26.手を取り合って
「アミールレザーが死んだだと……」
フィンは不意に足の力が抜けそうになり、テーブルに手をついて身体を支えた。
確かに危険な任務を与えたが、前回は何の問題もなく帰ってきていた。どこかで事故など起こらないことが当たり前だと思い込んでいた。
しかし、どんなに嘆いてもアミールレザーは帰ってこないのだ。これまでの思い出が走馬灯のように浮かんでは消えていった。そして別れの際の険悪なやり取りだけが棘のように残り、フィンの心をさいなんだ。
「すまん、少し自室で休ませてくれ」
フィンはそういうと中央管制室を焦点の定まらない様子で出て行った。
「彼は、大丈夫でしょうか?」
「これまでも大きな責任を負っていたのですもの。自分を責め過ぎなければいいんだけど……」
クインの問いに明確な答えを出せないシアは、フィンが立ち直ってくれることを願った。
「……シアさん、後で様子を見に行った方がいいんじゃないですか?」
レーシャの心配はシアにも伝わった。
まさかとは思わないでもなかったが、楽観視できるほど状況は良くない。シアはレーシャの提案を受け入れた。
物資回収班は困難な任務をやり遂げたにも関わらず、どの顔にも苦悩の色が滲み出ていた。アミールレザーは彼らにとって精神的な支柱だった。エインヘリャルという支配層とのパイプ役として、各方面との調整を行っていたのだ。個々の不満を吸い上げ、共に悩み、解決策を模索していた。それ以上に個人的なつながりが太くなり、その存在を大きく感じていたのだった。
「なんで言ってくれなかったんだ! もっと別の方法だってあっただろうが」
エミリオがテーブルを拳で叩く。
向かいに座るガネッシュが身をすくませた。
「先輩が考えて出した結論だ。俺たちを心配させたくなかったんだろう」
「絢斗、お前なんでそんな冷静なんだよ!」
絢斗はエミリオの責めるような言葉に強く反応した。
「喚けば何か変わるって言うのかよ!」
「っんだと、やるってのか!?」
エミリオは絢斗の胸倉を掴んで声を荒げた。
「エミリオも絢斗も、止めなって」
「止めてください、先輩たち」
ガネッシュとシーユウが身体を割って入って、今にも殴り合いを始めそうな二人を止める。一触即発の雰囲気に水を差され、少し冷静になった二人はバツが悪そうに明後日の方向を向いて座った。
「まったく、二人とも子供みたいだね」
「お子様に子ども扱いされちゃ、俺たちは赤ん坊だな」
頭に血が上り過ぎて、エミリオの軽口にもいつものキレがない。
シーユウは余裕を持った笑みを返した。
「私たちはアミールレザーに命を救われたんだよ」
「んなことはわかりきっている」
いつもとは真逆に駄々っ子に言い聞かせるようにシーユウは話した。
「それじゃ、アミールレザーの志を引き継ぐのが一番の供養じゃない?」
「何をさせたいんだ?」
「そんなの、みんなで地球に帰ることに決まっているじゃない!」
シーユウは得意満面といった態で言い放ったが、至極当たり前のことだった。ここにいる誰もが、それを目的としていただろう。だが、目の前の問題を解決することに、汲々としている内に見えなくなっていたことでもあった。
「くそっ、ムカつくんだよ。そのドヤ顔」
エミリオは笑いながら立ち上がった。
「何、いいこと言ったみたいな顔してんだよ」
絢斗の顔にもいつもの気味が悪い笑みが張り付いた。
「シーユウに言われるとか、僕たちも焼きが回ったね」
ガネッシュはいつも通り辛辣だった。
「ひどい、みんな私に愛がないよ。愛が!」
三人はシーユウの頭を掴んで髪の毛をくしゃくしゃにした。
フィンの様子を見に行ったシアが中央管制室に戻ってきたのは二時間余り経ったあとだった。
「フィンは……、代表を降りるそうよ。でも、エインヘリャルには残ってくれたわ」
「……そうですか。どうしましょう、新しい代表を決めないと」
レーシャの声は不安を押し殺したように淡々としていた。
「私は辞退するわ。とても務まる気がしないもの」
「となると私が代表になるのが、最も混乱が少なそうですね」
クインの言葉にシアとレーシャは消極的ながらも頷いた。
「今はエインヘリャルの人的リソースも足りていない。増員を提案したい」
「誰を推薦したいの?」
シアは不安そうな顔を隠さず、クインに聞き返す。
「慎也ですよ。彼なら警備科をまとめて、我々に足りない知見と能力を備えている」
「彼はあなたが自ら食糧横領の嫌疑をかけたのではなかったかしら?」
「あくまでも容疑ですよ。最終的に証拠は出なかった」
レーシャはクインの説明に鼻白んだ。どの口がそんな無責任なことを言うのか。これからの運営を考えると、目がくらむ思いだった。
「やり過ぎるとの噂も聞くけど?」
「それだけ辣腕だということですよ。混乱時には、そういう人材も必要です」
結局、シアには最後まで拒否し続けるだけの根拠がなかった。自分が責任ある立場から逃げておいて、新しい提案を否定するような無責任な真似はできない。レーシャも含めて、状況がこれ以上悪くならないことを祈りつつ、クインの提案を飲んだ。
「これで貴様もエインヘリャルの一員だ。今まで以上に働いてもらうぞ」
「わかっているさ、クイン。だが、現場の裁量権は認めてくれねえとな」
「もちろんだ。緊急時に動けないような組織では困る」
慎也は不敵な笑みを浮かべてクインに手を差し出した。
クインは表情を変えないまま、求めに応じて握手を交わす。
二人が同じ夢を見ているとは、どちらも信じていなかった。




