剣唄
改稿しました(2023年7月18日)
アルの目の前で、マリーは炎に包まれた。
「マリー!」
アルの叫びが木霊する。アル達は、マリーのおかげで、無傷で済んでいる。だが、キマイラの炎は、マリーを包み続けている。キマイラの白い炎に包まれていては、無事では済まないだろう。だが、アルは諦めなかった。
「『魔剣術・水華』!」
力を振り絞りアルが振った剣の延長線に、水の華が咲き乱れる。水の華は、キマイラの炎を消していき、キマイラにも殺到していく。しかし、たいしたダメージは与えられない。だが、『水華』の真価は攻撃力にはない。
水の華が、キマイラに纏わり付いた。所詮は水と侮ると痛い目をみる。『水華』の真価は、拘束力にある。いくら振りほどこうとしても水を掴むことは叶わず、水は、そのものを掴み続ける。
水を吹き飛ばしても、また集まって拘束する。『水華』から逃れるには、この水をひたすらに吹き飛ばし、周りの水を排除するしかない。
キマイラは水の拘束から逃れるためにもがいている。その内にアルは、マリーの元に急ぐ。マリーは、まだ炎に囲まれている。
アルは、炎の中を突っ切ってマリーの元にたどり着いた。
「マリー!」
アルは、マリーが黒焦げになっていることを覚悟していた。しかし、驚いたことにマリーは、無傷でその場にいた。
「無事……だったか……」
マリーが無傷でいられたのは、カーリーの作った髪飾りのおかげだった。髪飾りに付加された結界生成機能が働いたのだ。キマイラに前脚で殴られた時には発動しなかったが、炎の時は発動し、マリーの身を守ったのだった。
殴られたときに発動しなかったのは、本当の意味での殺意がなかったからだ。カーリーが施したのは、殺意に反応して結界を張る機構だったため、殺意のない一撃には反応しなかった。
どんな攻撃でも反応するようにしてしまうと、小さな攻撃にも反応してしまい、魔法陣の消耗が早くなる。すると、何度も魔法陣の補修を行わなければならなくなり、髪飾り自体の耐久度も下がってしまうのだ。
魔道具は使う度に付加されている素体の耐久値も削っていく。温度維持などであれば、そこまで減らさずに済むのだが、結界生成などの付加だと素体の耐久度を大きく削ってしまう。そのために、このような使い方にしていたのだ。
マリーの髪飾りが崩れ落ちる。キマイラの炎の威力が強く、たった一回の結界生成だけで全ての魔力と耐久力を使い果たしたのだ。
「ア、アルくん……他の皆は?」
マリーは、やっと動けるようになったようで、近くの木をふらふらと立ち上がる。同じように立ち上がったアルが、すかさずに肩を貸し、支える。
「今のところ、全員無事だ。意識も回復してきている」
アルは、周りを見ながら答える。アルの言うとおり、皆の意識が回復してきており立ち上がろうとしている。リンにいたっては、既に立ち上がって弓を構えている。
「アルくん、顔色が悪いよ。無理をしているんじゃ……」
「気にするな。今は少しでも無理をしなければ生き残れない。水華の拘束も、そろそろ破られる。戦えるか?」
「もちろん」
マリーは、遠くに落ちてしまっている剣を再び操る。
「本気の本気で行くよ。魔力切れも明日の筋肉痛も気にしないんだから!」
「ふっ、その意気だ。全員! 戦えるな!?」
『もちろん!』
全員の声が重なる。皆、ぼろぼろだが既に立ち上がり、キマイラを睨み付けている。
「いくよ! 『剣舞・十重奏』!」
マリーは、既に出してある五本に、新たにポーチから出した五本を合わせて、計十本の剣を操る。マリーが、何も気にせずに使えるのは、五重奏まで、そこから先は消費魔力などを考慮すると気軽には使えない。特に十重奏は、魔力の消費が激しいので、あまり使いたくないのだ。
