4:盲者の道化
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視点B:12月20日 昼前
そこは白い部屋だった。
六角形をしたその場所は、交互に三面が鏡張りになっており、残りの三面がやたらと染みのない、真っ白けなのだった。天井も白く、床は鏡張り。照明は白壁自体が発光しているように見える。足の下に影は出来ず、周囲には白い空間に自分の分身だけが見えた。
エリカは瞬きの瞬間に飛び込んできた、一面の純白にたたらを踏んだ。足元さえ(文字通り)雲をつかむようで、二度三度の足踏みがおぼつかない。
「……七島さん? 」
部屋にエリカの声が吸収される。
その返事は、思いがけないところからやってきた。
「それは誰のことだ? 」
のっそりと、その男は部屋の隅から立ち上がった。
長身痩躯、白い服、床に着くほどの真っ白い髪、青白い肌。老人かと錯覚するが、顔立ちは若々しい。瞳が閉じられていた。その下は、髪と同じように白いのかもしれない。
盲者だ。
エリカは答えた。
「……銀髪の、子供みたいなかっこうの人です。黄色の服を着ているの」
「ああ、それは管理人だ」
「管理人? 」
男は、閉じた瞼をわずかに開いて弧を作った。
「世界と世界をつなぐ道、世界と世界の出入り口を見守る管理人さ。あの子は世界の全部を傍観している。全ての異端者は彼女の前を通り、彼女の視線の下に晒される。星より多い八百万の世界でただ一人、異端者と登場人物の区別なく見つめるだけの監視員。
だから管理人さ。あれには基本的に名前が無いからね、適当に気に入った名前を名乗ったんだろう」
唇を釣り上げて朗々と語った男は、『困ったもんだね』と芝居がかった姿で肩をすくめた。
「ここは私の私室なもんでね。勝手に誰かさんを連れてくるなんて……彼がこんな愉快犯な男だとは知らなんだ。
ああ、君が責任を感じることは無い。そんな顔はしないでおくれ。加害者は彼、君は被害者。これは明瞭とした事実関係だ。そしてこの、私も被害者さ。
―――――さて、かわいそうな迷子の御嬢さんを、きちんと、この、僕が。案内して差し上げようじゃないか」
さらに男はエリカに礼をした。右手を差し出されたが、すかさずエリカは三歩半、後ろに下がる。
ちなみに『そんな顔』とは、眉間に渓谷を刻み、半目でねめつけた―――――例えるなら、違法駐輪のドミノ倒しに巻き込まれた歩行者の、自らの小さな不運を嘆き、憤る、あの顔である。要約すると。『うわぁ、めんどくせぇ』
「……ごめんなさい。とっても魅力的なお誘いだけれど、わたし、お断りしたい気持ちなの」
「それは実に…実に残念だ。しかしね、キミはこの部屋のことは存じ上げないだろう?
実はここは特注の設計でね、この部屋に扉は見当たらないだろう? これは実はこの六面すべてが扉になっていてね、一度出口が開くとランダムに次の出口が変わる仕様になっている。間違えた先にも道があるが、その先が正しい道とは限らない。まぁもちろん、僕には正しい出入り口は明確だけれどね」
「…………ごめんなさい、わたし、ちょっと気をつかっちゃったわ。そんな必要ないのにね。あのね、わたし、変な人にはついて行くなって言われてるの。特に、知らない場所で親切をチラつかせて余所へやろうとしてる男の人とは、口もきくなって言われてるわ」
「ああ、『知らない場所』で『親切』で、『よそへやろうとしてる』? ハハハ、ぴったり僕のことだ」
「そうなの。本当は口もきくなって言われてるのに……。これ以上は残念だけれど、あなたと関わるわけにはいかないわ。だってあなたが良い人だなんて……わたしにはわからないもの」
「ハハハ、キミ、デリカシーって知ってる? 」
「わたし、子供には嫌われてるけど大人には好かれるのよね」
「クソガキって言われたことは? 」
「あら、『お口が上手ね』って言われるわ」
「……………」
男の顔が云っている。『うわぁ、めんどくせぇ』
「僕は道案内に向かないようだ。君の要望はなかなかに難しい……。案内人をつけよう。偶然だけれど、もう少しで訪問者が来るはずなんだ」