10:その2.望むもの
チャックが望むもの。
誰も僕を見ないで。
アン・エイビーが彼に望むノルマは、『動き回ること』だった。
ゆっくりと、転びさえしなければ、彼の指に括りつけられた彼女の『糸』は彼女の体を傷つけはしない。
出来る限り広く、色々な場所を、毎日たくさん歩き回れ。それが彼女の言う『ノルマ』だった。
しかしこれが彼にとってどれだけの苦痛か、彼女は知らないのだろう。
せめてもと、彼は一家のいない昼間に終わらせ、気付かれないうちに家路につくという方法を導き出していた。少し肌寒い、秋の真昼間だった。目の前に本の一族の居住区集落が広がる。
この街は管理局を中心に栄えている街だ。東のこの集落は、主に管理局に勤める本の一族が多く住んでいる。養父も例外ではない。
大多数の本の一族がそうであるように、チャックの髪と瞳もまた、色鮮やかである。しかしチャックは、自分の髪色が嫌いだった。
チャックの髪色は薄い紅色、それもこんなに明るい陽に透かしたり、薄暗い中などだと、『白』に見紛うような、淡すぎる桜色をしている。
血縁故、ここの一家も自分に似た髪色をしているが、けれども幾分か濃い色合いなのである。
『白』に見間違えるなんてとんでもないことだ。だけれども、そう見えてしまっても仕方のない色なんだと思っている。
現存する『禁忌の子』、三人のうちの一人が、丁度チャックと同じ年頃だというので、余計に肩身が狭い思いをしたことが数々あった。
歩けば寄せられる、視線、視線、視線。
走り出してしまいたい。けれど、ゆっくりと、久々の地面を確かめるように歩く。
チャックは心優しい少年である。自分をここまで追い込んでいる女の身のために、チャックは歩いた。
毎日、歩いた。
さて、当たり前のことだけれど、子供一人いなくなったら、曲がりなりにも保護者にあたる人物は気付かないわけがない。そもそも往来には人がいるものだし、この本の国にもご近所づきあいというものがある。
子供がフラフラ歩き回っていれば、いくら昼間だろうと人は見る。話は三日で、保護者に当たる夫人に露見した。
しかし夫人は、あえて『黙る』ことを選択する。
「あの子にはそれが必要なんだろう」と、見守ることを選んだ。
はてさて――――――――――――