9度目の転生(月夜の晩編)
女が男を初めて助けたのは森の泉の傍であった。
深い戦傷に今にも命が尽きそうだったのだ。
女が近づくと、男は瀕死の目を開けて微笑んだ。
「美しい月だ」
その言葉に恋に落ちた女は男を助けた。
だが、その恋が実ることなく次の戦で男は死んでしまったのだ。
2度目に男を助けた時は牢獄の中であった。
月明かりを伝って死にかけた男の姿を見つけ、その命を再び助けたのだ。
そこを逃がしてやったのだが、男は女を顧みることなく他の人間の女とどこかへ行ってしまった。
3度目に男を見つけた時、男は日中の日差しの中で死んでしまった。
月夜の晩でなければ助けられないのだ。
4度目は既に婚約者がいる身であったが、女は男を見守り、その身が自由になるのを待っていた。
だが、妻を看取った男にけんもほろろにふられてしまったのだった。
5度目は漁師であり、女は夜の航海を助けたが、月の出ない嵐の晩に波にさらわれ死んでしまった。
6度目に男を見つけた時、魔法使いであったが、暗い塔に閉じこもり生涯出てくることはなかったのだった。
7度目、男は商人であり、夜空を見上げる暇もなく仕事に精を出し、そのまま死んでしまったのだった。
8度目に男を見つけた時は既に瀕死であった。生れ落ちてすぐに命を落としてしまったのだった。
そして今回で9度目であった。
ちょうどその時、消えかけた命を見つけ、女はその入れものに滑り込んだ。
男が住む同じ村の人間の体であった。
息を吹き返した娘に両親は喜んだが、既にその魂は天に召されたあとだった。
女はその体を抜けることが出来なくなったが、代わりに人間の立場で男の傍に行くことが可能になったのだ。
そうして人のふりをすることに成功した女であったが、その存在はかなり異質であり、男の目を引くことはなかなかできなかった。
それでも女はその姿を追い求め、その後ろをついてまわった。
もう一度言って欲しかったのだ。
恋に落ちた一言を。
ある日、男は猟に行きとある貴族女に見初められた。
従者にならないかと誘われたと男は喜び勇んで帰って来た。
村中が喜んだが、女は喜べなかった。
「どこへ行くの?私も行ける?」
女の問いに男は煙たそうな顔をした。
どこへでもついて来ようとするこの女を煩わしく思っていたのだ。
「誰かを連れていけるとしてもお前だけは選ばない」
女は驚いたが、素直にその言葉を受け入れた。
また待てばいいと思ったのだ。
女は村で人のふりをしてその体の両親のもとで人間の日常を送った。
そのうち年頃になれば嫁に行かなければならないと聞かされると、女は困ってしまった。
あの男以外の人間には興味がなかったのだ。
女は村を逃げ出し、男のいる貴族屋敷に向かった。
そしてそこで台所番として雇って欲しいと頼み込んだ。
料理長は女に料理を作ってみろと告げ、女はその力をちょっとばかり使って極上の一皿を作り上げた。
それはとても美味しく、料理長は大喜びで主人の食卓に運んだのだ。
無事女はそこで雇われることになったが、恋した男の姿はなかなか見つけることができなかった。
だが、その屋敷の騎士団が戻ってくるとの知らせと共に恋する男の姿が門の向こうから現れた。
男は立派な鎧を身に着け馬に乗っていた。
その傍らには館の女主人がいて、それは美しい装いであった。
男の眼差しを見て、女はそれに気が付いた。
男も恋をしているのだと。
その恋を叶えるのは簡単なことだった。
女はある夜、男の寝室を訪ねた。
夜であればどこであっても女は入り込むことができたからだ。
枕元に立った女に男はすぐに気が付き飛び起きた。
そして月明かりに浮かび上がる女の顔を見て驚愕した。
女は驚かせたことを詫び、恋を叶える薬を差し出した。
好きな女性に手ずから飲ませれば恋が叶うと伝えた。
男はそれを受け取り、気味が悪いと窓から投げ捨てようとした。
女は首を傾け、その手を取った。
「あなたを助けられるのに」
