襲撃
改稿しました(2023年7月18日)
カイトは、自分の部隊である夜烏部隊の人間を集めた。夜烏部隊は、王族に仕える隠密部隊だ。代々ナイトウォーカー家が部隊長を務めている。今回の任務で招集したのは、二十人だ。
「いいか。最優先目標はマリー・ラプラスだ。マリー・ラプラスは、何人かの友人を連れている。マリー・ラプラスだけがいなくなれば怪しまれる。そのため、マリー・ラプラスとその友人、全てが抹殺対象だ」
「なぜ、マリー・ラプラスは抹殺対象になったのですか?」
カイトの部下が訊く。今回の任務については、暗殺任務としか聞いていないのだ。
「機密だ。今回の任務の詳細を詮索することは禁じられている。他に何かあるものはいるか!?」
皆が押し黙る。誰も質問が無い事を確認し、作戦を伝える。
「今夜、標的はここに泊まる。翌日、馬車にてこの場を離れるとみられる。標的を抹殺する絶好の機会は、今夜しかない。そのため、すぐにでも仕掛けることになる。周りに民間人はいない。多少、派手にやっても構わない。重要なのは、標的の排除と目撃者を生かしてはならないという事だ」
『了解』
カイトの部下達が動き出す。カイトは、崖の上からマリー達のいるテントを見た。
「一筋縄ではいかないだろう。マリー様、リリー様との交戦も考えられるか……」
カイトには、リリーとの面識はない。マリーとは、赤子の時にあるが、あちらは絶対に覚えていないだろう。
その点では、カイトが行ったところで、王からの命だとばれることは無いと考えられる。マリー自身が、他の者に伝える可能性は低い。そんな事を言えば、国王を侮辱しているマリーが孤立してしまうからだ。つまり、今回の作戦が漏れるなんて事は無いだろう。
ただ、今回の一番の難敵は、カレナだった。森の中を抜けてくるときに、カイトの存在に気付いていた節がある。普通であれば、偶々そこにいただけだと思うはずだが、カイトは少し嫌な予感がしていた。
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焚き火の火を絶やさないように薪をくべていたカレナは、周りが囲まれていることに気付いた。
「ネルロ。来た」
「分かってるわ。神域を張っているからって、油断しないで」
「分かってる」
今、テントとこの焚き火を囲むように神域を展開している。それを、ネルロの闇魔法隠蔽によって周りの人に見えないようにしていた。
つまり、カイトの部下達には、神域は見えていない。このまま、近づけば神域に阻まれ、居場所を察知されてしまうだろう。
カイトの部下は、本当に神域に気付かずに近づいてしまった。カイト自身は、自分の部下がそこまで迂闊とは思っておらず、結界の有無を確認しろとは言っていなかった。
「ネルロ!」
「『闇弾・五連』」
カレナが振り向いた方向にネルロが闇の弾を撃つ。問答無用の攻撃に、カイトの部下は反応が遅れてしまった。
「ぐぁ!」
一人が負傷をした。闇の弾により、両肩口、右腹、左太腿が抉れた。痛みのショックで気絶しているのが、唯一の救いだろう。
「多分、仕留め損なった」
ネルロがそう言うと、すぐに、カレナが感知を使い、周りにいる人を探る。
「負傷しているのが一名。周囲で、こちらを見ているのが十九名。二つとも最低値」
「結構な人数ね。『暗黒雨』」
人数を把握すると、ネルロは手を空に向け、闇魔法の上位魔法を発動する。
空から漆黒の雨が降ってくる。その全てが闇を凝縮したものだ。当たる度に、その部分を抉っていく。普段は、自分も巻き込むので、使う機会が少ない魔法だが、今日はカレナの『神域』があるので使い放題だ。
ただカレナの神域も少し削れるので、それを修復するカレナは、少し怒っていた。
カイトの部下は、その全てを避けることが出来ないと悟り、必要最低限の負傷だけで済ませるように動く。先程は、本当に油断しただけなのだろう。今回の攻撃で、致命傷を負う者は一人もいなかった。
「軽傷だけど負傷してる。ただ、警戒しだしたかも」
「今みたいに攻撃は、当たらなくなるわね」
「でも、ネルロなら大丈夫でしょ?」
「ええ、あの程度なら余裕よ」
二人で笑い合う。カレナとネルロは、学生時代の友人とマリー達に言ったが、実際にはそれだけではなかった。カレナは、学院で常にトップの成績を叩きだしていたが、その成績に唯一追い縋っていたのがネルロだ。つまり、二人は友人でありながら好敵手でもあったのだった。
だからこそ、互いの戦い方も使える魔法も知っている。多少時間が空いたとしても二人の連携は崩れない。ましてや、二人の信頼を揺るがすことなど出来るはずもない。
「動いた! 周りをぐるぐる回ってる。攻撃位置を悟られないようにだと思う!」
「足止めしようにも、動き回れていたら少し難しいわね」
