4 契約内容――「この町を守ること」
04
とまあ、いろいろありまして、今の状況に戻ります。
今は、その源郎との契約内容――「この町を守ること」を遂行している最中だ。要約すると、靁封町に現れる妖怪を退治するという、実にシンプルな内容である。
……まあ、俺たちが源郎の妖力を喰っちまったからには、しょうがない。せめて、無力になってしまった源郎のために――あるいは、罪滅ぼしとして。依頼を受けて動いている、というのは色んな意味が含まれていて、正直、深く考えたことはない。
そんなこんなで、夏からあっという間に4ヶ月ちょっとが過ぎた。
「こっちが今、戦闘してることぐらい分かるだろ。とっとと神社戻りなよ。俺は源郎を守ってやれるほど強くないよ」
「おま………。もうちょっとオブラートに包んだ言い方ってもんがあるだろうが。俺様、傷ついたぜ………。どうせ俺様は無力な人間ですよ、うう………」
泣き真似をする源郎を見て、天人はうんざりした目を向けた。
日に日に、源郎が人間っぽくなっていく。突男曰く「妖怪の魂が体から抜けたからだろう」って話だが……。
いや、これはさすがにテレビの見すぎじゃねえか?
「わかったわかった、俺が悪かったよ。守ってやれないとか言わないから、少し静かにしててくれ。敵にここがバレたら、山の被害が広範囲に渡る。……唯でさえ、ハルの野郎が好き勝手暴れ回ってるっつーのに」
また、ズキリと鋭い痛みが走る。源郎は腰に手を当て、呆れたように言った。
「嗚呼、ハルの奴か。彼奴、まだそんなことしてんのか。ここはガツンと突男に言ってもらわねーとなァ。って、突男の奴、帰ったンだったな」
「…………」
もう返事を返す気力もない。ぽっと頭の中に家が思い浮かぶ。
「おい、天人」
「……………何だよ」
「お前、限界じゃネーかよ」
天人は黙り込んだ。正直、今の自分に会話をする余力なんてなかった。とにかく戦闘を終えて、布団に潜って眠りたかった。
――あの、フカフカでもなく堅くもない、自分の体に馴染んだマットレスに。
しかし、そんな切実な願いも現実には通じない。悲しくも、淡々と分解されていく。
「お前も懲りねェな。ハルと一緒じゃねェかよ。限界なら限界って言え、この糞根性」
源郎は深く息を吐いた。
……みんなして俺のこと“クソ”って呼ぶじゃん。俺も一応、傷つくんだけども。
「みんなの前で倒れるようなヘマはしないよ。というか、そんなことしたらハルになんて言われるか……」
想像もしたくない。きっと、ひどい言われようだろう。「くそ」よりももっとひどい、低級言語のオンパレードで俺をいじめてくるに違いない。目に見えるようだ。鼻で笑いながら、次から次へと投げつけてくる安っぽい侮辱の弾丸。
言葉って、本来は温度を持つものだと思っていたのに、あいつが放つのは、冷たくてザラついていて、手に取った瞬間に皮膚を裂くような、そんな代物ばかりだ。
「雑魚」とか「無能」とか、きっとそんなのが序の口だ。レベル1のスライムみたいに、入口でまず軽く殴ってくる。そのあと本番とばかりに、もっと陰湿で、もっと刺さるやつを嬉々として投げてくるのが目に浮かぶ。それに、あいつは想像力だけは豊かだから、同じ言葉を使わずに攻撃を繰り返してくる。まるで辞書を逆さに振って、汚い言葉だけを抽出して並べ替えたような――そんな呪文を、俺に向けて平然と唱えてくる。
「でもまあ」と、源郎は言った。
「御前等、ちゃんと会話する様になったンなら、こっちは一安心だ。前は会話すら拒んでたからな」
「俺はちゃんとコミュニケーションを取ろうとしてたよ。悪いのはハルだよ。俺と舞子のことをとことん嫌いやがって。かと思いきや、普通に接するようになるし。……何なんだよ、あいつ」
「まあまあ、いいんじゃね?」
「……そうだけどさ」
ハルは、相変わらず佰乃の傍にいるけど――。
前よりは――4ヶ月前よりは少なからず、俺たちの存在を認めてくれている……ような気がする。
そんな呑気な会話をしていた、その時だった。
「゛うおおおおおおおおおおお!」
凄まじい勢いの雄叫びが響いた。どう考えても妖怪のものだ。しかも明らかに、こっちに向かってきている。地面が震え、足元まで揺さぶられる。
……マズい。今、妖怪に攻められたら――。
俺は周囲に警戒しつつ、ちらりと源郎を見た。当の本人はキョトンとした顔のまま、のんきに辺りを見回している。きっと今も「どこかで妖怪が暴れてるんだろうな〜」程度にしか考えていないのだろう。
