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IRREGULAR《アン・エイビー事件編》  作者: 616
第三章※アン・エイビー猟奇大量殺人事件・事件編
22/35

2:ダイナマイト

 挿絵(By みてみん)




 早朝の管理局・第三部隊舎に、さわやかな朝など無い。

 いや正確には、昼も夜も時間の感覚すらここには無い。

 ありとあらゆる角度で、異世界の探求をするこの部隊は、ありとあらゆる分野を執念深く追及したいわゆるオタクの巣窟である。共通するのは、研究研究研究の毎日を人生を削って送ることが、最高のライフワークとなっているという部分のみである。

 故に、研究者でもなんでもない第三部隊長ミゲル・アモにとっては、ただの異教徒の魔窟同然であった。

 彼がここの長に抜擢されたその理由として、表向きは『異世界で使用できるカメラ』の開発の功績ということであるのだが、はてさて裏の真の理由としては、『隊長まで学者だったら大変だから、専門外のやつを据えて手綱を取らせよう』という思惑が顔を出している。

 元第二部隊所属、第二部隊長の『喧嘩相手』とされたミゲルは、そこそこ長く管理局に勤めた、カメラ以外は弄れない元ジャーナリストである。

 短気で口は悪く、実力はそこそこだが、それ止まり。腹芸は大の苦手。しかし考える頭があり、いざとなると慎重派な面もある……。

 愚直なまでに一本気にしか行動できないミゲルは、まぁそれなりに運のいい出世をしたと考えていた。

 管理局には5つの部隊しかない。他四部隊の隊長は就任してから大分長く、五十手前のミゲルが最年少ということになる。

 自分の経歴で、その一つの隊長に収まるだなんて、かなりの幸運である。下手な権力があっても、ミゲルの性格からして悪手を打つに決まっているのだ。一番若くて地位の低い隊長であっても、この部隊のメンツの濃さなら十分だった。


「あーっくそっ、実験室のデスクなんかで寝るんじゃなかった」

 痛めた首をさすりさすり、ミゲルは舎の廊下を歩く。不気味に静かで、人っ子一人いない。ドアの前を通ると、たまに何かの雄叫びの様なものが聞こえてくるが、それだけである。

 彼らにとっては、実のある研究さえできればそれでいいのだ。下手に同じ研究者で、大それた経歴の持ち主でも反感は必須だったはずだ。無関心の方がむしろやりやすい。

『有能』か、『有能ではない』か。それで図られない職場はいやに安心した。

 ミゲルは疲労を流さんと、長く息を吐く。

 就任から一か月、引き継ぎに奔走するミゲルであったが――――それでも、以前よりやる気に満ちているのは確かだった。長く禁煙を失敗し続けていたタバコだってスッパリやめられたのだ。


「あっ、そこの人! 」

「あん? 」

(おいこら、上司を『そこの人』とはどういう了見だ)

 ミゲルが強面をしかめて振り返ると、廊下の端から白い紙束を振って制服姿の男が駆けてきた。帽子を目深に被り、口元が弧を描いている。青年のようだった。

「なんだ? 」

「この書類を、ここのマルヨン実験室にいる人に渡せって言われて……実験室に居なかったので、追いかけてきたんです」

「ふーん……ご苦労だったな」

 ミゲルは書類を受け取り、ちらりと内容を確認する。どうってことのない、定期の連絡網のようなものだった。

(ハイハイ、次はこれ片づけたらいいのね~……)

 隊員が研究に没頭する分、雑務はこっちに回ってくる。


「お前、所属は? 」

 ミゲルは何気なく訊いた。

「…いや、あの……」

 青年はへらへら笑って首をかしげる。

「ん? なんだよ」

「あの……いや……お久しぶりですね」

 青年はさっと帽子を取った。

「だいたい、20年ぶりくらいでしょうか―――――――――カメラマンさん」




「あ――――――――――――――――――――っ!!!!!」


 ミゲルは人差し指を突きつけた。

 忘れもしない、あの喧騒の中で見た男。紫紺の眼、黒髪、少女めいていた顔は精悍さを増し、伸びた身長は、小男のミゲルより頭二つ分は大きい。



 幼い鬼神。

 若かりし頃の苦い記憶。




 ――――――――――東シオン




「おま…っ、な―――――え? ちょ……おい…、えぇええぇえええ―――――――」

 最大のトラウマの存在登場に、ミゲルは目を白黒させて頭を抱える。

「だっ、大丈夫ですか!? ちょ、ちょっと、だれかいませんかぁああ 」

 おろおろとシオンは声を上げた。

「ばっ、ばかやろう! 違法異世界旅行者が、伝説になってるやつが、こんなところで大声出す奴があるか! 」

「す、すいません。つい」

 立場も忘れてミゲルは思ったままのことを言う。シオンは苦笑いして頭を掻いていた。


「なんだって―――――なんだって、今更現れやがった。しかも、こんな……」

「あの、のっぴきならない事情というものがありまして……侵入させていただきました」

「侵入させていただきましたって……」


 妙に腰の低い伝説の男は、始終苦笑いで首をかしげている。これが余裕というものなのだろうか。――――――違うだろうな。


「あの、理由というのはですね、ちょっと目玉を取りに・・・・・・

「め、目玉? 」

「はい、あの…なんか、すごいものらしくて」

 シオンは困ったように笑って「じゃあそろそろお暇を…」


「―――――あぁ…って、おい馬鹿、行かせねぇぞ! 捕縛だ捕縛! 」ミゲルがシオンの腕をはっしと掴む。

「いや、俺もそれはすごく困るんで……」


「あ~…」っと唸り、首をかしげ、シオンは実に申し訳なさそうに眉を下げて言った。


「もう次に会わないことを祈ってます」

 やっと追うことができた動作の一瞬、ミゲルは再び、シオンの眼に白刃の煌めきを見た。無害そうな動きはフェイクだったのだ――――――――――――――。


(あいつ―――――――! )








 ミゲルのトラウマが、上塗りされた瞬間だった。






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