして言うマリーを、コハクは苦笑いで見る。魔道具のこととなるといつもこうなので、コハクも慣れっこだ。
「片付けは終わりましたね。では、馬車に乗ってください」
『はい』
皆で馬車に乗る。ネルロが加わった事で、行きよりも一人増えたが、広々とした馬車なので気にならない。帰りも、行きと同じくカードゲームで遊んだ。相も変わらず、リリーとカレナは、負け続きになり、半べそをかいていた。
帰りの馬車に対しての襲撃は起こらなかった。ゲームをしながらも警戒していたアル達は、拍子抜けしてしまった。
「襲撃が無くて良かったな」
「そうだね。昨夜の襲撃で倒し終わったって感じかな」
「さすがに、王都に入れば襲撃も無いだろうからな。ひとまず安心して良いだろう」
馬車が王都に入った事で、皆の緊張が完全にほぐれた。馬車は、そのまま学院まで進んでいった。
「皆さんお疲れ様でした。今日はこれで解散になります」
「先生、今回の事は、学院には……」
「はい。話します。話せる範囲内になりますが」
カレナは、今回の異常事態を学院に報告するつもりでいる。しかし、襲撃の目的などは話さないつもりだ。王族の関与など話しても信用されないはずだからだ。
「マリー!」
学院の校舎から、カーリーが歩いてきた。
「お母さん!」
マリーはカーリーの元へ走って行き、飛びついた。カーリーは難なく受け止める。
「無事でよかったさね。でも、えらくボロボロだね」
「えっとね、実は……」
マリーは、野外演習であった事をカーリーに話した。マリーが寝ている間に起きた事は、コハクとアルで補足した。
「ちっ! あの腐れ外道め!」
ぶち切れたカーリーが、怒りの形相になったが、少しすると落ち着いた。
「それで、証拠は掴んでいないのかい?」
「はい、襲撃者には逃げられましたから」
カーリーの質問に、アルが答える。
「そうかい。それだと、追求は無理そうだね」
「追求って事は、犯人を知っていますの?」
リリーが、少し緊張してカーリーに訊く。
「カストルの坊ちゃんは話していないのかい?」
「ただの予測でしか無いので」
「なるほど、そこのお姫さんは聞く覚悟があるかい?」
カーリーが、リリーを真っ直ぐ見ながら訊く。リリーは、それだけで少し気圧されてしまったが、深呼吸して平静を取り戻す。
「はい。マリーさんのピンチなんですもの。その覚悟はあります!」
「そうかい。なら、ここにいる全員、家に来るといいさね。今回の襲撃の真実を一部聞かせよう」
マリー、コハク、アル以外の全員がたじろぐ。だが、この場から去ろうとする者は一人もいなかった。




