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捨てられた王女は魔道具職人を目指す  作者: 月輪林檎
第一章 捨てられた王女

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絶望と救い

改稿しました(2023年7月18日)

 全員が万全の状態で、あれだけ苦戦したキマイラが二体。絶望を煮詰めたような状況だった。


「固まれ! アイリとリリーは、防御に専念! リン、セレナ、コハクは、三人の護衛に付け! 俺は、一体をなんとか足止めする。残り一体をなんとかくぐり抜けて、先生のもとへ急げ!」

「……分かった。皆、行くよ!」


 アルの指示に、リンは顔をしかめたが、割り切って皆を先に促した。後ろ髪を引かれる思いで、後ろをちらっと見ながら、皆は先へと進んだ。

 リンが魔弓術でキマイラの足下を凍らせて、動きを封じる。そこに、セレネが『貫通ペネトレーション』で攻撃をしようとすると、尻尾の蛇が噛みつきに来た。

 それを縮地で後ろに回ったコハクが斬りつける。切断までは出来なかったが、傷は負わせた。セレナは、動きの鈍った蛇の攻撃を避けて、『貫通ペネトレーション』とたたき込む。セレナの攻撃は、キマイラの身体を穿ったが、貫通することが出来なかった。


「さすがに、魔力が足りない……」


 魔力が足りず、纏える風が少なくなり、キマイラの身体を貫通する程の威力を出せなくなっていた。その間にも、キマイラの山羊頭が鳴き、キマイラの傷が癒えていく。

 この個体も先程倒した個体と同じ能力のようだ。そうなると、気をつけなければいけないのが、獅子頭の炎だろう。もう、マリーの防御も使えない。炎を出されれば、完全に防ぐ手がほぼないのだ。それを知ってか知らずか、キマイラの口が赤く輝いていった。


「リリー! アイリ! 防御!」


 コハクの掛け声で、二人が魔法を展開する。


「『闇渦ダークホール巨大ヒュージ』!」

「『水壁ウォーターウォール巨大ヒュージ』!」


 巨大な闇の渦が、リリーたちの前に出現した。そして、闇の渦の後ろに巨大な水の壁も現れる。アイリの闇の渦で炎を吸い込み、許容限界を超え闇の渦が崩れたら、リリーの水の壁が炎を防ぐ。炎が消えるタイミングで、水の壁も蒸発しきった。


「ギリギリですわ」

「止まらないで! 早く抜けなきゃ!」


 セレナが、キマイラの尻尾の噛みつきを防ぎながら言う。今こうして五人掛かりで戦っている間も、アルが一人でキマイラを抑えているのだ。アルの場合は、ずっとヒットアンドアウェイを続けて、なるべくキマイラから離れずに接近戦を心がけていた。だが、その戦いも長くは続かないだろう。

 コハク達が、この場から逃げ、カレナの元へと行けなければ、全滅の可能性が高くなってしまう。


「皆! 後ろに避難して!」


 リンが、皆を自分の後ろに行くように促した。


「『魔弓術・大氷河だいひょうが』!」


 リンはなるべくなら使いたくなかった大技を使う。リンの撃った矢は、キマイラの目の前で消えた。そして、消えた地点から先が、一気に凍っていった。キマイラも、その全身を凍らせていく。


「はぁ……はぁ……今のうちに早く行こう!」


 魔力を大きく消費したリンは、息も絶え絶えの状態だ。しかし、それを押し殺して先を駆ける。皆もそれに続く。リンの魔弓術で凍った範囲は、キマイラがいる位置よりも遙かに遠くまでになっている。その範囲内は土だけで無く、木々までもが全て凍り付いていた。当然だが、その範囲内にいた動物や魔物も全てが凍り付いていた。

 リンが、この技を使わなかった理由は、そこにある。範囲の大きさと威力の大きさから、味方を巻き込む可能性が高いのだ。さらに、リンは、まだこの技のコントロールを完全に制御する事ができない。今回はうまくいったが、下手をすれば、後ろに避難させた皆まで巻き込む可能性があった。

 この場で使ったのは、決め手の一つであったセレナの『貫通』の威力が下がってしまったためだった。

 凍り付かせたおかげで、なんとかキマイラから逃げたリン達だったが、再び足を止めることとなった。


「嘘……」


 リン達の目の前にいたのは、大量のキマイラだった。それは、一体や二体ではない。何十体ものキマイラが、そこにはいた。さらに、今までの獅子、山羊、蛇の他にも、鷹や虎、馬などの他の種類の組み合わせのキマイラもいる。


「キマイラが、こんなに……」

「こんなのから逃げるなんて不可能ですわ……」


 さすがに、この地獄には全員が絶望的な表情になった。さらに、後ろからアルが飛んでくる。


「ぐあっ!」

「アルさん!」


 一人で戦っていたアルだったが、さすがに分が悪かったらしく前脚の殴りで吹っ飛ばされたのだ。そして、リンの魔弓技によって、凍結されていたキマイラまで、こちらに来てしまった。


