1-1(1-3階層)
目を開けると継ぎ目が1つもない真っ白な天井。
「ここは…どこだ?」
背中に感じる冷たく硬い感触からどうやら俺は仰向けに寝ているようだ。
左手を刺されたはずの腹部へと持っていくが痛みもなければ、刺された傷もない。左手を上へと動かし、裂かれたはずの首へ持っていくがこちらも痛みはないし傷跡もない。
「…ない」
余りにも不思議な状況に思わず感想が口から出できた。
傷つけられたはずの場所に傷がない、痛みもない。
先ほどまでの事は夢なのか?だとしたらこの場所の説明が出来ない。
「死後の世界?」
死んだことは何となく予想できた。あの傷と出血量で生きていられると考えられる程馬鹿ではない。それに傷跡も残っていないというのも考えられない。
だとしたらここか死後の世界ということになる。
真先に思い浮かぶのは三途の川だが、白い天井を見る限り、違うような気がする。
情報が足りない。まずはもっとこの場所について知らないといけない。
顔を右へ動かすと視界に入るのは『白』。角が2か所あることからどうやらここは部屋の中であることは何となく予想できた。
今度は左に顔を向ける。同じく視界に入るのは『白』なのだが1つだけ『黒』が混じっている。黒い長方形の箱?だろうか。刺される前の道着に袴姿。殺される前の傷の無い身体を起こして黒い長方形の箱?へ近づいてみる。触れた感触からどうやらこれは光沢のある石のようだ。
「黒い…石板?」
曇りのない真っ黒な石板。真っ白な部屋に真っ黒な石板。思っていた死後の世界とは全く異なる現実に首を傾げていると、突然石板に白い文字が現れたので、触れていた手を離した。
『ようこそ、試練のダンジョンへ』
「…試練のダンジョン?」
一歩引いて、石板の文字を読んで首を傾げる。
ダンジョンというのはファンタジー小説で読んだことがある。確か地下にある迷宮。モンスターを殺して素材を手に入れたり、魔石を集めたりするような場所だったか?
だが、どうして死んだ後にダンジョン?それに試練とはいったい…
『あなたは若くしてお亡くなりになりましたので、もう一度人生をやり直すチャンスが与えられます。見事試練のダンジョンをクリアすればもう一度死んだときの年齢から人生をやり直すことが出来ます』
「人生をやり直す…生き返れるということか?」
『はい。ただし、死んだ世界ではありません。別の世界で生き返ることになります』
別の世界。異世界ということか?まさにファンタジーだな。
ダンジョンクリアが条件。わざわざ試練と書いてあるということは何らかの事をしていくことになると思うがいったい何をさせるのだろう。
『これから貴方にはここで装備とアイテムを手に入れて、ダンジョン内のモンスターを倒しながらダンジョンの最下層へ向かって頂きます。装備とアイテムはガチャガチャを回して手に入れてもらいます』
モンスターを倒して最下層へ向かう。つまりRPG等でよくある話のようだ。だが、装備を揃えるのにガチャガチャ?
疑問に思っていると突如石板の左右に2台ずつ床からガチャガチャがせり出してきた。
『ガチャガチャを回す際はこちらのカードを差し込んでください』
石板の文字が変わり、石板の真ん中から金色のカードが出てきた。引き抜くとカードには
2,016,700徳と書かれている。
「徳?」
何となくカードに書かれている数字が通貨のような気がしたが『円』や『ドル』ならわかるが『徳』という通貨は聞いたことがない。これはなんだろうか?
