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一つの軌跡から始まる僕らの物語  作者: nokal
第1章【七羽のカラス】

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11 誘拐の真相

 11


 ――ドンチャン、と耳元を叩くような喧騒(けんそう)が、静かだったはずの眠りを乱暴に引き裂いた。

 

「……んっ……んん……」

 

 佰乃(ひゃくの)はまぶたに指を触れ、重たく感じる世界を押し上げるようにゆっくりと上体を起こした。

 妙に長い夢から抜け出してきたような、時間の感覚が歪んだ気だるさが残っている。だが、不思議と不快ではない。背中に広がる柔らかな感触が、まだ半分夢の続きを抱え込んでいるようで、彼女を下からそっと支えていた。

 

 ――これは……羽毛(うもう)、だろうか?

 

 ほのかに甘い香りすら(ただよ)ってくる気がする。どこか現実的ではない感触だ。

 

「お、目ぇ覚めたか!」

「うそ、ほんとに!?」

「どけどけ! 俺が最初に見つけたんだぞ! 触るな!」

「何だよ、お前の妹くらい触らせろよ。所有物じゃねえだろ」

「はぁ!?  ふざけんなよ! 俺が先! 俺に優先権があるの! な?  優・先・権!」

 

 ……なんだ、この地獄みたいな光景。

 

 佰乃は(あき)れとも呼べない、言葉の温度を持たない心で男たちを見つめた。普通なら、とっくに混乱して叫び散らしているはずだ。

 

 ――「ここはどこですか!?」

 ――「あなたたちは誰!?」

 

 そう取り乱すのが、常識的な反応なのだろう。なのに、自分だけが急に別の場所へ引き上げられたような、妙に冷静で、どこか現実を他人事のように眺めている感覚があった。騒がしく動き回る男たちを、佰乃はまるで透明なガラス越しに観察するような、冷めた瞳で見つめていた。


「だぁ〜〜〜から! ここは俺が先に見つけたんだって! 立場的に俺が優勢! つまり俺の優勝!」

「そんな謎ルール、誰が認定したんだよ」

「……君たち、静かに。レディの前で騒ぐなんて、恥ずかしいにもほどがある」

 

 低く落ち着いた声が、荒れた空気にひとすじの線を引いた。

 部屋の奥から姿を現したのは一人の青年――いや、青年と呼ぶには少し成熟して見える。(あご)にうっすらと生えた髭が、年齢の曖昧(あいまい)さを静かに主張していた。

 彼だけが他の6人の喧騒とは別の温度を持ち、夜気のように冷静な空気を(まと)っていた。7人は似た衣服を着ている。黒を基調とした外套のようなもの。

 だが、よく目をこらせば()い目や装飾の違い、使い込まれた布の皺、色味の濃淡――それぞれの個性が静かに滲んでいる。

 顔つきも、髪の色も、瞳の色も、少しずつ違う。その微妙な差異が、逆に彼らがひとつの群れであることを示していた。

 

「あの……」

 

 佰乃はようやく声を絞り出した。

 

「……あなたたちは、7()()()()()()()()?」

 

 その問いに、左端にいた青年が短く答える。

 

「いかに」

 

 黒く短い髪、鋭く切れた三白眼(さんぱくがん)。どこか天を翔ける鳥の面影を映したような顔立ち。続いて、彼の隣にいる小柄な青年が一歩前に出る。七人の中で最も背が低く、黄色い瞳が夜灯りのように揺れていた。

 

「これが僕たちの本来の姿だよ。事情があってね、僕たちは夜のあいだしか人間の姿でいられない。カラスでいるあの形は……仮のものさ」

 

 その言葉でようやく、佰乃は気づく。窓から差し込む光は白くなく、深い藍色(あいいろ)を帯びている。外はすでに夜の帳が落ちていたのだ。

 

「……じゃあ、私はそんなに長いこと眠っていたの?」

 

 ぽつりとこぼれた声は驚きよりも、妙な静けさを()えていた。

 