「くそっ、ここまでするのか……」


 アルは、険しい顔をして呟く。すでに、アル達はキマイラの集団に囲まれてしまった。全員の頬に汗が伝う。キマイラは、徐々にこちらに近づいてきた。万事休す……そう思われたその時。


「『剣唄ソードソング幻想曲ファンタジア』!!」


 リリーの背中から声が響いた。剣十本がポーチから飛び出し、円形に並ぶと回転し始めた。回転によるものなのか、様々な音が響き始める。まるで、剣が歌っているようだ。

 リリーの背中で起きたマリーは、現状を素早く確認すると、すぐさま行動に移したのだ。


「ありがとう、リリー」


 マリーは、リリーの背から降りつつ、手を剣がある方向に向ける。剣の回転が速くなり、魔法陣が浮かび上がっていく。


「『テューポーン』」


 魔法陣から出てきたのは、人のような怪物だった。腿から下は大きな蛇、肩からは百近い数の竜の首が生え、背からは羽が生えていた。その怪物はキマイラとは比べものにならないほどの巨体だった。キマイラ達は、その姿を見て怯えている。アル達も怪物を見て硬直していた。


(これで、怯えて逃げてくれれば……)


 マリーはそう考えていたが、その願いに反してキマイラ達はその場から動かなかった。唐突に現れた怪物に驚き怯えてはいたが、それでも違和感を覚えているようだ。


(ダメか……)


 マリーが出した怪物は、いつまで経っても攻撃をしない。その場に留まってキマイラを見ているだけだった。


「マリー、攻撃は出来ないのか?」

「無理だよ。これは、幻影だから」


 マリーの技の一つである幻想曲(ファンタジア)は、幻術を見せるだけのものだ。剣の数に応じて出せる幻術は違ってくる。今マリーが十本を使って幻想曲(ファンタジア)を発動したのは、キマイラを逃げさせるような怪物を出すためだった。

 マリーが呼び出したのは、カーリーの昔話で出てきた怪物テューポーンだ。カーリーの話では、テューポーンは様々な怪物の親らしい。ならば、キマイラも怯え、逃げ出すだろうと考えたのだが、少し甘かったみたいだ。

 いつまでも攻撃をしてこないため、キマイラは、マリーの出したテューポーンを本物ではないと判断したのかもしれない。しかし、不用意に近づかなくなっているのを見ると、少しは警戒しているようにも思える。


「『ソード……』げほっ!」


 マリーは、別の剣唄を使おうとしたが、その前に血を吐きよろめく。


「マリー!」


 アルが倒れそうになるマリーを支える。魔力が枯渇した状態で、また大きな魔法を使おうとしたために、身体が拒否反応を示したのだ。

 マリーの集中が切れたために、剣の回転が止まり、地面に落ちてくる。その結果、幻想曲(ファンタジア)も効力を失い、テューポーンの姿も消えた。

 脅威となる可能性がなくなったので、キマイラ達が、また徐々に近づいてくる。


「これまでか……」


 皆が本当に諦めかけたその時、一部のキマイラ達の後ろで大爆発が起きた。


「何!?」


 セレナが、爆発に驚き声を挙げる。いや、驚いているのは全員だった。しかし、セレナ以外は言葉すら出ない。特に、マリーとアルの脳内では、様々な事を考えていた。


(敵の可能性……いや、どう考えてもキマイラを巻き込んでいる。キマイラと敵対する魔物……だとしたら、俺達が危ういのは変わらない)

(王国の人? でも、何でここに? それか先生が? テューポーンを見て駆けつけてくれた?)


 今回は、マリーの考えが当たっていた。爆炎の中を歩いてきたのは、カレナだ。


「皆さん! 無事ですか!?」


 カレナは、マリー達を見つけると、すぐに駆けだした。途中にいるキマイラ達を、魔法で次々に蹴散らしながら、向かってくる姿には、アル達も言葉を出せなかった。


「一箇所に固まってください」


 マリー達は言われたとおり、一カ所に集まる。


「『範囲回復エリアヒール』」


 マリー達の傷が癒えていく。任意の範囲内にいる人を回復する魔法だ。範囲によって、消費魔力が変わっていく。そのため、カレナは、マリー達を一カ所に集めたのだ。


「これで大丈夫ですよ。駆けつけるのが、遅れてしまって申し訳ありません」


 そう言いながら、カレナは周りを忙しなく確認する。


「先程の怪物はいないようですね」


 カレナが、探していたのは、マリーが出したテューポーンだった。


「先生、さっきの怪物は私が出した幻影です」

「!? そうなの? それはそれで驚いちゃった。取り敢えず、皆さんは後ろに隠れていてください」


 マリーが出したことに驚いたカレナだったが、すぐに気を取り直して、キマイラ達と向かい合う。


「『爆発エクスプロージョン』」


 背後にいたキマイラが爆発で一掃された。その光景をマリー達は、呆然と見ていた。爆発は、火魔法の中でも最上級に位置する魔法だ。普通なら、何年も修行を重ねた魔法使いが、ようやく使えるようになる。

