作家という生き物
とある夢を見た。
テーブルを挟み、僕はある女性と対峙している。場所はどこかモダンな喫茶店で、店内は死んだ金魚のようにひっそりとしている。遠くの方でベートーヴェンピアノソナタ第一四番『月光』が虚しく奏でられ、僕ら以外誰の存在も伺えない。ただテーブルに置かれた真新しい二脚の白いコーヒーカップが自身の存在を誇張し、その中にある黒い液体はまるでとぐろを巻いた蛇のように息を潜めている。
実際、僕は彼女と面識はない。もとより名前すら知り得ない。どこかで見かけた覚えもない。ただ、夢の中で僕はたしかに彼女を知っていた。夢が与えた情報によると、彼女は名の知れた女流作家で、ベストセラー作家であるらしいということだ。そして僕の先輩であった。
彼女は黒い瞳を僕に向け、微笑む。
艶のある黒髪を後ろに流し、暗い紅色をほんのり唇に添え、生成色のジャケットをさり気なく着こなす彼女はそれぞれが持つ役割というもの把握している気がした。
僕は言葉を挟まなかった。沈黙だけが正解な気がした。その沈黙はやがて僕自身を闇に誘った。それはまるで舞台の幕が降り、沈黙の闇が訪れるあの感覚似ているかも知れない。僕は僕という殻の境界を超え、彼女の世界へ移動する。鼻孔に深い珈琲の香りだけが通り過ぎていく。
やがて僕の意識はある沼に向けられていた。そして沼の中に蠢く人らしきもの認める。それは自身の裸体を晒し、表情という表情を失った人間の闇であった。彼らの瞳は伽藍堂のように深く沈み、また内に宿る生命の灯火は消えていた。
ここは坩堝だ。そう直感する。
気づいた途端、沼の真ん中から小さな泡が湧いてきた。その数は時間をかけて増し、また大きなものとなっていく。蓮の花が澱んだ沼から生まれるように、その地獄からは淫靡な肢体が顕になる。均一な曲線を描く乳房。湾曲し統制のとれた腰。それは美しく艶めかしく、また毒を有している。彼女だけが僕を見つめ、その深淵の瞳に僕は射抜かれる。
気がつくと僕の意識は喫茶店にあった。変わらず彼女はそこにいて、底の見えない瞳で僕を見つめている。そして彼女は呟いた。「どう? これが作家よ」と。
こんにちは。
貴族院 遊々です。最後まで読んで頂きありがとうございます。
さて、ほぼ一年ぶりに小説を投稿しました。
当時は高等遊民生活を送っていたので、時間があったのですが、今は色々あって立派な社畜です。
ですので、もしかしたらペンネーム変えるかもしれません。(気分の問題です)
またポチポチ書いていきますので、何卒よろしくお願いします。
それでは体調崩しやすい季節ですので、皆様ご自愛くださいませ。
追記:新しいペンネームは宮本羊一です。