『徳とはあなたが死ぬまでにした善行と悪行の質と量、そして行いによって救われた人や不幸になった人の数等を数値化したものです。徳が高いということはそれだけ人のためになることをしたということでもあります』
説明を見て、もう一度カードに書かれている数字へ目を落とす。比較対象がいないのでこの数字が高いのかそれとも低いのかわからない。しかし、これまでの人生を振り返って俺自身が人のためにした善行の数はそれほど多いとは言えない。悪行は…どうだろう。犯罪はしたことはないが…。
そもそも何が善行で何が悪行か。見方や考え方によって変わるためよくわからない。
『それではガチャガチャを回してみてください』
石板の指示に従い並んでいるガチャガチャへ目を向ける。向かって右側には『10万徳』『1000徳』。左側には『100徳』『10徳』とカードの差込口の上に書いてある。
恐らく回すために必要になる徳の値だと思うが何が出てくるのだろう。
「それぞれのガチャガチャに何が入っているか教えてもらえるか?」
入っている物がわからない状況で回すのはリスクを伴う。答えが返ってくるかわからないが石板に訊ねることにした。
『10万徳ガチャはダンジョンで生き残る可能性を非常に高めるアイテム。1000徳ガチャはダンジョンで生き残る可能性を上げるアイテム。100徳ガチャはダンジョンの特定の階層で役に立つアイテムが入っています。10徳ガチャは生活必需品。何が出てくるかは運しだいです』
なるほど、必要な徳が高いガチャガチャ程価値が高いのか。まあ、考えてみれば当然かもしれない。
だが、今の説明で気になる言葉があった。生き残る?つまりは死ぬ可能性があるということ。死んだらどうなる?
「もしも、試練のダンジョンで死んだらどうなるか教えてくれないか?」
『ダンジョン内で死んだ場合、死んだ階層にもよりますが決まった階層でモンスターとなってもらいます。そして、ダンジョンを挑む者に殺されるまで解放されることはありません。モンスターとなってから殺された場合は元の輪廻の流れに戻ります。なので、積極的に殺してあげることをお勧めします』
その後第3階層スライム、第10・11階層ゾンビ、20階層巨人、25階層ロボットが俺と同じようにダンジョンへ挑んだ者がダンジョンで死んだ果てになったモンスターだと説明された。また当該モンスターを倒すとダンジョンをクリアした際にボーナスが付与されるらしく積極的に倒すことを推奨された。
人生をやり直すための代償にしてはあまりにも惨いように思えたが、理を歪めるためには仕方のないことなのかもしれない。
だが、まずは死なないようにするのが最も大切だ。
意識を切り替えて、生き残る可能性を非常に高めるアイテムが出る10徳ガチャから回すことにした。カードを入れてハンドルを回すとカプセルが取り出し口に落ちてきたので開けてみる。すると中には折りたたまれた紙が入っていて<エリクサー>と書かれていた。読み終えると紙は突然光出して、片手で握って持てるほど小さく透明な瓶に姿を変えた。
握っている瓶を見ているとその瓶に入っている<エリクサー>の効果・効能が頭に浮かんだ。
「これは凄いな」
頭に浮かんだ<エリクサー>の効果・効能を知って、驚く『死んでいなければ、どんな状態であっても完全な状態に治る』。ようは即死に以外ならこれを飲めば死なないということだ。
(これがあれば死なずに済んだかもしれない)
信はそう思ったが今の言葉を否定するように首を振る。
もし仮にと考えても仕方がない。とりあえず、カードの徳を使い切るために再びガチャガチャへカードを差し込む。
回し続けた結果、以下の装備とアイテムを手に入れた。
10万徳ガチャ
<アイテムボックス>:無限の収納能力をもつ空間を作り出す。生き物は収納不可。
<エリクサー>×2:死んでいなければ、どんな状態であっても完全な状態に治る。
<神龍甲冑>:神龍の亡骸を粉砕し、特殊な加工をして作った甲冑。物理・魔法ダメージ99.9%無効・状態異常無効・温度調整・自動サイズ補正・自動修復・自動防衛をする意思ある甲冑。
