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002 姉、襲来

ジリリリリリリィィィィィィ――……

「うぅ……」

 もぞもぞとベッドから手を出し、俺はけたたましく鳴る目覚まし時計を掴んだ。

「あ、朝か……」

 まだ眠り足りないと訴える頭を叩き起こし、俺はもぞもぞと上半身を起こす。ふと手に持っていた目覚まし時計を見ると、その針は容赦なく刻一刻と時を告げていた。

もういっそのこと時間なんて止まってしまえばいいのに……という妬ましげな視線を文字盤へと送るが、その針は無慈悲に針を動かすだけだ。

「六時半、か。ヤバい、完全に寝不足だ……」

 何でこんなことに? と疑問が湧いたが、すぐにその原因が分かった。それは、俺の両脇で今もまだすやすやと寝息を立てる二人の『神様』のせいだと悟ったからだ。

 右側には髪を左右に結わえ、その両脇に大きな金と銀の鈴をぶら下げた幼女。

 左側には栗色の長い髪をベッドの上に垂らし、時折猫のように目を擦る幼女。

 二人の名前は葛葉と結という。鈴を付けている方が葛葉で、栗色の長い髪が結だ。加えて昨日から新たに俺の家に同居することになった神様でもある。

「もぅ食べられない……。あぁ、でも……でも……。もっと欲しい。そう、それだ」

「あぁ、お姉様。そこはダメですぅ~……やっ! はうぅ~~~! 気持ちいいですぅ~~」

 ……コイツら二人ともどんな夢見ているんだよ。

 いや、深く追求するのはやめておこう。うん。

俺は突っ込みたくなる思いを抑えて、ベッドから()い出た。近くにあるテレビは、ゲームが繋がれ、スタート画面のままずっと点灯している。

「あ、やべぇ。あの時のまんまだった」

 そう言えば、昨日はずっとゲームしていたんだっけ……と俺は寝不足気味の頭を回転させて昨夜のことを思い返した。

 葛葉の居候を(成り行きとはいえ)認めてしまった俺は、夕食の後ゆっくりと風呂に入り一時間ほどゲームをして寝ようかと支度をした。

風呂まではスムーズにいったのだが、その後のゲームがヤバかった。


「なぁなぁ! モロロ。この〝ゲーム〟というヤツはどうやってやるんだ?」

「あぁ、それは……」

 調子に乗って、少しばかりレクチャーしたのが原因だった。

俺が葛葉に操作の仕方を教え、ちょうどゲーム機本体に入っていたソフトで対戦してボロカスに負かせてしまったもんだから、

「ぐぬぬぬぬ……。モロロ、もう一度だっ!」

「頑張れ、お姉様!」

「ケッ。やってみろ。またボロカスに負かしてやんよ!」

 ……ってなわけで気づけば朝方までやっていたもんだからシャレにならない。

 こんな調子で、結局葛葉が寝るまで対戦に付き合わされた。始めに結が力尽きて寝息を立て始め、そして葛葉も寝たのが午前四時ごろ。正味、二時間半しか寝ていない計算になる。

 でも、こんな日でも学校がある。……なんて現実は理不尽なんだっ!

「………………さっさと支度しよ」

 だるい身体に鞭打ちながら、俺は部屋の扉を開けた。差し込む朝陽に、言いようのないほどの恨みを覚えたのは言うまでもない。

 まぁ、ぶっちゃけ俺のせいでもあるんだけどさ。


「それじゃ、二人とも。俺のいない間、大人しくしてろよ?」

「うむ。大船に乗った気でいろ。お前は存分に学業に励め」

「さっすがお姉様! シビレますぅ~」

 ……とてつもなく不安だ。帰ってきたら『家が消えていました(比喩的意味じゃなくて)』的なことがないことを切に願うのみだ。

しまいには「面白くない」とか言って、冗談半分で〝人間を滅ぼす〟とかやりそうな奴だからな。この二人、神様だし……。まったくもって油断はできない。

 そうだ、あらかじめこの家の本来の持ち主である我が親父に謝っておくことにしよう。

 

――スマン。家、消し飛んだわ、ってな。

 

俺は遠い外国の地で仕事に励む両親へ、心の中で小さく合掌しながら靴を引っ掛けた。

「じゃ、じゃあ……。いってきます」

「いってこい、モロロ」

「いってこい下僕」

 結の言葉が引っ掛かったが、時間が惜しい。俺は何も言わず、扉を開けた。

「んじゃ、行ってくる」

 家の前で見送る葛葉と結の方を見ながら、俺は学校へと急いだ。



私立秀麗(しゅうれい)学院高校。ここがこの春晴れて俺が合格を勝ち取り、今現在通っている高校の名前だ。

西暁(にしあかつき)市の南に位置するその高校は、このベッドタウンに住む者ならば、誰もが一度はその高校へ進学することを夢見る高校でもある。

なぜ? と問われれば、その理由はこの街に住む者ならばたぶん誰でも知っている。

 何せ、最寄り駅(西暁駅)から数駅という通学の良さだ。加えて私立の進学校でありながら、学費が公立高校並に安い。

しかし、学費の安さとは裏腹に、敷地内に建っている施設の設備は、どれも最新式のものばかりだ。例えば剣道場に柔道場、弓道場やボクシングにフェンシングとそれぞれ専用の建物があるし、トレーニングルームなるオリンピック選手も顔負けの専門的なトレーニングができてしまう場所も完備されている。

加えて全校生徒が余裕で収容できるほどに広い大講堂や、最先端の光通信により快適快速なネットサーフィンがいつでもできるPCがずらりと並ぶ教室もあるほど。

こんなに揃って学校経営自体成り立っているのか? と正直不安を抱くほどの超優良物件。

それだけに競争率も高い。普通、高校の競争倍率とはせいぜい高くても四倍程度らしい。この『らしい』と伝聞調なのは、俺はそんな高校の進学事情に詳しくはないからだ。

詳しすぎても嫌だけど。

だが、この私立秀麗学院高校はなんと七~九倍、下手をすれば十倍という競争倍率を叩きだすモンスター高校だ。設備良し、立地良し、学費もお手頃。こんな三拍子揃ったナイスな高校なんてありゃしない。

「しっかし、よくここへ進学できたもんだな……」

 校門と続く坂を登りながら、俺の口からそんな言葉が出た。確か、俺が受験した時は「七倍近くの倍率があったらしい……」と、合格してから風の噂で聞いたことがある。今考えても、よく合格できたな……としか思えない。入学した今でさえも、まるで実感がわかない俺だった。

「そういえば……」

 先輩を見たのもあの時が最初だったっけ……と、その思考につられるように俺の頭の中には以前「一度あの噂の高校を見に行こうぜ!」と、中学の同級生と一緒に文化祭に行った時のことがリプレイされた。

 それは文化祭の終盤の出来事だった。イベントの一環として、『ミス秀麗コンテスト』なるものが行われた。学校内から選抜された並みいる強豪を下し、ダントツのトップをかっさらったのが――阿久津美夏(あくつみか)先輩だった。

