ユイ1-2
「……帰ろ」
ユイは一人呟くと、体を反転させて歩き出した。電光掲示板の周りの人だかりを抜け出す。
時刻のほどは夕暮れ。この世界もオレンジ色に染まっている。
「どうしたら、良かったのかな……」
思わず口に出てしまう。思い返すのは、これまでの会話と行動。一次選考落選となってしまった作品を作ってきた、これまでの日々とその言動だった。
「わたしは、真面目に取り組みたかったのに……」
いや、分かっている。これはただの愚痴だ。相手に責任を押しつけているだけなんだ。
悪かったのは自分。あの状況を打破できなかった、自分が全て悪いんだ。
自分は『監督』という、全てを統括する立場にあったはずなのに。チームをまとめ、良い方向に導き、最良のものを作り上げるという役割だったはずなのに。
「……はぁ」
大きな溜め息が漏れる。自分の足音が、とても大きく聞こえた。
「――ユイ!」
突然、背後から声を掛けられた。しかし、その声には聞き覚えがあった。
「……サキ」
ユイの隣に到着したのは、彼女の親友であるサキだった。
「あたしのグループの作品ね、最終選考まで行ったんだよー。すごいでしょ」
「へぇー。良かったね……」
「でも、あと一歩届かなかった。何がいけなかったのかなぁ。うーん、あたしのメインヒロインの演技が、若干弱かったのかもしれない」
「いやいや……。サキの演技はいっつも完璧だよ」
「そうかなぁ」
素を作る仕事の中には、それぞれ役割が存在する。
それは大まかに分けて、『監督』『演技』『脚本』『撮影・編集』『美術』の五つである。
自分はその中でも『監督』だ。他の役割を統括し、作品を作り上げる責務を負う。
対して親友のサキは、『演技』を行う人物だった。演技とは、簡単に言えば、素を作るためにキャラクターの言動を演じる役割ことである。
これだけだとかなり分かりにくいと思うので、もう少し全体的に深く説明。
まず、『脚本』がメインとなってストーリーを構築し、それに従って『美術』が背景・風景・演出を設定する。それから『演技』が演劇のように物語を始め、それを『撮影・編集』が文字通り撮影・編集を行い、一つの作品の素として完成させるのである。
撮影・編集という言葉からお気づきかもしれないが、作品の素とは通常、『映像』の形を取っている。これはなぜかというと、現実の作者の頭の中には、その作品から原案にかけてが『映像』としてあるからだそうだ。
この感覚は、実際にイメージしてみるのが分かりやすい。小説でも漫画でも、一度頭の中でそのシーン――映像を思い描いてから、文章や絵としているはずである。
そういうわけがあって、作品の素は映像(動画)の形をしているのだ。
「サキの演技は、実際すごいと思うよ。わたしの専属になってほしいくらい」
「いやー、そこまで言われると照れますなー!」
ユイに褒められ、サキは照れくさそうに笑った。
「んで、ユイの方はどうだったのさ」
「……えっと」
当然、そうなることは予想していた。結果を訊き合うのは、親友として当然だった。
けれど、今は話したくない。そんな気持ちを持っている自分がいた。
「ん? どうしたの?」
サキが顔を覗いてくる。ーー言いたくない。でも、サキは親友だ。このままうやむやにして、嫌な空気にしたくない。でも、何となく言いたくない。
「……やっぱり、本当だったんだ」
サキの口から、急にそんな言葉が出た。思わず彼女の方を向いてしまう。
「え? どういうこと……?」
「別の友達――ユイと同じ監督の、別の友達から聞いたの。ユイが、グループの人と上手くいってなさそうだって」
「……。知ってたんだ……」
グループの人と上手くいっていない。グループの人が、真面目に取り組んでくれない。
そんな悩みを、ユイは身近な誰にも言っていなかった。特に親友のサキには、絶対に言わないと決めていた。――いらない心配を掛けたくないから。
これは自分の問題なんだ、と。
「ユイは他人に弱い部分を見せないからなぁ」
サキが呟くようにそう言う。確かに、彼女の言う通りかもしれない。
自分は悩みがあっても、身近な誰かに相談したことはなかった。全ては自分がどうにかする問題であり、他人にそれを言っても、ただ迷惑になるだけだと思っていたからだ。
サキが諭すように話を続ける。
「弱さを見せないのは、カッコいいけどね。それは否定しないよ」
でも、とサキは言う。
「もっと他の人に甘えてもいいんだよ? 特に、あたしにはね」
そう言って格好つけるサキは、とても頼もしく見えた。それと同時に、胸の中にあったもやもやが、薄れていく感じがした。――吹っ切れた、感じがした。
「で、わたしのグループの作品なんだけど……」
「一次落ちでしょ?」
「あれ? 知ってるの?」
「だって、監督の名前は発表されるし」
「あ、そっか」
結果発表の際には、タイトルと共に監督名も表示されるのだ。
「……じゃあ、何で聞いたの」
「いや、ほら、ユイの口から聞きたくて。『一次落ちです』って」
「さ、最低」
「ごめんごめん」
折れて再び繋がった骨が強くなるように。
精神もまた、傷ついた状態から立ち直ったものは、強く頑丈になる。