<天馬洋服一式>:天馬の革を使った上着・ズボン・靴下・靴・ジャケットのセット。俊敏性大幅アップ・空中移動が可能になる・自動サイズ補正・自動修復。
<結界石>:石を中心に物理・魔法等あらゆる攻撃を防ぐことができる結界を任意の大きさ(最大半径1㎞)で12時間張ることができる。結界を張っている間は使用者が許可したもの以外は結界内に入ることはできない。一度使用すると再使用まで12時間必要。
<癒しの水袋>:HP・MP回復効果のある水が入っている。中の水は一定量に保たれる。
<快眠枕>:この枕で寝ると。HP・MPが全回復する。
<鍛冶道具一式>:鍛冶に必要な道具がすべて揃っている。
<錬金道具一式>:錬金に必要な道具がすべて揃っている。
<神斬丸>:神に最愛の妹を殺された刀匠が神を殺すためだけに鍛え上げた刀。刀身は淡い青色の光を放つ妖刀。持っている間HPが減り続けるが神であろうと消せない傷を負わせることが出来る。
<斬龍刀>:対龍又は竜用の刀。あまりに重いため高いところから振り下ろし推奨。
<リボルバー(無限弾倉付き)>:50口径の回転式拳銃。超重量弾5発が装填されている。5発発砲後は薬莢を吐き出す必要があるが、吐き出した後は自動装填される。反動を吸収する機構はついていないため、注意が必要。
<対物ライフル>:20口径ライフル。20㎜×82弾薬のボックスマガジン付き(リロード
するたびに補充されるため弾切れ心配がありません)
<軍用火炎放射器>:シリンダー2本のバックパック式(使用後するたびに補充されるため途中で出なくなることはありません)。ガスマスク付き。
<空飛ぶ絨毯>:空を飛べる絨毯。定員4名。
<グレネードランチャー>:ハンドルを回すと、擲弾・散弾・焼夷弾・発煙弾・催涙弾・照明弾・ゴム弾に切り替えることが可能。発射後直ぐに弾が補充されるため連射も可能。
<無反動砲>:口径90㎜。スイッチ切り替えにより、HEAT弾とキャニスター弾に変更可能。防護用顔面マスク付き。
<超人の実>:食べると身体能力を飛躍的に高める。食後の力加減に注意。
<付与の実>:物に自分又は同意を得た他者のスキルを付与することが出来る
<マップ>:歩いた箇所を地図として表示することが出来る。
1000徳ガチャ
<ポーション詰め合わせ>:下級ポーション(軽傷用)×5、中級ポーション(重傷用)×3、上級ポーション(危篤用)×1、状態異常回復ポーション×1
<簡易トイレ >:どこでも使える移動式トイレ
<飢えない食卓(椅子付き)>:望んだ食事が現れる。上限1日3回。定員4人。
<シャワールーム>:シャワー室と脱所・洗面所が一緒になった部屋。全体が金属製で窓がないため外から除かれる心配がない。破壊不可能なため籠城もできるが火気厳禁。
<武器の詰め合わせⅠ(帯付き)>:鋼鉄製の剣・槍・斧・短剣。各種武器用帯。
<武器の詰め合わせⅡ(帯付き)>:鋼鉄製の打刀・薙刀・偃月刀・弓(尽きない矢筒付)。各種武器用帯。
<防具の詰め合わせⅠ>:鋼鉄製の甲冑・円盾
<お手入れセット>:砥石、油、布。
<洗濯袋大>:一日入れるだけで新品同然。容量40L。
<綺麗な下着セット(男性用)>:下着が上下10組入っている。アンデットの頑固な汚れやにおいもすぐに綺麗になる高機能下着。
<綺麗な下着セット(女性用)>:下着が上下10組入っている。アンデットの頑固な汚れやにおいもすぐに綺麗になる高機能下着。
<逃亡セット>:スタングレネード×5本、スモークグレネード×5本
<アイテムポーチ>×2:テニスコート1枚分収納可能。生き物は収納不可。
<調理器具セット>:調理器具一式。
<着火セット>:ガスバーナー(ガスの補充は必要ありません。長いダンジョン生活でも安心)、着火剤(ゼリータイプ、使った分だけ翌日補充)
100徳ガチャ
<護符>:聖なる光で守ってくれる。身体に貼れば状態異常になる確率を低下させる。武器に貼ればゴーストなどへのダメージ大幅アップ。使用推奨階層:8階層。
<ゴキブリ殺し>:匂いがきつい団子が入った袋。※団子は投げつつ出るか置いて即座に逃げてください。使用推奨階層:17階層。