 さらさらと流れゆく黒髪は、漆黒の夜空よりもなお濃く、その髪に映る光は瞬く星々よりもなお輝いていた。綺麗に整った細眉に、猫のような切れ長の目がよく似合っていた。

『わ、私などがこのような栄誉を頂いていいのでしょうか……』

 これは確か授賞式の先輩のコメントだ。恥ずかしそうに優勝カップを受け取り、自ら得た栄冠を決して自慢することのない謙虚さがそのコメントに表れているように思えてならなかった。

「謙虚、ね……。アイツらには縁遠いものだろうな」

 俺はそんな事を呟きながら、くすりと笑った。

 先輩が持つその謙虚さの一万分の一でもあれば、ウチにいる同居人(同居神?)もちょっとはマシになったものだろう。先輩の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいだった。


「……ったく、何度見てもこの坂だけは慣れそうにねえな」

 俺は、たどり着いた校門から自分がいつも登ってくる坂道を見ていた。

 視線の先にある、くねくねとヘビのような坂を俺は眺めながらため息をつく。その瞬間、坂の両脇に植えられた桜の木が風にあおられ、「サアアァァ……」と木の葉を揺らす。まるで映画にでも出てきそうな目の前の光景は、春にはそれはもう美しい景観を見せる。

しかしその坂も、今や桜の花が散った後には緑の青々とした葉っぱが見えるだけだ。

 この坂の正式な名前は別にあるのかもしれないが、生徒の間では「通り名」の方が有名だ。

――通称、地獄坂。

誰が名付けたのかは入学したての俺には分かるはずもない。けれど、まるで「冗談ぬかせ」と笑い飛ばしたいようなこの呼び方は、実際にここに登校して初めて分かった。

とにかく長い。そして傾斜が高い。おまけにキツイ。

登るだけでたっぷり十分はかかるだろうその坂は、まさに「地獄坂」の名前通りだった。

 地獄坂を校門近くから眺めていた俺に、一台の車が視界に映った。漆黒の輝きを放つ見るからに『高級車だな』と分かるその車は、俺の横を通り過ぎ、校内にするりと入っていく。

「着きました」

「御苦労さま」

 運転手に向かって、ソプラノがかった声でねぎらいの言葉をかける女子生徒が一名、車の中から出てきた。そばに立つ運転手は恭しく一礼し、自分よりも年齢が下の女性には十分過ぎるほどの敬意を払う。

 この学校の〝女神〟こと――阿久津美夏先輩のご登場だ。

 先輩がその姿を見せた瞬間、静かな登校風景がにわかに騒がしくなる。

「きゃあああぁぁぁ! 美夏様よ!」

「あああぁぁぁぁ……。今日も美しい」

「その姿、その笑顔! まさに〝女神〟の称号に相応しい」

 ちなみに、言い忘れたがコンテストの優勝者は〝女神〟という称号が贈られる。これも入学して分かったことだ。昨年先輩が入学し、今年は歴代初の二連覇を成し遂げるのではないか……? とすでに優勝候補と噂されているらしい。

 まぁ、分からんでもないけどね。

「あぁ……。今日も専用車で登校! 優雅だわ」

 追加情報その二。先輩はいつも黒塗りの専用車(たぶんベンツか何か)で登校するらしい。目立つことこの上ないが、社長令嬢という上流階層(セレブリティー)とはそういうものなのだろう。

 これも俺はよく分からない。

つーか、そもそも一般市民の俺には一生分からない感覚だろうけどな。

「――おうおう、朝からすげえ人気だな。こっちは写真も撮れねえよ」

 不意に俺の後ろから声が聞こえてきた。振り返ると、そこには俺と同じ学生服に身を包んだ男子生徒――新垣智春(にいがきともはる)がいた。その首からは、トレードマークの見るからにごつくて重そうな一眼レフカメラを下げている。

「よう、トモ。おはようさん」

「おぅ、ミズキ。美夏先輩の写真って、結構高値で取引されるんだけど……。いっつも周囲に親衛隊(ガーディアン)がいるから、なっかなかシャッターチャンスがねえんだよなぁ~」

「相変わらずだな」

「そりゃそうだろ。美人はすべて世界遺産に登録すべきなんだよ。けれど、特に美夏先輩は別格だな。あの周りは異様にキツくて情報もろくに集めらんねえんだよ。まぁ分からんでもないけどな。何だって世界をまたにかける大企業――『阿久津重工』社長、阿久津(あくつ)源蔵(げんぞう)氏の一人娘。それだけでも結構なステータスだが、自身も情報工学と機械工学を専門とする世界から注目を浴びるほどの才女。プログラミング関連の技術は凄まじく、特許もいくつかもっているとかいないとか……」

「……どこが『ガードが固い』だよ。ほぼ調べつくしているじゃんか」

「バーカ。こんなのはネットにも載っている情報だ。俺が追い求めているのはそんな薄っぺらいもんじゃなくて、もっと個人的な、ディープでプライベートな一面なんだよ」

 いつも持参している黒皮張りの手帳を手に、先輩の情報を細かく喋るコイツは俺の悪友の一人でクラスメイトだ。新垣智春――通称トモ。

本人いわく「秀麗学院高校の生徒は仮の姿。しかしてその正体は――美人専門カメラマンだっ!」とのこと。

 聞いた瞬間、「こいつは天然の馬鹿か?」と本気で思ったものだが、トモは入学以来、この高校に在籍する(美人な)生徒の情報を事細かに収集・解析し、写真を撮りまくっている。もちろん女子生徒からの評価は最低レベル。ちなみに成績も赤点ギリギリ。

黙っていればそれなりの外見なのだが……いかんせん中身が伴わない。ものの見事に残念としか言いようのない奴だ。成績そっちのけで女子生徒を追いかけ回すその行動を見ると、その行動力とバイタリティに俺は尊敬の念すら覚えてしまう。

 でも、『高校生が仮の姿』ってどうなんだ? 

いくらなんでもそこまで言い切る必要はないんじゃないか、と見るたびに俺はそう思う。

「アホか。世界遺産への登録は幼女だろ」

 そんな風に美夏先輩を見ていた俺とトモの間に割って入る声が後ろから聞こえてくる。この声、この主張は間違いない――。奴だ。

「うるせぇよ、純。ハゲは黙ってろっつうの」

 トモが声の主へ振り向き、苦々しげにそう呟いた。

「おっす、純」

「よぅ」

 俺とトモの後ろには、一人の男子生徒が片手を上げて立っていた。

 鴻上純(こうがみじゅん)。こいつもクラスメイトだ。そしてハゲ。気持ちいいほどツルッツルだ。親父さんが西暁市にある病院の院長をしている偉い人だ(ちなみに名医と評判でもある)。

だが、どうやら息子はどこかで道を踏み間違えたのか、「ロリ」への羨望と尊敬(本人いわく)が強くなってしまった残念な奴だ。さらに、頭がスキンヘッドなため、時々「ハゲ」と連呼される。

 ちなみに、俺は普段は「純」と名前を呼び捨てで通していることが多い。最近抜け毛が気になる俺としては、『ハゲ』という言葉は封印したい単語ナンバーワンだったりするからだ。

 テンパってたり、イライラしていたりすると、どうしても封印を解いてしまうけど。

「ロリとハゲは関係ないだろ。いいか? 幼女っていうのはなぁ、こう『守ってあげたい!』と思える崇高な存在な訳で……。ロリを愛でる行為は、いわば〝完成された儀式〟というものであってだな……」

