一作目:鳥頭の発見
さて、事の発端はこれだったか。
アスカという人間は、しがない院生であった。
大学で研究に明け暮れる日々。『それ』が出来たのは、まさに偶然としか言いようがない。
『異なる世界を目視する装置』。
発毛剤を作ろうとしたら不老不死の妙薬になっただとか、バナナを温めようとしたら電子レンジがタイムマシーンになってただとか、そういった類の偶然だった。不可思議なる『現象』、『奇跡』と言ったほうがいい。
そしてアスカはあれよあれよと時のひと。
もともと、異世界の存在は証明・認知されていた。小さな偶然の発見は人類の夢と、さらなる技術を呼びこんで飛翔する。
たった四十年。アスカが還暦を迎えるころ、『異世界へ行く技術』が実現した。
さて、人類さらなる高みへいざゆかん。
113歳。晩年のアスカは自伝でこう語る。
『私はとんでもないことを仕出かしたのだと、涙を流して神様に頭を下げました』
人々は言った。これまでの人類の発展は、このためにあったのだと。
異世界旅行はかつての天空にある月の地のごとく、世界の夢と希望の象徴として掲げられる。
異世界から持ち帰ったアイテムで、その世界は急速に発展した。大人は寝ていても一日の用事を終わらせることができて、子供は健康に、よく生まれるようになった。
そしてついに、西暦2000年歴の終わりも間近。異世界探査員が見つけたアイテム。
それは・・・・・・。
※※※※
「かの高名なるアスカ教授の自伝〈軌跡〉の一文が、物議を醸しています」
『私はとんでもないことを仕出かしたのだと、涙を流して神様に頭を下げました。私が偶然に愛されたしがない院生でいれば・・・いいえ、ただの親のすねかじりの馬鹿だったなら、この世界がここまで変わることなど無かったのです。(中略)
私はあまりに苦々しい気持ちでいっぱいでせ。愛しい私の世界の皆様、感謝と、そして言葉しか捧げられない私を許してください。ごめんなさい』
西暦2000年歴の終わりも間近。異世界探査員が見つけたアイテム。
それはまさに、世界のリセットボタンだった。
異世界では、羽も生えそろわない子供がくわえているような玩具だったという。
探査員は息子に夢の詰まった玩具を与えるつもりで、その小さな手の平に収まる物体を持ち帰った。
世界に急速に広がる波紋。母なる星を包むその波は、破滅そのものだった。
世界が緩やかに死んでいく最後の時…世界中に、延命装置で縁取られたアスカの言葉がこだまする。
『ごめんなさい』『ごめんなさい…』『ごめんなさい……』
アスカ老人はベットの上でほろほろとクチバシを伝って涙を流し、羽根の禿げた頭を下げた。来るべき時に腕の産毛が逆立ち、ぞわぞわと身を震わせる。
途方もない後悔。人生115歳、世紀の大発見をして91年の長き時を見届けていたアスカは、発展していく世の中に言い知れぬ恐怖を感じていた。
溜まりに溜まった者が、ああついに……弾けてしまったのだと。
飛鳥がその小さなきっかけを見逃すほどの頭だったなら。知識も何もないただの若者だったなら…。
この世界で『人間』と呼ばれる鳥たちは、その声を誰に聞かれるでもなく厳かに消滅した。
小さな偶然を発見してしまった飛鳥も、兵器を子供のおもちゃをして持ち帰った探索員も、ああこれ全てがホントの鳥頭。
―――合掌―――
さて異世界は数多あるわけで、けれど『自由に世界を渡り歩く』なんて技術はどの世界の文明でも(たぶん)まだ生まれていなくって、そんなさまざまな異世界を渡り歩く若者が一人だけ世界の最期の時に立ち会った。
若者はさまざまな世界を見てきた。そして驚愕する。これほどまでに文明の発達した世界は初めてだ、と。
もともと自分のように異世界を渡り歩く『体質』があるわけでもない。ただの一般人が、さまざまな世界へ行って帰ってくる。これはすごいことだ!
けれどその世界は滅んでしまう。なんてもったいないこと。若者は『異世界へ行く技術』を持ち出し、自分のものにした。
仲間を集めて徒党を組んで異世界へ送り出す。さまざまな世界があるのだ、石ころが宝石になる世界だって探せばすぐに見つかる。ゴミでも死体でも場所を変えれば宝と同じ。
若者は財を得た。
ゴミでも死体でも場所を変えれば宝と同じ。人間だってそうである。あの世界で『ニンゲン』として生きていた鳥たちももちろんのこと。
若者は中年となり、ただの男になっていた。老いていく体に危機感を覚えだしたころ、ついに見つける。
『不老不死』!!
それは小さな世界の片隅で、ひっそり生きている民族の血肉。どんな力でも増幅剤となる妙薬。力と言っても様々ある。筋力、視力、思考力、精力、生命力ETC。ああありがたや、と彼は……。
ゴミでも死体でも人間でも、場所を変えれば宝と同じ。その一族の『増幅剤』となる能力はどこでも高く売れた。
彼らは『異世界管理局』と名乗り、文字通り『世界』を『管理』しだしたのである。
いつしか男は非道と言われ、そして男に立ち向かわんとする集団が出来て――――――。
男を討ち取った集団は、新たなる『異世界管理局』という組織になった。『異世界を管理』するのではない。『異世界を犯すものを管理』するのだ。
世界にはその世界の住人達がつむぐ『筋書き』が存在する。『筋書き』というあるべき歴史は犯してはならない。その一線は越えてはならなかったのだと彼らは誓う。
ああ、けれど男たちが縦横無尽に荒らした世界に後遺症が残ってしまった。どの世界の『筋書き』にも属さない、あの男のようにあらゆる世界にも馴染めない人々。生まれながらに『筋書き』を歪めてしまう人々。
異世界管理局は彼らに名前を付けた。『異端者』。筋書きに無い存在。
異端者を集めたもう一つの組織が出来上がる。筋書きを守る組織、『物語管理局』というものである。
さてこれは、そんな異端者達のお話です。