 さらに、魔力消費が並の魔法の何十倍もあるので、連発など普通は出来ない。しかし、カレナは、それをいとも簡単に連発している。

 カレナは、記憶力だけではなく魔法の腕も一流だった。普段の授業では口頭や板書などで教えているため、マリー達は、実際にカレナが戦うところを見るのは、これが初めてなので、実戦でここまで戦えるとは知らなかった。


「思ったよりも多いですね。『神域サンクチュアリィ』」


 光のドームがカレナを含んだマリー達を覆った。神域は、最上級の結界魔法だ。結界の外である外界と結界の内側である内界を完全に隔てている。そのため、外界からの干渉を完全に遮断しているのであった。

 キマイラ達が前脚を叩きつけて、炎を吐き、空中からダイブ等々、様々な攻撃をしているが、神域は、その悉くを防いでいる。

 マリー達は、てっきりキマイラの攻撃から自分達を守るために神域を展開したのだと思っていた。しかし、その考えは次の瞬間に霧散した。

 カレナが神域の内側で手を空にかざす。


「『雷嵐サンダーストーム』」


 空に黒い雲が集まり、辺り一帯に風が吹き始める。その風は、どんどん強くなっていき、仕舞いには若い木々が倒れていった。雨が降り出し、小雨だったものが豪雨になる。遠雷が聞こえたかと思えば、雷が、すぐ近くに次々落ちてくる。

 雷嵐は、雷魔法と風魔法の複合魔法。激しい暴風と雷雨で、周囲の敵を攻撃していく魔法だ。

 暴風はキマイラを飛ばしていき、豪雨は相手の視界を奪い、落雷は命を奪っていく。キマイラが集まっていた範囲よりも、遙かに大きな範囲を覆った雷雨は、全てのキマイラを殺し尽くすまで止むことは無かった。

 そして、その影響は『神域』の内側には及ばない。


「もう少しここにいてくださいね。知覚できる範囲は、全部倒したけど、万が一がありますから」


 カレナが、『神域』を展開した理由は、マリー達を自分の魔法に巻き込まないようにするためだったのだ。


「……………」


 マリー達は、一切言葉も出ない。爆発だけでも驚きなのに、神域や雷嵐までも使っている。そして、それらの最上位魔法を連発していて尚、カレナの魔力は余っている。今のマリー達では、全員で掛かっても手も足も出ない強さだ。

 周囲に新しい敵が出てこないのを確認してから、カレナは、神域を解除した。


「はい。もう大丈夫です。本当にごめんなさい。こんな緊急事態に、駆けつけるのが遅くなってしまって。救難信号は、使う事が出来なかったのですね?」

「はい。使おうとはしたのですが、吹き飛ばされてしまって」

「吹き飛ばされた?」


 カレナは、一度首を傾げてから考え始めた。少しして、両手のひらをパンッと合わせると、


「まぁ、それは置いておきましょう」


 と朗らかに笑ってそう言った。マリー達は唖然としていた。


「とにかく、今回の野外演習は中止です。急いで、この場から離れます」


 そう言って、カレナは、マリーを背負う。


「せ、先生!?」

「マリーさんの魔力だけ異常に少ないですから。あまり無理をするのはよくありません。アルゲートくんとリンガルくん、後はセレナさんも魔力が少ないですね。皆さん、休憩が欲しい場合は、すぐに言って下さいね」

「分かりました」


 アルが代表して、そう答えると、カレナは頷いてから先導を始めた。アル達は、おとなしくカレナについて行った。その道中も魔物が襲い掛かってきたが、その全てをカレナが倒していった。マリーを背負っていても、平然と的確に排除していた。

 そのため、アル達は、本当におとなしくついて行くだけだった。不思議と誰も喋ることは無かった。喋る気力が無かったのもそうだが、自分達の弱さを実感したためだった。

 同年代と比べれば、圧倒的に強い。だが、自分達が苦戦していた相手を、一方的に蹂躙したカレナを見て、自分達がいかに弱いか、そして上には上がいるという事を知ってしまった。

 Sクラスに入ったということで、少し自惚れていたのだ。自分達が強いという気になっていたのだ。そういった考えが、マリー達の頭の中で渦巻いていた。そのことに、カレナも気付いていた。


(過度な自信がなくなったのは良いことかな。でも、ここまで落ち込むのは予想外だなぁ。う~ん……)


 カレナは、マリー達を励ますために口を開いた。


「そんなに落ち込まないでも、皆さんは強いよ。でも、それは同年代の中での話。世界は広いからね。私くらい強い人もいるし、私よりも遙かに強い人もいる。マリーさんとコハクさんは、よく知っていると思うけどね。だから、必要以上に落ち込む必要は無いよ。自分の弱さを知ったなら、皆はもっと強くなれる。だから、元気出して!」


 そう言って、カレナは振り返り笑った。それで、少し気分が和らいだのか、マリー達の肩の力が抜けた。そこからは、ぽつぽつとだが、会話が生まれていった。

 そのまま、三十分程歩き続けると、マリー達は、森を抜けることが出来た。

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