「まぁ、幼女への敬愛はお前の美徳の一つだけどな。だが、現実を見ろよ。幼女といえども所詮は人間。いつしか大人になっちまうんだぜ? いい加減成長しろよ、純。その点、美人はいいぜぇ~。美人っていうのはだな、あのたわわに揺れる胸と腰のくびれが織りなすシルエットが抜群にマッチした存在で……」

「ふん、そんなもの。幼女のあの神々しい姿と放たれる後光からみれば霞んでしまうわっ!」

「……………………」

 俺はこの二人の会話に大抵ついていけない時が多い。――つーか、正直どうでもよくない? 人の感性は百人百様なんだしさ。

まぁ、俺はちゃんと空気を読める人間だから、あえて言わないんだけど。

俺はさっきから一向に議論を止めない馬鹿二人を収拾させるべく、『魔法の言葉』を唱えた。

「ほら、二人とも。いい加減にしねえとSHR遅刻だぞ? 俺は朝から姫ちゃんの説教に付き合いたくはねえぞ」

 俺たち三人のクラス(一年F組)担任、姫路涼香(ひめじすずか)(二八歳)は説教がやたら長いことで有名だ。この前も二人して三時間半にわたる説教を聞いたばかりだ。一説には『翌日の朝まで説教させられた憐れな奴もいる』と噂されるほどに話が長い。校長先生の話の長さなんて、この人の前ではそれこそ猫より可愛いというものだろう。

案の定平行線をたどっていた二人の会話は、俺の一言で鳴りを潜めた。

「トモ、純。早くしないと間に合わねえぞ!」

「そうだな、早く行くか。おい、ハゲ。この後、ゆっくり語り合おうぜ」

「そうするか。しっかし、ハゲは余計だ。このサル」

 こんな調子で俺達三人はいつものように予鈴が鳴る中、校舎へと入っていった。



「よし、行ったか!」

「行きましたね」

「ではっ……!」

 昨晩瑞希と対戦ゲームでボロカスにやり込められた葛葉は、学校へと向かう瑞希を見送るとすぐさま部屋に戻りコントローラーを握った。

「特訓開始だ! 今度こそヤツを負かせてやるわああああぁぁぁ!」

 くそう、たかがモロロ風情でこの葛葉様に牙をむくとは生意気な!

 ガスガスガスッ! と画面でCPUと葛葉のキャラが壮絶な格闘を繰り返していた。

……のだが。

「うぅ~~っ、飽きたっ!」

 つい先ほどまで怒りにも似た感情が渦巻いていた葛葉だったが、結局のところCPUとの対戦はものの五分で飽きてしまった。

「一人でやるのもつまらん。……どうだ? 結も一緒にやるか?」

「えぇっ? いいんですか?」

「あぁ。見ているのも飽きるだろう? それに、モロロと対戦するのだから機械相手に勝負しても意味がないしな」

「はぁ……」

 結はおそるおそる葛葉の隣に座り、空いていたもう一方のコントローラーを手にした。

 ……どうしよう。

「それでは始めるぞ!」

 結との対戦を楽しみにする葛葉の一方、結は葛葉とは別の想いがあった。


 ――……もし、お姉様をボロカスにしてしまったら自分は嫌われるかも。


 葛葉は瑞希と結が、今やっているゲームですでに対戦済なことを知らない。そして、自分の隣にいる結が瑞希をボロカスに負かしてしまったことも。

 事件は朝早く、まだ葛葉が眠っている時間に起きていた――。

 昨晩、葛葉と瑞希の対戦を横で見ていた結に気を遣ってか、瑞希から「一緒にやろうぜ」と誘われたのだ。

 瑞希は軽く笑いながら「操作の仕方をレクチャーしてやるよ」と言っていたのだが……。

「だああああぁぁ! チクショウ! なんでテメェはこんなに強いんだよ!」

「お前とお姉様の対戦を見ていたからな。パターンはすべて覚えているんだよ」

 そんな言葉を交わすうちに、目の前のモニターは勝敗画面へと移る。結の言った通り、画面は瑞希が「YOU LOSE」、結が「YOU WIN」と表示されている。おまけに内容を見てみれば、スコアは2―0の完全試合(パーフェクトゲーム)だった。

「きぃ~~~! 今度負かしてやるからな!」

「言っていろ、たかが人間風情が。神様に勝とうとは百万年早いわ」

 そんな出来事を知る由もない葛葉に対し、結の中では「自分はどうやって負けようか……」と頭を悩ませていた。

 結にとって、どうにも退屈でしかない「接待ゲーム」の始まりだった。



「しかし、結は本当に弱いな」

「お姉様が強すぎなんですよぉ……」

 結と葛葉の対戦にも飽き始め、小腹がすいた二人は階下へと降りていた。時刻は十時を過ぎている。葛葉はがさごそとお菓子を探り、結はテレビを付けた。

 テーブルの『それ』に気づいたのは、葛葉の様子を見ていた結だった。

「あれっ? お姉様、これは何でしょう?」

「うん? それは……弁当箱、か?」

 葛葉と結は、テーブルの上に置かれた小包に気づいた。丁寧に包まれた箱の結び目の下に、箸箱らしき細長いものが差し込まれている。

「あいつめ……。忘れおったな?」

「どうします?」

「仕方がない、届けるか」

「えぇっ? でも下ぼ――げふんげふん。いえ、瑞希様の物ですよ? いいんでしょうか?」

「取りに来るかも知れんが、いかんせん時間も経っているしな。来ることはないだろう」

「でも、お姉様がわざわざそこまでしなくとも……」

 不安げな表情を浮かべる結だったが、その裏には「テメェ、何でお姉様の手を煩わせる真似しとんじゃい!」という思いが透けて見える。

 だが、葛葉にはそれが分からない。葛葉にとって、結はいつでも〝手にかかる妹〟のような存在だったからだ。

「まぁ、そう言うな。それに興味もあったしな」

「興味、ですか?」

「そうだ。『学校』というものに、な……」

 わくわくと興味津々な顔を浮かべる葛葉に、結はそれ以上何も言えなかった。むしろ、惚れ直した(?)みたいで、いつも以上に目を輝かせていた。

「でも、瑞希様の学校がどこにあるか分かりませんね……」

「心配するな、結。私を誰だと思っている。この私は最高位に位置する神様だぞ?」

 結の目の前には、自信満々な顔を浮かべる葛葉の顔があった。



「ミズキ。今日は俺達の番だぞ?」

「んぁ?」

 三時限目が終了した休み時間、隣の席にいた純が俺に声を掛けてきた。あと一つ授業を受ければ、昼休みになる。俺は時間を追うごとに重くなっていくまぶたを擦りつつ、純の言葉に耳を傾けた。

「あれ? そうだったっけ?」

「そうだ。先週の部活で、曜日が変更になっただろ。……もう忘れたのか?」

 いや、昨日の夕方までは覚えていた、が正しい。――正確には葛葉に会うまでは、だけど。どうやら葛葉と(あいつら)のことが強烈過ぎて、メモリのオーバーロードが起こったらしい。俺は頭に眠る記憶をフル回転させ、当時のことを呼び起こす。

「あぁ~、そう言えばそうかも」

「ったく、しっかりしてくれよ」

「悪い悪い」

『生徒は何らかの部活動に所属しなければならない』との学校側が設けた意味不明過ぎる方針(たぶん健全な高校生活を送らせるためだと思わせる)のもと、俺と純は放送部に所属している。