いや、違うだろ。お前は現役妖怪だろ。もっと察しろよ。
でも――俺には、源郎を守れるほどの体力はもう残っていない。元々、体は頑丈な方だが……運動神経は平均以下。それを妖怪退治に活かせるような状態でもない。
そうこう考えているうちに――。
木と木の間から――いや、木そのものを押しのけて姿を現したのは、2メートルは下らない巨体の妖怪だった。ごつごつとした岩のような体格、角と牙が突き出した凶悪な顔面。腕にはもさもさとした剛毛が生え、足元には長く鋭い爪。
――鬼の形相とは、このことだ。
右腕には何かに斬られたような傷が走り、そこから滴る血がポタポタと鈍く土に落ちている。
「う、おおおおお!」
妖怪は俺たちの目の前で、再び雄叫びを上げた。このフィジカルだ。今のままでは、俺も源郎もポックリ逝く可能性が高い。そして、その「ポックリ未来」が、零点数秒後に現実になる予感がした。
――やばいっ。どうにかしなきゃ。
そう思った瞬間、妖怪が拳を振り上げた。俺は思わず目をぎゅっと瞑る。
――間に合わない。
そう思った、まさにその時。
「逃げんなっつってんだろおガァ嗚呼嗚呼ッ‼︎」
ハルの怒号と同時に爆風が巻き起こり、天人を囲んでいた結界が一瞬で砕け散った。天人は、自分にぶつかってきた源郎の体を咄嗟に抱え込み、そのまま近くの岩陰へと身を滑り込ませた。
「大丈夫か⁈ 源郎」
「ああ。でも、俺様の代わりに攻撃を受けたのは、ハルだゼ」
……“だぜ”じゃねぇんだよ。
内心ツッコミつつ、天人は舞う砂塵の中に目を凝らした。透き通るように視える景色――倒れた木々の隙間に、妖怪の姿はすぐに見つかった。そいつの身体は無傷。ただ砂埃を鬱陶しそうに払うだけで、こちらへ向く気配はない。
その視線の先――。
そこには俺たちが隠れている岩陰ではなく、すぐ近くの地面に倒れ込む誰かの姿があった。
天人は神経を集中させ、数メートル先へと視線を送り込む。木々にクッションされて、地面に座り込んでいる――ハル。色素の薄い髪が程よく伸びて顔にかかり、その表情をカーテンのように隠している。いつものパーカーは擦り傷だらけで、敵を相手に暴れ回っていたことが一目で分かった。
そして今――源郎を庇って、自ら攻撃をまともに受けた。だから数メートルも吹っ飛ばされた。
避けきれなかった証拠は、その脇腹が物語っている。左脇腹が抉れ、肉片が散っていた。赤い血が土にべっとりと染みロく。思わず目を逸らしたくなるほど、生々しい傷。
それでも――ハルは死ななかった。
……そういう妖力だからだ。
ハルは左手で自分の脇腹に触れた。すると、抉れた肉がみるみる再生していく。まるで逆再生の映像を見るかのように、元の形を取り戻していく。
――ハルの『自殺』は、触れた部分を分解と再構成で作り直す能力なのだ。
天人がその様子を伝えると、源郎は呆れたようにため息をついた。
「全く。彼奴も相変わらず無茶な戦い方するなァ。あれか? てめえ等揃って莫迦なのか? どうしようも無ぇ阿呆なんだナ?」
「いや……」天人は引きながら返す。
「さすがに俺はハルほどじゃないよ。あそこまで脳の神経ぶっ飛んでねーから。……もし御前からハルと同じ妖力を貰ってたとしても、あんな戦い方は真似できねぇ……」
――あんな、命を投げ捨てるような戦い方。絶対に。
「嗚呼、嗚呼、ああ! もう! 最悪。最悪なんですけどぉ!」
ハルが妖怪へ向かって叫んだ。その声だけで分かる。
……こいつ、相当不機嫌だ。
「こっちもさぁ、痛いんだよねぇ。痛いの。わかる? ねえ!」
ハルが1歩進むたび、妖怪はビクつきながら1歩後ずさる。さっきまでの雄叫びはどこへ消えたのか。今では腰を引きながら、ただ怯えているだけだ。
「ねぇ、聞いてんの? 聞いてないの? どっち。どっちなわけ」
……ハル、無駄だよ。
そいつ、言葉喋れねぇから。
その様子を見ていると、天人も源郎も、だんだんと妖怪のほうが可哀想に思えてきた。
「なんか、あれだな、源郎……」
「何だ?」
「俺たち、場違いかもな……」
「ああ。そうだろうよ」
二人は額に脂汗を浮かべ、ごくりと唾を飲み込んだ。
――その次の瞬間。
ハルは最高の笑みを浮かべ、妖怪へと飛びかかった。ぐわん、と。伸びきった右腕が弧を描き、その一撃が妖怪の終わりを告げる。
「まぁ…………どっちでもいいんだけどねぇッ!」




