表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

澪の就職難(別の意味で)

「こんなもんかな」

 大きめの皿に山の様に盛られたチョコクッキーは、圧倒的な存在感をかもし出している。そして当然ながら重い。おかげでテーブルまで運ぶのに一苦労した。

「……お菓子作りってこんなに疲れるんだ」

 ソファーに身を沈ませて休む。

 今日はなんとなく甘いモノが食べたい気分だったので、これを作った。「なんとなく」、と言うのは後付けの理由である。

 本当は、僕のお嫁さんが「クッキーが食べたい」と朝から考えていたのだ。それでバカみたいに山ほど作ってしまった……と言う訳である。

 毎日彼女の考えを読んでいると、本当に子供みたいな事しか頭にないんだなぁ、と和やかな気持ちになる。

 ……でもそんなのでまともに就職出来るんだろうか?

 そんな風にあれこれ考えていると、リビングのドアが開いた。

「ネームー、腹減ったー……ってうおっ!!クッキー!!」

「その前に言う事があるでしょ、澪」

「あっ、ただいま!」

「おかえり。……そこのクッキーは全部食べてもいいけど、着替えて手洗ってからにしてよねぇ」

 澪が犬ならば、尻尾をぶんぶん振って大喜びしていた事だろう。

 彼女は目を輝かせて何度も頷き、リビングを出た。

「……本当犬みたい」

 結ばれた髪が尻尾の役割を十分に果たしていたので、思わず笑ってしまう。

「何笑ってるんですか」

 いつの間にか、夜子(ヤコ)が牛乳の入ったグラスを2つ持って僕の前に立っていた。僕は仕事上全身真っ白になりがちだし、服も白いモノばかりだが、我が妹はちっともそんな気配を見せない。

今日はいかにも女の子らしい、ピンクのタートルネックを身に付けていた。

 彼女が女らしい格好をしているのを見ると、僕が今まで受けていた仕打ちは無駄じゃなかったんだ、とほっとする。僕の様に、自分の性別さえ偽って生きてもらうのは本当にココロが痛むから……

「……お兄様?」

「ああ、夜子が女の子らしくしてくれて嬉しいなぁと思って」

「そっちの理由が聞きたかった訳じゃないんですけどね。どうせお義姉様が犬みたいで面白いなぁ……とか思ってたんでしょう?」

「ごもっとも。流石僕の妹だねぇ」

 彼女はくすりと笑ってグラスをテーブルに置き、テーブルから離れる。

「では、ごゆっくり」

「……食べないのかい?」

「あいにく、私は辛党なので。あと、お兄様夫妻の食べ物に七味唐辛子とマスタードを山ほど掛けたら迷惑でしょうし」

「うん、すごく迷惑」

 夜子はその答えを聞いてやや不満げにしながら、すたすたとリビングを出た。

 ……辛党じゃなくて舌がおかしいだけじゃないかと僕は思っているのだが。

「はー疲れたー」

 夜子と入れ違いになる形で、凶暴な熊が上下にプリントされたスウェットと言うだらしない格好に着替えた澪がやってきた。

「まーたそんな服着てる。僕があげた奴は?」

「あんなヒラヒラした奴寒いに決まってるだろ!あたしはこれが落ち着くんだっつーのっ」

 ……ちっ。薄かったりレースがいっぱいついた服でやけにそわそわしながらくっついてくるのが良かったのに。

「……な、なんだよ」

「別にぃ、せっかく買ってきた服着てくれないから寂しいとか思ってないし?」

 意地悪く言ってみると、彼女はぼふん、と音を立てながら僕の隣に座った。

「こうしときゃ寂しくねぇだろっ」

「はいはい」

 三角座りして頬を膨らませていた澪が、寝転がって僕の膝に頭を乗せてくる。そして近くに置いてあった求人の広告をじっと見てから、

「なぁネム、今日バイトのおっちゃんが「お前さんには土方が向いてるぞ」って言ってたんだけどどう思うー?」

 ……と聞いてきた。

 土方か。向いてそうだけど、なんだかしっくり来ない。

「うーん……別の仕事の方がいいんじゃない?警察とか」

「ケーサツ?嫌だ!一応あれはあたしの中では汚職のひとつだぞ!!」

 警察も立派な公務員だと言うのに、ひどい言われ様だ。

 ……まぁ確かに、最近の警察の不祥事は目も当てられないモノばかりだが。

「じゃあ、あんたは何になりたいんだい?」

「格好良い奴。攻略者とか討伐者!」

 なるべく、彼女には命の危険に関わる仕事をして欲しくない。攻略者や討伐者なんて断固拒否だ、群れてなきゃ死と隣合わせじゃないか。

「それはダメ。……死ぬまで僕の近くにいる事があんたの仕事。これでいいんじゃないの」

「それも嬉しいけど嫌だ!何もしないのは性に合わん!」

……どうしたものやら、とため息をつきそうになって、いいアイディアが浮かんできた。

「じゃあ、僕が忙しい時は『普通の』料理作ってもらいたいなぁ」

「『普通の』って何だよ、あたしにとっては普通だぞ」

「いいや、あんな違法薬物みたいなビジュアルの料理を普通とは言えないねぇ」

「な、なんだとっ!?」

 どうやら上手く煽れた様だ。顔を真っ赤にして飛び起きた。こういう時の澪を見ていると、自分の意地悪い面がどんどん表に出てくる。

「悔しかったらここにある僕の処女作よりマシなクッキーでも作ってみなよ。ま、そもそもまともな奴が出来るかどうか心配だけどねぇ」

「くそっ……今に見てろよ!!くそおぉっ!!」

 やけ食いを始めた彼女を、僕は笑いながら眺めていた。

Q.公式ですか?

A.半分公式です。

Q.短編集ですか?

A.●はい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