11:その3.白いひと
『散歩』を始めてから、そろそろ一か月にならんかと思う。
暦はそろそろ冬に入るかといったところで、上着一枚でもやや肌寒い。
本の国にあまり雪は降らないし積もらない。それでも現地人にしてみれば、夏との寒暖差は堪える。
チャックは集落の路地裏を縫うようにして歩いていた。
裸の田園が広がっている中、うつむいて地面の土を見ながらの散歩だった。
ひと月の間、これといっては何もない。アン・エイビーは現れる。
チャックはせっせと歩数を稼ぐ。
しかしその日、彼の運は――――少しばかり悪かった。
角を曲がる。右側に衝撃、追突、横転。
角を曲がろうとした人物にぶつかって転んだのだ――――――それに気が付いて、チャックは真っ青になった。
たいへんだ。
(―――――大変だ! )
ぶつかった人物は、はっと一瞬足を止めたが、すぐに去ろうとした。けれどもあまりにチャックが蒼白で座り込んだままだからか、ついに少年に声をかける。
「お、おい。どっか痛いのか? 」
チャックは呆然と顔を上げた。
目の前には本の青年。背が高く、頭に布を巻いて首に襟巻をしている。頭の色は――――――白い。
チャックはギョッと二度見した。
正真正銘、本物の『白』だ。
青年は気まずそうに、差し出した手を下ろした。綺麗な青い目をしていた。
「…あ、あの、ありがとう」
チャックはつい、そう声をかける。
「どこか、痛いところは……?」
「ありません。ありがとう」
「……膝すりむいてるよ」
やはり気まずそうに青年は言った。
つかつかとチャックに歩み寄り、脇に手を入れて立たせてやる。服の土埃もはたいてやった。
「……いいか、お母さんやお父さんに『転んで俺に助けてもらった』とか言うなよ」
チャックが不思議そうに見返す。
「い、言わないよ」
「いいか、絶対にだぞ。本当に誓えるか? 『どうしたの』って聞かれたら、『転んだけれど自分で立ち上がった』って言うんだ。そうすればオトウサンやオカアサンに褒められるからな。俺のことは絶対に言うな、いいな? 」
「う、うん…」
あらかた世話を焼いて、『白』の青年は満足げに頷いた。
「お兄さん、ありがとう」
「……お前と同じくらいの弟がいるだけだよ」
襟巻を鼻まで引き上げると、青年は去って行った。
「その膝どうしたの! 」
さっそくその日のうちに傷のことは露見した。
言われた通りに、『転んだけれど一人で立ち上がった』と言うと、夫人は心底うれしそうに彼の頭を撫でて、手放しに褒める。
「すごいね」「えらかったね」―――――――――
チャックは俯いたまま、動けなかった。
その日から、アン・エイビーは現れなくなった。
そしてまたひと月。
12月20日の、その日が来る。