男はその女の手を払いのけた。
「つきまとうな。気味が悪い」
女は驚き、その言葉をどう受け止めていいかわからなかった。
ただ、意味もわからず涙がこぼれた。
その涙は宝石のようにキラキラ輝き月の輝きをそのまま閉じ込めた光る結晶になった。
床に落ちたその雫を男は呆然と見つめた。
宝石の輝きを持った珍しい石を拾い上げ、女を見上げると、その宝石はぽろぽろと後から後からあふれてくるのだ。
男はそれを両手で受け止めた。
手の中がたくさんの涙の宝石でいっぱいになると、女は男を見つめて微笑んだ。
「それ、気に入ったの?」
男は手の中に輝く宝石の山に呆然とし、それからその手の中から生み出される富の大きさを思って胸が高鳴った。
この宝石に価値があるとすれば身分さえも買えそうだった。
その方がずっと男にとって現実的だったのだ。
女はうれしそうな男の姿に満足して月の出ている間に飛んで台所に帰っていった。
男は夢でも見ているのではないかと思ったが、その雫の宝石は朝になっても消えることがなかったのだ。
男はその富を持って女主人に身分を買えるでしょうかと丁寧に尋ねた。
女主人はその宝石に魅せられ、その男の恋心を利用して全てを巻き上げてしまった。
男は騎士の立場に上がったが、主人はその富を持ってさらに高い地位を求めた。
王にその宝石を献上すると、その輝きは国王の目をも惹きつけた。
さらに宝石を求められた女主人は自分の騎士が持っていると告げ、男はもう差し出せないと訴えた。
国王の怒りを買った女主人は約束を守れなかった罪を騎士になすりつけた。
騎士は台所番の女にもらったのだと主張したが、貧しい女がそんな物を持つわけがない。
その言い訳は通用しなかったのだ。
月夜の晩、女は処刑を待つ騎士になった男のもとに現れた。
宝石をもたらしたその夜と同じように現れた女に男はさらに宝石を出してほしいと願った。
女はぽろぽろ泣いてその涙を落とした。
手に一杯の宝石を手に入れると男はその手の中の宝石に魅せられたが、女には一言も発しなかった。
翌日、男は処刑場に引き出される前に宝石があると主張したが、それは男を連れ出しに来た刑吏達に奪われてしまった。
首を吊られる寸前であった。
女は人間の体にあり、日中であっても動けることに気が付いた。
男が吊られるその台に駆け上がり、その体を抱きしめた。
男のかわりに刑を受ける気があるのかと王が問い、女は受けると答えた。
その時初めて男は女の顔を見ようとした。
だが、女は王と民衆の方を向いていた。
まっすぐに立ってその首に縄をかけさせた。
女の名前を呼ぼうとして、その男はその名前すら憶えていないことに気が付いた。
すまなかったと泣いて謝りたかったが、もう遅かったのだ。
女の体は命を失い、その縄の先にぶら下がった。
その夜、男は一晩晒されるその女の死体を処刑場の下から見上げていた。
無残に揺れるその死体の遥か頭上に大きな月が昇っていた。
「ああ、美しい月だ」
男は呟いた。
その時目の前に現れたのは、首を吊った女とはまた別の姿の女であった。
「そう、それが聞きたかったの」
その目から宝石を落としたが、男はもうその輝きを見てはいなかった。
その宝石よりも美しい青く輝く女の眼差しに魅せられていた。
だが人の体を失った女は朝が近づくと男の前からその姿を消してしまった。
男はその宝石を吊るされた女の体を下ろし、故郷の村に連れて帰るために全部使い果たした。
男はもとの猟師に戻った。
夜になると男は月を見上げた。
そしてその姿に一言呟くのだった。
「美しい月だ」
すると月明かりの下に女の姿が現れた。
「何か欲しいものがあるの?」
女は尋ねたが、男はもう何も欲しがらなかった。
ただ二人、寄り添ってその夜を静かに過ごしたのだ。
そしてそれはいつまでも、いつまでも続いたのであった。
完。
私の至らぬ作品を読んでくださった全ての方に感謝申し上げます。
ありがとうございました。




