13/12/24 三太、苦労す。
ざわざわ。騒然とした寄り集まりは、手を打つ音で静まった。
「またこの年も、今日の日を迎えてしまった訳だが」
太く濃い眉から覗くぎょろ目が、ぐるりを見回す。すると一緒について回る棒きれの様な鼻を見て、けらけら笑う者があった。
「おいこら、何が可笑しいか」
元より赤い顔を更に真っ赤に染め上げて、天狗は口をひん曲げた。
「厭ですよ、わたしゃそういう生まれですから、そりゃ笑うもんでしょうに」
けらけら女は着物の袖で口元を被いながら、まだ笑っている。
ここはある山の古い祠である。かつて山に住む神を祀って建てられたものだが、江戸が栄えた頃になると、とんと人の気配が無くなって、ついには神さえ出て行ってしまった。そこへ代わって巷生まれの妖怪どもが、ある日ある時の集会に使う事となったのだ。何分小さな祠だが、妖怪どもにすれば、ひしめき合うに心地良い。
しかし近頃はどうも集まりが悪い。と言うのも、妖怪などというものは、人の口の流行り廃りによるもので、元よりあまり知られぬ妖怪は、いつの間にやら姿を隠してしまった。
くりすますでしたっけねぇ──と折れた話の腰を戻したのは猫又である。
「何です、それは」
狸が愚鈍そうに聞き返すと、猫又は三味線をぺんと叩いた。
「おや、狸の旦那は知らんのかえ。まあ祭りの様なものさね。恋仲の男女が贈りものを交換したり、親が子に何か買ってやったりと、そうした日でありますよ」
流石長らく人に飼われただけあって、人の事はよく知っている。そこへ首を挟んだのはろくろ首。
「あらあら、それだけではないのよ。特におとことおんなにとって、それはそれは特別な日ですのよ。だって」
継いだ言葉を遮って、けしからんと俄然怒鳴ったのは狐だった。
「聞くには異国の風俗らしいな。年が明くる前には寺で除夜の鐘を聞き、取って返して社へ初詣だと言うに、まだ別なるものを差し込むか。節操を知らんのか。全くけしからんな人間は」
隣の狸が宥めるが、それらを猫又が冷ややかに尻目見た。
「まあ狐の親分は半分そちら側ですから、他人事じゃありませんわなぁ。あたしらからすれば、どうだって良い事ですがね。で、天狗さん、それがどうかしたのかえ?」
巡り巡って漸く話が戻ってきたので、天狗は膝を叩いた。
「良し。そのくりすますなる日がとうとう明日に控えた事は、皆承知であろうよ。そこでだ。儂らも何とかして、その、くりすますとやらに一口乗れないかと」
妖怪の一同はきょとんとした。この赤鼻めが何を言い出すかと、言わずの言である。
でもね。そう切り出したのは狸だった。
「天狗さん。おれらは、そういうお祭りとは縁遠いもんだろ──ああ、狐さんは別にしてね──兎も角、そういう時と所におれら物の怪のモンが出てくのは、ほら、都合が悪い」
「ところが、だ、狸の。このくりすますにも、どうやら妖の者が関わっているのだよ」
なんだって──狸は腰を抜かして引っ繰り返った。
「どういう事だ天狗殿」
狐が身を乗り出し、ついでにろくろ首が首を伸ばした。
うむ、と皆の反応に気を良くした天狗は、腕組みをしてしみじみと語った。
「どうにも、今晩夜も更け幼子の寝静まった頃、寝床に忍び入り、子の願った玩具を置いて去る者が出ると聞いたな。その名はサンタと言う」
「三太なんて気の抜けた名の妖があるんですねえ」
けらけら女がけらけら笑うが、一同にぎろりと睨まれて閉口した。
「猫又さんよ、あんたも知らなかったのかい?」
「ううん、わたしゃ小さい子の居る家の出じゃないからねぇ」
それから皆、暫しの沈黙だった。まだ知らぬ妖怪への驚きと、土地土地の神さえ忘却されるこの時勢にあって尚も知られる嫉妬とに、折り合いを付ける間であった。
いや、折り合いなど付けようもなかった。嫉妬の方が大きく燃え上がり、一同段々と腹が立ってきた。最も腹を立てていたのはやはり狐だ。
「おう、天狗殿、あんたは一体どうしようというのだね」
「うむ。我らで三太に取って変わるのはどうかと思っている」
天狗は力強く言い切った。
眉間に皺を寄せたのは猫又である。
