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一つの軌跡から始まる僕らの物語  作者: nokal
第1章【七羽のカラス】

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4/11

3 あの年の夏 ー復活ー

 03


  ┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈

 

 なんなんだ、ありゃぁ……。


 初めて見る、生き物。人間のようでいて、人間じゃない。

 車に()かれる直前って、きっとこんな感覚なんだろう。体が硬直(こうちょく)して、まったく動かない。直感でわかる。こいつは危険だ。


 でも、体が――指の先まで――冷え切って動かない。

 同時に、これまで「ありえない」と否定し続けてきた()()が、自分の中で崩れ落ちた気がした。

 

 あれが……灸尾(きゅうび)……?

 

 訳のわからない爆風(ばくふう)に巻き込まれてから、舞子はずっと気を失ったままだ。


「くっくく、久しいなァ、外に出るのは! こんなに簡単だったのか……くくく、笑えてくるぜッ‼︎ 人間どもめ、つまらない時間にこの俺様を巻き込みやがってッ‼︎ あれからいくつ時代が巡った? いくつの四季が過ぎた? 思う存分、暴れてやるぜ……。………………って、ん?」


 灸尾はそこで言葉を止め、ギラリと目玉を動かした。


 ……なんでこっち向くんだよ。さっきまで一人で喋ってたくせに。

 

 本気で心臓が止まるかと思った。


 でも、それでもわかる。


 こいつは……ヤバい。

 

「おい、お前」

「は、はいっ!」

 

 って、何返事してんだ俺。馬鹿か。

 

 でも仕方ない。

 自分より圧倒的に強そうなものには逆らえない――それが、人間の性ってやつだ。

 

「ちょうどいい。喰ってやる」

「はい……………………………………………………()()?」

 

 喰って……やる?

 

「いやいやいや、いや!」

 

 天人はこれでもかというぐらい目の前で手を振った。ついでに顔も横に振り……たいが、目を離したら襲ってきそうなので、首は固定されたまま。

 喰ってやると言われても――やるっていわれても、流石にダメに決まってるだろ。「どうぞ」なんて差し出せるわけがない。


 俺だって人間だ。誇りも命もある。

 ……けれど。


 人間である天人に、得体の知れないそいつに(あらがう)(すべ)はなかった。否定も反論もできない。

 そんな中で真っ先に感じたのは――自分の体に起きている()()だった。

 

「⁇」

 

 舞子を抱えているはずの右腕が、音もなく、ありえない方向に曲がった。

 痛みは――一瞬遅れて、()けるように襲ってくる。

 

 ?????????????????


 声にならない悲鳴が、全身に響いた。


 痛い。痛い。だけど「痛い」じゃ足りない。骨の中から炎が吹き出すような、そんな狂った痛み。勝手に折れた右腕をかばいながら、それでも舞子を抱え続けようとした――そのとき。

 

「オメエに用はねぇ」

 

 背中に強烈な衝撃を受け、体が前へ投げ出された。

 

「ぐはっ!」

 

 理解できない力で吹き飛ばされた天人は、背中を神社の門柱(もんちゅう)に叩きつけられた。

 

 やべぇ……痺れて動かねぇ……。


 揺れる視界の向こうで、舞子の体が灸尾の手に渡っていくのが見えた。

 

「最初の食事が16歳のガキか。悪くねえな」


 ――しょくじ?

 

「ふざけるなぁ‼︎」

 

 叫んだ瞬間、天人の視界の端を、誰かが風のように駆け抜けた。天人が見たのは、その()()()()()だった。

 正確に言えば――()()というより、()()()()()()()()()()のだ。

 

「………あぁ?」


 灸尾の表情が、ほんの僅かに揺らぐ。灸尾の腕の中からは、すでに舞子の姿が消えていた。気づけば、舞子は佰乃のそばに立っている。

 そして、その佰乃の隣には――。

 

 見たこともないほど整った顔立ちの、美しい少年がいた。

 

 年齢は天人と同じくらい……いや、少し上かもしれない。それとも下か。年齢が読み取れないほど、中性的で整った容姿だった。

 彼は、紺色の――真夏には珍しい――長袖のパーカーを着ていた。(あら)わになった首筋のラインは白く、滑らかで、どこか人工めいてさえ見える。顔も同じく白い。前髪は長めで目元に影を落とし、後ろ髪は低い位置で結われている。

 そのせいか、一瞬だけ女子にも見えたが、骨格の鋭さから男子だとわかった。

 

「で、この子、誰?」

 

 舞子を救っておきながら、当の本人の名前を知らないらしい。

 

――佰乃の友達?