<粉砕ハンマー>:鋼鉄製のハンマー。片手でトン、簡単に骨や石を粉砕することが出来る。使用推奨階層:10・22階層。
<ガスマスク>:毒を吸い込まないためにご使用ください。使用推奨階層:24階層。
<塩袋>:天然の塩が入った袋。常に一定量に保たれているため、いくら撒いても減りませんので安心してお使いください。使用推奨階層:3階層。
<認識証>:認識用IDが埋め込まれたブレスレット。機械の国を歩くときは着用必須。使用推奨階層:25階層
10徳ガチャ
<防災バッグA ,B,C,D>乾パン1kg・水10ℓ・非常用簡易トイレ×10袋・トイレットペーパー×100ロール・アルミブランケット×5枚・レジャーシート×5枚・ローソクとマッチ(燃焼時間12時間)・救急セット。100ℓ分まで収納可能。
<アメニティバッグA ,B,C,D >:シャンプー類×各10本・石鹸×10個・電動髭剃り(電池の交換不要、剃り味そのまま何度でもお使いいただけます)・シェービングクリーム(いくらでも出せます)・歯ブラシ×100本・歯磨き粉(いくらでも出せます)・化粧品セット×10本・くしセット×2。300ℓ分まで収納可能
<タオルセット>:タオル大×3、小×5。
<武器>:軍用ナイフ1本。
以上
なんといってよいか。100徳までのガチャガチャはファンタジー感が非常にしたのに対して、10徳のガチャガチャはなるほど必要な物ばかりだがファンタジー感が全くしない。
なかには『化粧品セット』や『くし』等身だしなみを整える物も入っている。
それに非常用簡易トイレ。やっぱり出るのかあれが…
この身体は生前同様、食べたら出るらしい。だが、『いくらでも出せる』と書いている物や明らかに見た目以上の収納量があるバッグなどもあるからやはりファンタジーなのだろう。
「さて、これはさすがにもてないぞ」
部屋に並べられた装備やアイテムを見てどうしようか。
『あなたはアイテムボックスを手に入れています。アイテムボックスと頭の中で唱えてください』
頭を悩ませていると石板の文字が変わった。
(アイテムボックス)
石板の言う通りに頭の中で唱えると目の前に透明な画面が表示された。
<アイテムボックスの自動回収機能をONにしますか? Yes/No>
画面に表示された文章を読み。とりあえず、< Yes > を選択する。すると部屋にある装備やアイテムが黒い穴に沈みながら消え、画面に次々と記載されていく。
そしてものの10秒程で元の黒い石板何もない真っ白い部屋へと戻っていた。
画面にはガチャで手に入れた装備・アイテムがずらりと並んでいる。
試しに、画面に並んでいる装備・アイテムの中から剣を選択すると目の前に取り込んだ時に現れた黒い穴が現れ、鞘に入った剣が帯の付いた状態で出てきた。取り出して剣を抜いてみると曇りのない何の装飾のない実用一辺倒の剣だった。しかし、上質な剣だとわかる。これなら戦いには支障ないだろう。他に<神龍甲冑>、短剣、円盾を取り出した。
短剣と円盾は剣同様。特に変わったところはなかったが<神龍甲冑>は10万徳もしただけあって普通ではなかった。出した時は白銀の西洋甲冑だったのにいきなり形を無くしたかと思ったら俺の身体を包んでいつの間にか装備されていた。意思ある甲冑というのは本当かもしれない。ご丁寧に顔を守るためのマスクまである。
武器を装備してから石板の前に行くと石板の文字が変わっていた。
『準備は終わりましたか?』
「終わった。次はどうすればいい」
石板の問いに答えると石板の横にあるガチャが沈み、向かって右側に新たに黒い扉がせりだした。
『扉を開けば、ここへ戻ってくることはできません。本当によろしいですか?よろしければカードをこちらに入れてください』
石板にカードの差込口が現れる。差込口へ金色のカードを入れるとガチャッと扉から開錠音が聞こえた。
『それではダンジョンをクリアし、人生をやり直せることをお祈りいたします』
石板はその文章を最後に沈んでいった。
