8:変人ロキ
「彼女は十代の初めから、神童として、一人の研究者としても期待される人物だった。父親は彼女の|遊び場(研究室)として、離れを与えた。
彼女はそれをいつになく喜び、普段の生活には子供らしからぬ淡白さを出す娘に困り果てていた周囲は、たいそう安堵したんだそうだ。
彼女は研究室に引きこもり、何事かやりだした。一週間たっても出てこない。扉を叩いても、食事は受け取るが姿は見せない。仕方ない、ならばと父親は離れの水を絶てと命じた。そして水道が絶たれて二日、ふらりと離れから出た彼女は、離れを爆破した。彼女の主張はこう。『高温状態での反応が見たかった』。ちなみに全壊だったそうだ」
「当時何歳だって?」
「十歳ちょっとだ……で、だ。離れと言っても広大だ。それが全壊した有様に、ロキは父親から謹慎を受けた。しかしまぁ、才能は本物だ。研究をするにしては設備が足りなんだ、その結果だという、周囲の声に、仕方なく今度は別荘を改築して与えた。………実際、爆破実験から結果は出てしまってね。私もそっち方面には明るくないのだが、画期的な効能の胃薬が出来たらしい。
しかし別荘も、三月で爆破……これは屋敷の規模が大きかったので半壊で済んだ。
しかし二度の爆発騒ぎが決定打になり、彼女は14歳で勘当された」
「親もさじを投げるわなそりゃ。どちらかが悪いとも……いや、教育の責任で親が悪いのか? 」
「どちらとも言えんな。彼女の興味と欲求の矢印は研究に一本線だった。髪は伸びっぱなし、風呂には入らん、実験中は寝もしない。かと思えば、一族象徴たる髪をばっさりと切る。奇行の目立つテンプレートな天才だ。悪かったのは学問を彼女に与えたことだ。
勘当された彼女は、幼くして長屋住まいになったが、ある日また事件が起こる。長屋が半分、地面に沈んだ」
「ヴヴン…」ミゲルは眉間を抑えて唸った。
そんなテンプレな天才がこの世にいるものか、と思うのだが、本人の写真という存在の証拠を出されている以上は、何とも言い難い。
どこまでがウソか真か。分からないから、トムは『伝説』などと言ったのだろう。
この淡白な風に見える少女の一枚絵が、むしろ彼女の個性の塊にすら思えてきた。
「…また爆発か? 」
「いいや、薬を保管する地下室が欲しかったんだそうだ。それで長屋の床を剥いでいいかと大家に訊いて、機材を持ち込んで半年かけて、隣近所三棟にわたるトンネルを掘った。すると地盤沈下により、長屋の半分が落ちた。…大家はリフォームだと思ったんだそうだ」
「………」
「そんなふうに彼女は住まいを転々としたが、しばらくして管理局の研究機関のほうから『住居を提供するから研究に専念してくれ』と、住まいと安定した職を手に入れる。そして21の時、彼女はダイモン・ケイリスクに出会った。
その頃、彼女の興味の矛先は、本の一族の能力と異端者の体にあった。そこで、自ら局に夢人のパートナーとしての登録をし、異端者とコンビを組んで本の一族としてのサポート任務にあたった。そのパートナーがダイモンだったんだが、彼らはその後すぐに事実婚の上で、長男をもうけている」
「そんな女なら、禁忌の子をこさえるのも分かる気がすんな」
「チッ、チッ、チッ、」トムは首を振った。
「浅はかだな、ミゲル・アモ。『彼女だから』疑問が残るのさ。学者、研究者、それ以前に、彼女は薬師――――医者なんだ。命をこさえるリスクの高さ、それを誰より知っている」
「下せねなぁ……だってコイツは、医師以前に変人学者だぜ?一人でトンネルこさえる女だ。ありえねぇわけじゃないと思うがね。俺が彼女のこんなトンデモねぇ話を、これっぽっちも耳に入れてねえってことは、情報操作ってのもロキの父親が娘についてのあれこれを、圧力かけて規制したってこったろ?」
「そこはそうだな。もともと大して出世するような男には思えないが、ダイモン・ケイリスクが出世できなかったのも圧力がかかっていたからだ。20年も勤めていれば、普通なら少しは名が付くものだがね」
「もしかして悲劇ってのはそこか? 」
「……いいや、悲劇ってのは、悲惨な最期と相場が決まっているだろう? 先日のアン・エイビー事件同日、ダイモン・ケイリスク宅から爆発があったのは知っているか? 」
「ああ、あったなぁ爆発。それがダイモンの――――――」
「そう。死亡者は、ティーンエイジャーの頃に二度の爆発を起こして涼しい顔をしていたロキ・ケイリスク。事が終わって、現場には息子二人がいたが、外出していて無傷だった。
―――――――しかーしだ、ミゲル・アモ。ダイモン・ケイリスクの死体はどこにあったと思う? 街の郊外、管理局の東、裏のあぜ道の脇に、管理局の白い塀にもたれるようにして倒れているのを発見された。失血死だった」
「そりゃ、ビミョーに不審だな」
「いいや、決定的に不審死なのはなぁ、ダイモンの死因が、『左目をくり抜かれたことによる失血性パニック死』だったことなんだよ」
重低音で言い放ったトムに、ミゲルは身を乗り出した。
「さらに残った右目はすでになく、その傷跡には見るからにはっきりとわかる治療痕……さーらーに!その『治療されていた右目』の中身、眼球が見つかったのは、ケイリスク家爆発跡だ。
………どうだ?見るからに不審死だろう?」
男たちの背筋が伸びる。血が冴える。
体の芯から冷え込む、年終わりの夕方のことだった。
(C視点:12月27日 了 )