ぼくの二度寝
ぼくは毎朝同じような時間に起きる。
そして隣で寝ているお母さんを起こしてごはんを用意してもらう。寝起きのお母さんは少しだけ不機嫌だけど、すぐに笑顔になってぼくに「おはよう」と言ってくれる。もちろんぼくもそれにおはようと返事をする。
ごはんを食べてすこしすればお母さんがお父さんを起こしに二階へと上がっていく。階段を上る音を聞きながら、ぼくは少しだけうとうととまどろむ。
二度寝っていうやつは本当に気持ちがいい。なんといっても、半分眠っているかどうかというあたりをゆらゆらと漂う感覚が最高だ。
前に一度、本気で寝てしまったことがある。はっと気づいて起きたときにはもうお父さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんもみんなどこかに行ってしまった後で、お母さんは一人でテーブルに座ってテレビを見ていた。
あまりに驚いてしまって、すこし大きな声でお母さんに話しかけてしまった。
「なんで起こしてくれなかったの!?」
「あら、目が覚めたの?」
「絶対遅刻しちゃったよ!」
「はいはい、それなら行こうか。」
そういってお母さんはエプロンを外して玄関に行って、掛けてある上着を羽織った。
「今日はそんなに寒くないと思うよ。」
お母さんの顔を見上げながらそうつぶやいたけど、お母さんは、今日も寒いねと言ってぼくの頭をくしゃくしゃと撫でた。
おかあさんが玄関に鍵をかけたあと、ぼくはお母さんの前に立って急いで歩き出す。
「ちょっと、あんまり急ぎすぎると危ないよ。」
お母さんがそう声をかけるけど、ただでさえ約束の時間に遅れてしまっているんだから急がないわけにはいかない。
すこし強くお母さんを引っ張りながらいつもの集合場所についた。
「さすがにさくらちゃんはもういないみたいね。」
ぼくの頭の上からお母さんが言った。ぼくはあきらめきれなくて何度も何度もあたりを見回した。
「じゃあ行こうか。」
そういってお母さんはぼくをすこし引っ張った。約束の時間に遅れたのはぼくで、さくらちゃんに会えなかったのはぼくが悪いからなんだとわかっているけど、それでもあとちょっとここで待ってみたい。
「お母さんも家でやらないといけないことがあるんだから、ほら、帰るよ。」
さっきよりすこし強い力でお母さんが引っ張る。
ここでわがままを言いすぎると怒られるのはわかってる。ぼくはしぶしぶお母さんの後ろについて歩いた。
「明日になったらまた会えるよ。」
お母さんはぼくのほうを振り向いて、しゃがんで僕の頭をくしゃくしゃにしながらそう言った。
「---起きて、ほら、起きて。」
ふいに体をゆすられて、目が覚める。からだの上にだれかの手がある。
「あ、起きた。おはよう。」
目の前にお姉ちゃんの顔がある。ぼくと目がちらりと会った後、お姉ちゃんはにっこりと笑った。
「あんまり寝すぎてばっかいると心配になっちゃうよ。」
言いながら、お姉ちゃんはぼくのおなかをうりうりといいながら撫でる。お母さんは頭をなでるけど、お姉ちゃんはぼくのおなかが好きみたい。
「さくらちゃんもそういう風だったのかな。」
テーブルにお兄ちゃんが一人で座っていて、キッチンにはお母さんが立っている。
「そうみたい。昨日外でさくらちゃんのとこのおばさんにたまたま会ったとき、眠るようだったって言ってたもん。」
ぼくのおなかをなでながら、お姉ちゃんは顔だけテーブルのほうに向けた。
「さくらちゃん、確か14歳とかだったな。天寿を全うしたんだろうな。」
「うん……。」
お姉ちゃんが僕をなでる手がすこしゆっくりとした動きになる。僕のほうをのぞき込む顔は笑ってなくて、心なし寂しそうだ。
「長生きしてね……。」
そう言ってお姉ちゃんはぼくのおなかをわしゃわしゃとした。
その次の日、いつもの時間にいつもの場所に行ってもさくらちゃんはいなかった。
「さくらちゃん、寝坊しちゃったのかな?」
お母さんにそう言ってみるけど、お母さんはぼくの顔をじっと見たあとに頭をくしゃくしゃに撫でただけで何も言わなかった。
怒ってるのかなと思ったけど、ずっと同じ場所に立ったまま動かないお母さんの顔は、どちらかというと悲しそうだった。
その日も、そのあとの日も、結局いつになってもさくらちゃんが来ることはなかった。
ぼくのほうも、だんだんいつも通りの時間に起きられなくなって、二度寝してしまう回数も少しずつ増えていった。そのせいでおなかもあまりすかなくなって、たびたびご飯を残すようになった。
「どこか具合が悪いの?」
お母さんはしきりにぼくの顔を見ながらそう聞いてくる。確かに最近、自分でも前ほど元気がないような気もする。
それはそうかもしれないけど、もしそうだとしてもぼくは家でこうやってゆっくりしているほうが楽でいいなって思っている。気のせいか、お母さんもお姉ちゃんも、ここしばらくぼくのことをあまりわしゃわしゃしなくなった。二人ともゆっくりとぼくのことをなでてくれる。それもいいんだけど、ときどき昔みたいにわしゃわしゃに、くしゃくしゃに撫でまわしてほしいような気もしないこともないんだよ?
今日は久しぶりに早起き。
隣で気持ちよさそうに寝ているお母さんを起こして、おはようを言って、ご飯を入れてもらった。
ぼくがご飯を食べ終わったのを見て、おかあさんは笑った後ぼくの頭をかるく撫でてくれた。
お母さんがお父さんを起こしに階段を上る足音を聞きながら、ぼくは横になる。窓のほうをぼんやりとながめているとすぐに眠たくなってきた。まぶたが下りてくるのをなんとかこらえながら、それでもぼくは自分がだんだん眠りそうになっているのを感じている。
もうすぐぼくはまた寝てしまうんだろう。気持ちいい眠りに落ちそうにうとうとしながら、やっぱりこの瞬間が一番いいなと思った。
次目が覚めたら何をしようか。
お母さんに頭をくしゃくしゃにしてもらおうかな。
お姉ちゃんにおなかをわしゃわしゃにされるのもいいな。
さくらちゃんにも久しぶりに会いたいけど、このままじゃたぶん約束の時間には間に合わないな。それにもしかしたらさくらちゃんもまた寝坊しているのかもしれない。
でも、とりあえず今はこのまま寝てしまおう。次に目が覚めたときのことは、そのときに考えればいいんだし。
それに今は、なんだかとてもよく眠れそうな気がするんだ。