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魅せられて…

水が清らかだと

なぜだか自分の心まで清らかになる気がするのはなぜだろう

別に集中豪雨が降ったわけではないのに、その地域ではよく洪水が起こった。

私は地域の調査団のひとりとして、そこに派遣されていった。

どうやら、氾濫を起こしているのは森に入ってすぐのところにある沼地のあたりからということだった。


その場所を訪れた私は、二つの衝撃に襲われた。

ひとつ目は、よくこんなところにある沼地を見つけることができたな、ということである。

ろくに舗装されてない道を走り雑木林と車体をこすり合わせながら森のなかへと進むと、唐突に開ける場所があり、そこが目的地だった。

沼地との境目を示すロープなども張っておらず、油断していると沼地とは気づかず車体ごとドボンしてしまいそうである。

そうなってしまえば、一巻の終わり。

生還は望めないと言って問題ない、そんな危険な場所だった。

もう一つは……どういう風にしたらこんなに汚すことができるのか、ということだった。

あとから聞いてわかった話なのだが、前にも述べたとおり人目につかない場所だったので、この辺りでは不法投棄が後を絶たなかったそうだ。

ただ、この沼に不幸にも落ちてしまったトラックもあるらしく、それ以降は捨てに来る業者も段々と減っていったようである。

話を沼の方に戻そう。

水はヘドロ色に濁りきり、水底まで見えない。

あちこちに不法投棄されたと思しきものがプカプカと浮いている。

……あ、あっちには多分生息していたと思われる死んだ魚も。

とにかくそこは、筆舌に尽くし難いほどに汚れきっていた。


沼の惨状に呆れ返っていると、私はあることに気づいた。

沼の水面に漣が立っている。

今は無風だし、ここに流入してくるような河川の音は近くからは聞き取れない。

だが、明らかに何かしらの水源があるようだった。

もしかしたら、度重なる氾濫の原因はこれなのだろうか。

そう思い、漣の立つ方へと歩みを進めていくのであった。




――水底がわからない沼地を歩くのは骨が折れる。

なるべく縁を伝って歩いていたが、ヘドロに何度も足を取られてしまう。

そろりそろりと歩くのは、なかなかに神経を使った。

と、その漣の立つ方向へと近づくと、人の声らしきものが聞こえてきた。

……誰か、人がいるのだろうか。

いや、そんなことはありえない。

何より、そこにたどり着くことの難しさを私自身が証明している。

だとしたら……幽霊?

血の気がさあっと引き、手に冷たい汗をかく。

恐る恐る、私は近づいていった。


沼の反対側。

水辺に居たその現況は。

人のようでも幽霊のようでもあり、その実人でも幽霊でもなかった。


「ううっ……ぐすっ……ひどい、ひどすぎます……私の、私の住処をこんなに……」

そこでは、うら若き乙女が(自分もそうじゃないのかということはさておき)さめざめと泣いていた。

体は淡く輝いており、波打つ髪は薄い水色に彩られている。

しかし、手足は異常なまでにやせ細っているし、髪も体もまだらに汚れていた。

先ほどの発言からするに、この沼の主……精霊かなにかだろうか。


しばらく私がその様子を見ていると、彼女がこちらに気がついた。

「えっ……!人が……人が見ている……」

その顔は驚愕に満ちていた。

「あっ、あなたもこの沼地を汚しに来たのですか!お帰りください!」

誤解もいいところである。しかし彼女にとっては当然の反応だったろう。

それほどまでの絶望を味わってきたのだということが、表情から読み取れたから。

「ちっ、違うよ!私はこの沼を綺麗にしに来たの!」

「そんなこと言って、信じられるとでもお思いですか?!とにかくお帰りくださいっ!」

無下もなく断られた。

落ち着くように説得したが効果はなく、結局その日は引き上げてきた。

最初に来たこともあり、日も傾かけていたし。


次の日、私はまたそこを訪れた。

どうやら氾濫の原因は彼女で間違いないようだ。

だが、彼女と友好的な関係を築けないかぎり、この問題は解決しそうにない。

なら、どうするか?

