表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平穏無事な生活がしたい  作者: misuto
第1章ダンジョン編
4/33

1-3(7-9階層)

「貴方たちが先に手を出してきたではないですか!」

「なんだと!?てめえらがこっちを見て笑いやがっただろうが!」


7階層に降りると、年の若い少年少女で構成された集団と暴力団かと思うような顔と服装を集団が睨み合いをしていた。

それぞれの集団の人数は20人前後。集団の先頭には真面目な学級委員長といった見た目の少年(面倒なので今後『委員長』と呼ぼう)と髪を金髪に染めて、耳に幾つもピアスを着けた青年が立っていた。

俺達はいつ殴り合いというか殺し合いが始まってもおかしくない状況に巻き込まれるのを避けるため、睨み合いをしている集団離れたところに腰を下ろして休憩を始めた。

その後もしばらく口論が続き、苛立った青年が腰に差した剣を抜いき、緊張が一気に高まったところで、「待ちな」と青年の後ろから頬に傷のある厳つい顔を男が出てきた。

暴力団の組長と言われても納得してしまうような雰囲気に放つ50代後半の男。

男は集団の先頭に出てきた直後、剣に手を掛けた青年を殴り飛ばした。

突然の事に対峙している少年少女達は息を飲む。


「馬鹿野郎!何ドスに手えかけてんだ」

「しかし、頭。そいつらが先に「黙れ」ガハッ…」


青年を見下ろしながら話す男は言い訳を口にした青年に今度は蹴り飛ばされた。


「わけえもんが失礼した。後でしっかり言っておくから今回はこれで手打ちにしてくれねえか」


男は蹴り飛ばされてから動かない青年を放っておいて先ほどまで青年と口論をしていた委員長へ話しかけた。


「僕達にも原因がありました。今後気をつけます」

「そうしてくれ。こいつら、ここへ来るまでの間に仲間が何人かやられて苛立ってる。お互い仲良くしていこうや」


男と委員長が握手をしたことで、とりあえずの終息を見せた。

去っていく頬に傷のある男が率いる集団を見て対峙していた委員長以外は喝采をあげている。彼らは自分たちが命拾いしたことをわかっているのだろうか。

間違いなくあのまま戦いになっていたら勝っていたのは頬に傷のある男が率いる集団だった。

委員長達の方が質の良い武器を持っている。しかし、青年が殴られた時、に委員長達は男を恐れていた。武器は所詮道具でしかない。使う者に覚悟がなければどんな名剣でも棒きれと変わらない。


「あの少年、運が良かったな」


薫も同じことを思ったのか委員長達に向ける目は冷たい。

ここでは戦力分析が出来なければ、待っているのは『死』。

いつになるかわからないが彼らはいずれ身をもって味わうことになるだろう。


「2人は人を殺すことに躊躇いはあるのか?」


今見たことは他人事ではない。

いつか俺達も同じ状況になる可能性がある。事前に覚悟のあるなしを確認しておけば、いざという時に迷わなくていい。


「大丈夫だ。祖父から殺すことが必要なら躊躇うなと教えられてきた」

「私もおばあちゃんから殺される前に殺せって教わってきたから大丈夫」


道玄さん、千代さん。

孫に殺すことに対する抵抗を無くしていることに何を考えているのかというべきか。さすがと言うべきか。

しかし、家も俺が小学生の頃。無人島に1人、置いて行かれて熊や虎が放たれた森の中でサバイバル生活をさせられたときから殺しに対して抵抗は少ない。


(殺さないと殺されていたからな)


その後、俺達は一般の大人が聞けば、虐待ではないかと思われるような修行内容を笑いながら語り合った


「お前ら、行くぞ!」


30分程して頬に傷のある男の掛け声に「おう!」と返事をした集団がセーフティーエリア出て行った。

その後さらに30分後先ほどもめていた委員長率いる集団がセーフティーエリアから出て行った。


「しばらくここで休もう」


2つの大きな集団がいなくなったことでセーフティーエリアは大分静かになった。

疲れも溜まっているので、ここで交代しながら睡眠をとることを提案する。

提案から半日程。十分な休息がとれた信達は「そろそろ行こう」と腰をあげると20代から30代の若い男達10人で構成された集団が信達の前方に立ち塞がった。

休んでいる間に降りてきた人間とすでにいた人間が一緒になっていくつかの集団を作っていた。その中の1つ。コンビニにたむろしている20代から30代の若い男達で構成された集団はこちらに、というより薫と咲良に邪な目を向けていたがとうとう牙を向けてきたようだ。


