6 依頼
06
学校は、ただいま絶賛テスト期間中である。
南高校は2学期制を採用しており、前期・後期にそれぞれ2回ずつテストがある。テストの回数自体は少ないが、そのぶん一度の範囲がとても広い。そのせいで、南高生の間ではこの2学期制はあまり人気がない。
とはいえ、「じゃあ3学期制なら楽なのか?」と問われると、それはそれで違う。
3学期制の学校はテストのスパンが短く範囲は狭いが、逆に常にテストがあるような感覚に襲われる。実際、教師ですら「結局どっちもしんどい」と言うほどだ。
……と、今ここで2学期制と3学期制の是非を討論しても仕方がない。
要は、テスト期間ゆえに、天人たちには放課後の自由時間が比較的多くあるということだ。もちろん、そのすべてを妖怪退治に充てるわけにはいかないが、かといって何もしないで済ませられるような状況でもないことは、言うまでもない。
授業が終わるや否や、天人は筆箱と教材をバッグに放り込んだ。そして、勢い余って廊下で人にぶつかりかけ――。
「す、すみませ……――って、ハル?」
服装はいつものフード付きパーカーではなく、学ラン。この学校の制服だ。制服姿のハルを見るのは、天人にとってこれが初めてだった。思いもよらぬ遭遇に、天人はあんぐりとする。
「何で、御前が学校にいるんだよ……」
「いちゃダメ? 一応、ハルもこの学校の学生なんだけど」
「い、いやダメじゃねーけど………。なんか用事でもあったのか?」
そもそも滅多に学校に姿を見せないハルが、こうして校内にいるのは珍しい。ハルは制服のズボンのポケットに手を突っ込み、不満げに言った。
「佰乃が儀式の準備やら何やらで、家でも忙しそうだったからさ。学校に来れば会えるかなぁって思ったんだけど……そっか。今日ってテスト期間かって、今わかった感じぃ。もう帰っちゃったぽいね」
そう言いながらハルは教室の中を覗き、佰乃がいないことを確認した。
「そっかって………お前、テストとかどうしてるんだよ」
とりあえず立ち話もなんだからと、天人とハルは廊下を歩き始めた。多分、このままだと図書室へ向かうだろう――天人の目的も図書室だったので、渡りに船だった。
天人はハルの歩調に合わせて歩く。ハルの右脚の義足は滑らかに動き、ズボンの上からでは気づかないほど自然だった。
「テストぉ……は……どうしてるんだろう? 多分、征爾さんがどうにかしてくれてると思う」
「おいおい………」
天人は思わず肩を落とした。
「それ、人生で一回は言ってみたいよ」
「なんで? 天人はテストが嫌い?」
「嫌いってわけでもないけど、好きってほどでもないな」
「そっかそっか。でもでも、天人が思ってるより、一人で家にいるのって退屈なんだよ? それにほら、ハル全然勉強できないからさ、頭の良い天人とかが羨ましくなることもある」
「いや、嘘だろ………」
天人は思わず口元を手で押さえた。ハルが不思議そうに天人を見つめる。
「なにが?」
「お前から……羨ましいなんて言葉を聞けるなんて……俺……俺、今すごく感動してる…」
「はは。何それ」
そう言って、ハルは前を向いたまま歩き出した。
廊下の突き当たりを左に曲がり、一つ階段を下りて渡り廊下を抜ければ、図書館がある。俺が感動しているのも束の間、図書館に着いた。
南高校の図書室は、靁封町の中で最も蔵書が揃った、大規模な図書館だ。校舎よりも歴史が古く、木造建築のその空間は、扉を開けた瞬間に木の匂いと古本の紙の匂いが鼻をくすぐる。本好きにはたまらない、落ち着いた空間。読みたい本も山ほどある。
内部の構造は少し複雑だが、それがまた中世ヨーロッパの建築のような雰囲気を醸し出している。入り口には駅の改札のような装置があり、学生証をかざして入る仕組みだ。ふと、「そういえばハルって学生証持ってんのか?」と振り返ると、ハルも同じように学生証をかざして、何食わぬ顔で中に入ってきた。
――テスト受けないのに学生証はあるとか、本気で羨ましいわ。
天人は、この莫迦でかい図書室の案内地図を見上げた。妖怪関係の棚は2階の右奥、西側のエリアにある。
「ハル。俺はちょっと妖怪のことについて調べるけど、お前はどうする? 帰るか?」
「妖怪って、源郎が言ってた七羽のカラスのこと?」
「そう」
すると、ハルは意外なことを言った。
「それなら、こっちのエリアから探した方が良さそうだけどねぇ」
ハルが指さした先は――よりにもよって、童話の棚だった。天人は思わず眉を寄せる。
「どうして、童話の本なんか調べるんだよ」
「あれ? 天人、知らない?」
「なにが」
ハルはポケットから手を出し、そのまま天人の手を掴んだ。そして、まるで引かれるように歩き出す。
「お、おい」
「此処、座ってて」
そう言われ、天人はとりあえず机の前の椅子に腰を下ろした。左側の大きなガラス窓からは昼間の陽光が差し込み、光の筋が空中に漂う埃を照らし出す。この図書室が持つ古い木造建築の趣を、一層際立たせていた。
やがて、ハルが一冊の本を手にして戻ってきた。その本を、すっと机の上に置く。表紙には「七羽のカラス」と書かれていた。「グリム童話」の文字もある。童話の一冊らしい。
なぜ、これを……?
