二作目:夢見るネズミと、大好きな聖女様。
カンカンカンカンカンカンカンカン…………
警報 警報
海沿いの街。神社の手前にある踏切。しましまの遮断機が目の前を降りていく。赤いライトが、チカ、チカ、チカ、チカ……
「私は、貴方のために死んでやるのよ」
彼女はそう嘯いた。
「これまでも、これからも、今回も。貴方のために私はいつだって命を落とすの。ねぇ、わかる?貴方のせいで死ぬんじゃないの。私が、私の意思で、貴方のために死ぬのよ」
首の後ろから、全身がどっと冷たくなった。
「あなたがわたしにそうさせるの」
アスファルトに横たわる女はしっかりとした口ぶりで、悪いことをした子供を叱るように微笑みすら浮かべて見せた。
けれど転がる出刃包丁が、脂と血で生々しく濡れそばって光る欠けた刃が、すべて知っている。
――――――けれど、彼女を刺したのは僕だ。
「貴方のために私は死ぬのよ?愛する夫を置いていくのも、ここにいる…かわいいこの子を道ずれにしないといけないのも、全部。ぜんぶ、貴方のため…」
女は膨らんだ腹を撫でる。あくまでも愛おしげに、見せつけるように。
男は長い時を生きてきた。彼女と生きるためだけに、その生を永らえてきた。不老不死のその体はまさに神の所業である。けれど、だからといって何をするでもない。ひっそりと、隠れるように永遠の時を消費するしかない。
彼の生きる意味は彼女だった。輪廻に組み込まれた彼女を守るためだけに彼は生き、彼女が生まれるたびに彼女に寄り添い、いつだって短命で終わる彼女の世話をしてきたのだ。
彼は何百年も、何千年も何万年も、体で彼女に尽くす。彼女は心で尽くすことで彼にこたえてきた。
―――――――僕の一番は彼女で、彼女の一番は僕。彼女は不幸と病に愛されている。ああ、だから僕が守ってあげないと…
そんな彼女が、どの生でもどんなに尽くしても病床しか上がれなかった彼女が、今度は健康な体であまつさえ―――――――― 知らぬ男の子を宿している。
しかし彼女はまた死んでいくのだ。
彼女曰く。「自分のせいで」
彼女は小さく苦しげにうめき、大きな腹が窮屈そうに体を丸めた。
「…許さないわ」
彼女がささやく。
「許さないわ、絶対に。今度は私の命だけじゃない、この子たちまで貴方は奪う。…許してやるもんか、忘れるなよ。…覚えてろ」
にまぁ、と彼女は僕に笑いかけた。
「私は貴方のせいで死んだのよ。貴方が私にそうさせてきたの。貴方が私にさせてきたのは生きることじゃない。貴方のために死ぬことだけ。何度生きても、もう私は貴方を許さない。許せないわ。これから先、この子たちが生きるはずだった時がたつほどに貴方の罪は増えていくのよ。だから私は、もう一度だけ貴方のために死んで最後にする……」
真っ赤な彼女の瞳が濁る。
「ふふ…ころしてやる、うらんでやる、のろってやる、つぶしてやる、じごくにおちろ…」
数ある恨み言をもにゃもにゃと呟いて、彼女はうごかなくなった。
何度も見た彼女の死。――――――――彼女はまた生まれ変わる。
でももう、僕を愛してはくれない。
カンカンカンカンカンカンカンカン…………
警報 警報
今更ながら踏切の警戒音が頭に届く。電車が切る風が、彼女の黒髪をさらっていく。
通り過ぎる窓の中の誰かさんが彼女を指さして、ガラス越しに無音の何事かを叫んでいた。
僕は今までで一番重い彼女を抱きかかえ、ゆっくりと世界の外へと歩き出した。
君の思い通りになったよ、根子。根積は…僕は、君を忘れられなくなった。幸せだった今までと同じように、かわいそうな君の最期を鮮明に思い出す。
ねぇ、根子。僕はこんな最後は駄目だと思うんだ。君は僕を裏切ったけれど、それは忘れてあげるから。
そうだ、ねぇ、根子。
ねぇ