7 東家(1)+佰乃side+
07
最初に、私の家族関係について、みんなに説明しておこうと思う。というのも――我が家はちょっとばかり複雑で、登場人物が妙に多い。だからここは軽く、サクッと、サクサクっと紹介しておく。
■ 父・東 征爾
南高校の教師で、陰陽道の授業担当。
ひとつ上の学年――2年B組の担任もしている。数年前に祖父から東家当主の座を引き継ぎ、今ではれっきとした東家の当主……のはずなのだが、実のところ東家の本拠地はここ靁封町ではない。
■ 東家の本家について
本家は石川県にある。つまり――当主は2人存在している。
靁封町側の当主:父・東征爾。
石川県側の本家当主:もう一人の東家当主。
ついでに言うと、西の岡山にも別の陰陽師家系があり、地方ごとにそれぞれ陰陽師の家が配置されているようなものだ。
■ 有名な御三家
青森
石川
岡山
……なのだけれど、私の知る限り、この三家はあまり仲が良くない。交流らしい交流があるとすれば、会合や合同修行くらいだ。
■ 父・征爾には四人の子どもがいる
一番上は 兄の六幻。25歳。おそらく父の跡を継ぐのは兄だろう。既に実績は充分、各地から遠征依頼も多く舞い込んでいる。大学院に通いながら妖怪退治もこなすという、スーパー陰陽師。
■ 姉・破月
次に紹介するのは、20歳の姉・破月。姉は生まれつき体が弱く、陰陽師にはなれなかった。霊力も呪力もまったく感じられない――いわゆる一般人として生まれた。陰陽師の家系でも、たまにこういうことはある。でも姉は、陰陽師としては生きられなくても、陰陽師に関わっていたいという道を選んだ。
医者を目指し、ひたすら勉強に打ち込んでいる。一浪した末、去年ようやく都内の医大に合格。今は寮暮らしで、実家に帰ってくるのは長期休暇くらい。最後に帰ってきたのは夏休みだったから、多分次は冬休みだろう。
■ そして、末っ子の――私と、ハル。
私はお父さんの血を継ぎ、陰陽師としての素質を持って生まれた。本来なら、夏休みに儀式が行われる予定だった。けれど――あんなことがあったせいで、御三家の会合に話が持ち込まれ、儀式は無期限延期に。
ようやく日程が決まったのは、つい最近のことだ。私もいよいよ、正式に陰陽師として一人前の舞台に立つことが許された。まあ、その前から源郎さんの依頼を受けて、妖怪退治の仕事をちょくちょくしてたんだけど……。そのことは秘密、ということにしておく。たぶん。
■ そして――ハル。
彼は、7歳のときにうちへ来た。本家にいたらしいけれど、私たち家族が靁封町へ引っ越してくるタイミングで、養子として引き取られ、お父さんの息子になった。
ハルの第一印象?
……何よ、そんなに気になるの?今は私のターンなんだけど。まあ、いいけどさ。
そうね……ハルは右足が義足でしょう?だから最初は歩き方もぎこちなくて、私もまだ7歳だったから、どう接していいか全然分からなかった。でも、いろいろあって――本当にいろいろあって――。少しずつ心を開いてくれるようになって、気づけば今ではベッタリ。
あいつ、やたら美形だからね。一緒に歩くと信じられないくらい目立つのよ。もっと自覚してほしいくらい。ハルは家に引き取られてから今日まで、陰陽師にまつわることにはまったく触れずに育ってきた。言い方は悪いけど、素質の問題ではなく――単純に、血を継いでいないから。
「佰乃」
父に呼ばれ、私は2階の廊下から1階を覗き込んだ。
「なにー?」
父は学校から帰ってきたばかりで、まだスーツ姿。だいぶ冷え込んできたから、長袖を着ている。
「儀式は明日になるけど、体調は大丈夫? 具合が悪くなったら、すぐ言うんだよ」
「はーい。おやすみー、お父さん」
「おやすみ」
儀式は、明日の放課後――最後のテストを終えたあとに行われる予定だ。自室に戻る前に、私はハルの部屋の前で軽くノックした。
「ハル、起きてる?」
「……んん〜……何ぃ、佰乃ォ……」
ハルは目をこすりながら部屋から出てきた。寝ていたのか、それとも布団に入ったばかりなのか。茶色がかった髪が前に垂れ、後ろ側は少し跳ねている。私はその髪にそっと手を伸ばした。
「髪、伸びたね」
「……う〜ん……」
「そろそろ切ろっか? 邪魔でしょ?」
「……う〜ん……」
――ダメだ、これは完全に寝ぼけてる。
私は軽くため息をつく。
「……眠いィ……」
そう言って、ハルは大きい体を、そのまま私に預けてきた。
「ちょ、ちょっとハル! 眠いなら、無理に出てこなくてよかったのに……!」
「だって……佰乃が呼んでるからさァ……」
その声はひどく眠たげで、甘えた子どものようだった。
「佰乃が呼んでたら、ハルはどこまでも行くよ……?」
「う……。もう……わかったから、その重たい頭どけて」
私はハルの体をそっと押し返し、強引に引き剥がした。ハルは「あうぅ……」と情けない声を漏らしながら、自室へと戻っていった。
本当は――話したかったのに。
でも、この様子じゃ無理だ。また明日にしよう、そう思って踵を返した、その瞬間。ハルが、私の手首を掴んだ。振り返ると、髪の隙間から覗く瞳が、真っ直ぐに私を射抜いていた。
「……話が、あったんじゃないの?」
「そうだけど……ハル、今の状態じゃ真面目な話なんてできないでしょう。明日に――」
「ハル、真面目な話できるよ」
私は眉をひそめた。けれどハルは――その双眼でしっかりと、私を見ていた。
ああ……わかった。
彼はきっと、もう察してる。
「ハル……私ね……」
ずっと言えなかった言葉を口にしようとした、その刹那。
「式神持ちのこと、どうするの?」
「……………」
喉が、凍りついた。
「ハルのこと、捨てる?」
「そんなことしない! それは絶対にない!」
私は首を強く横に振った。するとハルは、掴んでいた私の手をそっと離し、ポケットに仕舞いながら、どこか寂しげに――それでも優しく微笑んだ。
――嗚呼。
私は、どうしてこんなにも馬鹿で、愚かなんだろう。
どうして、こんなふうにしか進めなかったんだろう。
私たちは、そうなる運命だったの?
