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【sphere】外伝

Endless Sorrow

作者: 流

新緑の季節が終わり、序々に緑の色を濃くする並木道を二人で歩いていく。

「バスの時間、まだ大丈夫なのか?」

「うん。あと15分くらい」

研究所を出て行くという割りには身軽な格好で、テクネは眩しそうに木漏れ日を見上げた。


テクネが暴動を起こしてから、早いもので一月が経とうとしていた。


あれ以来、所内によそよそしい空気があるのは事実だ。

だが以前と比べぎこちなさはあるものの、どこか憑き物が落ちた雰囲気も分かる。

それぞれが多少なりとも抱えていたものがあったのだろう。

あの時の彼の行動、彼の心からの悲鳴に少なからず所員は考えさせられたはずだ。

幸い時間はゆったりと流れる。事の次第を考えるには十分だった。


そして考えさせられたのは俺も同じ。


「そんでやっぱここって田舎っつーか、辺境っつーか……山奥だったんだなー、と実感しちゃってさ」

「嫌だったのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……――」

今度の住居は内装が気に入ったとか、周りに面白そうな場所が多いとか、テクネは身振り手振りで嬉しそうに語った。

外が楽しみで仕方無いとはしゃぐテクネだったが、その顔にはやはりこれからの不安がありありと浮かんでおり、強がっている笑顔が痛々しくも感じた。


ふと、彼が本当にここから居なくなるのだと実感した。


「テクネ」

「?」

「手。出せよ」

「? はい」

「握手」

手を出した俺に倣い、おずおずと差し出された手をしっかり握る。

握られた手と俺の顔を見比べ、テクネが目を白黒させたのが分かった。

それがなんだか可笑しくて自然と顔が緩む。

それから……――

「お前に逢えて良かった。ありがとう」

「……リブ……」

「なんて顔してんだ馬鹿」

「だって……」

「これが最後の別れじゃないんだろ? ならそんな顔する必要は無いんじゃないか?」

「だって……それはずるいよ」


お前との出会いは最悪だったけど、今なら後悔はしていないと言える。

口では言い表せないこの気持ちが握った手を伝って伝わればいいのに。

眉根を寄せるテクネの目元が次第に赤くなっていく。



「俺、リブに『ありがとう』なんて言われたこと無かったから」

「そうだったか?」

「そうだよ。だから感動しちゃって」

大袈裟だ。

こいつは何でもかんでも表現が大袈裟過ぎる。

些細なことでも感受性豊かに表現する、俺には無理な芸当だ。

「なぁ、リブは……」

「ん?」

「リブは俺が居て良かったと思う?」

どんな答えを求めているのか、一瞬考えてしまう。

そうじゃない。

こいつが聞きたいのは理屈じゃない。

「お前のお陰で俺は変われた」

だから言ってやる。

俺が今思っていることをそのままに。

「変われて良かったと思うよ。昔の俺だったら太陽がこんなに眩しいとか、夏の風が清々しいとか、気付きもしなかったと思う」


――だから、ありがとう。


ぽつりと小さく付け足し、頭上を覆う梢の隙間から青空を見上げる。

旅立ちの日に相応しく、雲ひとつ無い空。

ほんの数ヶ月前の俺だったら想像出来なかったのではないだろうか、これだけ穏やかな時を過ごせることになるなど。

俺と同じように空を見上げるテクネに眼を向けると、向こうも丁度こちらに顔を向けており視線が交わる。

「今の俺は嫌いか?」

「ううん、大好きだよ」

緩く首を振り、テクネは微笑んだ。

「初めて会った時はトゲトゲしてて性格悪そうでインケンな奴って思ったけど」

「この野郎」

二人並んで笑い合えば遠くからエンジン音と小さな影が見えてくる。

「ほら、バスが来たぞ」

「あ、うん」

「じゃあ……元気でな」

「……っ」

一瞬顔を顰め、テクネは地面に視線を落とした。

「テクネ?」

俯いた顔を覗きこむと、弾けたように俺の首に抱きつかれる。


「リブ……、リブ!!」


泣きじゃくりはしないものの、耳の直ぐ横で静かな嗚咽が聞こえる。


テクネの頭が乗る肩が湿っぽい。

震える背中をそっと抱き、頭を撫でてやった。

俺にとって彼が特別な存在であるように、彼にとっても俺は特別な存在なのだろう。

クローンと遺伝子の提供者という薄っぺらい名前の関係ではなく、もっと別の、特別な存在。


子供のように純粋で、素直で、真っ直ぐで、大きい弟のような、もう一人の俺。


息が詰まる。

それが首に回された腕の所為か、目頭を熱くするものの所為かは分からない。

俺は黙って抱き締め返すことしか出来なかった。

「俺、絶対またここに来る! 外の世界で立派にやってるんだって、見せに来るから! リブも俺んとこ遊び来いよ!!」

「ああ」

「絶対だからな!!」

「ああ、約束する」

俯いたまま上着の袖でゴシゴシと目元を擦ると、テクネは勢い良く顔を上げた。

涙は流れていない。

照れ隠しのように笑うと、投げ出していたスポーツバッグを引っつかみ、到着したバスのステップを駆け上がっていった。

それを待っていたように、車掌のアナウンスが流れドアがゆっくりと閉じられる。



バスが遠ざかっていく。

一番後ろの窓から顔を出したテクネは、見えなくなるまで手を振り続けていた。

俺もそれをずっと見守っていた。



彼は生きていく。

俺とは違う場所で。

『リブ(俺)のクローン』としてではなく、『テクニコス』という一人の人間として。

俺達は同じ容姿かもしれない。同じ遺伝子かもしれない。

だけど俺達は違う人間だ。

俺の名前はテクネではないし、あいつの名前もリブではない。

そんな簡単なことに気付くのに、随分時間が掛かった気がする。

その過程で失ったものがあった。得たものもあった。

どちらが多かったか、それは分からない。

だが俺はここに居る。

一人の『リブ』として。

それだけでいいじゃないかと思えるのは、俺が変わった証拠だろうか。


木漏れ日の中を初夏の風が走っていく。


さぁ、『リブ』という人生を謳歌しようじゃないか。

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