表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IRREGULAR《アン・エイビー事件編》  作者: 616
第三章※アン・エイビー猟奇大量殺人事件・事件編
26/35

6:脱出

 ※※※※


『あっちの道は危ないから、行っちゃだめだからね』




 西の竹林にはオバケが出るのだ、と、子供たちの間ではもっぱらの噂だった。

 大人は皆、竹林の方へ行ってはいけないと言う。きっと、大人たちもどうしようもない、『異世界』の化物がいるのだとか。

 その竹林に分け入る男の背を追い、ファンはゆるめかけた足を速めた。

「ねぇ、どこにいくの? 」

「こっちの竹林には管理局の施設があるんだ。半分倉庫なんだけれど、老朽化して危険だから関係者以外立ち入り禁止になってる」

「ねぇ、この竹林にね、オバケが出るんだって噂があるの」

「オバケ?」

 男は穏やかに笑った。

「大丈夫、僕はあそこで“そういうもの”に会ったことはないよ。あの場所で夜を明かしたこともある」

「よかった」

 しかしそうもきっぱりと否定されてしまうと、彼女としては少し残念でもある。

 ファンは少しだけ背後を振り返り、来た道の景色を記憶に収めた。

 空は雨が降りそうな曇り空、細い枝に危なっかしく雪をたくわえた竹の群れが、永遠続いている。太陽はとっくに天辺のはずなのに、どうも侘しい風景だった。

 急に寒さを自覚し、着の身着のまま、靴は雪に濡れて足が随分と冷えていることを自覚する。


「あの……まだですか」

「もうすぐそこだよ。すまないね」

「あの、あの――――――お父さんは、どうしたんですか? 」

「ああ―――――いや、ちょっとね、ケガをしちゃったんだ。…いやなに、そんなに酷くは無いよ。ただ、用心のために家族の方に迎えに来てもらおうっていう、それだけなんだ」

「そう…ですか―――――」

「ああ―――――ここだよ、ここ」

 竹林に埋まるようにして、古びた四角い箱のような建物が建っている。この寒さにも枯れていない緑色の蔦が壁を侵食している姿は、なるほど確かにオバケがいそうである。

「中に人がいるから、呼べば出てくるよ。帰り道はわかるだろう? 一本道だ」

「え、あ、は、はい」

「僕も僕の仕事があるからね。大丈夫、オバケは出ないって言っただろ。じゃあね」


 心細げにファンは頷き、濡れて泥だらけになった靴を軽く叩いてから、中に上がりこんだ。

「あの――――すみません―――――伽羅はおりますか――――――お父さ~ん――――――? 」


 中は思っていたよりずぅっとがらんとしていた、四方ねず色の薄汚れた部屋が続く。廊下は無く、扉を開けると部屋で、そこにも扉があってまた部屋で―――――といった具合だった。どこの部屋も同じような作りで、どうも心細さを誘発する仕様である。

 ファンはより声を張り上げる。

「だれか―――――いませんか――――――」

 建物中にその声は響いたように思えた。

「は―――――あ――――――――い―――――――…」

 女の声だ。

「すみません―――――」女にファンは返す。

「―――――伽羅のむすめですけれど―――――あの―――――どこに―――――――……」「ここ―――――ここよぅ――――――」

 返事があった。目の前の扉を開ける。

(…なんか、変な匂いがする―――――――)

 むっと湿度が上がった気もした。

 その部屋だけはどうもおもむきが違った。

 部屋中に等間隔に立ち並ぶ、棚、棚、棚……天井まできっちり備え付けられた壁壁は、いよいよ迷路じみている。

 引き返した方がいいだろうかと思いつつも、声はこの部屋からしたように思う。引き返そうにも引き返せない。


 しかしどうもこの部屋の空気の悪さが気になり、ファンは扉を開けっ放しに室内に踏み込んだ。

「あのう――――――」

 ファンは声をかけた。

 人影が見えた気がしたからだ。


 その人物は、ファンより濃い菖蒲色の髪を振り乱し――――――菫色の目玉を天井に向けていて――――――――



 それは、食べ残しの様になった、父の姿だった。








 全身の毛穴が開けっぴろげになる。瞼の裏が白くなった。視界が揺れる。腰に力が入らない。喉の奥の胃袋の入り口が、きゅっと締まった。


 コツ、コツ、コツ、コツ――――――

 ファンははっと我に返る。ヒール―――――女の足音だ。

 この部屋にいる!











































 子供の声がした。

 返事をしたら、「どこ」と言うので、「ここ」と答えた。

 扉が開く音がしたので、もう一度「ここよ」と言うつもりだったけれども、すぐに扉が閉まった音がした。

 アン・エイビーは棚と棚の練り歩き、人影を探す。

 さて、相手は近所の小さな探検家達だろうか。どうしてやるのが一番楽しいかを考えつつ、わざと足音を大きく響かせた。

 アン・エイビーはそして見つける。





「チャック―――――――――? 」

 かわいいあの子。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