「そこの女を渡しな。そうすれば見逃してやる」


短剣をちらつかせながら話しかけてくるリーダー格の男。


「断る」


信に即断られるとは思わなかったのか唖然とする男達。それを見て信の後ろにいる薫と咲良が肩を震わせ、手で口を押えながら忍び笑いをした。


「てめえ、殺すぞ!」


笑われたことにプライドが傷ついたのかゆで(だこ)のように顔をまっ赤にした男が一歩前に出た。


「シン。私がやろうか」

「薫。半分は私が相手をするわ」


男が脅し文句を言ったことで笑うのをやめた薫と咲良が後ろで武器を抜く音が聞こえたので、「待て」と声を掛けた。


「俺がする。2人は見ていてくれ」


殺人。日本ではどんな理由であっても許されない行為。

しかし、そのための技を何百年も伝え、進化してきた家で信は育った。

平和な日本では無用の長物。だが、戦わなければ生きられないこの試練のダンジョンでは何よりも得難い技を持っている信は剣に手を掛けた。


「やっちまえ!」


リーダー格の男の合図によって信に向って一斉に襲い掛かる男達。

カチン。

瞬きをする間に一度だけなった鞘が納められる音。

小さな音のはずなのに、その音はセーフティーエリアにいる全ての者の耳に聞こえた。

人を越えた力と物心ついたときから休むことなく鍛錬を続け、身体に覚えさせた何百年と進化を続けた技が合わさった結果が今ここに目に見える形で現れた。

ドサッ。

10の身体と10の首が冷たい石の地面に転がった。


「さて、行くか」


すぐに黒い穴へ取り込まれたことで、血の一滴も残すことなく元のセーフティーエリアに戻った事を確認した信は何事もなかったかのように後ろにいた薫と咲良に声を掛けた。


「信、後で手合わせしよう」

「いいわね。私ともしましょう」


先ほどの光景を見ても笑顔を向けてくれる2人に信は内心ほっとした。

セーフティーエリアにいる他の人間は化け物でも見るかのように信を見ていたので心配していたが杞憂に終わってよかった。



7階層は6階層と同じ広さの洞窟。


「そういえば、どうすればさっきのような動きができるようになったのか教えてくれないか?」


7階層へ入った直後。一瞬で10人の首を刎ねた動きをどうやって身に付けたのか薫が質問した。


「あれは10万徳ガチャで手に入れた<超人の実>のおかげだから、鍛えて手に入れたわけではないよ」


<超人の実>について説明すると薫は「そんなアイテムもあるのか」と驚いた。


「でも、私達と一緒に戦った時にはあの力は使っていなかったわよね。あの切り口を見る限り、力で強引に斬ったようには見えなかった。いつ力の制御を覚えたの?」


咲良はアイテムボックスへ取り込まれる前の死体の切り口を思い出しながら感想を述べた。

質問に対しては「なんとなく」と答えると呆れられた。

そうこうしているとだんだん洞窟に転がっている岩が減って隠れる場所が無くなっていく。

いまのところモンスターと遭遇していない事を不思議に思いながら警戒を強めながら進んでいると「ブヒィィィィィィィ」と豚の鳴き声が洞窟に響き渡った。


「あの角を曲がった先からだ」


駆け足になりながら曲がり角から顔を出して鳴き声が聞こえた場所に目を向けると激しい金属同士のぶつかり合う音を響かせながら30代の男達13人と3匹のオークが戦っていた。

オークは身長2mくらいの人の身体に豚頭()の(ー)魔物()。巨大な斧や槍を右手に持ち、左手には硬い木の円盾。硬くしなやかな皮膚と分厚い肉が男達の武器を跳ね返す鎧の役割をしている。


