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IRREGULAR《アン・エイビー事件編》  作者: 616
第三章※アン・エイビー猟奇大量殺人事件・事件編
32/35

12:愛妻家の主張


 シオンとて、何の準備も無しにここに来たわけではない。

 旧知に、異世界旅行者イレギュラー―――――――――この場合は、シオンの様に、管理局が武力も以って取り締まる、筋書き改変の違法犯罪者達のことだ――――――――専門の敏腕情報屋がいる。

 彼女はいったいどうなっているのか、単身で異世界間を流れに流れて、時にはそのままドボンなんていう方々の情報を所有し、商売にしている化物じみた能力者だ。

 こういった人脈は、シオンが今まで生き残ることが出来た手段の一つで、武器で、唯一得た財産である。

 彼女の報酬はいつにも増して安くなかったが、その代わり彼女は惜しみなく質のいいものを、疑問を投げたその場で解答して見せた。

 彼女の『情報』は、ほとんどが彼女の独白として提示される。

 まず彼女の口から出たのは、アン・エイビー(An=Ab)という、特異な管理局員のことである。


 An=Ab

 シオンと同じ、『渡り歩く』タイプの異端者。そのため出身不明。

 娼婦として生活する側ら、通り魔強盗殺人を繰り返しているところを管理局に発見される。殺人快楽者との判定。

 これら以外は経歴・実年齢共に不明。外見年齢二十代~三十代。栗毛、赤紫クリムソンの瞳。右二の腕に青い薔薇の入れ墨。


 情報屋の女は、ガラステーブルの前のソファに腰かけ、組んだ指を顎の下にあてがい、情報提示を続けた。


 能力は、本の一族による『強化』を使用しての、体液を糸状に精製する糸使い。


「クモ女ってこと? 」

 シオンは脳裏に、赤いスーツのアメコミヒーローを浮かべた。

「いえ、スパイダーウーマンではなく」彼女は首を振る。「どちらかといえば、片眼鏡の執事だとか人形師だとか……殺人鬼も使っていましたわね」

「ああ……摩天楼の移動手段じゃなくて、遠くからピアノ線で身体を輪切りにしたりする方の糸使い……」

(チャーシューでも巻いとけよ)シオンは頭の中でぼやく。

「趣味が悪いというか、幼稚というか。もろ殺しの能力じゃないですか」

「この能力は、テンプレートに『糸を周囲に巡らせる下準備』『捕縛』『切断』の三段階。さて、それが、管理局では捕縛目的でしか使用していなかったようですわ。まぁ、あの組織ではそもそも殺しはいたしませんから、『使わせてもらえなかった』の方が正しいかと。そうして彼女は、不満を募らせておりましたの。もしかしたら、それ以外にも色々とあったかもしれませんけれど、狂人に集団生活がままなるとも思えませんわ」

 情報屋は『狂人』とその女を表現する。依頼しておいてなんだが、シオンは見ず知らずの女性を『狂人』と称すことに困惑した。しかしこの情報屋が『狂人』と言うのなら、なるほどそうなのだろうとも思う。しかし、言葉にならない疑問がもやもやと頭の中を右往左往している。

「そして、その根積という男の甘言に乗った。アン・エイビーは、管理局内での実行犯ですわ」

 そこで初めて根積の名前が出た。

「ちょっと待ってください」シオンは待ったをかける。「えらくすっぱり纏めちゃいましたけど、彼女が実行犯になる過程だとか、動機だとか…無いんですか? 」

「動機なら説明いたしましたでしょう? 『能力を出し切れないから』、露骨に云うと『殺人行為が出来ないから』、もっと広く言いましょうか? 『水が合わなかったから』」

「それで、裏切るんですか? 」

「はぁ? 十分でしょう。これはいわばヘッドハンティングですわ。会社に不満がある社員に、他の会社からより待遇のいい条件を出される。むしろ、なぜ不満のある職場に留まらなければ? ――――――貴方は『場所』に執着がありすぎる。皆がみんな、貴方の様に誠実ではありませんのよ」

(いや―――――いや、そうじゃない)困惑が焦燥に変わりつつある。

 そうだ、シオンが納得するために必要な部位の詳細が無いのだ。『どうやって根積は彼女にコミュニケーションを取ったのか』。

「……あんな男に、どうして付こうなんて思ったんだ」

「はぁ? 」口からこぼれた疑問に、情報屋は呆れたように口を開けた。


「貴方、しっかりなさい。まるで思春期の子供の癇癪ですわよ。今、アン・エイビーに感情移入してますでしょう。違います。それはまったく違います。まったく、頭が十五年ほど若返りましたの? 」

「……そうかもしれません。家族が人質にとられてちょっと動揺してるみたいです」

「まぁ! なんて情けない声でしょう。いいですか、想像なさいませ。アン・エイビーの能力、その現場です―――――殺人者の指に感じるのは、自らの皮膚の延長線上、糸が肉に食い込んでいく感触です。殺害者・・・は締め付けられる刹那を感じる。輪切りになった死骸、場は酸素に触れたばかりの新鮮な血があふれ湯気が立つ」

 顔を鎮めるシオンを、情報屋の女はあらかさまに笑いこそしなかったが、目をすぼめて愉しそうに見た。

「貴方なら、もっと凄惨なものも見ていらっしゃるでしょうに」

 脳裏に、一枚絵が次々と照らし上がる。





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