――いや、こんな動きできるなら陰陽師(おんみょうじ)系か……?


 天人は勝手に推理を始めたが、それは一瞬で崩れた。

 

「!」

 

 少年――彼は本能的に迫る危機を察し、振り返った。だが――遅かった。


 両腕で顔を庇ったその瞬間、ドン‼︎と空気を殴りつける轟音(ごうおん)が響き、彼の体がふわりと浮いた。

 次の瞬間――真横へ吹き飛ぶ。地面をゴロゴロと何度も転がり、数メートル先でようやく止まった。

 

「ハルっ‼︎」


 佰乃が叫ぶ。

 

「……おせぇなァ」

「舞子ちゃんっ‼︎」


 見ると、舞子の体は再び灸尾の腕にあった。天人は腕を完全に折り、まともに動けない。

 天人は思った。


 いや、誰もが思った。

 

 ――これが、世界の終わりなのかと。

 

 こんなにも簡単に。

 こんなにも呆気(あっけ)なく。

 世界は……この町は……滅んでしまうのか?


 無力で、何もできない自分が憎らしい。世の中のすべてを知ったつもりで生きてきた自分が、恥ずかしい。

 だけど。

 

 ――だからといって、終わらせていいものではない。

 

 俺は、諦めが悪い男だ。そこだけは、自分の長所として胸を張って言える。

 無力だからこそ、抗うんだ。

 視界が(ゆが)む。

 何が起きているのかもわからない。

 それでも、天人は――。

 無我夢中(むがむちゅう)で、空中に浮かぶ()()を掴んだ。

 ……――。



 ┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈


 

 夜が明け、人々はゆっくりと目を覚ます。

 新聞配達の人は、きっと誰よりも早く街を駆け抜けているだろう。

 平凡な毎日も、人によっては――いや、(とら)え方ひとつ、ほんの些細なベクトルの変化ひとつで大きく姿を変えるものだ。

 「今日こそは上司に報告しよう」とか、

 「今日こそはあいつに落とし前をつけてやろう」とか、

 「今日こそは遅刻しないようにしよう」とか。

 1日が24時間であるという事実は、この世界に生きる限り覆せない。

 その限られた時間の中で、人間の脳みそはまあ働く、働く。ああしよう、こうしようと忙しなく動き、己が元凶になるかもしれない無自覚と隣り合わせで、物事は進んでいく。


 人間は、(おろ)かで、クソで、そして最高に面白い。


 文明の開花だかなんだか知らねえが、この時代に目覚めちまった以上、もう仕方ねえ。

 付き合ってやるよ――遊びに。

 そして――己の愚かさに気づくがいい。


 目の前で、戸が横に開く。初めて見る顔ぶれと、どこかに微かに面影の残る()()()の顔とが、記憶の残像を揺らした。

 

「よォ、来てやったぜ、陰陽師」



 ┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈


 

 居間に通されてソファに腰を下ろした俺を、周囲の視線がじろじろと刺してくる。

 

「あー……なんつーかよ、俺様は見世物じゃねえんだよ。こっちはさっさと用件済ませて帰りてェんだ。話のきっかけぐらい作っとけっての、ったく」

「……目的はなんだ、灸尾」


 目の前に座るジジイが、鋭い眼で俺を睨みつける。

 

「灸尾……かァ。源郎(げんろう)とは呼んでくれねェんだな」

 

「?」

 

「まあ、いいや。目的、だっけ? そんなもん、俺様に聞かれても知らねェよ。そもそも、そっちのガキが勝手に俺様のモン喰っちまったんだし」

 

 その言葉に、ジジイの眼が細くなる。

 

「我々が……()()()()()?」

 

 灸尾は隣に立つ男へちらりと視線を投げ、鼻で笑った。

 

「そうだぜ。いやあ、俺様も初体験だったよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まあ、初の試みだったし、しゃーねえけどよ」


 昨日と同じように、一言一句そのまま話してやると、ジジイの表情はさらに曇った。

 復活した俺様の目の前にはガキが二人、そこへさらにガキが二人現れた。そのまままとめて喰ってやろうと思ったのだが、すぐに陰陽師どもが押し寄せてきて、俺様は“新しい遊び”を思いついた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。


