表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IRREGULAR《アン・エイビー事件編》  作者: 616
第二章※アン・エイビー猟奇大量殺人事件・発端編
9/35

3:アン・エイビー連続猟奇殺人事件 A視点

※グロ注意。

「ね、お人形遊びしよっか」



 アン・エイビーはそう言って、少年の鼻先で立てた人差し指をクルクル回した。少年にとっての『年上の友達』は、時々こういう、無意味な手遊びをするのが癖だった。

 少年の大きすぎる菫色の目が、焦点が合わないほど間近のそれをじっと見る。

「あたしねぇ――――アンねぇ、訓練して、戦えるようになって、がんばって、出世して、お給料増えて――――昔に比べりゃソコソコ成り上がったのよぉ」

「す、すごいじゃない」少年はやっと、という様に言った。

「お姉ちゃん、すごーい……」わざとらしく震えた声だった。

「んんん、それがね、あんま良くないのー。あ、グチっちゃってる?ごめんね、でももう少し聞いて。お姉ちゃんちょっと疲れてんの。あのねあのね、だっていいところだって言われて来たのにさサ、アンのやりたいことはこれっぽっちも!やらせてくんないのよ。ありえなくないぃ?こういうの、エート、コヨウ契約違反って言うのよね。詐欺だわぁ―――――なんていうか、そう……自由じゃないの。自由じゃないのよ!」

「…じゆう?」

 それは今の少年にとって、一番縁遠い言葉だった。

「そう!お金が手に入ってもサ、ぜーたくできるようになっても、あたしが欲しいのはお金じゃないの!お金じゃ満たせないの!愛よ愛!簡単なことよ?アン安上がりだもの。あったかいごはん、あったかいベット、優しい人たち……でも、一番やりたいことは出来てない。やらせてもらえないの。不公平だわ!みんな持ってるものじゃない。そりゃあたしだって忙しいけど、そんなのサア、一分…ううん、三秒あれば十分。アンは満たせるわ。満足できる。なのにやらせてもらない。フラストレーション溜まるばっか」

「大変そうだね」

「そう!大変なの!ねっ、ねっ、あたし今までよく我慢したと思わなぁい?」

 アンは尖った装飾過多の爪を少年に突き付けた。

「思うって言って!」

「お、思うよ…ひぃっちょっと離れてよぅ」

「んんん?…え、思っちゃうの?キミちょっとおかしいよ」

「言えって言ったんじゃないか……!」

「アンが?夢でも見たんじゃないの。……んでね、アンも自分がオカシイってわかってんのよ。自覚があるの!周りがそれに合わせろとは言わないモン。理解しろとも言わないしぃ―――――」

 アンはまた指をクルクルやりだした。しかしすぐに飽きたのか、今度は少年の鼻を押して遊びだす。

「ぶぶー」

「痛い! 爪が! 爪が刺さってるぅぅぅううう! 」

「あはっ変な顔」

 凶器ツメが少年の鼻さきの皮を、ついに突き破った。

 ぷくっと出た血の滴を見て、アンは舌を伸ばして舐めとる。少年は耳まで赤くなった。「…かわいいかお」

 舌舐めずりしたアン・エイビーは、今度は少年に見えないように後ろ手にクルクルやりだした。

「………」

 そういえば『お人形遊び』とやらはどうなったのだろうと少年は思う。彼女がこうも回りくどいのは実にめずらしいことだ。むしろ、こうも口上を立てるなんて、何かの前置きとしか思えない。

 いつもなら、何も言わずにやらかして驚かせてくれるのが常なのに。

 嫌な予感しかしない。

「……そうよ、そうそう! お人形だったわね!そうそう! タイクツな日常にスパイス!それでゲームを考えたのよぅ。ねぇねぇ、クエスチョン! アンが一番面白いのってなーに? 当てたらチューしたげる」

「え、えっと」「わかんない?わかんないわよね! 普通のやつじゃあ、アン面白くないモン。これでもちゃんと考えたのよぅ? 子供の心を忘れないアンってステキ! 自画自賛しちゃう。大人の遊びしましょ、チャック」