「今回、源郎から七羽のカラスって聞いてさァ、この童話を思い出したんだよね。知らない? 『七羽のカラス』」
「聞いたこともないな………。有名なのか?」
「んー、有名……ではないかなぁ。結構マイナーだからねェ」
天人は、厚み5センチほどはある本を裏返し、裏表紙のあらすじに目を通した。
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――物語は、八人きょうだいとその家族のお話。
ある国の王様とお妃の間には、七人の可愛い息子がいた。しかしどうしても女の子に恵まれず、二人は長いあいだ悩んでいた。
そんなある日、ついに八人目の子どもとして娘が生まれる。
だが娘はとても身体が弱く、「清く聖なる水を汲み、それで沐浴させなければ生き延びられないだろう」と言われてしまう。
王様は七人の息子たちに、井戸からその水を汲んでくるよう命じた。兄たちは無事に水を汲み、城へ戻ろうとするが――道中で水をこぼしてしまい、仕方なくもう一度引き返す。一方、城で息子たちの帰りを待つ王様は、なかなか戻らないことに業を煮やし、「どうせ道端で遊んでいるんだろう。カラスになってしまえ」と、つい口にしてしまう。
その瞬間、七人の兄たちは本当にカラスの姿になってしまった。
それから幾年かが過ぎ、娘は健康に育った。
だが、兄たちの存在を知らずにいた。ある日、兄たちのことを知った娘は、彼らを救うため一人で旅に出る。
娘は太陽に出会い、
月に出会い、
そして星に出会う。
太陽も月も助けてはくれなかったが、星だけが協力してくれた。
星は兄たちのいる「カラス山」の場所を教え、山に入るための鍵を渡してくれた。
しかし道中、娘は鍵を失くしてしまう。それでも諦めず、自分の指を切り落とし、それを鍵穴に差し込んだ。山に入った娘の前に小人が現れ、「兄たちはまもなく戻ってくる」と教えてくれる。
娘は、カラスたちの食べ物と飲み物に少しだけ口をつけ、家から持ってきた指輪を最後のコップに沈めた。
やがて兄たち――カラスたちが戻ってくる。
食べ物に口をつけた形跡を見つけた兄たちは「誰の仕業か」と話し合い、最後のカラスがコップの中の指輪を見つけて言う。
「妹が救いに来てくれたなら、人間に戻れるのに」
その言葉を聞いた娘は、姿を現した。すると兄たちはカラスから人間へと姿を取り戻し、きょうだいは再会を喜び合い、家へと帰った――。
そんなお話だった。
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「……まぁ、ずいぶんと……残酷な話だな……」
「中を読んだら、もっと残酷だよ。お話に出てくる太陽も月も、人間を食べちゃうし。けっこうグロいっていうか、ダークなんだよね」
うえぇ……。
「グリム童話って、そういう残酷な話ばっかだよなぁ……」
ハルは本をぺらりとめくった。
「前回の妖怪もそうだったけどさァ、童話にまつわる妖怪が多いのかなって思ったわけ。この話って兄妹の話でしょ? でも靁封町の東地区で女性ばかりが襲われてるってことは、あのカラスたちも娘を探してるんじゃないかなァって」
「東じゃなくて西な」
「あっ」
……まったく。
鋭いところは鋭いのに、こういう基本的なところは抜けてるんだよなぁ。
天人は、ハルが開いたページを覗き込み、少しずつ読み進めた。読めば読むほど、言いようのない不気味さがじわじわと迫ってくる。本当にこれが子ども向けの童話なのかと疑いたくなるほどだ。けれど、その奥にはどこか筋の通った物語の意図――伝えたい何かが確かに息づいている。
一通り読み終えたところで、天人は本をそっと閉じた。
「じゃあさ、そのカラスたちを退治するには……姫さんを見つけるのが一番手っ取り早いってことか」
「そうなんだけどさァ、そもそも姫さん、生きてるのかって話だよねェ。カラスたちは妖怪だから寿命なんて関係ないかもしれないけど、姫さんは人間でしょ? もう昔の話だったら、とっくに―――」
「死んでようが、生きてようが、関係ねーよ」
俺たちは、半妖だぜ?
人間も、妖怪も、霊だって―――。
俺なら、確実に視える。




