8:畜生の道
どんな世界にもある、とてもありふれた話である。よくある話だ。
親子三人細々と、身内で助け合い生きる一家。貧しくとも毎日笑っては泣いて、軽口をたたいて暮らしていた。
若い夫婦に、息子一人。
ある日、お家にお客さんがやってきた。幼い息子は母のまねをして、「寒いでしょう。中へどうぞ」と、招き入れた。
そう、そう――――――その冬一番の…といっても、今年にゃ敵わないけれど……とても寒い年末のころ。丁度、今頃のことだった
男らは押し入り強盗で、貧しく長屋暮らしの、防犯なんて気休めしか出来ない家庭の年越しでため込んだ金を狙った、さもしい盗賊で―――――一家の団欒に乱入して、抵抗した父母を、うっかり手にかけ、ビビッて掃除に置いてあった油をまいて、火をつけた。
一家で生き残ったのは息子一人。長屋は焼けたけれど、何せ小さなところだから、火の回りも早かったものの。住民が逃げ出す方が早かった。
泣く息子の手を引いて火から一緒に逃げたのは、二つ隣りの大家のおばさん。
――――――ってもね、こっからが酷い話だよ。
安い長屋さ、壁だって薄いんだ。争う声も、父母が一人息子を逃がそうとする声も全部聞こえんだ。
父母がなんで逃げらんなかったって、玄関口で息子が遊んでたからさ。強盗にそっちに行かれちゃ、息子がどうされるか分かったもんじゃない。
息子は腰が抜けて動きゃしない。小さな子だ、仕方ないけれどね。
小さい部屋が二つしかない家の中を、大の大人が四人もバタバタバタバタ走り回って、あっというまに二人が仏になった。
金を渡しゃよかったって? 命には変えられん。ほーうほう、馬鹿だねェ、幸せなオツムしてるんだから。
少しの財産でもなけりゃ死ぬのといっしょさ。子供も来年から学校って時だったし、少しの小銭も蓄えたい時だったのさ。
この寒いのに無一文なんて、学校どころか年越しも辛いだろ? …ま、あたしゃ、頼れる兄弟がいるんだからさ、その欲はちょっとだけほっぽっても良かったと思いもするが。
最期は強盗を押さえ込もうとした父親がグサリ、子供をようやっと拾い上げた母親が背からグサリ。子だけは母の最期の余力で外に突き飛ばされて、怪我ひとつなく生き延びた。
外は住民がわらわら出てきててね。みいんな、「ああ、ありゃもう駄目だぁ」なんて言うわけよ。
母親の兄が喪主の葬式の席でさ、ほら、長屋のみぃんな焼けちまったじゃない? そこでその兄貴に、住民が言うのさ。
「うちがみんな燃えちまった。お前の妹夫婦のせいだ、どうしてくれる。金寄越せ」ってさ。
するとね、隣にとことこあの子がやってきて、
「ごめんなさい。全部ぼくのせいです。ぼくが大きくなったら、絶対おうちは綺麗にもどします」
あたしゃ泣けてきたね。気が小さいけど、かわいらしく笑ういい子だったんだ。あんな小さな子が、目の下に隈こさえて青い顔してさ――――――なんでか、どうしようもなく悔しくてねぇ。
あの子、今は異世界人の城下町で、管理局に勤めてる兄夫婦んとこに引き取られたそうだよ。
え? あたし? あたしは帰ったら、肝心の我が家が燃えてた、ただの隣人。
あの子の母親は、久しぶりにいい女だと思ってたのにねェ。残念だよ、あたしゃ生まれつき運がない。
―――――――なぁに、礼なんていらないさ。こんな世間話。気にするこたぁないよ。
ちょっとした不幸自慢。あたしはただの、心に処女膜もって生まれちまった、子供好きの紳士なのさ。
※※※※
凶器があって、それを使う人がいて、人殺しが出来るのなら、父母を殺したのはぼくだ。
線の向こう側。あちら側の景色を、疑似的にとはいえチャックは確かに垣間見た。
あの男を招き入れたのは自分である。
故意ではなかった、なんて彼にとってはどうでもいい。思い込みだと言われようと、それこそ思い違いなのだ。
そう依怙地になる程には十分にチャックは幼かった。
だからアン・エイビーは応える。彼の望むように。
「もちろん知ってるよ。―――――――あたしたち、おんなじね」
チャックの瞳から、そこに転がる男と同じ色の瞳から、ひとすじ涙が零れ落ちる。
「――――――よかったぁ…」
人の道など苦しいばかり。
いっそ。