ミサ1-3
例え何があっても、自分の出番は必ず来る。
「シーン9の撮影を始めます」
ようやく、自分の出番があるシーンがやってきた。
ミサは女子トイレの中でスタンバイをする。出番とはいっても、女子トイレから出て、主人公に九重の向かった先を伝え、教室に戻る。それだけの出番だ。
「……用意、始め!」
撮影開始の合図。それと共に、ミサは女子トイレから出た。
教室に向かって歩みを進める。教室の近くまで行くと、後方から足音が聞こえてきた。それは予定通り、主人公・百崎諒役の人がこちらに向かって走ってきた音だ。
ミサは自然な動作で後ろを振り向く。すると、百崎はミサの前で立ち止まり、
「三木さん! 九重さんを見なかった?」
と、少し焦った様子でそう訊いてきた。
「ううん、見てないけど」
「そう……。ありがとう。三木さんは教室に戻ってね」
「……? うん」
ミサは、百崎の言葉の意味が分からない、といったように首を捻りつつ、とりあえず頷く演技をした。
そこまで話すと、百崎は「じゃあ」と言って再び走り出していった。
ミサは何かあったのかな、という表情をしたまま、教室に戻っていく。扉を開けて自分の教室の中に入り、そして再び扉を閉めた。
――よし。
安心したように一つ息をつく。これで自分の出番の一回目は終わりだ。ここから二回目の出番があるまで、待機していなければならない。
――どうということはない。至って普通の、これが自分の仕事だ。
二回目の出番と作品の撮影を終え、今日の仕事も無事に完了。
仕事を終え、ミサは帰宅していた。家は一人暮らし用のワンルーム。自分は家にこだわらないタイプなので、立地と値段だけを考えて今の場所に決めた。
小物入れのバッグを適当に置き、外出用の服から部屋着へと着替える。それから、コンビニで買った弁当を電子レンジで温め、それを本日の夕食とする。
「………」
もう一年くらい、この生活が続いている。
一応プロのキャラクター役者になって、二年ほどが経った。最初の一年は、新人としてモブ役、ちょい役、エキストラをやっていたが、最初の一年くらいは新人なのだから、それが当たり前だと自分でも思っていた。
そして一年もすれば、優秀な人は早くもサブキャラ役に選ばれたりもする。しかし自分は、新人の一年が過ぎて、さらにそこからもう一年が経ったというのに、未だにモブ役程度の仕事しかやっていない。
自惚れてはいないけど、自分はもう少し優秀だと思っていた。
もう少しできると、そう思っていた。
「……くそ」
最近自宅に帰ると、いつもそれを意識させられる。
――才能がないのでは。
けれど、前にも言ったと思うが、モブ役であれ仕事があるのはありがたいことなのだ。そのモブ役にすら、恵まれない人もいるのだから。
だからこそ、才能がないのか、あるのか。……分らなくなってしまった。
今日は、そのモヤモヤが一段と色濃く渦巻いている。ミヤビに会ったからだろうか。
不意に、テーブルの上にあったスマホが音を発した。
食事を中断し、スマホに手を伸ばす。メールが来ていた。
「……くそ」
それは、前に受けた役者オーディションの、落選通知だった。