七行詩 81.~100.
『七行詩』
81.
気怠さの 中にこそ美は 棲みついて
金魚が暮らす 鉢を覗けば
時さえ忘れ 人は愛で
舟を漕ぎ 池に輝く 鯉を追っては
決してこの手に 届くことはなく
漂うて 木々を 行く人を 見上げては
その風情にこそ 物憂いは晴れり
82.
追われて転げ 追い転げ
一羽の兎と 戯れる
飛び跳ねるような その声に
駆けだし 誘う 緑の小径に
惹かれ 魅せられ 追い求め
長く険しい道の先 駆け抜け 光に目が眩めば
求める姿はなく ただ川だけが広がっていた
83.
訳もなく 遠い昔の 夢を見て
決して忘れては いけない声が
また この耳に響いたよ
そうだ 僕の好きなものは どれも
誰かが好きだったものだから
全ての出会いは 一部となり
日々の中 今も生きているのがわかる
84.
生き恥も 失いたくない ものならば
絵にも描けば よいものを
忘れて楽になることは 人の数より多いのに
忘れてしまえば 今自分の立つ足場さえ
崩れてしまいそうで
過去にもたれて 歩くばかりの
心の端にも 染み入る夕日
85.
夏の夜の 晴れ着姿は 祭りの日
歩く速さで 辺りを流れる 映像が
鎖のように次々と 言葉を結びつけていった
垂れ下がり 風に舞う長い 袖や髪
襟首に 肌を覗かす 刹那から
浪々と流る時の中 漂うばかりの午後にさえ
気怠さのように次々と 僕を支配していった
86.
この花は 何ていうんだろう
過ぎし雨 広く花びらを 積もらせて
痩せた枝には 次の命が ささめき合い
桜の木並ぶ 足元には 風を歓ぶように揺れる
“この花は 何ていうんだろう”
少女は迷わず 駆け寄ると
春の小径にしゃがみ込み 此方を見上げた
87.
駅前で 忘れ物を取りに 戻るとき
引き返す道は 長く思うのに
歩き疲れ 君の待つ家に 帰るとき
この道は 真っ直ぐひとつに 延びていて
今は小さい 明かりの点る あの部屋へ
今日は何を持ち帰るのか
大事に抱え 鞄の中身を確かめていた
88.
考えを 君がノートに 隠すなら
後から僕が 覗いたところで
どんなにページをめくっても
今の気持ちには 追いつけない
涙がインクを 滲ませるなら
いっそ 涙を見せておくれ
手を重ね すぐに応えてみせるから
89.
望むなら 夢を見させてあげよう、と
ピエロは 風船をよこして
割れるまで 或いは しぼんでしまうまで
せいぜい愛でてやればいい と
芽吹かない 種にも水を やり続ける
僕をからかいに 来たのだろうか
散らかる部屋に 風船はまだ 浮かんでいる
90.
舞台には 一人一役 買って出た
皆で繋げる 物語がある
勇姿に幕は 閉じることはなく
立てる姿を 誇りに思う
呼吸は伝わる 遠くまで その旋律を震わせて
いきいきと 生きる貴方が 素晴らしいから
最後まで 拍手を送りたくなるんだ
91.
天秤は どちらに傾く 行く末は
七月の夜 橋の架かるを
ただ待つべきでは ないのなら
あたためて 願いをかけた 短冊に
思い出を添え 火をつけよう
煙は空へ 昇りゆき 答えはどうであろうとも
川を越え すぐに会いに来てくれるから
92.
街明かり 星の数ほど ある中で
貴方と 出会うはずだった駅を
今までに 何度も乗り過ごしてきたようで
歩いても 変わることない 風景に
見上げるばかりだったビルには
今日も貴方が 居ると思えば
この町も 好きになれそうな 気がするのです
93.
分かれ道や 時の流れに はぐれたら
遠い過去には 探さないで
そこに私は もう居ない
だから今すぐ 会いに来て
夜空を見下ろす この場所で
並べたのなら 迷子は泣き止み
その手に引かれ 立ち上がるでしょう
94.
いつの日も 同じ景色を 見るために
君を見上げては 背伸びして
歩みを合わせば 急ぎ足
それもいつかは 転げるように
僕らは別々の改札を
簡単に くぐってしまうんじゃないかな
隣に居ても 心まで 並べることは難しいから
95.
道端で 思わぬ奇跡に立ち止まり
あの日から 一歩も進めてないけれど
景色が 君が フィルムのように
僕のまわりを 流れてゆく
次々と色を 変えてゆく
心のシャッターを押しながら
その笑顔を ここで日常に 変えてゆこう
96.
この先は 一人で行くなよ 誰だって
誰かの肩を 借りて立ってる
どんな優しい 言葉より
優しい声で 包んでくれる
泥にまみれた 手のひらを
引いて立たせて くれるような
そういう人が 君には似合うよ
97.
描き見る その麗しい 御姿に
風は吹き 凍えるこころ あたためて
夢うつつ お手を引いては 束の間の
目が眩む 甘い感覚に 溺れゆく
肌に触れ その輪郭を 覚えゆく
泣き声は 胸の深くへ 零れゆく
暁に 追えど叫べど 離れゆく
98.
都会にも 四季折々の 楽しみが
休日の朝は 爽やかで
新緑は 光り輝き 風に揺れ
こちらに手招く 日溜まりの中
あの木に止まろう 僕たちも
羽を休めて 歌わばことり
色彩に 何を見つめて 鳴くのだろう
99.
夢に見て 叶う幸せが あるのなら
目覚めのコーヒーは 僕が淹れたり
ネクタイは 君が毎朝 結んでくれたり
特別じゃない 二人のままで 居られること
得意気な顔 ふと口をつく 冗談も
くだらない、と 君が笑ってくれるなら
つまらないより ずっといいでしょう
100.
向かい合い 同じ本を 開いても
めくる速さは 違っていて
ひたすらに 君は結末を 追い求め
僕は何度も 過ぎた出来事を 読み返す
けれど最後に 同じ涙を 流すなら
その場所に 栞をはさんで いつまでも
時間を止めて いたいでしょう