「先ほどの戦闘(せんとう)――我々は少しばかり姑息な手を使いました。本当に申し訳なく思います」

 

 深々と頭を下げたのは、先ほどの顎髭(あごひげ)の青年だった。けれど佰乃の心は揺れない。冷えた水面のように声が落ちる。

 

「……いいから、早く私を返して。こんなこと続けてたら、いずれ父たちがあなたたちを(はら)いに来るわ」

 

 その冷徹な警告に、返ってきた答えは即座で、そして迷いなく断ち切るように響いた。


「それは、不可能です」

「……どうして?」


 思わず問い返すと、7人の青年たちは互いに短い合図を交わし、まるで決意を固めるように足を(そろ)えて佰乃の前に(ひざまず)いた。

 空気が静まり返り、夜の深みがさらに濃くなった気がする。

 

 顎髭の青年が、一歩こちらに視線を落とす。

 

「貴方は――私たちの妹の生まれ変わり。すなわち、我らにかけられた呪縛(じゅばく)を解ける、唯一の存在なのです」

 


 ┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈

 

 

 この世界には、ごく(まれ)()()()()()()が現れる。

 前世の魂をその胸に抱え、まったく新しい肉体へ、異なる時代へと転生する存在。

 

 人間には見えない。けれど妖は、()()()()()()()()()()()()


 それは彼らにとって、食物の香りにも似た、もっと原初的な本能の領域に属するものだった。

 だが、その生まれ変わりにも厳密(げんみつ)な条件がある。魂は役目を終えた時、儀式によって正しく処理され、保管されなければならない。そうでなければ霧のように散り、来世へと受け渡されることは決してない。

 

 佰乃は説明を聞きながら、胸の奥底にひっそりと疑いを浮かべる。

 

 ――本当にそんな昔の魂が、きちんと処理されていたのだろうか?

 

 伝承(でんしょう)に残るほど古い時代の話だ。


 今のような体系だった知識も、整った技術もない。むしろ(あやま)りや欠落のほうが多かったはずだ。学校の哲学の授業で聞いた「魂と記憶の継承」の議論が、頭の隅をかすめる。曖昧な記憶のなかに、薄い不信の影がゆっくりと形を取る。

 

「……ちょ、ちょっと待って。私が貴方たちの妹さんの生まれ変わりだなんて、そんな……ないと思う、よ……?」

 

 戸惑いを隠せぬまま告げた言葉は、だが、彼らの耳に届くや否や、勢いよくかき消された。

 

「そんなはずない! 貴方は俺たちの妹だ。間違いなんて、あるわけない!!」

「いや、でも……!」

 

 佰乃の反論は、必死な声に飲み込まれ、薄い夜気へと散っていった。


 声の強さ。その目に宿る必死さ。

 すべてが、信仰にも近い執着を帯びていて――。


 佰乃の胸の奥で、嫌な予感がじわりと形を成し始めていた。


「だって、僕、感じたんだ!」

 

 小柄な青年――ユーリアが、自分の胸元をぎゅっと掴みながら、震えるほどの熱を込めて言い放つ。

 

「君を見た瞬間、心の奥がドクンって鳴ったんだ! 止まらなくて……ずっと、ずっとドキドキして……!」

 

 その訴えを、三白眼の青年が淡々と補足する。

 

「……我々の中で魂の波長を感じ取れるのは、この末弟・ユーリアだけだ。ゆえに、彼の感覚を頼りにここまで来た」

 

 真っ直ぐすぎる視線で訴えられ、佰乃はほんの一瞬だけ息を呑んだ。その目はまるで、真夜中の空に浮かぶ星のように透明だった。

 

「……でも、それって――」

 

 言い淀み、唇が迷う。けれど、このまま流されるのも癪で、何より自分が納得できなかった。

 慎重に、ほんの少しだけからかうような、けれどどこか勇気を振り絞るような声音で、佰乃は告げた。

 

「それって……別の意味、なんじゃない?」

 