「くそっ、なんで斬れねえ!」

「1体でも苦戦しているのにもう2体なんて…」

「諦めるな!」


会話から中央にいる1体と戦っている間に両側から道を塞ぐように2体のオークが現れたようだ。いくら攻撃しても致命傷を与えられない男達は次第にすり潰されるように数を減らして1体も倒せないまま全滅した。


「どうする。刃が通らなければ勝てないぞ」


薫が懸念するようにオークの硬くしなやかな皮膚と分厚い肉によって刃物で致命傷を与えることは難しい。

しかし、オークは短足のため、移動速度は遅い。それなら…



「少し試したいことがある。薫と咲良はここで待っていてくれ」


2人を残して、曲がり角から出る。オークとの距離は約200m。

<無反動砲>を取り出し、片足を地面につけて砲身をオークに向ける。弾はHEAT弾を選択。固まっているオークの1体へ向けて発射した。

炎と爆風を出しながらHEAT弾は飛んでいく。

バンッ。

HEAT弾が直撃したオークの腹は弾けて、衝撃によって吹き飛ばされながら弾けた腹から肉と血と内臓を飛び散らせたオークはザーッと背中を擦りながら着地するとアイテムボックスへと取り込まれた。

直撃しなかったオークも衝撃波によって吹き飛び、洞窟の強かに背中を打ち付け、悶絶している。こちらの被害は軽微。軽い衝撃が来たが周囲の小石が転がる程度だった。

悶絶しているオークへ次弾を発射する。計4発。最後のオークが3射目を辛くも回避した為、1発余分に撃つことになってしまった。


(さて、早くここから離れよう)


洞窟のため音が響く。

別のオークを引き寄せる可能性と何より同じくダンジョンに挑んでいる人間にこんな近代兵器を持っていることを危惧した信は誰かが来る前に<無反動砲>をアイテムボックスにしまうと薫と咲良が待っている所に戻って事情を説明し、急いで移動を始めた。


「それで、あのバズーカもガチャガチャで手に入れたのか?」


オークを倒した場所から大分離れて周囲に誰もいないことを確認してから薫からオークを倒した武器の事を聞かれた。


「ああ、他にもいくつかあるがオークにはあれが一番効果的だと思った」

「ふふふ、なんだか信と一緒に居ると危険なダンジョンにいるって感覚が薄れてきそうだわ」


これは褒められているのだろうか?

咲良の言葉にどうこたえるべきか考えていると「ブヒィィィィィィィ」と鳴きながらこちらへ向かってくるオークが現れたので、頭を切り替え<無反動砲>を取り出して撃つ。

目算で約150mのところでオークは倒れてアイテムボックスへ取り込まれた。

やっと休めるかと思ったら再び移動することになった。

移動中に手に入れたアイテムのチェックを行うと<豚のもも肉><豚足><豚のロース肉><豚のバラ肉>の4種類が1kgずつ新たに加わっていた。

手に入ったアイテムについて薫と咲良に伝えると久しぶりにお肉が食べられると喜んだ。それから休憩を挟みながら丸1日。殲滅又はヒット&アウェイを繰り返して100体程倒してから次の階層に進んだ。



