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IRREGULAR《アン・エイビー事件編》  作者: 616
第三章※アン・エイビー猟奇大量殺人事件・事件編
30/35

10:勝負

『僕は君のそんな顔が一番怖いね』

(笑って言う事かよ)

 シオンは男の言葉を思い返し、憮然と溜息をついた。


 地元人曰くの『異世界人の城下町』、管理局のおひざ元のこの街のメインストリートは、本の一族の居住区もほど近い、大通りである。

『通り』と言うよりも、『広場』と言う方が近いかもしれない。小料理惣菜おやつの屋台で昼夜賑わい、道らしい道はその屋台と屋台の間に出来ることになる。

 しかしこの百年ぶりの大雪で、今日ばかりはすっかり閑散としてしまっていた。布を掛けられたままの屋台たちが、実に淋しげである。

 そんな中、一軒だけ軒を出している店があった。シオンは思わず、暖簾を捲ってしまう。

「おっ、この寒い年末に、局員さんは仕事なんて大変だねェ、サービスしとくぜ」

 屋台の親父が気のいい声で言った。

(そういえば俺、これ着たままだった)そこらへんの局員から拝借した深緑の制服を見下ろして、シオンは笑顔を作る。

「いやぁ、おじさんこそ、寒いのに一人で頑張ってるじゃないですか! 」

「そら、本当なら稼ぎ時だからな。この雪に元気なのは、俺とがきんちょくらいのもんだ。ここの両隣に店を出してるジジババなんて『不吉だぁ~不吉だぁ~』つって、家で念仏唱えてるよ。ま、俺ぁ、商売敵がいなくなって生々すらぁな! 」

「あっはっは」

 などと、たわいない雑談はしばし続いた。



 根積はシオンに言った。

「僕としては、キミには是非とも塵も残さず消えてほしいところなんだ」

    なら俺は逃げますよ。と、シオンは返す。

「君が逃げることが得意なことは知ってるよ。そして行く先々で、救世主って呼ばれてることも。さながらハッピーエンドの申し子だね」

    そんなたいそれたものじゃない。

「君が現れるのは必ず争いの場だ」

    ええ、ですから、俺が『負かした』方からは、死神って罵られたことも

    あります。

「戦場が好きかい? 」

    戦争が好きな人は、だいたい頭が狂ってるか、椅子の上で口だけを動かし

    てる人か、どっちかだと俺は思いますよ。

    俺もそうだったら今まで楽だったんでしょうけど。俺は喧嘩は嫌いです。

    今望んでいるのは、家に帰って家族と食卓を囲むこと。それだけなんだ。

「いやに慎ましいな」

    あんたみたいなやつがいるから、俺のその、慎ましい夢は叶わない。

    俺は刃物も火も暗闇も好きじゃないんだよ。怖いから嫌いだ。

    戦争なんて一番嫌なことだ。

    痛いのは嫌、死にたくない、それくらいが言えないようになるプライドな

    んていらないよ。

    喧嘩をすると、そういう意地を張るだろ。

「僕に愚痴るなよ。仕方ないだろう? 」

    そうだね、仕方ないっちゃ仕方ない。

    みんな俺の弱みに付け込んでくるんだから。

    結局、俺は死にそうな目に遭うし。

    俺を殺すだとかそういう余力があるんなら、世界平和にでも使ってくれよっ

    て感じなんだ。

    そっちが手を出さなかったら、俺はなんにもしないのに。

    俺の本当に大事な人なんて、あの家に入るだけしかいないのに。

「ふーん、言う割に、やけに自信たっぷりじゃないか。君を殺すのはそんなに大変かい? 」

    開き直りましょうか? 自信ありますよ。そこだけね。

    俺にはそれしかないから。

    俺は保身ならどこでも世界一です。

    この身と仲間を守るためなら、敵に対してはいくらでもクズになります。

    どっちに正義があるかなんて関係ない。

    死にたくないからそうして強くなってきたんだ。

    まさか強くなったら余計に死ぬ目に遭うなんて思わなかったけれど。

「君は自分の欠点を話すときが一番饒舌になるようだ」

    そうですか?

    でもこれを、まじりっけなしに心から『長所だ』と言った人がいたんです。

    俺のことをちゃんと、ヘタレだどうしようもない奴だお前は馬鹿だと言ったうえで、

   『そこだけがお前の長所だ。強みだ』って尻を叩いてくれたのは彼女だけだった。

    欠点話は俺にしてみたら惚気ですよ。

    俺はそんなアイリさんのところに帰りたい。

「それを自分の実力だとは思わないかい? 」

    それはどうだろう。

    結局は、俺が俺としてちゃんと生きるために必要なものだから。

「ふーん、じゃあ取引をしようじゃないか」

    取引?


「ああ――――――君が勝てば、僕は君の幸せに手を貸そう。僕はもう君と、君の関係者諸君には手を出さない。僕が勝ったら、君には僕の幸せのための犠牲になってもらう」


「なに、内容は君の得意分野さ。とある街の1000年に一度あるか無いかの危機だ。その被害を最小限に、彼らの命を守り抜いて見せてくれればいい。どうだい? 君の畑の勝負内容だ」


    やくざな取引だね。

    どうせ乗らなきゃ、もっと酷いことになるんだろう?

「わかってるじゃないか。でも、そうだなぁ、この勝負内容じゃ、終わりの締めがいささか付けづらい。だから賞品を出そう。それをどちらかが手に入れたら、勝負は即終了」

    乗りたくないな。

    俺はあんたの手なんて借りたくないし、約束を守ってくれるとも思えない。

「信用ないな」

    信用があると思ってたのか?

「君の人柄なら、信用してくれると思ったんだけどね。まぁ賞品の内容を聞けよ。大物だ。『ホルスの目』というやつだ」

    ………。

「おや、やる気になったかい? 」

    あんたがそこまで本気かと思っただけだよ。

    俺に何をさせたいんだか知らないけど、あんたの期待通りには動きたくないな。

「それが君の嫌いな、『喧嘩の意地』ってやつじゃないのかい? 」

    ………そうだよ、だから争いは嫌いなんだ。最悪の気分だよ。

「おや、良い顔になってきたじゃないか。


僕は君の、そういう顔が一番怖いね」  




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