「……え?」


 7人の青年たちが一斉にぽかんと口を開ける。

 あまりに素直で、あまりに「分かっていない」その表情は、まるで首をかしげる鳥のようだった。

 

(あ……ほんとに、カラスっぽい目だな……)

 

 佰乃は心の中でそっと苦笑しながら、視線を落とす。頬にわずかな熱が上る。恥ずかしい。けれど、言わなければ始まらない。

 深呼吸一つ。そして、ふっと顔を上げ、上目遣いで7人の瞳を順に見つめた。

 その仕草は挑発でも冗談でもなく、ただひとつの可能性を確かめるための意志だった。

 もし彼らが生前は人間だったのなら、この感情を知らないはずがない。

 

「――そのドキドキって……」

「……僕たちの妹だった魂だから、じゃなくて……」

 

 少しだけ唇が震える。

 けれど、勇気を振り絞って、佰乃ははっきりと言った。

 

「――普通に、()()()()()()()()()()……そういう意味なんじゃないの?」

 

 ぽつりと落とした佰乃の言葉が、夜気の中で波紋のように広がる。

 沈黙。

 圧が変わるほどの沈黙。

 

 ――ごくり、と誰かの喉が鳴った音が、やけに大きく響いた。

 

「え……」

「…………」

 

「……………え゛っ!?」

 

 7人の表情が、凍りついたように動かない。

 理解が追いつかず、しかし衝撃だけが走り抜けた──そんな顔だった。



 ┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈

 

 

「人探し……つってもなぁ……」

 

 靴裏が砂利を捻る鈍い音とともに、天人(あまひと)気怠(きだる)げに歩みを進めていた。

 ここ3時間ほど、ひたすら靁封(らいふう)神社の町域を歩き回っている。

 町と言いながら、その面積は馬鹿みたいに広い。普通に歩けば半日はかかるだろうという規模だ。しかも今は、やっと半分を踏破したところ。

 

 今回の作戦は単純だった。

 

 ――カラスの兄弟たちが探している()を先に見つければいい。

 そうすれば交渉の糸口になる。戦闘(せんとう)を避けるには、それが最も手っ取り早い。

 

 作戦決定後、目を覚ましたハルにも共有した。絶対に反対されると天人は覚悟していた。あいつなら「そんな悠長なことしてる暇あるか、佰乃を救うのが先だろ!」と噛みつくと思ったのだ。

 だが、意外にも――ハルはすんなり頷いた。

 その拍子抜けするほどの素直さに、むしろ天人は一瞬反応が遅れたが……まあ、話が早く済むならそれでいい。

 

 こうして、天人とハルは妹の捜索へ。

 

 舞子(まいこ)は、途中で途切れてしまった佰乃との通信の再接続に専念することになった。

 本来ならずっと通話を繋ぎっぱなしにしておけばよかったのだが、佰乃が長時間眠ったか意識を失った影響で、デバイス同士が一度切断されてしまったのだ。

 

 そして今――靁封町南地区、学校周辺の捜索をようやく終えたところだ。

 手掛かりは、何もない。

 

「源郎の情報によると、妹は幽霊になって今も彷徨(さまよ)ってるんだって?」

「あー、云ってたねー」

「云ってたねーじゃねぇよ……お前、本当に探す気あんのか……」

「………」

「いや、無視かよ……」

 

 天人は大きく息をつき、肩をすくめた。

 ま、いい。

 こいつは昔から、こういう調子のやつだ。


 最近になって距離が縮まって、ようやく少しは打ち解けてきた――そう思ったのは、どうやら俺の幻想だったらしい。こいつは相変わらず、何一つ変わりやしない。誰にも縛られず、誰にも寄りかからない、どうしようもなく自由なやつだ。依存されるよりはマシだが、自由すぎるのも、それはそれで扱いづらい。

 

 天人とハルは角を曲がり、目の前に信号が現れた。

 この信号を渡れば、北区に入る。探索範囲は広いが――それでも、手掛かりがあるのは向こう側だ。

 