マリーの操る十本の剣がキマイラを襲う。縦横無尽に飛び回る剣は、キマイラの身体は、次々と傷ついていく。
山羊頭が回復させようとするが、治癒限界を向かえているため、傷の治りは悪い。だが、マリーの攻撃は致命傷とならなかった。傷が増えていくが、表面しか傷つけられていないのだ。単純に攻撃力不足だった。しかし、致命傷を与えられないとはいえ、十本もの剣の攻撃に、キマイラは気をとられている。
そうこうしているうちに、尻尾の蛇が斬り落とされた。蛇は斬り落とされて尚、動き続けていた。自分を斬り落とした者に噛みつこうとするが、その姿が何処にも無く混乱している。
その頭に、刀が刺さった。その一撃で、蛇は絶命した。蛇を殺したのは、コハクだった。縮地を使って背後に移動し、尻尾を根元から切断したのだ。そこからは、常に蛇の死角に縮地をし続け、隙を突いて頭に刀でトドメを刺した。
マリーの攻撃は、全てコハクの援護でしか無かった。その証拠にマリーの攻撃は、尻尾付近には行われていない。山羊が鳴いて回復させようとするが、血が少し止まるだけで、蛇が生え治りはしなかった。本来であれば、それで治ったのだろうが、リリーとセレナの攻撃により、治癒限界を向かえているせいで、治らないのだ。
キマイラは、コハクへの怒りで興奮していた。そのせいで、他への注意が逸れてしまった。そう、今のキマイラに致命傷を与えうる力を持っている存在への注意を……
「『貫通』!」
セレナの突きによって、キマイラにもうひとつの風穴が開いた。
キマイラが、その攻撃を放った方向を見るが、そこには影も形も無い。山羊が鳴き傷の止血を行う。
「『貫通』!」
またひとつ風穴が増えた。再び攻撃方向を向くが誰もいない。たった今攻撃したはずのセレナは、キマイラから離れて、アイリの近くまで来ていた。
「はぁ、はぁ、しぶといね」
「セレナ、これ飲んで」
「ありがとう。んぐっ」
セレナは、アイリからもらった魔力回復薬を飲んで、呼吸を整える。
キマイラは、セレナを近づけさせまいと、がむしゃらに暴れている。獅子頭が、あっちこっちに炎を吐き出す。しかし、燃料不足なのか、当初の威力よりも格段に弱い。マリーの水の結界が無くても防げるくらいだ。先程放ってきた白い炎は、キマイラ自身に、相当な無理が掛かっていたのだろう。
暴れているキマイラの足下で衝撃が走った。地面が揺れ、衝撃波がキマイラを襲う。リリーの鞭によるものだ。暴れていたキマイラは、一瞬動きを止める。それを見逃さず、鞭がキマイラの山羊頭打つ。
山羊頭の首が、鞭が命中した半ばからへし折れる。
それでも、山羊頭は、しぶとく生きている。か細く鳴いては、少しずつ傷を治そうとしていた。リリーは、鞭に許容量以上の魔力を流す。
「喰らいなさい!」
その鞭で、山羊頭を打つ。リリーの鞭で打たれた山羊頭は、一瞬ではじけ飛んだ。その衝撃で、キマイラ本体にもダメージを与える。だが、リリーの鞭は限界を迎え、半ばから千切れてしまった。
残ったのは、獅子頭だけとなった。キマイラは、満身創痍になっていても、今までと変わらずに立っている。その立ち姿からは、とても重傷を負っているように見えない。
怒りでキマイラが、咆哮する。すると、傷口が、次々に塞がっていった。
「狂化か!?」
アルの顔が、苦しそうに歪む。狂化とは、魔物にみられる能力のひとつだ。全能力の強化、欠損以外の傷の回復、そして理性を失う。周りにあるもの全てを襲うのだ。そして、狂化をして理性を取り戻した例は、今のところひとつもない。
