番外作:違法異世界旅行者『東 シオン』
アイリーン「そういえばちっさいオッサンおりませんけど、どうなりましたん?」
ダイモン「ミゲルさん出世しなはったんですわぁ」
※ってことで、ミゲルさんのターン!
ミゲルには、トラウマと言える記憶が三つある。
一つは遠い昔に徴兵された土地で見た光景で、それは後々ジャーナリストとなるミゲルの理由の一つになった。
二つ目は20の初冬、迷い込んだ異世界で初めて未知の怪物を見た時。
三つ目は物語管理局にスカウトされた後の28の時。追い求めた戦乱の中で見た、小さな鬼神の猛攻。
舞い上がる砂が視界を黄色く霞をかけていた。ミゲルは腹ばいになって茂みの中に息をひそめ、フレーム越しの先にある光景をフィルムに収めていく。
物語管理局の研修は、平均して3年ほどで終わる。その間に戦闘訓練・基本知識・実習などを経て、『夢人』という実行職員の地位に立つのだ。平均の3年を少し過ぎ、4年で研修を終えた二年目。ミゲル自身、二十も後半で、本業だった記者としても夢人としてもまだまだ新人の心持である。
ミゲルがこの異境で、異端民族と原住民の陣取り合戦にカメラを向けているのには理由があった。
一~五まである夢人部隊の中で、のミゲルが所属する第二部隊。諜報を得意とするそこで、新人が最初にするのは、違法異世界旅行者、通称『異端者』相手の情報ファイルづくりだ。
膨大な資料に特攻するのは、ミゲルの性に合わない。現地に飛んで生写真を手に入れなければ、記者はミゲルではないのだ―――――。
今思えば、頭の悪い若者のプライドによるものである。ようするに、ほかの新人と混じってセコセコ資料作りをするのが我慢ならなかった。それだけだ。
薄茶色の髪をした異端民族とミルク色の髪をした原住民の、血で血を洗う争い。
衣食住のうちの住を求めて衣も食も削っているというのに、この土地はミゲルの目にはそれほど争うほどに魅力的な土地とは思えなかった。もともと豊かとは言い難い民族同士のことだ。戦は儲かると言うが、それにしたって程がある。所詮は身内の諍いかと部外者は勝手に呆れ果てた。
(…ん?)
ミゲルは鼻頭にしわを寄せ、カメラを置いて双眼鏡を構えた。異端民族の薄茶色でも、原住民のミルク色でもない。原住民の方の鎧を着た黒い頭が見えた。
「みつけたっ!」
ミゲルは茂みの奥で小さく跳ねた。
異端者の中でも相当に若い異端児。10と少しの年齢にして、30を超える世界を渡り歩いた旅人。
ミゲルの目的は、彼の写真を撮ることだった。異端者達というのは見つけるのが難しい上に、いざ見つけても特徴というものは目撃者の口伝や、報告書に書かれる僅かな単語の羅列でしか知るすべはない。『青のシャツ・青い目・金髪』なんて資料で、どうやって特定しろというのだ。現状を知った時のミゲルの頭に浮かんだのは、『写真を撮る』という発想だった。
(シロウトが使い慣れないカメラをとっさに構えるなんてことはできない。でも、俺なら……戦場でカメラを抱いて眠っていた俺なら、きっとそれが出来る!)
※※※※
少年は身を低くして地を滑空するように駆る。額に巻いた布が光線の様にひるがえり、身を捻れば空に曲線を描く。
軽い身なりで驚くほど大きな敵を弾き飛ばし、戦闘分野には秀でていないミゲルの目には、あまりに容易く軽快な動作に『簡単そうだ』と、錯覚を覚えるほどだった。
(得物は長太刀、体格は小柄で華奢だが……体力や力は人並み以上にあるんだろうな。あの武器は彼の体格じゃ、本の強化無しに振り回すのは辛いはずだ。しかし生身でアレとは……)
「……イリ、視力の強化頼む」
「わかった」
ほぼ強引に引っ張ってきたはずのパートナーも、ぐんぐん上昇するミゲルの情熱に素直に協力した。視界が透明感を増し、ぐっと遠くまで見渡せるようになる。カメラを構えた。
その時だった。
(まずい!こっちを見た!)
少年兵の目が、茂みの奥のミゲルを捕らえる。
(いや、見えてるのか!?まさか!)
でも目が合ったのだ。杞憂かと思った一瞬も、彼がまっすぐこちらへ向かってくることで壊される。(まさか、まさか、まさか!)
邪魔な敵は薙ぎ払う。視線はこちらを外さない。足の歩みは異様に早く、彼はミゲルまで一直線だった。
黒髪に黒目だと思っていた瞳の色が濃い紺色だという事にミゲルが気付いたとき、彼はなりふり構わず通信機器に叫んだ。
「帰還!帰還します!ミゲル・アモ即刻帰還――――――」
ミゲルが最後に見たのは、太刀の先にある鬼神の瞳――――――。
※※※※
『―――――ちょう、たいちょう、起きてください隊長」
「うぅん…」
唸り声を上げて第三部隊隊長――――ミゲル・アモはテーブルから顔を上げた。
部隊の研究室だ……。どうやら、ここ数日の徹夜でついに意識が落ちたらしい。冷たく固い研究室のテーブルを枕に睡眠はとるものではないことを実感した。
(ひどい夢を見た…)
坊主頭を掻き、瞼を揉む。「お疲れですね」と、側らの部下が言った。
「何か悪夢でも見ましたか?」
「ああ…まぁな」
「なんだ、じゃあ器具つけて寝てもらえばよかったですね」
「…脳電図は取らせねえぞ」
「そこをなんとか、次はお願いしますよ。夢とかの――――そういう研究してるやつがいるんです」
「他を当たれ」
「そんなぁ」
この会話からわかる通り、物語管理局 第三部隊は、アイテム研究を主にしている機関である。元第三部隊員のミゲル・アモは、そこに隊長として就任したばかりだった。
といっても、彼自身には研究員としての技術も、知識も、情熱もない。研究に没頭し、時に暴走する第三部隊の職員達のお守りをさせようという心づもりなのだろう。
「むしろ知識が無くて助かりますよ。あれこれ面倒くさくやり方に口出しされる心配は無いですからね」
脇に立つこの副隊長とやらも、他の隊員を代表して異論はないらしい。
(嫌なことを思い出しちまった)
一隊員としての『最後の仕事』は、ある意味ではミゲルにとっては因縁ともいえるものだったのかもしれない。
まさかあの、東シオンの娘のスカウトなんて。
ミゲルが知っているのは、まだ思春期も半分ほどしか経験していない幼い少年の姿だ。幼く、華奢で少女めいていて、小奇麗な印象の少年。けれど手を出せば、凶悪な牙で喰いつかれる。
エリカは周囲が異口同音に口にするように、シオンの面影を色濃く受け継いでいた。むしろミゲルの中のシオンは、あの小さな鬼神のままである。妻子持ちの青年シオンなんて想像できない。
エリカはそれをずっと小さくした印象で、彼女の一挙一動は心臓に悪いにも程があった。
隊長就任の際に、この『最後の仕事』はダイモン・ケイリスクに押し付けてきた形になるが、それでよかったと思っている。9歳の女の子に四十手前の男がビビるのも情けないけれど、こればかりは仕方ない。ストレスというものは彼女と顔を合わせるだけで、どうしようもなく蓄積されるのだ。
ああ、よかった。
本当に心から情けない話だが、解放されたミゲルは、また心からそう思う。
ミゲルさんは作者のお気に入りです。