部屋に残されたのは黒い扉と俺だけ。扉の前に立ち、一度深呼吸をする。
「行こう」
そして、意を決して扉を開いた。
◇
扉を開き、瞬きをする間に周囲の景色は変わり、周囲はひんやりとした洞窟の中だった。
50人ほどが座れる広い空間とその先には一本道が伸びている。空間と道の境には立札が刺さっており、立札には『ここまでセーフティエリア』と書かれている。
(セーフティエリア。つまり、あそこまでが安全地帯ということか)
あの立札を越えればモンスターがいる本当のダンジョンということだろう。
今一度装備を確認する。右手に剣、左手に円盾。腰には短剣。身体は神龍甲冑を装備している。荷物はアイテムボックスに入っているので問題ない。
(この試練のダンジョンをクリアしたら平穏無事な生活を送りたい)
両親が死んでからの1年間を思い出すと平穏とは程遠い日常だった。
もしも、人生をやり直せるなら平穏無事な生活が出来るようにしたい。
立札を越えて通路に足を踏み出す。
通路の天井には光る石が等間隔にはめ込まれている。
しばらく歩いているとぽよんぽよんと飛び跳ねながら人の頭位の大きさの透明なスライムが近づいてきた。
(あれがモンスターか)
こうしてみると愛嬌があるように見えるがあれもモンスターということは襲ってくると考えるべきだろう。見た目で相手を判断してはいけない。油断は命取りになることを物心ついたときから嫌というほど教えられた。
立ち止まって警戒しながら様子を見ていると、数mの距離まで近づいたスライムが飛び跳ねてくるので円盾で受け止めた。
バンッと勢いよくぶつかったスライムは身体を周囲に飛び散らせて、円盾の下に落ちた黒い玉に集まろうとする。恐らくあれがスライムの核なのだろう。
黒い玉を踏み潰すとばきっと玉が割れた。球の中には銀紙に包まれた物があったが手に取る前にアイテムボックスに取り込まれた。
画面を表示するとミルクチョコレート×1と新たに追加されていた。
取り出してみてみると箱入チョコレートに入っているチョコレートと同じ大きさをしている。
食べてみようと思ったら、マスクの口の部分が勝手に開いて外さなくても食べられる状態になった。
(俺の考えを先読みしているのか)
甲冑の性能に感心しながら包みを取って中のチョコレートを口に入れると某有名お菓子メーカーのミルクチョコレートの味がした。
ダンジョンの中でお菓子が出てくることに驚きながら再び歩き始めると今度は黒いスライムが現れた。
黒スライムは身体の一部を銃の筒のように変えてパチンコ玉くらいの球を飛ばしてきた。円盾で防ぐとパチンと音をたてながら地面に落ちると液体になって黒スライムへ戻っていく。
(埒が明かないな)
このまま立っていても黒スライムの攻撃が止むことはない。
そこまで考えた信は円盾を前に近づいて剣で黒スライムの真ん中を叩き斬った。
核が壊れた手ごたえを感じると黒スライムの身体はどろどろの液体となって割れた白い玉だけが残された。割れた白い玉の中には先ほどのスライムが残した物とは違う金紙に包まれた物が入っていた。取り出して、食べてみると今度はビターチョコだった。
それからしばらく歩いてわかったことはこの階層にはスライムしかいない。
多くが透明と黒のスライムばかりだったが、ために別の色をしたスライムが現れる。
例えば表面が赤色の赤スライムは動きに関しては透明スライムと同じだが、飛び跳ねる瞬間身体が発火させる。
横に避けると着地した地点でしばらく燃えて、赤い核の中には赤紙に包まれたいちご味のチョコレートが残っていた。
それを見たときは身体を燃料にして発火しているのかと驚いた。
緑スライムはなんというか残念なスライムだった。
身体を伸ばして鞭のようにして攻撃をするのだが、体積の問題だと思うが鞭の部分が細くて短い。そのため、数mほど離れれば攻撃は当たらない。ブンブンと振り回す緑スライムの中心に向けて短剣を投げるとあっけなく倒せた。緑スライムの核からは抹茶味のチョコレートが手に入った。
黄スライムは通路のど真ん中に陣取り全く動かないが手で触れられる程近づいたら強酸を飛ばしてきた。飛んできた黄色い液体に嫌な予感して、回避したら黄色い液体がかかった箇所が溶けたことから強酸だろうと思う。
