13:裏切り者
※※※※
(………やなもん思い出した)
シオンは歩きながら頭を振った。娘の元を離れて、人気のない本の国の往来を、急ぎ足に進む。
目指しているのは、本の一族、居住区の中心である。
※※※※
「そして根積という男、これは近年、秘密裏に同士を集め、異端者のみで構成された集団を率いている人物ですわ」
「まるで、どこかで聞いた最初の異端者達みたいですね」
「もしかしたら、初代異世界管理局のリスペクトかもしれませんわよ。……まぁ聞きなさい。これらは時には、筋書きに記載のある人物も連れ出して、仲間に引き入れてますの」
「するとどうなるんです」
「人為的な異端者となります。筋書きを外れ、記載されていない世界の筋書きに割り込むのです。わたくし達と何の変わりがありましょうか。生まれの国を出れば、誰だって異人ですもの。わたくし達はさしずめ、そも故郷を持たぬジプシーといったところでしょうか。失礼―――――」
そこで情報屋は、冷めた紅茶を口に含んだ。あれだけ喋れば口も乾くだろう。
一息ついて、情報屋はまた背筋を伸ばす。
「時に、彼らは、そうして手に入れた異世界人たちを商品としてますの。良く売れますでしょう、生きた健康な家畜が一番需要がありますものね。繁殖も加工も、手間はあっても自由がききますから……過去にも、本の一族のかけ合わせが市場で流行りましたわ。それも、その旧異世界管理局の手によって」
シオンはソファに沈んで、腕を組んだ。
「……俺も、そうなると思いますか」
「貴方がそのような事業に協力してくれるとは思えませんし、負ければあるいは、かもしれませんね」情報屋は一笑した。
「無駄に小奇麗なお顔ですし? 」
「余計なお世話です。好きで女顔じゃありません」
「あら、ここ数年で、だいぶましになりましたわよ」
「ここ数年ですか? 俺、もう二年すれば三十路ですよ」
「身体の方は相応に育ちましたでしょう? 」
今度はシオンの方が一笑した。
「人格の方はどうなんです」
「あら、わたくし、長い貴方とのお付き合いで貴方相手には遠慮できない体になってますの。もう少しその生娘みたいに初心な反応が無くなれば、おのずとそれなりの対応をさせていただきますわ」
「嫌味ですか」
「いいえ、手の平の上で弄んでいるのです」
「…………」
シオンが黙ったので、また彼女は紅茶に口をつけた。長い対談で、素の談笑になりつつある。
「……俺、百歩譲っても、アイリさん以外の手の平の上でしか弄ばれたくないです」
「初対面の男に言いくるめられてここにいるくせに、何を今更。貴方に譲る足は生えてないのではなくて? 」
「はは……」
シオンは頭を掻いた。
「まぁよろしいでしょう。貴方の申し出通り、雑談は仕舞にして話を戻しましょう。根積の出自はよくわかりませんの。けれどここまでに、なにがしかの蓄えをしていると見ますわね――――――静かになさい。根拠はこれから言います」
口を開きかけたシオンを制して、情報屋は続ける。
「拉致誘拐に人身売買、派手な活動ですもの。管理局も、この組織のリークを受けて動き出したとのこと。しかしながら、短期間で突然のこのような派手な略奪行為――――――ある意味、パフォーマンス的で大胆も過ぎる今回の『勝負』―――――――水面下では下準備が進んでいたとしか思えない。そこで―――――」
情報屋は焦らすように少しの間、口を閉じた。
「―――――真実とはなりませんが、仮説と出来る事実が一つ」
そこで初めて、形のある資料が出た。
一人の壮年の男の写真である。肩から上、まっすぐカメラ目線の顔写真は、何かしらの公式の書類のものに見えた。
片眼鏡をかけた、壮年の鋭い目つきの男だった。
「物語管理局、情報総括部隊、第二部隊隊長トム・ライアン。彼が恐らくは根積の協力者でしょう。先ほど述べたアン・エイビーを、選抜し根積と引き合わせたのは彼だとわたくしは確信いたします」
今度は聞いてもいいだろう。「根拠は? 」
情報屋は頷いた。
「第二部隊長であるトムが、第一部隊所属のアン・エイビーと執拗に接触していたこと。これに尽きますわ。隊長ともなると、本拠地を出ることはあまりありませんの。これまで過酷な異世界という現場で生き残ってきた貴重な人材ですものね。
優秀な人材育成のために、管理局の『隊長』という地位はある。そんな彼が、昨日今日にスパイになったとは考えにくい。
さらにはトム。ライアンは、デスクを城とするような男だそうですの。地位を与えられる以前より、根積らと通じていた――――――もしくは、そもそも送り込まれた人物とも考えられます。トムの周囲には、手足となる部下たちがいる。長年彼が育てた私兵達。
根積らの組織が、水面下で長年活動していたと仮定する根拠はここです」
シオンは思わず前のめりになっていることに気が付いた。乾いた唇を舐める。
「根積が管理局のある本の国を指定してきたということは、すでにトムによって受け入れる下地が出来ていたから。しかし彼は裏方ですから、そのような人死にが大量に出ることが前提の計画におおっぴらに使うことはできません。今後も重要なスパイとして必要です。後々のことを考えれば、私兵らすら使いたくはない。
実動員――――――パフォーマンス要因がほしい。そこでスカウトされたのが、アン・エイビーですわ」