Secret truck
「なあ、モラトリアムって知ってるか?」放課後の、他に誰もいない教室で、目の前に座る友人は言う。いきなり何を言いだすのだろうか。
「別に知ってるけど何でいきなり?」
「いや、大学生活はモラトリアムだ、って言われてるけど高校生活も大概かなぁ、って。だってそうじゃないか?3年、いや2年か。中学なんかと比べ物にならないレベルのことが出来るんだぞ?何がやりたいんだろうな。俺は。お前はなんかあんの?」確かにそうだ。時間も、思考のパターンも、何かを叶えるための手段は格段に増える。子供より自由で、でも大人よりも不自由で。確かに高校生でいる期間はモラトリアムと呼べるかもしれない。ただ、俺はまだその迷路で、ゴールへのヒントすら見つけられていない。ただただ怠惰に揺られて毎日を浪費している。
「まあいいわ。やりたいこともなりたいものもすぐ見つかるでしょ。もう5時だし帰るわ。またな」彼は俺が口を開く前にそう言うと、カバンを持って教室を出て行った。帰る方向が違うし、まだ用事が残っていたから一緒には帰らない。だからその日は友人を見送って終わった。
この日を境に、彼は学校に来なくなった。来られなくなったが正しいかもしれない。俺が見送ったあの日、帰り道で死んだのだ。電車にはねられたらしい。なぜ電車にはねられたかは誰も知らない。急いでいて踏切を無理矢理抜けたのか、それとも何かを諦めたのか。どちらにしろ彼は永遠にモラトリアムを彷徨い続けるのだ。帰り道ではねられるまでの間にやりたいことや、なりたい自分を見つけられたのかは知らない。ただ、迷いの渦に飲まれた彼は、そのまま渦の中で息絶えた。
その友人がいなくなってから数ヶ月後、担任と面談があった。学年全員がやる、進路に関する面談だ。思えばこの数ヶ月の間、彼がもう聞けない答えを探し続けていた気がする。
「なあ、 、進路は決まったのか?やりたいこととか見つかったか?」この問いに、彼が死ぬ前に答えるのは無理だった。しかし、あいつが、故意にしろ不慮にしろ迷路で迷い続けることになったために、言い方は悪いがそのおかげで、俺はやりたいことを見つけられた。7年も続く長い長い迷路を抜けるためのヒントを、あるいは未来を指し続ける羅針盤を俺は手に入れたのだ。
俺はあいつが死ななければ考えることもなく忘れていた問いの答えを、この時とばかりに担任に告げた。時間は5時、奇しくもあいつが答えを聞かずに去っていった時間だった。
「俺は“ ”をしたいです。“ ”になるために」