とある地方都市に住む一家・鴫嶋家。その家族に迎え入れられる一人の少女とその家族、周りの人たちの群青劇。
プロローグその①・過去編
鴫嶋彰・影山結花、2人の出会い
冷たい風が足元を抜ける。頭上はどんよりした雲が広がる。冬に季節が切り変わって少しした頃、独り昼下がりの公園を彷徨っている。公園に人気は無かった。平日の昼前だ、この時間帯は静かだった。
今日は風が強い、冬用の学生服だけではさすがに寒かった。マフラーや上着を持って来なかったのを後悔する。
だが、学園や家に帰る事はしたく無かった、どちらにも居場所なんてない。
ベンチに座り街をぼんやりと眺める。
学園では孤独な日々、家に帰れば食事と就寝する時間以外はすべて習い事や勉強時間に埋め尽くされている。
「私たちは結花の将来を考えているのよ?今頑張らないと立派な大人になれないわよ」
「そうだ結花、勉強が出来なくてもお前は容姿がいい。家事を完璧に出来ていれば嫁いで欲しいと思う男は引く手あまただぞ。心配するな」
と、笑みを浮かべる両親の顔は言葉とは裏腹になにか違うものを期待している気がした。
もう嫌だ。こんなに頑張って何になるの?両親が出来なかった事を叶えてほしいだけでしょう?
私は親の道具じゃない・・・二人の操り人形でもないっ!二人の為に生きてる訳じゃない!!!・・・そう、直接言えたらいいのに。いつも心の中で叫んでいた。
しかし、特にやりたいことなど思い浮かばないし、気が弱くて意見が言えない自分が嫌になる。
成績は上がらない、習い事も上達しない。こんな自分を両親は早く見限ればいいのに、しかし私は一人っ子だ。
このままじゃあ私が私じゃなくなる、本気でそう思った。
そして今、逃げてきた結果が今の現状だった。
無断で学校を抜ける訳にはいかないと思い、体調不良という体で早退したが、行く先なんて思い浮かばない。漫画喫茶に泊まろうにも、生憎お金を持ち合わせていない。スマホで決済アプリを取ればいいが操作が複雑なスマホは、ほぼ電話機能しか使っていない無用の長物だった。ため息が白く横に流れていく。
思考がぐるぐる回ってどうすればいいか分からない。誰か・・・救い出してほしい。
その時、隣に誰か座って来た。ちらりと横を見ると男の人の様だ。無精ひげにボサボサの髪、私より年上だろうか。くたびれたジャージにダウンジャケットを羽織っている。
煙草を片手に息を吐いている。煙草臭に顔をしかめる、立ち上がろうとした時、男が話しかけてきた。
「そのセーラー服、鵠ノ宮女子学園の制服か?」
男がちらりと視線だけ向け、聞いたきた。白を基調に淡い水色の襟ラインのセーラー服だった。
答えるべきか、何も言わず立ち去るか、少しだけ悩む。いや、どうせ行く先なんかない。気がまぎれるならなんでもいいかと思いなおした。
「そうです・・・関係者ですか?」
「んなわけねぇよ。ネットで見たことがあるだけだ。なんでこの時間に此処に居んだ?学園はどうした?」
「・・・体調不良で、早退しました」
「お前、それ嘘だろ。体調が悪い奴が一時間以上こんな寒い日に公園で呆けている訳ねぇ」
どこかで見ていたのだろうか、もしかしてずっと見てた?危険を感じ身を固くする、男は続けて喋り続ける。
「勘違いすんなよ、一時間前に通り掛けに姿を見ただけだ。そして今見掛けたから声を掛けたって訳だ、ほんとにずっと此処に居たのか?」
「・・・・・そうです。行く当てなくて」
「ふーん、なるほどな・・・よしっ、行くぞ。来いよ」
男は立ち上がり煙草を捨て、私の腕を掴むと歩き出した。勢いに転びそうなるが必死に足を動かしながら着いていく。
「あの!どっ、どこに行くんですか?」
「バーガー屋、腹減ったからな」
ばーがーや?ハンバーグ屋さんだろうか、外食なんて初めてだ。私の手を引き歩く、名前も知らない男の背中を見ながら、着いて行って大丈夫だろうか、いや抵抗してでも逃げるべきか。大声でも出せば誰か助けてくれるのではないかという焦燥感に囚われる、いや、私はいつも考えすぎる、もうやめたい、心の隅に、僅かにある好奇心をに従ってみることにした。何かが変わるかも。