8階層には7階層でにらみ合いをしていた2つの集団がいた。

頬に傷のある男の集団はざっと見て減っているようには思えないが半数以上が何らかの負傷をしている。部位欠損の者もいる。

委員長率いる集団。こちらは酷い。半分近くまで数を減らしているが負傷者は比較的軽傷な者が多い。

他にも大小複数の集団がいるが総じて言えることは負傷者がいない集団はいないということだ。

それにしてもざっと80人はいるセーフティーエリアは手狭に感じられる。

信達はエリアを見渡して運よく端の方に空いているスペースを見つけて休憩を始める。


「これから交代で食事と睡眠をとってから8階層に入ろうと思うが何かあるか」

「そうね。確かこの階層で役立つアイテムがあったわよね」


咲良が言っているアイテムは<護符>の事だろう。使用推奨階層と記載されていた。


「2人は持っているか?」

「ええ、持ってるわ」

「持っている」


よかった。

<護符>のアイテム説明に出てくるゴーストというのが想像通りなら物理攻撃が効かない可能性がある。2人が頷いたのを見て安心した。


「それで…その信、あれを出してもらえるか?」


あれ?顔を赤くしてそわそわしながら訴える薫に首を傾げているとわき腹に肘鉄が飛んできた。

ゴツッ。


「ッーーーーーー」

「咲良、どうした」


右肘を左手で抑えながら目に涙を浮かべて上目遣いで睨む咲良に訊ねるとキンッと金属同士がぶつかる音が響き、周囲にいた者達は急いで距離をとった。

首元に添えられた薫の刀。首の皮一枚挟んで止めた神龍甲冑の自動防衛機能。

信は頬に一筋の汗が流れて、ごくりと喉を鳴らした。

切っ先から徐々に視線を動かして薫の顔を見た瞬間…固まった。

薫の顔は笑顔。それも満面の笑みを浮かべている。しかし、信はその笑みを見て、神龍甲冑と共に自分の首が胴体と別れる光景を見た。

その笑みから逃げるように視線を下に向けた信は薫が股に力を入れているのを見て、薫の言った「あれ」が何かに気が付いた。

非常用簡易トイレを取り出し、仕切りをするなど準備を整えることで首の皮一枚繋がった信は薫がトイレに入るのを確認して、ドカッと勢いよく腰を落とした。


(疲れた)


<超人の実>は肉体を超人にしても精神は超人にはならないようだ。

危機を脱した信はさてどうしようかと考える。考える内容は今設置した非常用簡易トイレのことだ。残り3つしかない。トイレットペーパーは十分あるがトイレが足りにない。

ダンジョンには当然だがトイレという文明の利器は存在しない。

これは各家庭に1つはトイレがある日本人にとっては大変重要な問題だ。


(まあ、贅沢な悩みなのかもしれないが)


これまで見たセーフティーエリアでトイレを持っていた者はわずか。今いるセーフティーエリアにも数か所しかない。

なくても死ぬことはないので割り切ることが出来れば不都合はない。

ダンジョンは綺麗好きなのか。それとも何でも取り込むからなのか清潔に保たれているため、臭いや感染症などを心配する必要がないのは良いのだが。他人の目がある場所でするのはなかなか勇気がいる。

特に女性には耐え難いようで、薫と咲良の希望で1日1つのペースで使用している。使用後は放置していたのだが以前半日休憩した時に突然取り込まれていったことで自然にダンジョンが取り込むことを知った。

あの時は出発する直前だったこともあって新しいのを出さなくてすんだ。

薫が出てきてから3人で食事を済ませて、俺が見張り、薫と咲良が横になった時だった。


「誰か救急セットか医療の知識をお持ちの人はいませんか!」


委員長の声がセーフティーエリア全体に響いた。磨いている剣から顔をあげて声が聞こえた方へ視線を向けると焦った表情の委員長が叫んでいた。内容から察するに集団にいる誰かが危険な状況にあるのだろう。

しかし、委員長の訴えに応える者は現れない。

当然だろう。医療の知識を持っているからと言って助けられるわけではない。

十分な道具や薬がなければ知識だけでは人は救えない。そして、救えなかった場合は責任を取れと言われるかもしれない。それにいつ怪我をしてもおかしくないダンジョンで医療知識は万金に値する。救急セットも同様だ。

