Your Affection
「お待たせっ」
「……それ程待ってないわよ」
「そっか。なら良かった」
そう言って彼女は短く切り揃えられた髪を揺らしてニカっと笑った。彼女は、私が居た吹奏楽部に今も所属している、小鳥遊雛子。
今日はヒナに誘われ、というか、やや強引に約束を取り付けられ、ゲームセンターに来ている。よくこの近くは通るものの、ゲームセンター自体は一年に一回来るかどうかというくらいで、内心少し戸惑っている。
「相変わらず、女子らしくない服装だなー」
デニムのジーンズにTシャツという私の格好を見てヒナは言った。
「……お互い様でしょ」
かく言うヒナも、七分丈のパンツにTシャツという出で立ちで、女子らしいかと聞かれれば首を傾げるだろう。
「まあねー。じゃ、行こっか」
ヒナの後を追う様にゲームセンターに入店した。やはり。夏休みだけあってそれなりに人が多い。
「最初は……やっぱ定番のクレーンかな」
ヒナは品定めをする様にクレーンゲームの筐体を何台か見て回ると、一台の前で足を止めた。筐体の中には、特に何かのキャラクターという訳ではなさそうなクマの縫いぐるみがいくつも置かれている。大きさは手のひらサイズといったところで、よく見ると、お尻の部分だけ色や素材が変わっている。景品の説明を見ると、スマホの画面クリーナーになっているらしい。
ヒナにしては案外可愛い物を選ぶのだな、と思ったが、景品の大きさやアームの種類などから取り易いと考えたのかもしれない。
ヒナは百円玉を投入して、ボタンに手を添えた。
「ほっ……ここっ!」
頭を手前に向けてうつ伏せになっているクマの脚の下に、見事にアームが潜り込み、そのままクマを持ち上げると思われたが、前転をする様にこてんとクマはひっくり返り、アームは何も掴むことなく所定の位置まで戻って来てしまった。
「……意外と厳しいのね」
「あはは、流石に一回じゃ取れないよ。次は紗耶香がやってみてよ」
ヒナに流されるまま財布から硬貨を取り出し、投入する。
「まずは、この『1』って書いてあるボタンを押すんだけど、押してる間だけアームが左に動くから注意してね」
「……ええ」
少し緊張しながらボタンに手をかけ、そっと力を加える。
急に動き出したアームに驚きつつも、ボタンを離すタイミングをしっかりと計る。
「……こんな感じかしら?」
アームが止まった位置は、目標のクマのやや左。
「いい感じじゃん! 次は『2』って書いてあるボタンだよ。今度は押してる間だけ前に動くよ」
「……わかった」
小さく深呼吸をして、再びボタンに手をかける。
今度は動き出したアームに驚くことはなかった。狙いを定め、手を離すと、アームはゆっくりと降下していき、クマの後頭部辺りで一旦停止した。そして、先程と同じ様にクマは回転し、景品獲得の穴へと落下していった。
「おおっ!」
「……っ!」
思わず身を乗り出しそうになるのを堪えて、ヒナと顔を見合わせた。ヒナは大きく頷くと、取り出し口からクマを取って私に渡した。
「おめでと、紗耶香」
「……ありがとう。でも、私が貰っていいのかしら?」
「いいよいいよ。こういうの。アタシのガラじゃないし」
「……そうかしら? まあでも、折角だから貰うわ。ありがとう」
礼を告げると、ヒナは少し照れ臭そうにしていた。
「次は……あれにしよ!」
ヒナに手を引かれて向かったのは、箱型の乗り物の様なものだった。全体的に不気味なデザインで、カーテンで仕切られた先は薄暗く、銃の様なものが見えた。
「……何よこれ?」
「いいからいいから」
乗り物の中へと押しやられ、ヒナと一緒に硬貨を入れると、大きな音がしてゲームが始まった。
「はい、これ持って。画面に向けるとカーソルが出るでしょ? これを次々と出てくる敵に向かって撃つのがこのゲームの遊び方」