ただ、どうやら黄スライムの全身が強酸らしく投げた軍用ナイフが溶かされてしまった。
銃弾も同様。そこで、火炎放射器を使ってみた。黄色スライムが攻撃してこない距離から火炎を放射すると火に触れた黄スライムの身体はとけて小さくなっていき最後は核だけ残して身体が無くなった。アイテムボックスに取り込まれたことから倒せたのだろう。アイテムボックスの画面を開いて<New>の後に記載されている項目を見ると<チョコレ―ト(バナナ味>と<黄スライム核(残骸)>が追加されていた。
それからは他のスライムにも火炎放射器を使用したら同様にスライムの身体や攻撃は溶けたのでスライムへの攻撃は全て火炎放射器を使用した。
この階層にいるスライムは他にも青スライムや白スライムがいたが青はブルーベリー味のチョコレート、白はホワイトチョコレートを残したが、なぜスライムがチョコレート?と思わずにはいられなかった。チョコレートは非常食として優れているがだからと言ってチョコレートばかり手に入ってもな。
体感時間で半日程。最初の階層(第1階層と呼ぶことにする)を歩いていると『セーフティーエリア』と書かれた立札を見つけた。最初の場所に戻ってきたかと思ったが立札を越えると景色が変わり最初のセーフティーエリアと同じ空間と奥に2人が並んで降りられる階段が現れたのでどうやら違うようだ。
ここまでの間に人とは出会っていない。このダンジョンへ来る人間が少ないのかそれともモンスターが弱いためかはわからない。
(進んでいけばわかるか)
降りる前に装備の損傷具合などを確認したが特にひどい損傷はない。いざということを考えて火炎放射器をしまい、最初の剣と円盾の装備へ変更する
2階層に降りると最初の時と同じ空間が広がっていた。
セーフティーエリア書かれた立札も同じだ。
「これが後どれだけあるのか」
最終階層が何階層かは石板は教えてくれなかった。だが少なくとも25階層以上ある。
「さすがに疲れたな」
少し身体が重い。体感時間で半日以上警戒しながら歩いたことで疲れが溜まったのだろう。
(休憩をいれよう)
現在セーフティエリア内には誰もいない。ただ人が来る可能性がある為、階段と立札から離れた壁にもたれ掛かり目を閉じる。だが、寝ることはしない。セーフティーエリアと言ってもモンスターがいないだけで同じくダンジョンに挑んでいる者は来るはずだ。
自分ために他人を攻撃する人をこれまでたくさん見てきた。このダンジョンには日本の法律も警察もいない。つまりは人を殺したり、物を奪ったとしても罰せられることがない。だとしたら日本で生きていた時よりも警戒する必要がある。
<快眠枕>を使えばひと眠りで疲れがとれるかもしれないが、他に人が来たら寝込みを襲われて死んだらどうしようもないからな。常に動けるように備えておかないと。
油断したら死ぬ。このダンジョンで最も危険なモンスターは人かもしれない。明らかに敵とわかっていれば対処しやすい。しかし、味方のように装って近づく人間もいる。
情けをかければ死ぬ。物資が限られている以上、誰彼構わず人を助ければそれは自らの首を絞める結果になる。
甘さは捨てなければならない。甘さは死につながる。小学生の時に修行と言われて深い森の中に1人取り残されて過ごしたサバイバル生活をさせられたときの事を思い出せ、信用や信頼できる人間がいない現状では1人で生き残るために最善を尽くそう。
◇
誰かが階段を降りてくる音が聞こえる。数は2。足音の質から戦いに関しては素人だとわかる。目を開けて1階層へと続く階段に目を向けると学ランを着た少年と緑を基調にした学生服を着た少女が降りてきた。少年は防犯バッグを背負っており、少女の太腿には軍用ナイフが装備されている。
「あれ~、私たちよりも先客がいるよ~。タケちゃん」
「そうだね。ミオちゃん」
「全身甲冑なんてだっさ~」
「ほんとだね。重くて、暑そうだ。まあ、放っておいて先に進もうよ」
「そうだね~」