とは言っても、あんまり活動していない、半分幽霊部員みたいなものだ。やっているのも、週三回のペースで行う昼休みの放送――通称『秀麗ラヂオ』をやっているぐらい。部長いわく、「活動していると見せないと予算が削られる」からしかたなくやっているらしい。

まぁどこも生き残るためには必死にならざるを得ないわな。学校という限定された社会でさえ競争原理はある。俺には詳しいことは分からないが。

純の言葉は、その放送日が変更になって、今日がその放送日ということだった。

「つっても、どうせやることはいつも通りだろ? 純、他に何かあったっけ?」

「いや、いつも通り。ただ、覚えていたかどうかの確認だけ」

「連絡悪いな」

「まぁ、慣れているからな」

「真面目ちゃんは大変だなぁ~。もっとこう、不真面目に生きてみない? 俺みたいに」

「そうしたいのは山々だけどな。……親父がああだと、無理っていうもんだろ」

「確かに」

 純の生まれ育った環境を想像してみて、俺は思わず苦笑するしかなかった。院長の座を継がせるため、徹底的なほどの教育を施す父親。完全放任主義のウチの親父とはエライ違いだ。

 こんな時ほど親父の教育方針に感謝したことはない。感謝、とはいうものの、それは一瞬のことに過ぎないのだけれど。

 キーンコーンカーンコーン――……と四時限目の開始を告げる鐘と共に、担当教師が教室の扉を開けた。

「それじゃあ、昼休みな」

「了解」

 俺はこの後に訪れるカオスな状況など、予想することもできず、ただ淡々と授業を受けた。自分が犯した罪は、必ず報いを受ける――これが今日知るハメになる教訓とは知らずに。



「な、なんという坂だ……。も、もぅ動けん」

「でも、まだ瑞希様のもとへは辿り着いていませんよ?」

「ぐぬぬぬぬ……。しかし、腹が減ったぞ」

「私もです。後で瑞希様に買ってもらいましょう」

 地獄坂を登った頂上――秀麗学院高校の校門付近――では、二人の幼い少女がぐったりと疲弊しながらそんな会話をしていた。言うまでもなく、葛葉と結の二人である。

「やじろべー。モロロはどこだ?」

 葛葉が頭の上にいるやじろべーに問いかけた。ヤジロベーはその身をギッコギッコと揺らしながら、『こっちー』と矢印で瑞希のいる方向を指し示す。頭の上で身体を揺らすオモチャのようなそのやじろべーは、もちろん葛葉が呼び寄せたものだった。

「まだ歩くのか……」

 ぐぎゅるるるるるるぅ~。

 葛葉の豪快な空腹音が鳴り響く。一瞬、手に持った弁当を食べてやろうか……との思いが頭を掠めるがその思いをぐっと堪えた。

「お姉様、さきほどから、頭に乗っているそのやじろべーは『こっちー』とか『あっちー』としか言ってないんですけども……。そのぅ、大丈夫なんでしょうか? まさか道を間違えた、なんてことは……」

「それは問題ないだろう。何せこのやじろべーは『方角を司る神』だからな。大昔には「方違(かたたがえ)」という貴族の占いにも精通し、方角の吉兆を引き受けていた神だからな」

 ぜーはーぜーはーと肩で息をする葛葉の頭の上で、やじろべーは『そうそう、大丈夫大丈夫』と言いつつ、ぎっこぎっこと身体を揺らしていた。

「い、いかん。目が回って来た……」

「し、仕方ないですよ。何せ家からずっとここまで歩いて来たのですから……」

 結が言うのももっともだった。距離にして電車で数駅、という立地条件を持つ瑞希の学校も、歩いていけばそれこそ数時間以上はかかる。ましてや葛葉は背も小さい。

 必然的に大人よりも時間がかかってしまうのは仕方がないことだった。

「い、いかん。倒れる」

「わわっ! お姉様、大丈夫ですかぁ!」

 ふらふらになる葛葉を慌てて支える結だが、何せ身長が葛葉よりも小さい。支えられるはずもなく、もんどりうって二人とも倒れてしまった。

「ぐぇ……」

「はふぅ……」


「――――――どうしたの?」


倒れた二人に気づいたのか、大きなスケッチブックを持った一人の女子生徒が葛葉と結に駆け寄った。どうやら美術の時間で校内の風景を描いていたのか、スケッチブックの他に黒と赤のシックなデザインのペンケースを持っている。

駆け寄った女子生徒は倒れている二人を起こし、ぱんぱんと丁寧に土ぼこりを払う。

「すまぬな……。うん? お主は……?」

「わ、私? 私は美夏。阿久津美夏です」

「そ、そうか。すまんが……何か食べ物を持ってないか?」

「食べ物? チョコレートで良ければ」

 そう言いながら、美夏は制服のポケットからいくつかの小さなチョコレートを葛葉に差し出した。袋を開け、葛葉の手のひらにそっと置く。

「た、食べてもいいのか?」

 チョコレートの甘い匂いに、葛葉の口からよだれがじゅるりと漏れる。そんな葛葉を見た美夏が、上品そうに「どうぞ」と笑いながら告げた。

「で、では……。なんとっ! 甘くておいしいな!」

 口の中でとろける甘い味に、葛葉は嬉しそうに頬をほころばせた。

「それはなにより。それで、どうして貴方達はこんなところに? ここは高校だよ? 小学校はずっと下にあるのに……」

 美夏の疑問に答えるように、葛葉は用件を手短く伝えた。

「モロロを探していたのだ。アイツ、弁当を忘れて行きおってな」

「も、モロロ?」

 顔に疑問符を浮かべる美夏に、かたわらにいた結が「師丘瑞希様のことです」と付け加えた。葛葉からもらったのか、結もチョコレートを頬ばっている。

「師丘、瑞希……」

 美夏もその名前自体は知っていた。確か、時々昼にその名前を聞いたことがあるな、と記憶を掘り返す。

 ――あれっ? なんで私、その人の名前を知っているのかしら?

 普段ならそんな疑問が浮かんでしまうかもしれない。どこかで聞いたことのある人の名前、というほどの認識ならばすぐに忘れてしまうだろう。

もちろんこれは結が瑞希に施した『縁結び』の効果だ。けれども、そんなことは知る由もない美夏は目の前で少し困ったような顔をする二人の幼い女の子を見ているうちに、湧き上った疑問も立ち消えてしまった。 

「な、なぁ。一緒に来てくれるか?」

「えっ? い、一緒に?」

「あぁ。何せ初めて来たから勝手が分からん。……ダメか?」

 ちょっとだけ寂しそうな顔を浮かべる葛葉に、美夏がふっと頬を緩めた。

「じゃあ、一緒に行きましょうか」

「本当か! それは心強い」

「良かったですね、お姉様!」

 美夏を中心に、右側に葛葉、左側に結の三人が並んで校舎へと向かって歩いていった。



「うぅ~ん……。午前の授業、終了~~!」

 俺は自席で大きく伸びをした。首を左右に振ると、コキコキと小気味良い音が聞こえてくる。これがゲームなら、時間を気にしなくていいんだけどなぁ~。何で授業という存在はこんなにもつまらないんだろうか? ハッキリ言って拷問に近い。