「……そういうのは先に説明しなさいよ」
ため息をつくと、ヒナは「だって」とだけ言って画面の方を向き、「敵が出てきたよ!」と私に促した。
画面を見た私は、次の瞬間、言葉を失った。
前方から迫ってきた敵とは、ゾンビだった。
「だって、先に説明したら絶対やらないでしょ?」
「当たり前じゃない!!!!」
こんなものだと分かっていれば確実に拒否していた。だからこそヒナは説明しなかったのだけど。
とにかく今は目の前の問題をどうにかしなければならない。気づけば私は無我夢中で引き金を引いていた。
「……終わったの?」
「紗耶香、凄いよ……! ヘッドショット連発だったし、動きに無駄が無かった……。じゃあ、この調子で次のステージに——」
「嫌よ」
調子に乗るヒナを小突き、乗り物の外へと押し出す。どれだけ褒められようと、もう一回なんてとてもじゃないけどできっこない。
本気で怒っている訳ではないが、わざとヒナの少し前を無言で歩いてみる。
「さやかー、冗談だから機嫌直してよー」
ヒナもそれがわかっているようで、軽い足取りで私に並んだ。
「……全く。次は本気で怒るわよ」
「気をつけまーす」
それから私たちは店内の自販機で飲み物を買い、近くのベンチに腰掛けた。
オレンジジュースを一口飲むと、ヒナはややしっとりとした口調で話しかけてきた。
「ねえ、紗耶香」
「……何よ」
今までとの態度の差に驚きつつ、先を促す。
「合唱同好会、楽しい?」
「……ええ、とても」
「そっか。なら良かった」
ヒナは複雑そうな顔をしながらも、ニコリと笑った。
「紗耶香たちが居なくなってからしばらくの間、葉月先輩が寂しがっちゃって大変だったんだから」
「……そう。それは、悪いことをしたわね」
葉月先輩には、私たちが去年、和音さんたちと同じように同好会を作ろうとした時から色々とお世話になっていて頭が上がらない。いつか、ちゃんとお返しをしなければ……。
少しの沈黙の後、ヒナは目を伏せながら言葉を紡いだ。
「まあ、アタシだって寂しくないって言ったら嘘になるけどさ、会えなくなる訳じゃないし、紗耶香たちが自分のやりたいこと見つけて楽しくやってるなら、それでいいかなって」
「……ヒナ」
私を支えてくれていたのは葉月先輩だけではなく、こんなところにも居たことを改めて思い知らされた。
「なーんて、湿っぽい話は終わり! 記念にプリ撮って帰ろっ」
空になったペットボトルをゴミ箱に捨て、ヒナは勢いよく立ち上がり、近くの大きな機械の中へと入っていった。
慌てて後を追うと、中には照明やタッチパネルが並んでいた。
状況がつかめない中、ヒナはタッチパネルで何かを選択し、それが終わると音声が流れ、ポーズを取るよう指示された。
「紗耶香、笑って笑って」
「……そんな急に言われても——っぷ、あはは、ちょっとヒナっ!」
突然ヒナにくすぐられ、笑っていると、フラッシュが焚かれた。
「……ヒナ、次はないって言ったわよね?」
「いいから、はいこれ」
機械の外に出ると、先程撮った写真が印刷されていた。真っ先に目に飛び込んできたのは、不自然に大きく、光輝いている目だった。
「これがプリントシール、プリってやつだよ。落書きもできるみたいだけど、今日はこのままでいいかな」
「……悪くない、かも」
写真は少し変だけれど、確かに記念としてはいいかもしれない。突然くすぐられた怒りと、記念写真を取れた喜びとが混ざり、なんとも不思議な気持ちになっていた。
「それじゃあ、また今度ね」
「……ええ。次はもう少しまともな場所だと嬉しいのだけれど」
「あははっ、考えておくよ」
ゲームセンターを出てヒナと別れると、どっと疲労感が襲ってきた。
色々なことがあったけれど、最終的には満足感や幸福感で満たされていたと思う。
またいつか、こんな風に遊べたらな。