キマイラは、今まで以上の速さで、リリーに襲い掛かる。先程の一撃で鞭を失ってしまったリリーは、有効的な反撃方法を持ち合わせていない。しかし、リリーの眼に諦めは無かった。それは、仲間を信用しているからだ。
「『魔弓術・氷波』」
氷の波が、キマイラを襲う。リリーに向かっていたキマイラは、氷の波に吞まれて、リリーから離れていった。アイリが、氷の波から抜け出そうしてもがくキマイラに、追撃をかける。
「『重力床』!」
アイリによって、キマイラのいる場所の重力が増す。動きが鈍るキマイラの周りをマリーの剣が縦横無尽に動き回る。キマイラの体中に傷が増えていくが、さっきよりも付けられる傷が浅い。
「さっきよりも硬い……」
「そのまま攻撃して、注意を逸らしてくれ」
「わかった!」
アルの指示に頷いたマリーは、邪魔をされないように剣を操る。アルは、目を瞑り集中し始めた。
キマイラは、自分を傷つけてくる剣を鬱陶しがっている。なんとか引き剥がそうとするが、マリーがそれを許さない。さらに、アイリも加勢する。
「『超重力』!」
黒い渦がキマイラの足下に現れる。
キマイラは、その黒い渦に吸い込まれ、身動きが出来なくなった。闇魔法と力魔法の複合魔法だ。闇魔法による吸い込みを力魔法で、さらに強化している。通常の魔物であれば闇の中に吸い込まれて、この世からいなくなるのだが、キマイラなどの強力な魔物は、吸い込みきれずに、その場に留めるだけになってしまう。
「うぅ……」
魔法を発動しているアイリは、辛そうな顔をしていた。そもそも、複合魔法は、消費魔力が大きい。普通は、学院の最上級生になるまでは、使えない人の方が多いくらいの高等技術を、アイリは、今ある魔力を全て注ぎ込んで発動している。
そのため、魔法の維持は、長く続かないと予想出来た。
キマイラは、超重力の中を少しずつ動く。アイリは、魔力回復薬を飲みながら、魔法に魔力をつぎ込む。
「アイリ! もう少しだけ耐えて!」
マリーの言葉に、アイリがコクンと頷く。
マリーは、剣を自分の元まで戻して、目を閉じ魔力を練る。そして、マリーが眼を開けた。
「『剣唄・協奏曲』!!」
マリーの剣の内の五本が、円の形に配置し、マリーの上で回転する。その結果、マリーの上で魔法陣が描かれ、魔法が発動する。回転のせいなのか、不思議な音が響き始める。
マリーを含めた皆が、光りに包まれた。次に、アルが眼を開けた。剣に魔力を溜め、振りかぶる。
「『魔剣術・大紅蓮』!!」
炎の剣撃が、キマイラを襲う。キマイラは、身体を大きく傷つけられ、大きな炎に包まれた。その熱量は、少し離れたマリー達にも伝わってくる程だった。
キマイラは、炎の中をもがき苦しんでいる。炎は、一向に消えることは無く、キマイラを包み続ける。ただアルが大紅蓮を使っただけなら、これだけで終わるはずだった。だが、今回は一つ違う事があった。
マリーの剣の内、魔法陣を形成していない五本の剣が、ひとりでに動き、大紅蓮を順番に放っていったのだ。
マリーとコハク以外の五人は、それを見て眼を見張った。『魔剣術』を扱えるのは、カストルの家系のみなのだ。それをマリーは、いとも簡単に再現している。これだけで異常な事態なのだった。マリーが、何をしたのかを知っているコハクは、すぐに動き出す。炎に包まれているキマイラに向かって走り出した。
「『抜刀術・紫電一閃』!」
コハクは、キマイラの目の前に来て、一瞬で後ろに抜けていた。キマイラの身体に一文字の傷が走る。そのコハクの剣閃を追い掛けて、マリーの剣が同じ早さで抜けていく。キマイラの傷が次々に深くなっていく。
ガゥッ!