「ミズキ、俺は先に行くぞ? 早く来いよ」

 純が足早に席を立つ。俺は小さく「はいよ」と承諾しつつ、カバンを取り出した。純は放送室へ行く前に、いつも売店で昼食を買うため先に行く。

 俺は弁当派なので少し遅めでも問題がない。

 ――のだが。

「……あれっ?」

 弁当がない。何で? 朝いつもテーブルの上に置いておくのに。カバンの中を全部ひっくり返しても弁当が出てこない。

「もしかして――忘れた?」

 うっわ、やらかしたあああああぁぁぁ! 年に何回かやらかすんだよなぁ……。目の前に現実に打ちひしがれ、がっくりとうなだれている俺。

「仕方ない。さっさと購買行ってパンでも買ってくるか……」

 がっくりと肩を落とした俺の耳が、次第にざわつく生徒達の声を拾った。何やら廊下が騒がしくなっているようで、時折「きゃー」だの「うわぁ」だのと黄色い歓声も混じっている。

なんなんだよ……。ったく、人が落ち込んでいるこんな時に。

「はっ?」

 騒がしい廊下の方を向くと、目の前に見えたのは草履の裏だった。

「こぉらああああぁぁぁ! モロロ、弁当忘れんな!」

「ぐぷっ!」

 ジャンピングキック(むしろロケットキックに近い)が俺の顔面にヒット! 頭に300のダメージ。再起不能に近い。脳内で警告(アラート)が立ったぞ。 

 あれっ? ……何かデジャヴだ。

「何すんだよ! ったく、誰だよ……って、げっ! く、葛葉?」

 目の前に葛葉がいた。そのやや後方では、美夏先輩が結と手を繋いで立っている。まったくもってどうしてこうなったのか訳が分からない。

「な、何で……」

「弁当届けに来た!」

『どうだ偉いだろう!』とでも言いたげに、俺の眼前には小さな胸を張ってビシッと弁当の包みを掲げる葛葉がいた。

 いや、そんな誇らしげに言われても……。確かに届けてくれたのは嬉しいけど! どうして美夏先輩と一緒なんだ?

「校門付近でこの子たちが倒れていたから。どうしたの? って聞くと、『貴方にお弁当を届けに来た』って言われてね。それで一緒に来たの」

 驚く俺の顔を見て察してくれたのか、美夏先輩がここまで来た理由を分かりやすく教えてくれた。流れるような説明、ありがとうございます。

「は、はぁ……」

「この子たちは、師丘君の知り合い?」

「いや、まぁ……。遠い親戚です」

 俺は笑いながら適当にごまかした。そんなのは当たり前だ。正面切って「コイツは神様です」なんてことは言えるはずもないしな。それより、なんで先輩は俺のこと知っているんだろう?

 ふとそんなことを思ったが、結の姿を見た瞬間に謎が解けた。

 ……あっ。これが結の『縁結び』の効力、ってヤツなのか。

 謎が解け、安心しきっていた俺は黒板の上に掛けられた時計を見た瞬間、「サアアァァ……」と血の気が一気に下がる。

「……って、ヤバッ! 昼の放送!」

「放送?」

「そうだよ、早く行かなきゃ!」

 葛葉から目当ての物をかっさらった俺は、すぐさま教室を後にした。

「んじゃ、先輩。ありがとうございました!」

「お、おい! どこへ行く!」

「放送室だよ!」

「私も行くぞ! 何だか面白そうだ!」

「絶 対 来 る な!」

「いや、意地でも行く!」

 ……ちょっと待て。突如現れて放送ジャック? いい加減にしてくれ。

 ついて来ないよう、俺は後ろで叫ぶ葛葉をそこそこに、懸命に廊下を走り抜けた。あと数分で放送時間だ。

「ふっふっふっ……。逃がさんっ! 行くぞ、結っ!」

「はいっ! お姉様!」

「何をしておる。美夏も行くぞ!」

「わ、私も?」

 一人ぽつんと教室に残っていた美夏を、葛葉は手を引っ張って廊下へ引きずり出した。手を引っ張り、先を走る葛葉の顔は、どこか年相応なあどけない笑顔がある。

「面白そうなことは、皆でやるべきだ!」

「えっ? えっ?」

「さぁ、行くぞ!」

「ちょっと……」

 美夏の声も虚しく、葛葉は走りだした。教室には台風が通り過ぎたかのような静寂に包まれる。激しく入れ替わる目の前の状況に、教室にいた誰もが二の句をつげることはできなかった。

「な、何だったんだ……?」

 ぽろりと教室にこだましたトモの声が、集まった生徒全員の感想だった――。



「遅い。すぐに始めるぞ」

「いや、悪い悪い……」

 放送室へ入ると、ブースで先に待っていた純に文句を言われた。このハゲ、時間には結構口うるさい。以後要注意、と俺は頭の片隅に書きつける。気を取り直し、さっさと始めようかとスイッチに手を掛けたその瞬間――


「待てえええええええぇぇぇぇい!」


 悪魔の声が放送室内に響いた。扉を開けて入って来たのは、葛葉に結。それに、美夏先輩だ。……マジかよ。ってか、何で先輩まで?

「幼女きたあああああああああああああぁぁぁ!」

 うわああああぁぁぁ……。こっちの方が先にスイッチ入っちゃったよ。無駄にテンション高すぎで、もう止めらんねぇ……。

「ミズキ、もうやろうすぐやろうこのまま行くぞ!」

「えええぇぇぇ! 嘘だろ!」

「時間がネェ!」

 そりゃごもっとも。

「葛葉、結、それに美夏先輩……。ここに座って! 始めるから!」

「おぅ、やれやれ!」

「面白そうですね、お姉様!」

「良いんでしょうか……」

 三者三様のリアクションを返してくれるが、とにかく今はやるしかない。

つーか、来てしまったものはしょうがないのだ。時間も無いし。というか放送開始時間が過ぎている。これじゃあ後で部長から何を言われるか……。考えただけでも恐ろしい。

「えぇい、ままよ!」

 俺はスイッチを押し、テーマソングを掛けた。なんでだろ? 胃のあたりが凄く痛い……。でも、逃げられない。まぁ、こういう時って結構あるよね? ねっ?



