50.舞い踊る天空の星々
「おはよう。気分はどうかな?」
浅黒い肌に白い歯をのぞかせて笑顔を見せる少年は、くっきりとした目鼻立ちをしているが、どこか幼さを残していた。
――フリストスか……。俺の記憶は消去されなかったんだな。
「……悪くない。というか割といい気分だよ」
絢斗は記憶に残る台詞をトレースした。
「それは良かった」
絢斗はフリストスが差し出した右手を強く握り返すと、アイソレーションタンクから上体を起こした。
そこには以前と変わらぬ宇宙船の船内が見える。遠い旅から故郷に帰ったような懐かしさを感じて、絢斗の目から涙が一筋流れ落ちた。
「それじゃ、俺たちは眠らせてもらうぜ」
「後はよろしくお願いします」
トクタルとフリストスの二人は欠伸交じりに言い残すと、自分たちのタンクに身体を潜り込ませた。タンクが液体で満たされる音が響いた後、蓋につけられた緑色のランプが点灯した。
残された絢斗とレーシャは互いに動こうとしない。
船内を静寂が支配した。
「おはよう。気分はどうだ?」
迷った末に絢斗はかつてたどった道を、もう一度歩んでみた。
「ああああああ、もう最悪よ! サ・イ・ア・ク! イライラするわ! なんなのあのゴリラ!? 自分が王子様にでもなったつもり? 野獣じゃない、野獣。人類から遠く離れてるっての! 誰の許しを得てベタベタ私に触っているのよ! 寝てる間にイタズラとか、性犯罪者として宇宙に放り出すべきね!」
レーシャの口から罵詈雑言が雨霰と飛び出してきた。
――ああ、変わらないな、レーシャ。キミは生きる力に溢れ、輝いて見える。
絢斗はレーシャの瞳を見つめ続けた。様子のおかしい絢斗を訝しんで、レーシャの口から飛び出していた悪態も徐々に勢いを失っていく。
「何か言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ!」
興奮冷めやらぬレーシャは、腹の底のマグマが噴き出す場所を探して、まだ不満げな表情をしている。絢斗が何か言おうものなら、すぐにでも噛みつかんばかりの勢いだ。
「レーシャ、俺と付き合って欲しい」
「はあ? えっ、はあ?!」
絢斗から突然の告白を受けて、レーシャの感情はジェットコースターのように急激なアップダウンを経て、呆然自失といった態に陥った。考えをまとめようとしたが、様々な感情が噴き出して目が回るような気分だ。
「タイムループって信じる?」
絢斗との会話は次々に話題が飛んでレーシャにはついていけない。翻弄され続ける気持ちを持て余して、目の前の男を睨み付けた。
「……信じない」
「もう二度とキミを失いたくないと思ったんだ」
一瞬、冗談を言っているのかと思ったが、絢斗の真剣な表情を見て、レーシャは態度を決めかねた。
「何それ? 訳がわからないんですけど??」
レーシャは怒りを通り越して呆れたように苦笑した。
「天空に舞い踊る星々の下で告白なんて、ロマンチックじゃないか。それに……」
レーシャから見た絢斗は、舞台の上で演じる三文役者のように胡散臭い。歯の浮くような台詞も心が湧きたつようなものではなかった。しかし、絢斗の真剣さだけは伝わってきた。いつもと何かが違うが、芯の部分ではいつも通りのようにも感じる。その部分に触れると、レーシャの気持ちはいつも落ち着く。レーシャはこの気持ちの正体を知りたいと思った。
――なんで絢斗の隣はこんなに心地いいんだろう。私、甘えているのかな……。
「それに?」
「時間は腐るほどある」
退屈な灯台守もレーシャと二人なら輝くような時間に変えられると、絢斗にはわかっていた。
「ったく、もう、格好つけすぎ」
絢斗とレーシャは顔を見合わせて微かに笑い合った。