「取って変わるたってねぇ、どうするんです? 子でも攫いますかねぇ」
「いや、そっくり真似事をしてやるというのは、どうか」
おお、と狸が腹を叩いた。
「それで三太の野郎からあいでんてぃてぃーを奪ってやろうってんですね、天狗さん!」
流石に悪知恵となると、普段は木訥の狸も興奮を隠せなかった。
「あいでん何だか知らんが、兎角、奴のやる事なす事全てを奪ってやろうと言うのだ」
万歳万歳と狸が騒ぎ出すのを、狐は細い目を更に細めて、閉じているのとさして変わらない目付きで睨んだ。
「では天狗殿、計画を練ろうではないか」
まず姿形を似せようという事になった。狸か狐が化けてしまえば済むものだが、それでは面白くないし、第一、それでは三太と変わらない。似せつつも異ならねばならない。
ならば仲間の妖怪から適役を探そう。そういう話になった。
「三太は翁の姿をしているそうだ。恰幅が良く、白い髭をたっぷりと蓄えている。それで赤い派手な衣装を纏い、玩具の詰まった大袋を担いでいるのだ」
いきなり難儀なと皆一様に首を捻った。狸などに至っては一切想像にも及ばなかった様で、試しに化けてみると言って変化した姿は大黒様のそれで、恐れ多いと狐に殴り飛ばされた程だ。
「髭の爺と言えば、ぬらりひょんの爺さんが適役かしら」
「ああ、あの色惚け」
ろくろ首の提案に呟きを漏らしたのは猫又である。
「あら、あんたも色目使われた?」
「まあ……そう言うろくろ姐さんもかえ」
「えぇ? 何の話?」
けらけら女は身に覚えが無いのだった。
兎も角、三太役はぬらりひょんに決まった。
「次は乗り物だな」
「何ですと」
「三太はソリに乗っていると聞いたぞ。そしてそれを引くはトナカイという……鹿の様な生き物……だそうだ」
途端に歯切れの悪くなった天狗の口振りに、狐は顔を顰めた。
「何だね、それは。ソリなんぞで江戸──今は東京か、この辺りまで来ると言うのかね。しかも馬でも犬でもなく鹿に引かせて。意味が解らんな」
そう言われては天狗も困った。天狗にも全く以て意味が解らなかったのだ。
「まあまあ、意味が解らんのは妖の常ってモンでしょう。豆腐小僧とか」
「豆腐小僧は最近ちょっと忙しくしているなと思ったが、急に居なくなったな」
「豆腐小僧の事は良い。兎に角、これらをどうするかだ」
ううむ、と皆頭を抱えた。しかし彼らのやり取りを笑いながら聞いていたけらけら女が、特に考えもせず言った。
「乗り物ったら、片輪車と輪入道が居るじゃない?」
剰りに適当な提案に、それぞれ何か言い返そうと思いはしたが、さして反論が思い付かなかった。
「なら、誰に引かせるんだい」
「えー。ま、牛鬼かなー」
けらけら。この女、莫迦である。
しかしやはり何も言い返す事が思い当たらなかったので、駄目で元々頼み込んでみる事とした。
子にやる品も付喪神の面々、雲外鏡や鳴釜や瓶長や、ついでに格別の一品としてぬっぺっぽうを用意するなど、事欠かないから良しとして、あとは子細である。
「三太には何か決まり文句があるのか」
「ある。確か……何だったかな。ええと、覚の奴から聞かされたんだが……め、め、め」
「め?」
「滅入り、くりすます、だったか?」
「それはないだろう」
狐はきっぱりと切り捨てた。
結局、決まり文句についてはどうでも良いという事になった。
「うむ。これでよかろう。ではそういう事で、皆によろしく伝えてくれ」
「そういう事で」
「そういう事で」
そういう事で、今年のクリスマスには妖怪どもが跋扈する事と相成った。
もし丑三つ時に窓の外を見て、牛鬼に引かれた片輪車と輪入道に乗ったぬらりひょんが付喪神やらぬっぺっぽうやらをばらまいていたとして、決してサンタクロースと間違えてはならない。妖怪どもの思う壺である。
それはそれで楽しかろうとは思うが。
一日二日一話・第十話。
とっくに四日経っているので、今後は「一日二日、あるいは三日、もしくは四日一話」になります。嘘ですごめんなさい。
タイトルは適当です。サンタは別に苦労も何もしてません。
オチも何にもありません。クリスマスなのに妖怪の話が書きたかっただけです。