「お、大人の遊びって……」

 少年、チャックはたじろいだ。

「スリルでショッキング! R18、発禁指定のゲームよぅ?ね、ステキ。そいえばチャックはいくつだっけ?」

「は、八さ」「あらあらあらぁ! じゃ、大人の階段登る~ってやつぅ? お友達に自慢できるよぅ? 」

 アンがチャックににじり寄る。チャックは委縮して壁際に少し身を引いた。腹の前で握りしめていた両手をアンが取り、固く閉じたこぶしの指を一本一本開いて見せた。

「い~い? ……これはお人形遊びなの。マリオネットって知ってる? 」

「ぼく、お人形遊びなんて、女の子の遊びはしたくないよ……」

「うふ。マリオネット、知ってる?」

「……知らない」

 アンがチャックの汗ばんだ手をぬぐう様に撫ぜる。「そう、知らないの。勉強不足ね」

 彼女は唐突に手を伸ばしてチャックの頭をわし掴むなり、顔を近づける。チャックの喉がひゅっと鳴った。

「いい?あたしの目を見るの。そらしちゃダメ。体を楽にして。マリオネットってね、糸がぶらーんとついてて、引っ張ると糸の先が動くお人形なの。面白いんだから、楽しみ?」

「――――ひ」

「楽しみ?」

「う、うん」首を動かせば頭がぶつかるような距離だ。

「でね、アンがそのお人形になるの。こう、キミの指を動かして……」

 アンはまた胸元で握りしめていた冷や汗だらけの手を取り、指を絡ませる。

「こうね…動かして…」

「ちょ、ちょっと離れて……」

「……ほぉら、できた」

 指が離れたので、チャックはすかさずアンから距離を取――――――ろうとした。アンの離れた指は、次の瞬間にはチャックの手首を軋むほどぎっちり掴んでいる。

「ほら、ちゃんと見て」

「な、なに? 」

 視線の先には自分の両手。指と同じだけの糸だ。息遣いにすら揺れるような、細い透明の糸だ。

「……なに、これ」

「ゲームの説明よ。よぉく聞いて。これはねぇ、糸です! 」

 そりゃ見りゃわかる。

「……これが十本、端っこはアンの体の色んなところにぐるぐる巻きにしています。アンの右と左の両手首、フトモモ、おなかと胸と、首と、残った一本は右手の小指と、左手の薬指」

 アンは彼の手首を離した。チャックは首をかしげる。

「これはねぇ、ゆっくり引くと、いっっ…ぱい伸びます。いっ、くらでも伸びます。好きなだけ伸びます。……けれど一気に引くと」

 アンは右手を視線の高さに上げ、左手で右手小指の糸を軽くたわむほど掴んだ。

 引く。


「―――――きゃぁあああぁぁあぁあぁぁああぁああああぁぁ」


 悲鳴を上げた少年の目の前に小指を突きつける、凶器の様な鋭い爪はもう無い。それどころか関節が一個しかない。目を覆おうとする彼の手はアンに掴まれ、身を寄せてきた彼女によってより目に入れる羽目になった。アン・エイビーは矢次に言葉を放つ。

「ねえ見て、ちゃんとこれを見て。わかる? わかった? ねぇ、こうなっちゃうの。こんなふうになるの」

「もうやめて!」

「やめるかよぉ! ほら、見なさい。見て、あのね、あのね」

 アンの左手は少年の目を、鼻を、口を、耳を、ふさぐことを許さない。悲鳴に重ねてアンは叫んだ。

「いーち! この糸がキミにくっつきまぁあぁあす! にーい! キミのこの糸は取れませぇぇええぇん! さーん! キミが、ちょぉぉおっとでも急に動いたら、 アンの大事なトコロが取れちゃいまぁあああぁぁす! 」

「やだぁぁあぁああ」

「洗っても取れません! はさみでも切れません! みんなには見えません! あはは、鼻水でてるぅ変な顔」

「そんなの、痛いじゃないか。死んじゃうじゃないか。面白くないよ! 」

「そうだよぅ、血が出るよぅ? とおっても痛いの」

 アンはこれ見よがしに傷口を揺らした。

 チャックは顔をそらして身をすくませる。目をつむった。嗚咽も一緒に無理矢理口を閉じた。ぼくは何も言わない。息も吸わない。鼻も利かない。何も聞こえない、ここはどこだ?自分の部屋だ、僕の家だ、いつも通りだ、これは夢だ。

 しかしぬるついた切っ先を頬に感じ、チャックはすぐに腰を浮かしかけた。脂汗が浮く。むき出しの傷口を押し付け、アンは笑った。

「ゆーびきーりげんまーんウソついたぁ~ら針千本のぉぉおおますぅ……ホラ、ナイショの約束よ?」

 そして冷たく言い放つ。


「動くな」

「ひっ……」

「動くとアンが、死んじゃうよう……? 」

「ヴヴヴ…………」

 チャックがテコでも瞼を閉じるつもりなのを見届けると、アンはまたチャックの顔についた血を舌で舐めとり、体を起こした。

「あした、キミがあたしを殺さなかったら、また来るね」


 これが、二月前のことである。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