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♪♪♪♪ ハッタツショウ害シャノ唄 ♪♪♪♪   作者: 動物の世界で人間らしく
第二章 人に値札でも付いているのか?
12/21

027 いやぁ、本当に残念だなぁ


 その日は──年度末ということもあり、社員全員がせわしなく働いていた。


 そんな慌ただしい空気の中、呉葉は仕事もせず、ひとり黙々と辞表を作っていた。書き方が分からないので、インターネットで調べながら。


 その後、私物の文房具類を鞄に詰め込み、すっかり此処を引き払う準備が出来たのは、午後4時を少し過ぎた頃。


 元々殺風景だった机の上は、今はもう備品のパソコン以外は何もなく、呉葉の席は怱々(そうそう)たる空間の中で異様な深閑を放っていた。



 呉葉はガランとした机を見つめながら────。



 “──わたしは……発達障害者だ。それを恥とするものか──。”

 心の中で、己を鼓舞するように呟いた。



 浅春の日の光は窓のガラスを通過して、見慣れたオフィスの内を鮮やかに照らしていた。

 普段は何も感じない高い天井から四方の生成色きなりいろの壁まで、すべてが新鮮に眼に映る。



 やがて決意を固めた呉葉は、鞄を持って席を立ち、ズンズンと赤津支店長の席まで迷いを見せず、まっすぐ進んだ。


 社員たちが何だ何だ? という風にチラチラと呉葉の方を盗み見ていたが、既に知ったことではない。




「支店長、時間単位年休を使って、本日はもう帰宅させていただきます」

 喉に潤滑油を差したみたいに、その声は滑らかに咽頭から押し出され、支店長を真っ直ぐに貫いた。

 呉葉自身が驚くほどの落ち着いた声色だった。


「あっ、そ。いいよ」

 支店長はあからさまな侮蔑を表情に宿し、承諾の言葉を吐き捨てた。



「それと、明日から月末まで、残った有給休暇を使って、休ませていただきます」


 支店長は侮蔑から怒りへと、その表情を豹変させた。

 脂ぎった顔を赤くさせ、眉間に深い谷を刻み込み、分厚い眉丘をさらに盛り上げて、口は左右非対称に歪められている。




「……それと……こちらをお受け取り下さい」

 呉葉は白い封筒を支店長に突きつけた。


 その封筒のおもての文字を見たとたん、彼の表情は柔らかに溶け、やがて下卑た笑みを満面に浮かべた。


「そうか、そうか。いやぁ、君がいなくなると残された人たちは大変になるなぁ。いやぁ、本当に残念だなぁ」

 嬉々とした抑揚を伴ったその声は、職員の好奇の視線が行き交う事務室の中で、朗らかに響いた。


 その言葉に誘われるようにして、周囲の社員の口許がいやらしく綻ぶ。


「そういうことですので、今日はもう退社させていただきます。また後日、事務手続き等で伺います。その時はどうぞよろしくお願いします」

 

「あぁ。その辺はあとで勝野庶務係長から連絡を寄越させるよ。これまでおつかれさん」


 呉葉は何も言わずに踵を返し、声なき歓声に沸き返る飯山産業のオフィスを後にした。





「ざまあ見やがれ」

 出入り口を出る瞬間、誰かが掲げた小さな凱歌が耳に届いた。

 だけど呉葉は気にすることなく、背筋を伸ばしてまっすぐ歩く。


 そんな呉葉の後ろ姿を、社員たちはせせら笑いを浮かべながら眺めていた。



 ◇

 

 ◇


 ◇

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