「皆! 魔法でも剣術でも何でもいいから使って! マリーの剣が再現していくから!」
コハクが、皆に向けて叫ぶ。アル達は、様々な疑問を置いておき、コハクの言葉に頷く。そして、それぞれが、今自分の出来る最大限の攻撃をする。
「『魔弓術・大焦熱』!」
「『光弾・三連』!」
「『闇弾・五連』!」
「『貫通』!」
「『魔剣術・風牙』!」
この全てをマリーの剣が、再現していった。五本の剣が再現するため、全ての攻撃が計六回連続で続いていく。
キマイラは、その連撃に耐えきれず、横たわる。包んでいた火が消え、キマイラの全貌があらわになった。全身が黒く焦げ、無数の傷が身体に刻まれている。特に、セレナの『貫通』による風穴が目立っている。その様子から、死んでいると思われるが、一応確認するため、アルがゆっくり近づいていく。
「死んでいるな」
アルの言葉に、マリー以外の皆がホッと安堵のため息をこぼす。そのことに気付いたアルがマリーの方を見ると、マリーが膝から崩れ落ちるところだった。
「マリー!」
直ぐさまアルが、マリーの元に駆けつけ、身体を支える。
「マリー! 大丈夫か!?」
マリーの返事はない。眼を閉じたまま、ピクリとも動かなかった。だが、呼吸していることは確認できたため、ひとまず安心した。
コハクとリン以外の三人も駆けつける。
「マリーさん! 大丈夫ですの!?」
「マリー!?」
「マリーちゃん!」
三人の呼び声にも反応しない。マリーの十本の剣を回収したコハクとリンも駆けつけた。
「マリーさんは、大丈夫なのかい?」
「平気では無いと思うけど、心配はないよ」
リンの質問に、コハクが答える。
「魔力切れと剣唄の反動で寝ているだけだよ」
「反動?」
アルが、コハクの方を向いて訊く。コハクは、マリーの側に来て、ポーチに剣を仕舞っていく。
「うん。剣唄・協奏曲は、仲間の攻撃をサポートしつつ再現する魔法なの。その再現のために、脳の処理能力を大きく使うんだ。普通は使う事のできない技も再現できるけど、脳を酷使しすぎてしまうの。だから、使った後はこうして気絶しちゃうの」
「つまり、その魔法を使うと必ず気絶してしまうということか?」
「ううん。普通の魔法だけだったら、気絶しないようには、なっているはずだよ。今回は、魔剣術や魔弓術、あとはセレナのオリジナルを再現したから、負荷が掛かりすぎたんだと思う」
「そうか、そこまで無理をして……」
アル、リン、セレナが申し訳なさそうな顔をする。そんな三人を見てコハクは安心させるように少し笑いながら声をかける。
「マリーは分かってて、やったんだもの。申し訳ないって気持ちより、ありがとうって気持ちの方が嬉しいと思うよ」
「……そうだな。取り敢えず、ここを離れよう。先生の元まで行って野外演習を中止してもらう」
「そうだね、アルさんには、まだ戦ってもらいたいから、リリーが、マリーを背負って」
「わかりましたわ」
リリーがアルからマリーを預かり、背中に背負う。今のリリーは、鞭を持っていないため、使えるのは、魔法のみだ。なので、マリーを背負っていても問題はない。
「先頭から、コハク、セレナ、リリー、アイリ、リン、俺の順番で行くぞ。全員警戒を怠るな」
『了解』
全員が返事をしたとき、後ろでズシッという音がした。全員がそちらを向くと、獅子の頭と山羊の頭、蛇の尻尾を持つ魔物キマイラがこちらを見ていた。
「な、なんで? さっき、倒したはず……」
「別個体だ。さっきまでのキマイラと違って、あれは通常種だからな……だが、今、相手にしても勝てない」
今のアル達は、全員満身創痍だ。魔力もほとんど空になっている。それに、さっきのキマイラに勝てたのは、マリーの『剣唄』があったからこそ勝てたのだ。そのマリーが、気絶している以上勝ち目などない。
全員が額に汗をかく。キマイラは、まだこちらを警戒して、近づいてこない。先程の変異種を倒した相手だからだろう。
「俺が、足止めをする。その間に、先生のところまで行って、応援を呼んできてくれ」
アルが、剣を引き抜き構える。皆が言われたとおりに、逃げようとすると、その逃げ道にもう一体のキマイラが現れた。
「なっ!? もう一体だと!?」
キマイラが二体、前後を挟んでいる。どう逃げようとも回り込まれてしまうだろう。
終わったと思った地獄は、まだ続いていた。切り抜ける力はもう無い。しかし、皆の眼は諦めていなかった。
皆で生きて帰る。そんな願いを抱きながら、次の戦いに身を投じようとする……