何もしていないのに。
ただ、生きていたかっただけなのに。
あのとき――。
幼い頃に犯した、小さな罪。
それがずっと、私を蝕んでいる。
ハルを、私を――。
永遠に名前ごと刻み、罰し続ける。
ハル……私ね………―――。
┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈
「くのんちゃん!」
教室を出る前に舞子に呼び止められ、私は足を止めた。今日はこのまま儀式に向かわなければならず、あまり時間に余裕はない。
いつの間にか私のあだ名が「くのんちゃん」という、もはや由来不明なものになったことにも慣れてしまった。天人曰く、舞子ちゃんのあだ名センスにはツッコミを入れてはいけないらしい。
ふわりと揺れる舞子のウェーブがかった髪。私は比較的整った顔立ちをしているほうだと思うけれど、舞子ちゃんは「可愛い」をそのまま形にしたような子だ。瞳はキラキラ輝く水晶のようで、口元は笑うとぱっと花が咲く。身長は私より少し低い。私は160cm台半ば、舞子ちゃんは150cm台後半くらい。華奢だけれど、スタイルが良いので小柄には見えない。
「今日……だっけ? 儀式」
「そうだけど、なんで知ってるの?」
「ほら、儀式のあとの町内会の食事会あるでしょ? ……聞いてない?」
聞いてない。
あの父め……私が大勢が苦手だと知っていて黙っていたな。
「それに私も呼ばれてるから話は聞いてたの。くのんちゃんも出席するんでしょう?」
「……したくないけど、そうせざるを得なさそうね」
「あはは、大丈夫だよ。私もいるから。いざとなったら二人で抜けよう。どうせ後半は酔っ払いだらけだし」
「もういっそ、お酒を全部水に変えておくのもいいかもしれないわね」
私のつまらない冗談に、舞子ちゃんは満面の笑みを返してくれた。眩しすぎるその笑顔が、ずっと閉じていた心の扉を、そっと開けていく。私も、ほんの少しだけ笑った。
┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈
儀式は滞りなく進んだ。
力を継承し、東家の家紋が入った羽織、和装コート、外套、札――陰陽師に必要なもの一式を受け取る。どれも失ってはならない、大切なものたちだ。私はひとつひとつに指を触れながら、小さな愛着を確かめた。
そして次に、「式神渡し」が行われる。東家は“思業式神”を使役する家系で、儀式では式神を一体だけ受け継ぐのが伝統だった。本来なら私も、兄・六幻から式神を一つ受け継ぐ予定だった。
――だが、私はすでに式神を持っている。
「お父さん」
儀式が終わり、あとは式神渡しと食事会を残すのみとなった頃。空はまだ明るく、順調にいけば夕方前にすべてが終わりそうだった。私は父を呼び止めた。父はいつも無造作な前髪も、今日はきちんと整えられていて、それでも変わらぬ端正な顔立ちをしている。もうすぐ50歳に届くはずなのに、若い頃とほとんど変わらない。術で若さを保っているとはいえ、たとえ術を解いたとしても、この童顔はきっとそのままだ。
「どうした? ……もしかして、どこか具合が悪いのか? そ、それは大変だ! すぐに三亞三さんを呼ばなきゃ──ッ……ゴフッ」
父の脛を思いっきり蹴った。案の定、父は「ぐっ……!」とうめき、その場に座り込む。
「勝手に一人で話を進めないでよ、お父さん。そういう用事じゃないから」
「じゃあ、何だい?」
「私……式神渡し、いらない」
「いらないって……なぜ? これは一応、東家の伝統なんだよ?」
「知ってる。でも、いらないの。欲しくないの……。詳しくは言えないけど、私……」
ああ、もう。
どうしてこういう時に限って、ちゃんと話せなくなるの、私。ばかみたい。
早く言わないと、お父さんが余計に心配するのに。
そんなつもりじゃないのに。
「私、今は式神が欲しいわけじゃないし……それに、式神は、自分で生成したいから」
父は黙ったまま、じっと私を見ていた。その静かな視線に、じわりと冷や汗がにじむ。
……バレた?
いま嘘をついたこと。
気づかれた?
しかし、父はふっと表情をゆるめ、明るい声で言った。
「そうか。だったら無理する必要もないな。言ってくれてありがとう、佰乃。……言いづらかっただろう?」
私は小さく頷いた。
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