7:悲劇の男の噂
12月24日 午後
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視点C:
「ダイモン・ケイリスクっつってもなぁ…俺は仕事丸投げして、ほっぽってきただけだぜ? 」
「ふん、役立たずめが…まぁいい。ハナからさして期待はしとらんさ。むしろこっちが本題だ。情報を提示しよう。その無駄にデカい頭で見解をよこせ」
ミゲルは内心驚いた。トム・ライアン。この元上司、今まで散々ミゲルをこき下ろしておいて、重要な管理局不祥事案件の情報提示をするほど自分を信頼していたのか?
ミゲルは胃の少し上を押さえたくなった。
(…しかも見解をくれだと?ふざけんな。上司部下のときゃ、デスクに触るのにすら嫌がったじゃねぇか)
むず痒い口元を必死で引き締める。
しかもこの上司、いかにも不審そうに言いやがるのだ。
「…どうした? 何か気が付いたことでもあったか? 」
「…………いいや、こちとら疲れが溜まっててなぁ……そんだけだ」
そう、これは疲れである。きっと一皮下ではこの男、自分を心底見下してはほくそ笑んでいるに違いない。
疲れているから、いつも通り見抜けないのだ。
「んで? 俺が奴さんについて知ってんのは、そうそう多くないぜ?」
「まぁそうだろうな。ダイモンについての情報は操作されていたようだから」
「情報操作だぁ? 権力にゃ使うのも使われんのも無縁なヤツに思えたがな」
「演技の可能性は? 」
「あのド天然が演技ってんなら、あいつに羞恥心ってのは無いんじゃねえか? とにかく不器用、可愛く言えばドジっ子ってやつ」
「おい、可愛く言う必要がどこにあった」
「うるせぇよ、言葉のあやだ」
「……ふん。しかし、それはそうだろうな。そんなもんだろう。さて、では大衆代表として、お前の知ってる噂とやらを聞こうじゃないか」
ダイモンケイリスクについての噂。いや、もはや公然の秘密か。大きく口には出さないが、みな知っていること。噂する大半は、ダイモンの顔すら覚えてやしないのだろう。
「パートナーの本の一族の女に禁忌の子を孕ませた。もしくは、出世街道から外れた甲斐性なし。ミスターKY、宴会に呼びたくない男、浮気相手がそこかしこに大量にいるやら、ロリコンショタコンの変態やら。逆に、本の一族との禁断の恋に生きる男。不遇な運命に翻弄される悲劇の人。実は親に捨てられた禁忌の子供を内々に育てているだとか、孤独な一匹狼とかいう眉唾なモンばっかだな。まぁ共通してんのは、本の女と禁忌の子を養ってるってとこか」
「ふむ。真実六割、悪意四割といったところか」
「悪意?ウソじゃなく?」
「悪意があるから、嘘もつくんだろうさ……やれやれ、情報操作といっても大したものではないな。所詮そんなものか…。いいか、真実は、本の妻が居ること、子供は息子二人いること、出世の見通しが無いこと、あとは…まぁ、ある意味で不遇な運命に翻弄される悲劇の人物やらのところか」
トムはしばし黙り込んだ。
「よし、ではダイモンの妻の素性からだ。知っての通り、本の一族は我ら管理局に保護を受けている。その見返りとして本の一族が提議してきたのは、人材の提供…ひいては能力の提供だ。守られているだけでは割に合わんということだな。奴隷の歴史があったからこそ、自立を求めた。
『力の増幅』なんていうこの一族の能力は、きわめて万能だった。オーソドックスな身体能力強化、免疫と細胞強化による治癒、魔力や超能力といった、超自然的な能力の強化にもきく。
それによって、夢人は本の一族と連携を取り、二人一組のコンビを組んで任務を行うパートナー制度を取り入れることが出来た。
本が一人傍にいれば、無敵とは言わずとも、ただでさえ少ない職員らの生存率にも繋がる。【帰還】のボタンを押せるやつがいれば、死体でも回収できる。しかしこの制度のタブーが、【パートナー同士が仲良くなりすぎること】だ。ロキ――――ダイモンの妻、ロキ・ケイリスクは、ダイモン・ケイリスクのパートナーとして採用された女だった」
トムはまたファイルを投げてよこした。本の一族特有の鮮やかな色彩、曇りのない青い髪、同色の双眼を併せ持った、色白の本の一族の少女が映っている。
『青』なんていう、生物に最も遠い色彩の髪色だからか、さらにはこんな書類の写真だからか、ずいぶんと表情が乏しく見えた。
特徴的なのは、髪。真っ青な髪は、肩よりも短い。
「…髪が短いな」
「そう。彼女は、本の一族の異端児だった。彼女、ロキの生まれは一族内の有力者。族長の一人として数えてもいい権力者のお姫様だ。……しかし、高貴な生まれというそれ以上に通りが良かったのは、天才薬師、研究者、『稀代の変人ロキ』だ」