答えは一つ。

行動で示すだけだ。


私はその日から、自分の力で出来る限りの清掃をした。

一人では限界があるので、とりあえず目につくゴミだけは拾っておこう。

大切なのはどれだけの成果を上げることではなく、態度を示すことだ。

長期戦になりそうだが、致し方ない。

なあに最初から長期滞在のつもりでここに来たのだし。

焦ることはないと自分に言い聞かせながら、黙々と作業を進めた。


努力の甲斐あってか、五日ほど立った頃にやっと彼女は心をひらいてくれた。

「貴方様の行動を見させていただきました……どうやら、あの言葉に嘘偽りはないようですね」

珍しく、そちらの方から出向いてきた。

前よりはだいぶ汚れも目立たなくなってきていた。

私は前に見た時より間近で、そのお顔を拝見することとなった。

話す態度は平常そのものだが、よく見ると絶えることなく涙が流れているのがわかる。

……涙と言うには、あまりにも勢いや量が桁違いだったが。

氾濫の原因はこれで間違いなさそうだ。

「仕方のないことなのです……精霊ウンディーネである私では人の為すことに直接干渉はできません。できるとしたら……」

――自らの力で、浄化を試みることぐらい。

そう彼女は話してくれた。

その結果が、この涙なのだろう。

しかし彼女の努力も虚しく、沼は底まで汚れきっていた。

彼女の流れる涙の量程度では、底にあるヘドロまでは押し流せない。

結局は人間の助けを借りないとこの状況はどうすることもできないのだ。

……あれ?でも私は彼女を知覚できているじゃないか。

「それはあなたが特別だからなのでしょう。少なくとも今までここに来た人の中で、私の存在に気づいた人はいませんでした」

……まじか。

驚愕の事実発生である。

他に誰も人が居なくてよかった。じゃないと痛い子として見られていたかもしれない。

報告書も何かとでっち上げなくては……

「とにかく、大丈夫だからね。この沼は、絶対に綺麗にしてみせる」

と、微笑んでみせると、なぜだか彼女は恥ずかしそうにしていた。

「……それにしても、どうしてここまでしてくださるのですか?

 あなたの努力は、並大抵のものじゃないと拝見させていただきました。

 その気力は、気概は、一体どこから来るのでしょう」

そうだなー……

きっかけは多分あの出来事だ。

自分がよく遊び場にしてた水場があったんだけどね。

お転婆な私はうっかり溺れかけちゃって。

その後しばらくしてその水場は埋め立てられちゃったの。

自分の事件は間接的な要因に過ぎなかったんだけど、悪いことしちゃったなっておもって。

そのあたりに夢のなかに女の人が出てきて、しばらくうなされたこともあってね。

それから私は罪滅ぼしも兼ねて、こういう職業についたわけ。

だからかなぁ、きっとここで出会えたのも、運命だったのかもね。

「う、運命……ですか……」

最初見た時、すっごく可愛い子だなあって思って、どうにかしてあなたを振り向かせたいと必死だったの。

今こうしてみてみると案の定可愛いけれど、ちょっと勿体無いかもね。

「な、何がでしょう……?」

泣いている顔も可愛いけれど、笑ったらもっと可愛いんだろうなって。

だから、あなたが泣かなくても済むようにしてあげたいな……ってね。

そう言って、私は彼女の顔に手を伸ばした。

「ひゃっ……!?」

どうにかして彼女の涙を拭ってあげたかったけれど、私の力ではできるはずもなく。

涙は相変わらず流れ出ているのだった。

「……やっぱりダメみたい。ん?どうしたの?ぼーっとして」

よく見ると、彼女は心ここにあらずという感じに固まっていた。

「こっこここ困ります、そんな風にされたら私、私、私っ……!」

顔を赤くさせたながらうろたえる彼女は、それはそれで可愛かった。

というか、そういう表情もできるのね、あなた。

「せ、責任取ってください!」

「へ?」

それはまるで、女性が男性に言うような……

そこでさっきの言動をはたと振り返ってみる。

……うん、完全に告白のそれだわ。

昔発症した悪い癖(友人談)がまた再発してしまったのだろう。



……とまあこんな感じが、これから長い付き合いになる彼女との最初の出会いだったのでした。

ちゃんちゃん。

泣き虫ウンディーネさんと無自覚イケメン系(内面が)女子の物語でした。

短編と言いつつ、大変な量になってしまいました。

書いているうちに楽しくなって、どんどんお話が広がっていきました。


人間の女性の幼少期のエピソード(ルサールカ絡み)とか、学園生活での話とか、その後どうなったとかいろいろ話はつきませんが、それはまた機会のあるときにでも。

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