『ハローエブリヴァディー! 今日はテンション高めでお送りするゼ! お楽しみの秀麗ラヂオの時間だ! 今回はメンバー増量でお送りだ! パーソナリティーは、一年F組の純と』

『同じく一年F組のミズキっす』

『二年C組、阿久津美夏です』

『葛葉だ。よく覚えておけ』

『葛葉お姉様を尊敬する結です!』

『はい、この五人でお送りしま~す。幼女きたああああああぁぁぁぁ!』

『うっせぇハゲ。黙れっ!』

 ソッコーで壊れた純を、俺はさっさと突っ込んで流す。今日はこんなことにいちいち構っていられるほど余裕はないからだ。

 なんせ、メチャクチャに破壊することが楽しいと言いそうな悪魔が二匹いるからだ。いつも以上に細心の注意を払わんと、何言いだすか分かったもんじゃない。

 戦々恐々とする俺に、さっそく二匹の悪魔の片割れが口を開く。

『おい、モロロ。さっきから言おう言おうとずっと我慢していたんだが……』

『あぁ? 何だよ?』

『弁当食っていいか?』

『いいわけないだろうがよ! ちょっと黙れ! こっちはさっきからいっぱいいっぱいなんだよ!』

『た、大変ですねぇ……』

 始まってすぐ、すでに放送はカオスになっていた。誰かが許してくれるなら、今すぐにでもこの状況を投げ出したい。せ、先輩……。見てないで助けて下さい。ホントに。

 うなだれた俺を差し置いて、純が進めていく。この瞬間だけは助かったと切に思えた。でも、この瞬間だけだ。

『葛葉ちゃんと結ちゃんか……。二人はミズキの何なの?』

『あ? あぁ……。まぁ、遠い親戚だよ』

『違うだろ、モロロ。私は神だっ! 神である私は――もがっ!』

『あっははは……。スマン。この子、頭がちょっとアレなんで』

『お姉様を愚弄するな、この下僕がっ!』

『グハッ!』

 結のストレートが俺の頬を抉る。さすがお姉様至上主義な奴。いいパンチだぜ、結……。

『まぁ、ミズキ、そう言うなって。幼女ってのは、それだけで神だぜ? 神聖なもんだぜ?』

 何言っているんだろう、このハゲは……。いっぺんサクッと生まれ変わってその煩悩にまみれた心を洗い流した方がいいと素直に俺は思う。……できるのなら、だけど。

『おぉ、話が分かるな。お前はハゲだが』

『そうですねお姉様。このハゲはお姉様の尊さを分かっているようです。この人間はハゲですが、なかなかに見どころがあるようですね』

 おいおい、純が俺より上に見られているぞ。お前らどんな価値観なんだよ。

こんな真性ロリコン野郎よりも俺は下なのか? 俺はそこそこ常識ある人だぞ? そんなことを言われると、正直死にたいぐらいだ。

『ありがたきお言葉! 俺はもう死んでもいい!』

 じゃあとっとと死んどけよ、今すぐによォ! こっちはそれどころじゃないから。

『さて、んじゃあお便りに進むか……』

 ちゃっちゃと進めるべく、俺は手元に用意してあった手紙を取った。もうあれだ。ここまで来たら、どうにでもなれ、だ。

『あのぅ~、ミズキさん……。放っておいていいんでしょうか……?』

『あぁもういいと思いますよ? このハゲ、いつもこうなんで。気にするだけ無駄です』

『は、はぁ……』

 先輩の心配を適当に受け流しつつ、俺は手紙の文面を読み出した。

『えぇ~っと……。次は……っと。ペンネーム、これって恋? さんからのお便りですね。お便りありがとー。なになに……。【最近、小さい女の子を見ると、胸がキュンってなるのですが……。これって、恋でしょうか? 教えて下さい】。……って、おいおい』

『――恋って言うより、病気だな』

『結。そのセリフ、そこで悶え死んでいるハゲにでも言ってやれ』

『無理。処置なし』

 さすが結。カミソリより切れ味の鋭い突っ込み、お見事っ!

『なぁ、モロロ。ロリ、って何だ? さっきからそこのハゲが『ロリ万歳っ!』って泣きながら叫んでいるんだが……。食い物か? ウマイのか?』

『食い物しか頭にないのかお前は!』

『葛葉ちゃん、ロリって言うのはね……』

『だああぁぁ! 先輩は言わなくていいですから! っていうか、何気に知っていてちょっとショック……』

『? なぁ、モロロ。ロリって何だ?』

『後で教えてやるよ……』

 こんな感じで「秀麗ラヂオ」は終了した。周りに振り回されっぱなしだった俺はいつもより五倍疲れ、放送室を後にした。「もう嫌だ! 二度とこのメンツ(先輩除く)でやるか!」などと思ったが、意外にも今回の放送はウケが良く、後で部長にも褒められた。

 ――なんかショックだ。



 キーンコーンカーンコーン――……と、「あっ」という間に午後の授業が消化され、これから放課後だ。この「あっ」の中には、授業とかたわいない雑談とか色々含まれているが割愛する。

なぜだって? それは面倒だからだよ。

「ちわーっす。葛葉、結いるか?」

 俺は保健室のドアを開けた。その声に反応するように、二人の顔が俺へと向けられる。

「おぅ、モロロ」

「遅いですよ! お姉様を待たせるとはいい度胸です」

 結、それはどう言った意味での度胸なんだ? まさかとは思うが日本刀持ち出してナントカカントカ……っていう極道映画でおなじみの展開は待ち受けてないよな?

 俺は突っ込みたい衝動を抑えつつ、イスに座っていた保険医の先生に軽く頭を下げた。

 二人は熱茶をずずっと飲みながら、保健室の先生と楽しそうに話している様子だった。俺の貴重な昼休みを掻き回してくれた葛葉と結は、その後先輩の助言もあって放課後まで保健室で預かってもらっていた。保健室の先生も快く二人を預かることに了承してくれ、俺はこの時間まで不安な時を過ごしたというわけだ。

俺は無事、何事もなく葛葉と結の二人を引き取り、下駄箱へと続く廊下を歩いていく。歩きながら俺はふと聞いてみた。

「何していたんだよ」

 これには深いわけがある。この二人が「お行儀よく待っていた」なんてことは考えられない。面白いこと大好きな神様なのだ。何かあったことが普通なのだ。

「うん? あの者が『悩みがある』とか申すから、話を聞いてやっていた」

「ふーん」

「でな? 不思議なことに、『どうしてあの奥さんと別れてくれないの……。私と一緒になってくれるって約束したはずなのにっ!』と涙ながら口惜しげに語るものだから、適当に相槌打っておいた」

「お姉様……。なんてお優しい」

「………………」

 先生、見た目小学生のコイツになんて話しているんすか! そんな重い話をガキの目の前で語るなよ! 保険医だろ? 精神衛生上良くないと思うぞ。

 それに結。いや、別にコイツは相槌打っただけだから。たぶん九割方(もしくは全部)話分かってないから。それは別に優しくないよ? バファリンの半分は確かに優しさかもしれないが、コイツはその優しさの欠片すら持ってないと思う。

 あるのは食い気だけだ。

「へ、へぇ……。大変だったな」

「まったくだ。相槌を打つだけなのに、変に疲れてしまったぞ」

 葛葉が俺の意図を汲んでくれないが、言っても無駄なのでスルーした。この状況に慣れつつある自分が怖い今日この頃。

 慣れって恐ろしいものがあるよね。



 瑞希が葛葉と結を引き連れて家路についていた頃。

「はぁ~~! つっかれたあああぁぁぁ……」

 瑞希と葛葉、結が住む師丘家の前では肩を落としてぐったりとする若い女性が立っていた。その女性は「まったく……あのクソ課長ときたら……」と散々グチを溢している。すでに足はふらふらで立っているのがやっとという状態。イメージとしては日頃上司にいじめられ、酒をあおって家路につくサラリーマンといったところだろうか。

 ……とは言っても、まだ日は出ているのだが。

 パッと見れば怪しいことこの上ない人物だ。人様の家の前でふらふらとしているのだから、他人が見れば警察すら呼んでしまうかもしれない。もちろん本物の不審者ではなく、この女性はれっきとした瑞希の家族だ。