カレナには感知があるが、ネルロには使う事が出来ない。そのため、足止めをしようにも、敵の位置がわからなかった。
カレナは神域、感知ともう一つで脳の演算領域のほとんどを使ってしまっているので、他の魔法を使っても、威力が足りない。
こうして、絶え間なく動かれる事が、二人にとって一番やりにくい状況だった。カイトの部下達は、動きながら攻撃をし続けている。神域に何度も当たり、崩れかける度にカレナが修復する。そんな攻防が長く続かないのは、どちらもわかっていた。
「もうそろそろ壊れる!」
「耐えて!」
ネルロが周りを忙しなく見回す。そして、ある一点を見つめ続け、手を向ける。
「『暗黒弾』」
漆黒の弾が、ネルロの手を向けた先に放たれる。漆黒の弾が向かう先には、そこを通ろうとするカイトの部下の姿があった。
「なっ!?」
漆黒の弾は寸分違わず、カイトの部下の右肩を削り取っていった。カイトの部下の一人は、皮一枚で右腕がぶら下がっている状態だ。
「くっ!」
たまらずその場でうずくまる。それを心配して他の部下の一人が傍に行ってしまう。
「待て! 今は放っておけ!」
そんな声が響くが、時すでに遅し。
「『闇弾・十連』」
闇の弾の弾幕が、助けに入った部下を襲う。両肩、両太腿、左脇腹を抉られ倒れ込む。
「これで、三人」
「後、十七人ね」
まだ、周りにいる人数が多い。このままでは、じり貧になってしまう。
ネルロは、不意に空に向かって大きめの瓶を投げた。瓶は、神域を抜け外に出る。その様子を見たカレナは血相を変えて慌てる。神域につぎ込む魔力を上げて、一時的に強度を上げる。
「『血槍雨』」
ネルロが空に向かって投げたのは、血の入った瓶だった。その血は、ネルロが少しずつ溜めた自分の血だ。そこに、魔力を注ぎ込んで、特殊な血へと変化させている。
その血が、空で小さな血の槍に変化し、神域の周りに降り注いでいく。カイトの部下達は、先程の『暗黒雨』と同じだと判断し、ある程度の被弾を覚悟して避けようとする。しかし、その判断は大きな誤りだった。
「がっ!」
「ぐっ!ぐぅぅ!」
「ああああああぁぁ!」
カイトの部下達は苦しみ、発狂していく。ネルロは悪い笑みを浮かべている。
「ネルロ、あの血はなんなの?」
カレナが、恐る恐る訊く。
「私の血よ。色々と混ぜてあるけどね」
「その混ぜている物を訊いているのだけれど……」
ネルロは、少し悩んでから、ニコッと笑い、こう言った。
「ひ・み・つ」
カレナはイラッとしたが、詳しく聞くのも怖いので、それ以上の詮索をやめた。自分の魔法の効果に満足いったのか、ニコニコ笑っているネルロを放っておいて、感知を発動し、現在動くことの出来る人数を確認する。
「一二人が戦闘不能になってる。後、五人」
「まだ、油断出来ないわね」
あと少しになったところで、神域の限界が来た。パリンっと音を立てて、神域が消える。
「雷嵐を使えば、早かったんじゃ無いの?」
「あれは消耗が激しいから、一日一回が限度なの。キマイラを倒すのに使っちゃったし、魔力も、完全には回復してないから無理」
雷嵐は、魔力を異常なまでに持っているカレナでも、連発することが出来ないくらい消耗が激しい魔法だった。そもそも複数人で協力して使うような魔法なので、一人で使える方がおかしかった。
神域が無くなれば、敵がこちらを問答無用で攻撃すると思っていたカレナ達は、お喋りをしながらも警戒を解かない。
それを察しているのか、カイトの部下達の動きが鈍っている。
(このまま逃げてくれれば、どんなに嬉しいことやら)
カレナがそんな事を考えていると、その死角から刃が迫ってきていた。
音を立てて、鈍色に輝く刃と漆黒の闇で出来た刃が打ち合った。
「!?」
「!?」
刃の持ち主の二人は、互いに似たような理由で驚く。鈍色に輝く刃の持ち主、カイトは、自分の不意打ちが防がれたことに。漆黒の闇で出来た刃の持ち主、ネルロは、暗黒剣が防がれたことに。
打ち合った後、二人はすぐさま飛び退く。ネルロは、カレナを抱えて退いた。もちろん、背後にテントを置く形でだ。
「あの剣、相当の業物ね。削れなかったわ」
「闇の吸収に抗うということは、魔法耐性か闇耐性が高いって事ね。私は、前者だと思うけど」
「同意見だわ」
カレナとネルロの考えは正しかった。カイトの持っている剣は、魔法耐性が異常に強い。その理由は、魔法耐性が高いダマスカス鋼で出来ており、尚且つ、魔法耐性を上昇させる刻印を行っているからだ。
カレナは、感知を使い周りを探るが、五人の反応しか無かった。
「ネルロ。さっきの人が感知出来ない。隠蔽を使っている可能性が高い」
「厄介な相手がいるものね。周りの五人からやってしまおうかしら」
「マリーさん達が、無防備になるでしょ」
「はぁ……だから、厄介なのよねっ!」
会話の途中で入り込んできたカイトの剣をネルロが防ぐ。一瞬、動きが止まった隙に、カレナが光線を撃つ。