年は中学生ぐらいの少年と少女。仲良く手を繋いでセーフティーエリアから出て行った。
ダンジョンにいる状況で手を塞ぐとは自殺志願者としか思えない。少年と少女は乾パンと水を飲食してからすぐに立札を越えて出て行った。
(今出て行けば2人と鉢合わせするかもしれない。ただ鉢合わせするだけならいいが、モンスターも引き連れて逃げている所だと巻き込まれる可能性がある。念のため、少し時間をずらそう)
1時間程して立札を越えると1階層の道幅が1.5倍の石造りの洞窟だった。
2階層の魔物は車並みに大きくなったスライム。
名づけるとしたら透明なビックスライムだろう。
動きは遅いが、飛びかかられると避けるのが難しい。
だが、相手はスライム。一度セーフティーエリアへ戻り、装備を火炎放射器に変えてから再び透明なビックスライムと対峙する。
―ゴオオオ
火炎放射器の炎がビックスライムを襲う。
「ギュビィィィィィィィィ」と悲鳴を上げて逃げようとする透明なビックスライム。
スライムが言葉を発するのを初めて聞いた。1階層のスライムは声を出せなかったのか出す前に倒していたのかわからないがあまり聞きたい声ではない。
大きくなった分倒すのに時間がかかったが問題なく倒せた。
1階層のスライムより大きな核を残してアイテムボックスへ取り込まれた。
画面で確認すると<箱入りミルクチョコレート>と表示されていた。
(またチョコレートか)
チョコレートは嫌いではないが、乾パンとチョコレートと水しか食べていないのでそろそろ別の物を期待していたのだが…
ただ量が増えただけのようだ。それから1階層で遭遇した色違いのスライムがビックスライムになっただけの2階層を2時間程進んでいると角を曲がった先に2人の学生が透明なビックスライムと戦って…いや食べられていた。
「た、助けてくれ。ミオちゃん」
少年は体のほとんどをスライムに取り込まれ徐々に学ランをとかされている。
取り込まれていないのは顔と少女の手を握っている両腕だけだ。
「お願い、離してタケちゃん!」
「ミオちゃん!お願いだ。引っ張り出してくれ」
「離して!…くそっ…使えない男ね。離せって言ってんだろう!」
少女は手に持っていた短剣を少年の手に突き刺して無理やりその手を振り払い、ビックスライムから逃げた。
「痛い!…ミオちゃん…え?」
少年は戸惑いの表情と共にビックスライムに取り込まれる。
スライムが透明な為、溶けていく光景が良くわかる。
何とも惨い死に方だが、仲間にする相手を間違えた少年の落ち度でもある。
平時には仲がよさそうでも、状況や環境の変化で途端に人は態度が変える。ましてや自身の命がかかっていればなおさらだ。
少年には同情するが助けることはしない。この階層で死にかけているということは今後足手まといになるだけだ。
それにすでにスライムの中でもがく少年は素肌を溶かされている。いま助けても何もしなければいずれ死ぬことになるだろう。苦しみを長引かせるだけだ。
「きゃああああ」
少年を生贄にして逃げた少女の悲鳴が聞こえたためそちらへ向くと少女の行く手を塞ぐように黒ビックスライムが立ちはだかり、ボーリング玉くらいの黒い砲弾が少女の身体を貫いた。
身体を貫かれて崩れ落ちる少女を見てから再び溶かされている少年の方へ目を向けるとすでに少年は跡形もなく溶かされていた。そして、透明なビックスライムはゆっくり少女の元に辿り着くと穴だらけの少女を溶かし始めた。
(あれが因果応報。と言うものなのだろう)
その後、信は溶かされる少女に背を向けて3階層へ行くための階段を探した。
ビックスライムは1階層にいたスライムを大きくしただけだが大きくなったことで攻撃が凶悪になった。
だが、炎を当てればたちまち溶けるためどんな攻撃も溶かして終わりだ。
体内時計で1日程歩き続けた頃に3階層へ続く階段があるセーフティーエリアの立札を見つけた。
(さすがに眠いな)
途中から襲われることがなかったのが幸いだったが、そろそろ限界に近い。
(降りたらしっかり休もう)
階段を降りる前に火炎放射器をしまい。剣と円盾の装備に入れ替えてから降りる。