 その女性の名前は師丘朱音。瑞希の姉だった。肩までかかる短い髪に、黒のスーツ。今にもスーツのボタンがその胸にある大きな双丘によって弾け飛ぶんじゃないか? と思えるほどにギリギリのところで胸を抑え込んでいる。そんな朱音の整った身体だが、今はその髪にツヤはなくパサパサで干からび、スーツもよれよれだった。

「うああぁぁぁ……。三徹はさすがにキツイわ」

朱音はそんな言葉を溢しつつ、ギィッと久しぶりに帰ってきた師丘家の門扉を開けた。

「うぁ? カギが……開いている?」

 ドアノブををひねった瞬間、普段ならカギが閉まっているはずの玄関のドアがすんなりと開いたのだ。普通は「なにかあったんじゃないか?」と疑問に思うところだが、

「なんだ、アイツ帰っていたのか。……まぁ別にいいけど」

 すでに三日も徹夜しているため、頭が思うように働いていない。事実、玄関に靴があるのかどうかも確認せずに朱音は家の中へと入っていった。

「うぅ……。寝る」

 朱音はゆっくりと階段を上り、自分の部屋に入るとスーツ姿のまま目の前に鎮座しているベッドへとダイブした。


「う、うぁ……?」

 階下から聞こえてくる声に、朱音は自然と目が覚めた。ちらりと枕元にある時計に視線を移すと、すでに午後八時を回っている。帰ってきた時間を考えると、実に三~四時間ばかり寝た計算になるだろうか。

「これは――」

 瑞希の声と……誰だろう?

 耳を澄ますと、階下からは「あっ! テメッ! 勝手につまみ食いすんな!」という聞き慣れた瑞希の声に加え、「あははははっ! モロロがボケッとしとるのが悪いんじゃ!」というやけにキーの高い幼い声が聞こえてくる。

「うぅ……友達でも来ているのか……?」

 その辺に散らばっていた服に適当に着替え、後ろ髪をヘアゴムで一つに束ねる。朱音は外と家の中では髪型を変えているのだ。理由としては「動きやすいから」の一言につき、たいしてオシャレを意識していないのが年頃の女性として悲しいところではあるのだが。

「腹減ったな……。ちょうどいい。久しぶりに瑞希の料理でも食べるか」

 そう考えると、まともに家で誰かの手料理を食べたのは久しぶりだな、と朱音はここ最近お世話になっていたインスタントラーメンやコンビニ弁当を思い起こす。

 ぐぅぐぅと鳴る腹に「もうちょっとで瑞希のうまいご飯が食えるからな」と言い聞かせ、嬉しそうに階段を降りていく朱音の目に、葛葉と結の姿が飛び込んできた。

「……あれは誰だ?」

 テーブルに座っていたのは幼い女の子二人だ。どちらも和装で一人は巫女服を着ている。どちらの顔も朱音には見覚えがない。見る限り、瑞希と親しげに話しているところからこの近くに住む友人の妹か何かか? とも思える。けれども、それだけにあんな強烈な外見をしているのだから、自分でも一度見れば忘れないはずだ、とも朱音は思う。

 加えて。


 ――この近くに神社なんてあったっけ?


 という考えが頭をかすめた。この辺の思考回路はさすが瑞希の関係者、と言ってもいいのかそっくりである。しかし、よくよく考えた末にその意見が否定されると、湯水のようにさまざまなことが頭の中を駆け巡る。

 友達じゃなければ何だ? もしかして彼女?

 いやいや、アイツにロリ属性はないはず……だと思いたい。それじゃあ……。

 しばらく考えた結果、朱音が導き出した答えは――

「まさか――誘拐したのかっ!」

 この結論に結びつくのは思いのほか早かった。それは朱音の『職業』を考えれば至極当然とも言えるが、

「よし、殺そう」

 たぶん、普通はここまでは行かないと思う。



「おい、モロロ。夕ご飯はまだか? 私は腹が減ったぞ!」

「私も! 早く作れこの下僕が」

 空気読めない奴だな。社会に出たら嫌われるタイプだぞ、お前。

 今日はあの昼休みの一件でどっと疲れた俺は、いつもより遅い時間に夕飯の支度を始めた。帰ってきて即ソファにダイブを決めて一時間ほど仮眠。そのあと買い出しに出かけて支度をはじめ、やっとできたところだ。

「なぁなぁ、モロロ」

 夕飯をテーブルに並べ終えた俺に、葛葉がつんつんと指をつついて俺に問いかける。

「はぁ、何だよ」

 また「お腹すいた!」かと思っていた俺は、葛葉の呼びかけにもスルー気味で席に着いた。やっとできた夕飯の数々が目の前に並び、俺の胃をぎゅるりと締め付ける。今日の献立は煮込みハンバーグにポテトサラダ、アスパラとベーコンの炒め物だ。

 ハンバーグは市販のものよりも大きく丸いのがウチの特徴だ。ハンバーグの表面を軽く焼いた上でトマトソースをベースに調味料を加えたものの中に一緒に入れてじっくりと煮込む。

 ハンバーグの中から肉汁がしみ出し、ソースにからむので味は濃厚でボリューム感も出る。

 そんな自慢の料理をテーブルに並べ、皿から湧きたつおいしそうな匂いに鼻をひくつかせていると、再び葛葉がぐいぐいと俺の服の裾を引っ張った。

「なぁ、モロロ。聞いておるのか?」

「あぁ? さっきから何だよ。もう晩御飯はできて――」

「そこに立っている人は誰だ?」

「……へっ?」

 俺が葛葉の指さす方向へ顔を向けると、

「よっ!」

 片手をひらりと上げる若い女性が一人。にこにことした笑顔を俺に向けている。

「――さて、これはどういうことかなぁ~? 瑞希クン?」

「ね、姉ちゃん……」

「よぅ、愚弟。この説明、キッチリとしてくれるんだろうなぁ……」

 バキボキッ、と拳から聞こえてくる鈍い音に俺の中で何かが弾けた。

「いぎゃあああああああぁぁぁぁぁ!」

 瞬間、この世のものとは思えない絶叫が師丘家に響き渡った。



「よっす、元気してたぁ?」

 リビングの扉にもたれかかりながら、一人の若い女性がひらりと片手を上げて俺に挨拶した。

「ね、姉ちゃん……」

 そう。目の前で俺に挨拶したのはまぎれもない俺の姉だった。名前は師丘朱音。歳は俺と十歳離れた二十六歳で爆乳だ。スリーサイズは知らないが、とにかく爆乳なのは確かだ。もし、この場にトモがいたならば、鼻の下を伸ばしながらバシバシ写真のフラッシュをたくだろう。そんな恐ろしいほどのプロポーションを持つ姉ちゃんは、歩くたびにその双をたゆんたゆん、と揺らしながら俺のそばへと歩いて来た。

そして、最後にこの姉について言うべきことがある。


――それは、この人物は俺の天敵であるということだ。


仕事から帰って着替えたのか、俺の目の前には上はタンクトップのシャツに下は七分丈のパンツというラフ過ぎる格好で煙草を吹かす姉ちゃんの姿があった。その胸がシャツの外に出るんじゃないかと思うほどデカイ。短く刈った髪と相まって、写真を撮れば巷の男が群がりそうなほどにヤバい。

