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こんなぼくら

 ぼくは今真剣に考えていた。

 閑散とした教室がぼくのお気に入りだ。部活動が盛んではないこの学校では下校時間がほぼ一緒になる。人混みが苦手なぼくは下校時間をずらすことで、この有意義な時間と静かなバスというささやかな孤独を得られる。誰にも侵されない時間。遠くに聞こえる吹奏楽部の音が、それすらも静寂だと思わせてくれる。完全な無音は不安を感じることもある。人とはなんとわがままなのだろう。しかしそれでこそ人なのだ。それでこその発展なのだ。科学の進歩なんてわがままを叶えたようなものだと思っている。だからこそぼくは思う。少し不便なほうが人は思考をするのではと。最先端にいると思っていると何も考えずにそれを享受する。そのまま思考を放棄する。ならば一度不便に身を置き思考を取り戻すべきだと。

 そんな横柄な横道に逸れた考えから本筋に帰るように手元のノートに視線を落とす。そこに書いてある三つの単語、そのうち一つに、塗りつぶすように線を引く。そう残りの二つにこそ答えはあったのだ。光明が見えたその瞬間を突き破るように音が近づいてくる。タターン、タターン。スキップか、高校生にもなって。徐々に歌のようなものが聞こえてもくる。ぼくの耳には、忘れ物、そう聞こえる。スキップの音が止むや否やぼくの部屋の後ろの扉が開く。

「わっすれーものー、ルンルン」

 忘れ物を楽しそうに取りに戻ってきた人を初めて見たのではないか。目を合わせては駄目だ。知らぬふりを、見て見ぬふりをするんだ。いや、見て見ぬふりならば一度見ないといけないのか。冷静になれ。この状況、見なくても知らぬふりが出来るはずがない。この状況で気付かなかったと言い張れるはずがない。むしろ向こうの弱みを握ったと余裕をもっていいのではないか。そうだ。こちらの方が強気にでられる。堂々としろ、凛としろぼく。

「あれ、雨崎くん何しているの」

「考え事をしていたんだけど変な歌が聞こえてきてね」

「素敵な歌でしょう。忘れ物の歌」

 ここでようやくぼくの聖域を侵した犯人と目を合わせる。彼女は栄生美紗。クラスの誰とでも話をする精神的化け物だ。そういうところは羨ましくもないこともないようも気もしないでもないが、会話の生み出す圧倒的疲労感の前ではその羨望も無に等しい。これからの平穏な学生生活を守るべくここで彼女をねじ伏せて極力関わらないようにするのだ。

「どうして不思議な歌を歌いながらスキップしていたのかな」

「え、普通に忘れ物をして楽しくなっちゃって」

「その、あの、恥じらいをご存じでらっしゃいますか」

「なんてことを言うの、雨崎くん。花も恥じらううら若き乙女をつかまえて。今正しく恥じらいの世代でしょう、そう思春期」

 えっと、恥じらうの恥じらわないの。とにかく弱みにつけ込む作戦は失敗だということはわかった。そして栄生さんが優等生のようなふりをしてかなり特異な人だと知った。悪鬼のような羅漢のような、この状況でもあっけらかんとした態度。こんなに堂々と矛盾を孕んでいるとは。

「じゃあスキップも歌も恥ではないと」

「もちろんだよ。素直な感情表現だもの。恥じらう理由にならないよ」

「栄生さんにも恥じらうことはあるのかい」

「もちろんあるよ。当たり前じゃない」

「どういうときかな」

「そんなこと言えるわけないじゃない。恥ずかしい」

「いや、ほら、お手洗いとか」

「そんなことを言わせようとする雨崎くんが恥ずかしいよ。というかどうしてそんなにわたしを辱めようとするの」

「いや、ちょっと待って。いや、ごめん。まず反論したいのだが、ぼくは辱めようとはしていないよね。どういうときに恥を感じるかを聞いているんだよ。ぼくがあんな歌を歌いながらスキップしているところを見られたら恥ずかしいと思うから」

「そうだね、雨崎くんがあれをしていたら恥ずかしいかもしれないね。きっと自分の行動を疑問に思うから恥ずかしいんだよ」

 ぼくならまず忘れ物をした自分を恥じるのであの行動以前なのだが。

「雨崎くんって意外と饒舌なんだね。みんなで話をするときは要点だけを告げて後は見に回っているから。必要最小限しか話さない人なのかと思っていたよ」

「まあ基本三人以上になると自分の意見を言わないんだよ。女三人寄れば姦しいとは言うけど男だってそうだし。騒がしくなるとなんだか周りに申し訳なく感じることが多々あるから」

「ほえー、そういうところに気をつかっているんだねぇ」

 彼女はそう言いつつ当然のようにぼくの前の椅子の向きを変えこちらに向かって座った。忘れ物持って帰るんじゃないのか。

「じゃあ二人なら普通にお喋り出来るってことだね。お話しましょ」

 この状況、もちろん嬉しくもある。そしてなぜか恥ずかしくもあった。

「それでさっきまで雨崎くんの考え事にこれは関係あるのかな」

 机の上のノートに目を落として彼女は言った。そこには三つの言葉、除草、助走、そして線で潰された女装。

「そうだよ。頭の体操で使われた同音異義語。これをもっと面白くできないかなと思ったんだ」

「これを一文で出すとか?」

「それはやったよ、序奏も足してみたけれど。それでもそんなに面白くなかったんだよ。だから色々考えていたらなかなか良い案が出たんだ。女装は使わないから消したんだ。残りの二つしか使っていないけれど、こっちの方がなんとなく気にいってね」

「それでどんな風になったの」

「ここは思考を順に追って考えてみようじゃあないか」

 ぼくは今自分自身が非常に面倒くさい人間ではないかと思っている。それでもこの発表を勿体ぶりたかった。ただ単に自慢したかったのだ。

「まず助走と聞いて何を思い浮かべるかな、栄生さん」

「陸上競技かな。幅跳びとか高跳びとか」

「素晴らしい。どちらでも答えに辿り着くね。今回はその二つを使おうか。次に助走とは何のためにあるかな」

「より高く、より遠くに飛ぶためだよね・・・あっ」

 もう気付いたんだ。栄生さんは凄いな。これ、結構難しいと思っていたのに。

「さすがだね栄生さん。助走は遠く高く飛ぶために必要なんだ。ジョソウはよりトぶためにすることだよ」

「雨崎くん、ダメ、ゼッタイだよ」

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