3階層のセーフティーエリアにも誰もいなかった。しかし、好都合だ。
セーフティーエリアの端で、2階層同様に休息を入れた。
◇
どうやらまた誰か来たようだ。
階段の方から人の気配がする。階段へ目を向けると、暴力団関係者だろうかと思う身なりと言動をする中年の男達が降りてきた。どう考えても若くはないがああいった人間も人生をやり直せるのだろうか?このダンジョンについてよくわからなくなってきた。
(やめよう。考えたところで答えはでない)
信が頭を振って頭の中から先ほどの疑問を追い出したところで、降りてきた男達がセーフティーエリアの端にいる信に気が付いた。
「俺達よりも先に来ている奴がいるぞ」
3人の男達が信へと近づいた。
「おい、おまえ。マスクを取って顔を見せな」
信を見下ろす3人の男達。その真ん中にいるくすんだ金髪の男が命令口調で話しかけるが信は返事をせずにジッと男を見つめる。
時間にして1分程返事をしない信を不気味に思った男は「チッ」と舌打ちをして他の2人に「行くぞ」と声を掛けて、休むことなく、先へと進んだ。
彼らがセーフティーエリアから出て行くまで黙って見つめていた信はため息をついた。
彼らがもしも攻撃してきたら反撃しただろうがそうなれば最悪人生初の殺しをすることになっていた。
「覚悟を決めないといけない」
殺す覚悟。日本で殺しをすればそれがどんな理由であっても犯罪となる。しかし、このダンジョンは日本ではない。殺しても犯罪として罰せられることはないのだ。
頭ではわかっている。だが、心ではまだ割り切れないところがあった。
しかし、その迷いによって死ぬ可能性もある。迷いはいま消しておく必要がある。
信は迷いを消すためその場で黙想を始めた。
その間降りてきて、信に声を掛ける者がいたが信は全て断った。迷いを持ったまま誰かと一緒に進めば、いずれ後悔することは明々白々だからだ。
迷いが無くなり、信が黙想をやめた時、離れたところで休む者達や先へ進む者達など様々な者達がいたが1人で挑んでいる者は信だけだった。
だが、信は1人でいることを気にすることなく装備のメンテナンスを始める。
剣を研いでいると殺し合いをしているためか感情が高ぶっているのだろうかじゃれ合う男女がいたが、信はそちらに目を向けることなく黙々と剣を研いだ。
「よし」
納得する仕上がりになるまで剣を研いだ信は体調と装備の準備が整えてから<塩袋>を腰につけて立札を越えた。
◇
「キュピー」
通路にスライムが蠢いていた。
大きさは1階層のスライムと変わらない。しかし、表面が人の顔の形に窪み、恐らく口に当たるところから鳴き声が聞こえる。そんなスライムが通路を埋めるほどの数が鳴くのでうるさくてしかたがない。
セーフティーエリア内まで聞こえていたら2階層に逃げていただろう。
先に進んだ者達がスライムの蠢く中を進んでいるが、いくら叩いても元の状態に戻って死ぬことがない。
よく見るとスライムには核がないようだ。
殺すことが出来ずに次第にスライムに囲まれた者達は足元から少しずつ溶かされていき、一度でも転んで膝を着くと、体中にまとわりつかれて徐々に身体を溶けていき、断末魔を叫びながら殺されている。
男も女も等しく溶かされ何も残らない。
近づいてくるスライムに腰に付けた袋から塩を掴み振りかけると、「キュピー!」と一層声を張り上げて鳴き、白い煙を上げながら消えてなくなった。
消えたスライムがいた場所には何も残っていないことから最後にボーナスがもらえるらしいがそれ以外には何も手に入らないようだ。
しかし、このスライムは元々同じダンジョンへ挑んだ者達。
クリア時のボーナスも期待して、徹底的にスライムに塩をまく。
耳栓が手に入らなかったことが悔やまれる。
スライムを見たら塩と言うぐらいの速さで次々とスライムを消していく。
途中でセーフティーエリアに戻り、休憩を挟みながら体内時計3日。
通路にスライムがいなくなるまで繰り返し塩をまいた。
静かな洞窟を眺めてある種の達成感を感じた。
ここですることは他にないので4階層へ降りることにした。
お読み頂きありがとうございました。