光線は、熱を持った光を放つという魔法だ。出が早いのが特徴的な魔法だが、真っ直ぐにしか進まない欠点が存在する。それを知っているカイトは、首を傾げるだけで避ける。しかし、カレナの狙いは、そこには無かった。
(マスクで隠れているけど、見た事が無い顔。服は、黒ずくめ。様々な暗器を隠してある。国王陛下の影って、可能性が高まったかな)
そう。襲撃者の確認である。自分の知っている相手ならば、行動パターンを読むことが出来るかもしれなかったが、カイトとの面識はないので意味が無かった。
だが、カイトの服装などを見て、アルの言っていたことが、本当だという可能性が高まる。通常の暗殺集団よりも、装備が充実しすぎているからだ。
カレナは、学院在学時に何度か暗殺されかけることがあった。学院トップの成績を取っていたことが原因だったが、命を狙われる学院トップはカレナが初めてだった。これは、カレナ自身に何か秘密がある……と言うわけでは無く、単純に運が無かったためだ。そう、運悪く、我が儘貴族がカレナを目の敵にしていたせいだった。
カレナは、すぐさま次の魔法を放っていく。
「『解放』」
火、水、風、雷、石、光、闇、それぞれの弾が、カイト達に襲い掛かる。カイトは難なく避けていくが、三人の部下が避けきれずに被弾してしまった。
カレナが発動したのは、遅延魔法と呼ばれるものだ。事前に発動直前まで、魔法の工程を進めておき、そのまま待機させておく高等技術になる。カレナは、初級魔法なら、最大百個までストックさせることが出来る。
戦闘が始まる前、焚き火に当たりながらネルロと話していた段階で、すでに魔法を最大までストックしておいたのだ。
その全てを同時に放っても、カイトにはかすり傷すら無い。初級魔法ばかりだったとはいえ、百個もの魔法が同時に殺到する破壊力は、上級魔法にも匹敵する。それを、避けているカイトの実力は、かなり高いと判断出来た。
「あの男、完全に別格ね」
「どうする? 魔法が効きそうに無いけど」
「効かないのは剣だけでしょ。本体なら効くはず」
「やっぱり、連打しかないね。ネルロは、魔力量大丈夫?」
「まだ平気よ。カレナは?」
「魔力回復薬があるから、まだやれる」
二人は、微笑み合い背中合わせに立つ。カイト達三人は、カレナ達を囲むように動いていた。ここで、この二人を倒さなければ、テントに近づくことが出来ないと判断したのだ。
じりじりと詰めてくるカイト達に、カレナとネルロは散発的に魔法を放っていく。この光景を見た者がいれば、カレナ達がピンチに見えるだろう。しかし、その光景自体が罠だとしたら……?
(この二人は、もう倒せるな。後は、テントの中を始末するだけだ)
カイトの部下の一人がそう考えた。この考え自体が間違いだったのだ。
「『魔剣術・氷華』」
地面を氷が伝い、氷の華が咲き乱れる。カイトは、その場から飛び退くようにして、遠くへ逃げることで難を逃れたが、二人の部下は、氷の華に包まれ凍り付いていた。
その攻撃は、テントの中から放たれた攻撃だ。テントの入り口から、アルが出てきた。カレナ達が戦っている間に、入り口で待機していたのだ。
「一人逃したな」
カイトは、テントから出てきたアルを急襲する。攻撃がアルに届く直前に、カイトの動きがぶれた。攻撃はアルに当たること無く、地面に吸い込まれる。
カイトは、すぐにその場を離れる。
「……青騎士の家系か」
カイトの肩には、魔力で出来た矢が刺さっていた。カイトは、それを手で握りつぶす。
「浅かったかな」
「だが、ダメージを与えることは出来た」
戦線にアルとリンが加わったことで、この場は四対一になっていた。完全にカイトの方が不利である。それでも、撤退する素振りを見せない。アル達は、一切油断せずに、カイトの一挙手一投足に気を配る。
少しの動きも見逃さないはずだった。しかし、瞬きをした瞬間カイトは、その場から消え失せ、アルに向かって剣を薙ぎ払った。
ギリギリで受け止め、力任せに押し返す。カイトは、力勝負に乗らずに、返ってきた力を利用して後ろに飛び、再び姿を消す。
今度は、リンの後ろに現れ、背中から刺そうとするが、ネルロの闇魔法によって防がれる。リンが後ろに弓を向ける頃には、その場にカイトはいない。これが、カイトの戦い方だ。一瞬の隙を突き、姿を消し、相手の不意を突いて殺す。
この戦い方は、一対一の時にこそ本領を発揮するが、多対一でも、そこそこ使う事が出来る。ヒットアンドアウェイを繰り返すカイトに翻弄されるアル達。その攻撃を防いでいたが、ついにその刃がアルを捉える。
「ぐぅ!」
なんとか、かすり傷で済ませたが、全員が殺されるのも時間の問題だろう。
カイトは、本気で殺しに来ている。アル達は、なんとかかすり傷のみで済むように動く。この攻防は、意外にも三十分にわたって繰り広げられた。