 だが、それは失敗した。あの場にいたガキ四人が、分割した俺様の魂を喰ったのだ。


 いや、正確に言うなら――()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 杖を握るジジイの手が、ふるふると震えている。怒りを抑え込んでいるようだが、その矛先が誰なのか、いまいち読めねェ。

 俺様は続けた。

 

「つーわけで、俺様の妖力は、お前らのガキに“契約(けいやく)”されちまったってわけ。……わかるか?」


 『契約』。

 簡単に言えば、()()になることだ。

 陰陽道(おんみょうどう)の世界では、妖怪を退治するために霊力や妖力が必要になる。

 その際に、人間と霊体――あるいは妖怪との間で交わされるのが、この()()という儀式である。

 

 陰陽師の中には、鬼道(きどう)を用いて妖怪(ようかい)呪霊(じゅれい)を祓う者も多い。

 そのため半妖という存在は、御三家か、あるいは特殊な例にしか存在しない。


 半妖は、()()()()()()()()()()()()()

 その代わり――()()()()()


 一般的には“寿命”が差し出されることが多いが、 自らの体の一部を供物(くもつ)として差し出す場合もある。

 対価の形は実に多種多様だ。言い出したらキリがない。


 つまり、灸尾の魂――妖力を喰った四人は、今や半妖となり、契約し、対価を支払わなければならない。


「……聞きたいのは、対価の話だろ? 俺様もヨォ、考えたんだよ。何がいいかなァって」

「貴様……ッ‼︎」

 

 早速、ジジイが身構える。

 俺様は手をひらひら振って、先に制した。

 

「おいおい、待てって。俺様、今は無力の一般人だぜ? 手ェ出すの、ナシな?」

「……早く言え、灸尾」

「ンじゃ、遠慮なく言わせてもらうわ」


 灸尾は、にやりと喉の奥で笑う。

 

「ま、俺様が復活しちまったせいで、この町にも妖怪や呪霊が増えるだろうよ。あいつら、俺様の力が強すぎて、どうしても引き寄せられちまうからな」

「でも、今の俺様じゃ抑えきれねェ。そこで、だ」


 視線が、じりじりとこちらに向く。

 

「俺様の力を喰っちまったあのガキども――どうせ近い将来、賞金首になるのは目に見えてる。だったらいっそ強くなってもらって、この町に湧く邪魔者(じゃまもの)どもを退治して、最終的に俺様に力を返してもらう……ってのが、俺様の答えだ。人の町を、知らん奴に勝手に奪われるなんざ、これ以上ない吐き気だからな」


 舌をぺろりと覗かせながら、灸尾は片眉を上げた。

 

「結論から言うと――俺様の力を分けてやるから、この町を守れってこった」

「………守る?」

「……ああ」


 ジジイが立ち上がり、さっきまで細めていた眼をカッと見開く。灸尾を見下ろすようにして、怒声を叩きつけた。

 

「調子に乗るなよ、()()()()()()()‼︎ この町は、先代がずっと守ってきたんだッ‼︎ 貴様などに命令されずとも、我らの力で守っていくッ‼︎ 裏切り者の力など借りん‼︎」

 

「――ああ、悪ィ悪ィ。なんか、勘違いさせちまったみてェだな」

 

 灸尾は片足を持ち上げ、そのままテーブルを真っ二つにへし折った。

 

()()()()()()じゃねえ。()()だ」

 

「そっちに拒否権はねェ。答えはイエスだけだ。俺様も、それしか受け入れねェ」


 灸尾の口角が、獣のように吊り上がる。

 

「感謝しろよ? 最強が、力を貸してやるってんだ。……ああ、それと忘れんなよ。ガキの命は、いつでも俺様の手の中だ。少しでも下手な真似をしたら――殺す、ぶっ飛ばす」



  ┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈

 


「あー、くっせぇ空気だったな」


 灸尾は東家を出て、靁封(らいふう)神社へと歩き出した。力を失った今の彼は、見た目だけならただの人間だ。すれ違う者は誰一人として気にも留めない。

 頭上では、容赦のない太陽がぎらついている。


 ――こんな身体じゃなけりゃ、そもそも歩く必要もねェし、光なんざ浴びる必要もなかったってのに。ったく、人間ってやつは……めんどくせェ。


 それにしても――。

 

「真実っつーのは、中々伝わらねェもんだなァ……。んま、最初っからそんなもん、求めちゃいねェけどよ」


 灸尾は、心底どうでもよさそうに肩をすくめた。

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