医療知識を持った人間や道具を多くの人間が見ている中、出す愚を犯す者はいないだろう。

引き抜いてくれ、奪ってくれと言っているようなものなのだから。

それでも正義感からか委員長の声に立ち上がろうとした者が若干名いたが同じ集団の者達に止められた。

そんな状況の中、委員長は色々な集団へ声を掛けて周って呼びかけた。

そして、委員長の行動に動かされた1人の少年が仲間の制止を振り切って救急セットを持って委員長へ近づいた。


「使ってください」


6人の中で代表として正義感の強そうなまっすぐな目をした少年(正義君とでも呼ぼうか)が救急セットを委員長へ差し出した。


「ほんとにいいのですか?」

「けが人を見捨てることはできません」


委員長は正義君の手を取って何度も「ありがとう」と感謝を述べてから救急セットから薬や包帯を使って横になっている少年の治療を始めた。

救急セットに入っている物はあくまで応急処置が出来る程度の物でしかないが傷口を消毒して包帯を巻くだけでも感染症などを防ぐ効果はあるだろう。

正義君の行動は安全な日本であれば称賛される立派な行動だ。

しかし、それは日本での話。生きるか死ぬかがかかった殺し合いの場所で、その正義を貫くのは至難の業だ。

それを正義君はいや彼の仲間たちは身をもって味わうことになった。


「俺の仲間も使わせてくれ」


委員長が仲間の治療にひと段落ついたところで、正義君にかけられた声。


「私達にも使わせて」

「仲間の傷が深いんだ。今すぐ治療したい協力してくれ」


次第に正義君を取り囲むように人が集まる。

まるでエサに群がるアリのようにエリアにいた他の集団の者達が救急セットを差し出した正義君に群がり自分たちにも使わせてくれと頼んでいる。


「申し訳ないが「なんでよ!?」…」


1人の茶髪の少女のヒステリックな叫びに正義君の言葉は遮られた。


「なんで、そんな奴には使って私達には使わせてくれないのよ!」

「そうだ。不公平だ!」

「俺達にも使わせろ!」


少女に同調するように正義君を囲んだ集団のあちこちから声があがる。それを正義君の仲間は助けようとはしなかった。

次第に包囲が狭まっていく事に正義君の顔に焦りが浮かんだ時、「や、やめろ!」と委員長の叫び声が聞こえた。

1人の30代後半の男が委員長から強引に救急セットを奪ったのだ。

正義君と彼らを囲んだ集団の目が一斉に奪われた救急セットへ向かう。

そして、勝手に中身を使おうとしたところでようやく動き出した。

そこに統制はない。まるでタイムセールのように救急セットの中身を何十人もの人間が奪い合う騒動に発展した。

5分もかからなかった。箱だけになった救急セットだけが取り残された。

すでに持ち去られた物は各集団で隠され、誰が何を持ち去ったのか正確に覚えている者は誰もいない。そして、中身を持ち去った物と人が判明している人へ返還を求めに行った正義君に冷たく「知らない」の一点張り。どう見ても使用したことが分かる状況の者達も自分たちの物を使ったと言い張った。

正義君が武器を抜かなかったことは評価できる。しかし、自分の軽率な行動が招いた結果とは言ってもダンジョンで医薬品を失った代償は大きい。

正義君が仲間のところへ戻っても彼らとの間に会話はない。

彼が報われる時は来るのだろうか。


「何があった」

「ずいぶんと空気が悪くなったわね」


起きた薫と咲良に2人が寝ている間に起きた出来事を話した。


「馬鹿だな」

「偽善者ね」


すると返ってきたのは身も蓋もない評価だった。


「自己満足のために大切な物資を考え無しに渡すのはどうかと思うぞ」

「そうね。それにこれから長いダンジョン生活が予想されるのに安易な行動は周りを殺す結果になることが分からなかったのかしら」


辛辣な評価が続くが、これ以上この話を続けても無益なので、話を切り上げて先へ行くことにしよう。


「少し早いけど行くか」

「シンは休んでないけどいいの?」

「1日程度なら問題ない」


出発の準備に取り掛かる。と言ってもほとんどすることはないが、武器を持って立ち上がった時だった。

1人の小柄な男がセーフティーエリアへ飛び込んだ。男が来たのは階段ではなくこれから行こうとする第8階層からだ。一端第8階層へ行くのを中止して男が話している内容に耳を傾ける。


「助けてくれ!?」


白いシャツに緑のジーンズ。必死に走ったのかセーフティーエリアに入るや否や四つん這いになって大粒の汗を流しながら荒い息遣いをしている小柄な男。

頬はこけて青白く、目の周りが窪んで元々だったのかぎょろ目が一層際立っている。髪もほとんどが抜け落ちて、肉はほとんどない細い身体。年齢は見た目からでは判断できない。

