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創作の素の彼女たち  作者: キョウペイ
3/8

ユイ1-2

「……帰ろ」

 ユイは一人呟くと、体を反転させて歩き出した。電光掲示板の周りの人だかりを抜け出す。

 時刻のほどは夕暮れ。この世界もオレンジ色に染まっている。

「どうしたら、良かったのかな……」

 思わず口に出てしまう。思い返すのは、これまでの会話と行動。一次選考落選となってしまった作品を作ってきた、これまでの日々とその言動だった。

「わたしは、真面目に取り組みたかったのに……」

 いや、分かっている。これはただの愚痴だ。相手に責任を押しつけているだけなんだ。

 悪かったのは自分。あの状況を打破できなかった、自分が全て悪いんだ。

 自分は『監督』という、全てを統括する立場にあったはずなのに。チームをまとめ、良い方向に導き、最良のものを作り上げるという役割だったはずなのに。

「……はぁ」

 大きな溜め息が漏れる。自分の足音が、とても大きく聞こえた。


「――ユイ!」


 突然、背後から声を掛けられた。しかし、その声には聞き覚えがあった。

「……サキ」

 ユイの隣に到着したのは、彼女の親友であるサキだった。

「あたしのグループの作品ね、最終選考まで行ったんだよー。すごいでしょ」

「へぇー。良かったね……」

「でも、あと一歩届かなかった。何がいけなかったのかなぁ。うーん、あたしのメインヒロインの演技が、若干弱かったのかもしれない」

「いやいや……。サキの演技はいっつも完璧だよ」

「そうかなぁ」

 素を作る仕事の中には、それぞれ役割が存在する。

 それは大まかに分けて、『監督』『演技』『脚本』『撮影・編集』『美術』の五つである。

 自分はその中でも『監督』だ。他の役割を統括し、作品を作り上げる責務を負う。

 対して親友のサキは、『演技』を行う人物だった。演技とは、簡単に言えば、素を作るためにキャラクターの言動を演じる役割ことである。

 これだけだとかなり分かりにくいと思うので、もう少し全体的に深く説明。

 まず、『脚本』がメインとなってストーリーを構築し、それに従って『美術』が背景・風景・演出を設定する。それから『演技』が演劇のように物語を始め、それを『撮影・編集』が文字通り撮影・編集を行い、一つの作品の素として完成させるのである。

 撮影・編集という言葉からお気づきかもしれないが、作品の素とは通常、『映像』の形を取っている。これはなぜかというと、現実の作者の頭の中には、その作品から原案にかけてが『映像』としてあるからだそうだ。

 この感覚は、実際にイメージしてみるのが分かりやすい。小説でも漫画でも、一度頭の中でそのシーン――映像を思い描いてから、文章や絵としているはずである。

 そういうわけがあって、作品の素は映像(動画)の形をしているのだ。

「サキの演技は、実際すごいと思うよ。わたしの専属になってほしいくらい」

「いやー、そこまで言われると照れますなー!」

 ユイに褒められ、サキは照れくさそうに笑った。

「んで、ユイの方はどうだったのさ」

「……えっと」

 当然、そうなることは予想していた。結果を訊き合うのは、親友として当然だった。

 けれど、今は話したくない。そんな気持ちを持っている自分がいた。

「ん? どうしたの?」

 サキが顔を覗いてくる。ーー言いたくない。でも、サキは親友だ。このままうやむやにして、嫌な空気にしたくない。でも、何となく言いたくない。

「……やっぱり、本当だったんだ」

 サキの口から、急にそんな言葉が出た。思わず彼女の方を向いてしまう。

「え? どういうこと……?」

「別の友達――ユイと同じ監督の、別の友達から聞いたの。ユイが、グループの人と上手くいってなさそうだって」

「……。知ってたんだ……」

 グループの人と上手くいっていない。グループの人が、真面目に取り組んでくれない。

 そんな悩みを、ユイは身近な誰にも言っていなかった。特に親友のサキには、絶対に言わないと決めていた。――いらない心配を掛けたくないから。

 これは自分の問題なんだ、と。

「ユイは他人に弱い部分を見せないからなぁ」

 サキが呟くようにそう言う。確かに、彼女の言う通りかもしれない。

 自分は悩みがあっても、身近な誰かに相談したことはなかった。全ては自分がどうにかする問題であり、他人にそれを言っても、ただ迷惑になるだけだと思っていたからだ。

 サキが諭すように話を続ける。

「弱さを見せないのは、カッコいいけどね。それは否定しないよ」

 でも、とサキは言う。

「もっと他の人に甘えてもいいんだよ? 特に、あたしにはね」

 そう言って格好つけるサキは、とても頼もしく見えた。それと同時に、胸の中にあったもやもやが、薄れていく感じがした。――吹っ切れた、感じがした。

「で、わたしのグループの作品なんだけど……」

「一次落ちでしょ?」

「あれ? 知ってるの?」

「だって、監督の名前は発表されるし」

「あ、そっか」

 結果発表の際には、タイトルと共に監督名も表示されるのだ。

「……じゃあ、何で聞いたの」

「いや、ほら、ユイの口から聞きたくて。『一次落ちです』って」

「さ、最低」

「ごめんごめん」

 折れて再び繋がった骨が強くなるように。

 精神もまた、傷ついた状態から立ち直ったものは、強く頑丈になる。

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