皇室制度について①
皇室制度については、私個人の意見としては、『賛成し兼ねる』と言うのが本当の所です。
この意見については、いくつかに分けて話さなければならないでしょう。それはもちろん、賛否両論があるからです。
先ずは、『賛成し兼ねる』の意味ですが、決して反対ではないが、賛成もしないと言う事です。
何か歯切れが悪く感じる方もおられると思いますが、私が批判を受けたり、場合によっては、○翼の方々に襲撃を受けるのを恐れているからではありません。言わば、私自身も結論を出せていないからなのです。
私は皇室制度には、どちらかと言えば、反対論者でした。何故ならば、あの凄惨な太平洋戦争を引き起こした第一責任者であるからと思っていたからです。
我が身を神の化身と偽り、国民を洗脳し、あの凄惨な戦いへと国民を導いたのですから、そう思うのも、仕方がないとご理解頂きたいと思います。
しかしながら、私自身は戦後生まれで、戦中はもちろんの事、戦後の我々先人の方々の苦悩も苦労も葛藤さえも知らずに、気が付けば、『平和な日本国』であった訳です。少年時代の私は、そう言った事(戦争の悲惨さ)を学びつつ、育ちました。恐らくは、私と同年代の方々にも、そう言う経験の元、育たれた方は少なくないと思います。
では、私が何故、今の皇室制度について、反対でもないのか?と言う事に話しを移したいと思います。それは、『令和』となった、この時代だから書こうと思った事にも繋がるのですが、現上皇様のお姿を見て来たからです。
『何を?』なのですが、先程述べたように、昭和天皇は、戦争を引き起こした張本人のように学んで来た私にとって、天皇を崇め奉る所か、尊敬にも値しないし、象徴の意味さえ理解出来ませんでした。
正直な所を言うと、今でも象徴の意味は分かりません。
それを、上皇様は、お父上である昭和天皇の様々な功罪を受けて、象徴天皇としての自身のご身分を、苦悩しながらも表されたと思えたからに他ならないのです。
昭和と言う時代は、戦争から始まり、我が国の大発展と言う時代であったと言えましょう。
しかし、平成は、バブル崩壊と言う、未曾有の大不況から始まり、様々な天災にも襲われ、国民全てが、疲弊してしまう出来事の連続だったように思います。その国民に、上皇陛下は美智子上皇后様と共に、全国を回られ、国民に寄り添って来られた姿を見て来たからに他ならないのです。
言うまでもないでしょうが、美智子上皇后様は、初の国民からの皇室入りをされた方であります。そんな美智子様が、皇室の意に反してでも、国民目線の生き方を貫かれ、それを上皇陛下に教えられた、また、上皇陛下ご自身が学ばれたと思うのです。それは、私が拙い学習の中で、感じた事であり、美智子様のご葛藤に思いを馳せてならないのです。
今まで述べた事を総合すると、天皇の血筋の中で、私は既に天皇の戦争責任は果たして余りあると判断しています。
尚、戦中に於いての天皇の役割や、本当の戦犯については、『東京裁判』にて明らかにされていますし、詳しくは敢えては書く事はしません。
長くなりましたが、次回にて、現在話題になっている皇室問題について書きます。