近くにいた少年に駆け寄ってきた小柄な男に少年は恐怖を抱いて男を突き飛ばした。


「おい、しっかりしねえか!?」


突き飛ばされた衝撃によって痛みを訴える小柄な男に水の入ったペットボトルとおむすびを持って近づいたのは頬に傷のある男。

身体を支えてあげながらゆっくりと水を飲ませてから「何があった」と質問する。

セーフティーエリアにいる全員が注目する中、小柄な男は頬に傷のある男に感謝の言葉を口にして、何があったかぽつりぽつりと話し始めた。


「この先にいるのは…ゴーストだ。あいつら何度も何度も身体を通り抜けて仲間を…仲間を!みんな殺された!どこも怪我をしてねえのに死んじまったんだ」


身体を抱えながら震える小柄な男の言葉にどれだけ怖かったのかが良くわかる。


「あいつらにはいくら攻撃してもあたらねえ。それで…必死に逃げてるときにあるガキに聞いたんだ。護符を知っやすか?それがあればあのゴーストを倒すことが出来るらしいんです。なあ、旦那。護符を持ってねえならこの先に進まない方が良い。俺みたいになっちまう!」


親切にしてくれた小柄な男なりの感謝なのか最後は頬に傷のある男を気遣う言葉に軽く肩を叩いて「少し休め」と声を掛けた頬に傷のある男は立ち上がるとセーフティーエリア全体を見渡して「護符をもっている者はいるか」と訊ねた。


(これはまずいな)


頬に傷のある男は先ほどの正義君のような感情に流されて優先順位を間違えるようには見えない。集団の人間を守るためなら他者を殺すことをいとわない者の目だ。

頬に傷のある男が率いる集団には未成年はいない。つまり、護符を持っている可能性が高い。

そうなると小柄な男が語ったようにならないためすることは1つしかない。

このセーフティーエリアにいる少年少女の中には恐らく護符を持っている者は少なからずいる。100徳ガチャの最初に出てくるのが護符だからだ。

しかし、護符を奪われたらこの階層を越えることが難しくなる。必死に抵抗するだろう。


(早く、ここを離れた方が良いな)


これからここは戦場になることが予想される。

頬に傷のある男の言葉に反応する者が少なからずいたが、先ほどの正義君の行動と結果を見て知られることの恐ろしさを知ったためか持っている者は誰も何も言わない。

誰からも反応がないことに頬に傷のある男は一度目を閉じた。

そして、再び開かれた瞳には鬼がいた。


「おめえさん方の考えはよおわかった。ならば、こちらも生きるために戦わせてもらいましょう。野郎ども!ここにいるガキどもを縛り上げろ!」


頬に傷のある男の言葉に「おう!」と答えた集団は一斉にセーフティーエリアにいた少年少女達に襲い掛かった。頬に傷のある男の率いる集団はあとから来た徳が少ない者達も吸収し40人近くに膨れ上がっていた。数の上では少年少女達の方が多かったが人を傷つけること殺す覚悟が未だ出来ていない者達が多く。戦いは頬に傷のある男の率いる集団が優勢だ。

信達は小柄な男が話している間に立札の近くへ移動していたため、戦闘が始まった瞬間立札を越えてセーフティーエリアから脱出した。


8階層は青い光を放つ小石が壁の両側に無数にちりばめられている。

横幅は50m。高さは天井が暗くて見えない程高い。

俺は神龍甲冑の温度調整機能のおかげで感じなかったが、エリアに入った直後。薫と咲良は手で腕を擦りながら寒さを訴えた。

2人の着ている学生服は夏用のため素材が薄い。スカートも膝が見える長さしかない。

だからと言ってどうしてやれるわけでもないので、武器に護符を貼って階層を進む。

身体を動かせば少しは温まるだろう。


「ホオォォォォォ」


少し歩くと上空に黒いローブを被った老若男女が不気味な声を発しながら飛んでいる。

そしてこちらに向ってゆっくりと降りてきた。

若い男の顔をしたゴーストを護符の付いた剣で斬りつけると「人殺しぃぃぃぃ」と言って消えた。


(ゴーストは人なのか?)


