ちょっと早めのEpilogue1 今週もなんとか生きてる
テレビのアナウンサーの声が、居間の空気を小さく震わす。
“──本日、14時過ぎ。◎◎市の警察に、大手△△企業の元会長──□□氏70歳が出頭し──”
「呉葉ちゃん、素麺出来ましたよ」
台所から顔を覗かせた文月さんが、麺つゆの香しい香りを纏いながら、居間へと入ってくる。両手でお盆を持ち、その上には二人分のコップと小皿などが載せられている。
“──□□氏は息子をナイフで刺して殺害したと自供──”
「ありがとう、瀬里奈。今、ちゃぶ台片付けるから」
ちょっと顔を顰めながら、呉葉は手早くちゃぶ台の上を布巾で拭いた。
“──息子は38歳の無職の男性で、大学を卒業後、父親が勤務していた企業の関連会社を転々と──”
呉葉は立ち上がり、台所に行くと、流しに置かれたざるを手に取って、素麺の水をもう一度だけ切ると、お皿に移した。
そのお皿を手にして居間に戻る。
“──ここ七年近くは引きこもりをしており、過去には発達障害の診断を──”
呉葉と文月さんが再会して数か月後──。
二人はアパートを借りて、一緒に暮らすようになっていた。
ともに障害者雇用で働き、少ない給料を寄せ合って、冬の森の樹の洞で、震えて過ごす子リスのように──慎ましやかに暮らしていた。
“──出頭した父親は、息子の家庭内暴力に日々怯えていたと述べ──”
「こういうニュース、嫌ですよね? テレビ、消しましょうか?」
そう言うや否や、文月さんは床のリモコンを拾い上げ、液晶モニタをブツリとブラックアウトさせ。
「あ、ありがとう」
「はい」
お箸と麺つゆの入ったコップ、そして様々な薬味が盛られた小皿を呉葉の前に、コトリコトリと置いてゆく。
「呉葉ちゃん、そんな顔してないで、食べようよ」
「うん、そうだね。ごめんね」
二人は「「いただきます」」と手を合わせると、ちゅるちゅると素麺を啜った。
小皿に盛られた大葉を、お箸で摘まんで口の中に放り込む。
「うん! 瀬里奈のとこの紫蘇、美味しいね」
「はい。我ながらなかなかの出来ですね」
そう言って文月さんは、みょうがを口いっぱいに頬張った。
彼女の笑顔を見ていると、先程のテレビ報道で迫り上げた不快な感情は霧散するように消えていた。
「今週もなんとか生きてるね、わたしたち……」
「アハハハ、大袈裟過ぎですよ」
そう言いながら、文月さんは次の素麺に手を伸ばす。
だけど、呉葉は彼女のように、気楽に笑い飛ばすことは出来なかった。
「ねぇ、瀬里奈、もう一回テレビ点けてもらってもいい?」
「はい、別にいいですけど……珍しいですね。この手のニュース、大嫌いなのに」
怪訝そうな顔をしながら文月さんが、もう一度テレビのリモコンを手に取った。
“──殺害された息子の〇〇さんは、中学時代から壮絶なイジメにあっており、就職先でも周囲から敬遠されて孤立して────”
報道はまだ続いていて、アナウンサーが神妙な顔つきで原稿を読み上げていた。