 源郎は言っていた。

 

 ――妹が霊となって彷徨っていると。

 

 ならば、妖力を持つ自分たちなら、その姿を見つけられるはずだ。

 

 ――早く見つけないと。

 

 焦燥(しょうそう)が胸を押し上げ、天人の歩幅は自然と広くなる。視界が研ぎ澄まされ、道の向こう、塀の奥、闇の隙間まで注意が伸びていく。

 

 その瞬間――ズキリ、と後頭部に鋭い痛みが走った。

 

「っ……」

 

 天人は足を止め、片手で頭を押さえた。痛みは刃のように鋭かったが、一瞬で引く。跡形もなく消えたその痛みに、逆に不気味さが残った。

 

 ハルが立ち止まり、振り返る。

 

「どしたぁ……? …………――妖力、使った?」

 

 相変わらず察しがいいやつだ。

 

「まあ……な」

 

 天人は痛みを振り払うように頭を振り、再び歩き出した。


 ――見つけた。

 

 道を少しそれて住宅街へ入ったところ。街灯の淡い光の下、不自然な()()が確かにあった。

 

 そして、視界の向こう――そこにいた。

 ()()()()()()()()()()()が。

 

 古びて()びついた鳥籠を頭にかぶせたまま、地面にしゃがみ込んでいる。長く、伸びすぎた前髪がぼそりと垂れ下がり、視界は完全に覆われていた。その髪は、夜の闇よりもなお濃い漆黒。地面に触れそうなほど長く、ゆらりと風に揺れるたび、陰が深まる。前髪の隙間――かすかに覗く瞳だけが異様だった。


 赤い。

 血の色ではなく、澄んだ紅玉のような、美しくも不気味な赤。

 

 彼女は青く色褪せたワンピースを着ており、両手には解けかけた包帯が巻かれている。

 そして、右手には――壊れた手錠がぶらりと揺れていた。カラン、と小さく金属音が鳴る。その音は、夜気の中でやけに鮮明に響いた。


 一見すれば、決して姫とは見えない。

 鳥籠(とりかご)を被り、包帯を巻き、壊れた手錠を下げたその姿は、あまりにも痛ましくて、あまりにも脆い。

 

 けれど――それでも分かった。

 紛れもなく、あのカラス兄弟が探し続けていた妹だ、と。


「あの……カラスさん……。貴方は……私の、お兄さんですか……?」

 

 少女が震える声でそう問いかけた瞬間、天人は息を飲んだ。

 歩くたび、頭上で鳥籠がカランと鳴り、赤い瞳が怯えた子鹿のように揺れる。彼女は、通りすがる本物のカラスたちに小さく声をかけては、「チッ」「ジャマ」と邪険にされ、肩をすぼめてまた歩き続けていたのだ。

 幽霊になってなお、兄を探し続けて。

 その健気さに、胸が痛んだ。

 

 天人が立ち止まっている横で、ハルは迷いなく少女の前にしゃがみ込む。突然近づかれた少女はびくりと身体を震わせ、丸い瞳をさらに見開いた。

 

「ねぇ、君が探してるのって――七人のお兄さんでしょう?」

「……あ、あの……貴方は……?」

 

「ハル。でも覚えなくていいよ。どうせすぐ消えるから」

「……き、消え……?」

 

()(かく)ね、君を見つけたから。ハル達は、お兄さんのところに行かないと。

ね? 天人」

 

 くるりと振り向いたハルの笑顔は、無邪気なくらい明るかった。その光に押されるように、天人は静かに頷く。

 

「行こう。君のお兄さんたちが――君を、待ってる」

 

 少女は震える瞳でふたりを見つめた。その目は、長く探していた宝物を急に奪われかけた子どものように、不安と期待と戸惑いが入り混じっている。


 

「……私を……待ってる……?」


 

 その呟きは、呼吸よりも弱く、祈りのように小さかった。

ご感想等お待ちしております☺︎

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