そんな疑問を持ちながら手に入れたアイテムを確認すると某有名メーカーの黒い炭酸飲料だった。取り出してみるとキンキンに冷えていた。

寒い階層だからか?と思いながらアイテムボックスへしまうと50代くらいの男の顔をしたゴーストが降りてきた。斬ると今度は「裏切り者ぉぉぉぉ」と断末魔?を叫びながら消えた。

どうやら、ゴーストの叫びには特に意味はないようだ。

それからしばらく黒いローブのゴーストばかりだったが、白いローブを被ったゴーストが混じるようになった。白いローブを被ったゴーストは近づいてくる時と倒した時の2回叫ぶ。

ある白いローブを被ったいかつい顔をした中年の男が近づいてくるときに「私の愛を受け止めてぇぇぇぇ」と叫びながら近づいてきた。斬ったら「これが…愛の形…」と呟いて消えたがその時は温度調整機能のおかげで寒くないはずなのに背中に寒気を感じた。そして、新たに手に入れたアイテムが白い炭酸飲料だったのですぐさま捨てた。

その後もローブの色の異なるゴーストを倒すと青=グレープ、橙=オレンジ、緑=メロン、黄=レモン、透明=サイダーといった多種の炭酸飲料を手に入れた。

ゴースト自体は強くない。護符を貼った武器で斬ると一撃で倒すことが出来る。

しかし、その際の叫びに辟易していた俺は早く出ようと考えていたのだが、身体が温まってから意気揚々とゴーストを倒す2人が「もう少し居たい」というので9階層へ降りるための階段を見つけてから1泊して、実質2日いることになった。


9階層に降りるとむわっとした空気と酒と煙草の臭いが充満したセーフティーエリアだった。

セーフティーエリアの広さはこれまで見た中で1番広い。恐らく詰めれば500人位は入れる。

そこに色々な人種の老若男女が300人位おり、ギャンブルや喧嘩等が行われている。

一番多いのは10代から20代ではあるが、酒やたばこに溺れているようだ。どう見てもダンジョンを進もうという雰囲気ではない。


(長いするべきではないな)


薫と咲良が嬌声の聞こえる一角を見て顔を赤くしているのを見て、信はここにいてもあまりよいことはないと思った


「兄ちゃんたちは新入りみたいだな」


階段のすぐそばでたばこを吹かす壮年の黒人男性。

ダンジョンには様々な肌の色や言葉を話す者達がいた。

しかし、話す言葉は違うが内容は理解できる。

今も黒人男性は英語で話しかけている。


「ここはよく言えば楽園。悪く言えばダンジョンをクリアすることを諦めた廃人の巣窟だ。君達はダンジョンをクリアすることを目的としているのか?だったら早くここを立ち去った方がいい」


壮年の黒人男性の言葉に頷くとここから出ることを勧められた。

煙の輪を吐き出す黒人男性は一度も目を向けず、まっすぐセーフティーエリアにいる者達を見つめていた。


(廃人の巣窟かうまい例えをする)


壮年の黒人男性の見つめる先には酒におぼれ、たばこに溺れ、現実から目を背けた人達がいた。

彼らの目には力は無く、ただ生きているだけのように見えた。


「そうさせてもらうよ」


助言をくれた。壮年の黒人男性へ8階層で手に入れた黒い炭酸飲料をお礼に投げる。

顔をまっ赤にしている2人に声を掛けてここでは休憩をせずにエリアを出ることにした。



信達の後ろ姿を見ながら先ほど受け取った炭酸飲料を飲む壮年の黒人男性に若い黒人男性が話しかけている。


「ボス、やらないんですか?後ろの2人。かなりの上玉ですぜ」

「やめておけ。ありゃあダメだ。あいつら全員かなり腕が立つ。特にあの甲冑を着た男。あれは手を出したらここら一帯が血の海になる。他の奴にも伝えとけ」


壮年の黒人男性の言葉に「…わかりやした」と若い黒人男性は頷き、セーフティーエリアにいる者達に伝えに走る。

このセーフティーエリアのまとめ役である壮年の黒人男性の英断によって、ここにいた者達の命を救い、信達もいらぬ戦いをせずにすんだ。



何事もなくセーフティーエリアを抜けると樹齢何年なのか想像するのも難しい太く大きな木が広がり、木に生えた葉が風に揺らされ、隣の葉と擦れて音を出す。それを無数の葉が行うことで大きな音が生まれる。その音に混じる鳥のせせらぎ、川の音。