 そして同時に俺の命もヤバい。さっきからありとあらゆる警報がワンワン鳴いている。

「んで? これはどういうこと?」

「どどど、どういうことと仰いますと?」

 自分でもめちゃくちゃどもっているということは言ってから気がついた。

でも仕方ないんです。この人、現職の警察官ですから。国家権力には誰も逆らえないって。

「そうかそうか。黙秘を貫くわけか。いいね。私はそういう『歯ごたえ』ある方が好きだね」

「ははは……。っていうか、姉ちゃんいつ帰って来たのさ? 連絡ぐらいくれればいいのに」

「いや、私は夕方近くに帰ってきてソッコー寝ちゃったからね。帰ってくるのが不定期になるのは仕方ないことだろ? 警察っつうのは二十四時間三百六十五日やっているんだからさ。まぁ、働いている人間の使い方には改善の余地アリだとはおもうけど、な」

 そこまで言うと、姉ちゃんは白く伸びた煙草の灰を持っていた携帯灰皿へと叩き落とす。

「それはそれとしてさ」

 瞬間、姉ちゃんの目が得物を狩る鋭いそれに変わる。その姉ちゃんの瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。顔は笑っているがその目は笑っていない。俺は恐怖を通り越して恐れすら覚える。

「はい?」

「知っているか? 私、所属は交通課だけどちょっと前に取り調べの研修受けたんだよね」

「へ、へえ~。姉ちゃん、前から刑事になりたかったんだもんね」

「そうそう。いやぁ、まさかあの経験がこんなところで役に立つとは思わなかったよ」

「あははは……」

「はははははは……」

 笑い合う俺と姉ちゃんだが、二人の間はいつになくピリピリとした空気だ。その異常さは、さっきまで騒いでいた葛葉と結が黙ってしまうほど。これほど異常な空気はたぶん初めてだ。

 姉ちゃんは表情としてはにこにこと笑っているが、長年一緒にいる俺は態度で分かる。

 ――これは、マジでヤバいと。まるで目の前には攻略不可能なラスボスがいるみたいだ。

 バシン! と姉ちゃんがテーブルを叩くと、そのにこにこ顔の笑みが消えた。

「なんでこんな幼い子供を……しかも二人もこの家で飯食っているんだよ!」

「いぎゃあああああああああぁぁぁぁ!」

「オラァ! 吐け、吐いてスッキリしろや。ちゃっちゃとゲロっちまえばあとは楽だぞ?」

「楽って何さ!」

「もれなく昇天っていう意味で」

「それ死ぬじゃん!」

「うるっさい!」

「ひぃぎゃあああああああああ!」

 こめかみにゴリッ! と姉ちゃんの拳が押し付けられる。マジで痛い! スミマセンっ!

「分かった! 分かったよ! 全部話すから、止めてくれって!」

 観念して全部話すことを告げると、姉ちゃんはこめかみから手を放した。家族だから手加減していると分かってはいるものの、まだ頭がズキズキと痛みを訴える。正直泣けた。

「この前受けた取り調べの研修ってコレかよ?」

「お前にそんな面倒なことするわけないじゃん。ただ単に私がしたいようにしただけ」

 ひでぇ。

 俺の心を読んだように、姉ちゃんは最後に拳を俺の頭に叩き込んだ。人の拳は鍛えればこんなにも固くなるのかと感心する。思えば、この人は警察官なのだ。ハードな仕事に加え危険が付きまとう。姉ちゃんも警察学校で剣道と柔道をみっちりと鍛えられ、おまけに逮捕術まで心得ている。そんな肉体全身これ兵器のような姉ちゃんに貧弱な俺が敵うわけがない。

「な、なんだコイツはっ! あの生意気なモロロがあっさりと屈服したぞ!」

「侮れませね、お姉様……」

 姉ちゃんの攻撃に驚く葛葉とその隣で固唾を飲んで行く末を見つめる結。

 お願いだから見てないで助けて下さいって! 



「ふ~ん。神様ねぇ……」

「うむ。神様だ」

「神様です」

 やっとのことで姉ちゃんのお仕置きから解放された俺は、ずきずきと痛む頭をおさえつつ、これまでの経緯をかいつまんで話した。

 帰り道に行き倒れていた葛葉を拾ったこと。

 葛葉が結を呼び寄せ(召喚?)したこと。

 葛葉と結が神様であること。

 それに――葛葉は今まで孤独な生き方をしていたこと。

 姉ちゃんは頷きもせず静かに俺の話を聞き終わると、不意に目を閉じて頭を掻いた。

「はぁ……。ったく、お前も面倒なものを拾ってくるんじゃないよ」

「面倒って……」

 イヌやネコじゃねえんだからさぁ……。まぁ、結果的に拾ってしまったのは間違いなく俺なワケなので、姉ちゃんにどうこう文句を言える立場じゃあないんだけどさ。

「それで、葛葉ちゃんに結ちゃんだっけ?」

 姉ちゃんは俺から視線を外すと、二人の方に顔を向けて訊ねた。

「二人にとって、ウチの弟ってどんな存在?」

 てっきり「出てけ」と言うかと思ったのか、姉ちゃんからの意外な言葉に葛葉と結は互いに顔を見合わせた。しばらくそうしていたが、ニヤリと凶悪そうな顔を浮かべた後、

「私にメシを献上する存在だな」

「単なる下僕」

 うわあああああぁぁぁ。コイツらマジでしつけがなってねえ。誰のおかげでここにいることができると思っているんだろ。もういっそのこと叩きだしてやろうか。

 そんなことを本気で考えていた俺とは対照的に、

「あっははははは!」

姉ちゃんは二人の言葉に突然笑いだした。新しく火を点けた煙草を口にくわえ、歯を見せてシニカルに笑っている。と、次の瞬間――


「――よし! 二人ともここに居て良しっ!」


 姉ちゃんはとんでもないことを言いだした。あまりの唐突なその宣言に、俺だけではなく葛葉と結でさえキョトンとして目をしばたたかせている。

「はあああぁぁぁ? いやいや、何言っているのさ!」

「だって、この子たちお前の存在を正しく認識しているし、面白いし」

 アンタにとっても俺ってその程度の価値しかねえのかよ!

「それに可愛いし」

「それが本音か!」

「何だよ。叩きだせってのか? ムリだろ。名前は『葛葉』に『結』。おまけに職業は神様。 そんなもん誰が信じる? 誰が面倒見るってんだ? お前は鬼か? いくらなんでもそれは酷過ぎるだろ」

 姉ちゃんの言葉に、葛葉と結がそろって頭を縦に振る。出会って間もない三人が、こんなにも事前に示し合わせたかのような見事なパスに俺は一瞬言葉を失った。

「あんまりだな」

「えぇ、お姉様。鬼、としか言えませんね」

「ちくしょー!」

 姉ちゃんのお墨付きをもらって嬉しいのか、ソファの上を飛び跳ねる二人を無視して俺はがっくりと肩を落とした。

「それで、今日の夕飯は?」

 さっきまで寝ていたからか、姉ちゃんがふと気付いたかのように俺に今日の晩飯を催促する。俺は「そんなもん、自分でやれ!」と言うこともできた(言うだけなら)が、

「今日はハンバーグ……。今から持って来るよ」

 天敵である姉に逆らえるはずもなく、俺は泣く泣く姉上に夕飯を献上しましたとさ。

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