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IRREGULAR《アン・エイビー事件編》  作者: 616
第二章※アン・エイビー猟奇大量殺人事件・発端編
15/35

9:その1.怖いもの

 視点A:


挿絵(By みてみん)




 チャックが怖いもの。

 養父おじさんが帰宅する時の扉が開く音。

「おかえりなさい」と、おばさんが迎える音。

「おかえりなさい!」と、従妹ファンちゃんが父親に駆け寄る足音。

「あの子は?」「それが…」薄い壁の向こうで、自分のことを話す声。

 トントントントン、ガチャリ  「チャック? 起きてるか? 」部屋の扉が開いて、自分を食事に誘う声。

 この一家と同じ食卓に着くとき。

 会話を斜め後ろから見ているとき。

 僕にわからないことを話しているとき。

 彼らが僕を、思い出したようにちらりとうかがう視線。

 壁の向こう側の『日常』というもの。彼をおいていく、『当たり前』の流れ。



 アン・エイビーを一言で言うなら、『下品』である。

 下劣、下賤、道徳に背を向け闊歩することを何より好む。故に、『下品』である。

 豊満すぎる肉付きのいい身体と、目尻の垂れた熱に浮かされたような目や、欲しがる様に半開きの口元の右端に、彼女の特徴と言える黒子が一つ。

 ピンクのルージュ、紫のアイシャドウ、濃い媚びるための化粧に、肌を露出するフリフリヒラヒラの服、頭のリボン。

 掛け値なく、彼女の趣味と生きがいは、生物のあらゆる体液をその身に浴びることである。


 彼女はある日現れた、少年の部屋の侵入者だった。幻のような年上の友達とのおしゃべりは、『秘密』という関係も相まって、とても楽しいものだった。

 この家の住人は昼間、主人は職場に夫人は畑に長女は学校へと行ってしまう。彼は一人きりで、この家の一室に閉じこもる毎日だった。

 奇しくも、アンのその浮世離れした外見は、少年にとってまさに『幻のような』『夢の住人の様な』存在を助長した。泥棒ならばこんなに派手な外見をしているわけもないし、家主に気付かれず何度も音もなく、家の奥の一室に侵入することが出来たこともそうだ。

 アンは初対面から湿った陰の臭気をプンプン漂わせていたが、八歳の少年には分かるわけもなく、舌っ足らずで甲高い、フワフワいた口調の女は、むしろ話しやすかったのである。

 チャックは今、それらをとても後悔している。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ――――――」

 ただ淋しかった。一人怖かった。

 家主のいない家で知らない人間と会うなんて、とんでもないことだ。わかっていたけれど、淋しかった。

 アン・エイビーは次の日、やはり現れた。チャックは部屋の隅で恐怖にあえぐことしかできない。

 本性が出た今では、彼女はおおよそこの世のものと見えなかった。

 何せ、たった一夜しかたっていないのに、切れた指はすっかり骨と肉でくっついているのである。


「うーん、いまいち面白くないナ」

 アンは唇をとがらせて言った。

「チャック、ノルマを作ったげる」

 実に楽しそうに、アンは笑った。



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