ここがダンジョンであることを忘れてしまう自然が広がっていた。


「これはさすがに…」

「熱いわね」


しかし、薫と咲良にとっては自然を感じる前にその暑さに意識が向いているようだ。

胸元までボタンをはずしたことで健康的な肌が木々の間から差す光に反射して輝いている。

額に浮かぶ汗から暑いことは伝わってくるが、それを共感したいとは思わなかった

2人が服の胸元を摘まんで服の中に風を送るのを見て、2人と別れてからの時間の経過を実感する。

視線に気が付いた2人から叱られたので、視線を前に戻して歩いているとふいに薫から話しかけられた。


「信は一度も甲冑を脱いでいないようだが身体は洗わないのか?」


信は食事をするときもトイレに行くときも寝るときも常に甲冑を着ていた。

薫と咲良は食事の時はマスクの口の部分が開いて飲食をしている所も、トイレも甲冑の一部が変形して行っている事、甲冑を着たまま座っていつでも動けるよう態勢で寝ている所も見たことがあったが汗をぬぐうことも身体を洗うところも薫と咲良は見たことがなかった。


「この甲冑は意思を持っている。だから頼めばアイテムボックスからシャンプーや石鹸を取り出して甲冑の中で洗身洗髪、歯磨きまで全てしてくれるからわざわざ脱いで洗う必要はないよ」


この甲冑とアイテムボックスが組み合わされば大抵のことは脱がなくてもできる。

食事もマスクを開かなくてもできるが、それだと2人と一緒に食べる時味気ないため甲冑内で食べていないだけだ。

2人は信じられないと言った表情をしたが、これまで甲冑が変形するところを見たことがある為、「本当なのだろう」と信じることにした。

それから神龍甲冑が他に出来ることを話題にしながら進んでいると。

突然木の上から硬い木の実が飛んできた。木の実を円盾で受け流し、視線を飛んできた方向へ向けると手の長いサルの魔物が太い枝の上で手をあげながら叩き、笑っていた。


(剣では届かないか)


今ある装備ではサルを仕留められないと思った信はリボルバーを取り出してサルへ向けて引き金を引いた。

バンっ。

銃声が木々の間をこだまする。

サルの胸を撃ち抜かれて、枝から落下していく。地面に激突したサルは黒い穴の中に消えていった。

サルの魔物が残したアイテムを確認するとアメニティバッグCだった。

次に出会ったゴリラはアメニティバッグB。その後も襲ってくる魔物が残すアイテムに10徳ガチャで出るアイテムが含まれていることが分かった。

人型に近い魔物はアメニティバッグ、昆虫型は防災バッグ、爬虫類型は武器、鳥類型はレトルト食品。両生類型は嗜好品。

どうしてあのセーフティーエリアであれだけの人間が生きて行けるのかがわかった。

出会う魔物は単独で動いている魔物が多い。集団で挑めば、さほど被害を出さずに生活必需品が手に入れることが出来る。

危険が少なく、生きていく最低限の物と多少の嗜好品が手に入る階層。


(だから、あの壮年の黒人男性は楽園と言ったのか)


だが壮年の黒人男性は廃人の巣窟ともいっていた。

先へ進むことを諦め、現状の楽な生活に満足する人々。

何も変わらない毎日。時間だけが流れ、無為に過ごす人生は人を堕落させていく。

酒と煙草、誰かと交わることで、忘れようとする人々。

そこで生活する者にとっては楽園。しかし、そこから一歩距離を置けば廃人の巣窟と思うだろう。

あの場所は危険だ。甘露な蜜が用意され、疲れてやってきた者達がそれをなめたら、身体の隅々まで絡めとり、離さない。

あそこで休まず出てきてよかった。今考えるとあそこは非常に恐ろしい魔物がいたことに気が付いた信は色々な物資が不足している為、10階層へ降りる階段を見つけてから5日。補給も兼ねて滞在した。



お読み頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