ほどなくして店に着いたようだ。男が「着いたぞ」と言って足を止めた。
其処は知らない人はいないだろう全国チェーン展開しているハンバーガー屋さんだった。行った事もないし、食べた事もないが名前ぐらいは知っていた。でも・・・お金が、男は店内に入っていこうとしていた。
「あ、あのっ!」男が振り返る。
「私、今お金持ってないです」
「構やしねぇ、おごってやるよ」
カウンターに行き、男が好きなものを言えと言った。写真にはハンバーガーが映っている。それまで意識していなかったが空腹だったことに気付いた。密かに憧れていたものを食べられる日が来るんて、どれもとても美味しそうだ・・・
「おい、お前・・・よだれ」
( ゜д゜)ハッ! 男の指摘に顎までよだれが垂れている事に気付く。店員さんにも見られた。顔が熱くなる。
ハンカチでよだれを拭きながら指をさす。恥ずかしさからどれを指差したかよく見ていなかったが男性は「分かった。座っといてくれ」と言っている。
店内は7割ほど埋まっていた。そのなかの空いてる席に座る。窓の外ではたくさんの人が歩いている。
ちょうど昼の時間だから皆、ランチタイムといった所だろうか。平日のお昼の時間にバーガー店に居る、この事実にまだ少し、夢を見ている気分になる。男の方に視線を向けるとまだカウンターで待っているようだった。出来るのに時間が掛かるのかな?あの男はなぜ私に声を掛けたのか、ナンパ目的の可能性が大きいが、男性の恰好は遠目から見ても正直だらしない姿だった。あの身なりでナンパをしている、ということは無いだろう。不思議だ。ついて行っている私も大概危機感に欠けていると思うが、今の状況を忘れられるなら何でもいい、取り合えず、お腹が空いている。何が来るのだろう。
男性が両手に取れーを持ち席に座る。私の前に置かれたトレーには、大きな包みのハンバーガーと山盛りポテト、ドリンクが乗っていた。その大きさに驚愕する。た、食べきれるかな・・・私。男性は私のより小ぶりなハンバーガーの包を開けながら可笑しそうに言った。
「案外よく食べるんだな。こういう店初めてだろ?」
「み、見てないんです!何を差したか分かってなくて・・・それに、初めて食べます」
「だろうな。メニュー見てよだれ垂らす奴なんて初めて見たよ。それと、何が食いたかったのか分からんでな、適当に注文した」
「ええっ!さっき分かったって言ってたような?」
「ああ、あれは嘘だ。さっさと食えよ。冷めるぞ」
「・・・あの、た、食べる前にあなたの名前を教えていただけないでしょうか」
「名前?別にいいだろそんなの」
「でも・・・」「いいから!喰え!」男性は強めに言うとハンバーガーを食べ進める。
私も食べることにした。冷めちゃったら勿体ないし、包を開くと分厚いパンの間に3枚の薄いハンバーグ状のお肉?とレタス、トマト、ちっちゃいっキュウリみたいなのが見える。それぞれ層の間にソースも見えるが何のソースか分からない。意を決して一口かじる。大きすぎて側面の半分しか口に入らなかったが、その瞬間私の中に衝撃が走る。まず最初に今までに経験のない強烈な濃い味が口の中に広がり、噛みしめるごとに肉の味とソースや野菜、パンが混じっていくと絶妙な旨味に変わっていく。再び衝撃が走る、こんな刺激的な味は今まで味わった事がない。夢中になり続けて頬張っているとポテトが目に入る。1つ摘み口に運ぶとホクホクな食感に程よい塩味、これもまた癖になる味だった。喉が詰まって来たのでドリンクを手に取ると男性が中身は某黒い炭酸ジュースだと教えてくれる。初めて飲むが、甘い炭酸でバーガーとポテトを胃に流し込む快感にも衝撃を受ける。こんな旨い食べ物がこの世にあったなんて!
気が付くと目の前のトレーは空になっていた。
完食してしまった、まさか食べれるなんて・・・だがお腹がはち切れそうだ。
男性が驚いている。
「まさか全部食っちまうなんて、すごいな。お前」
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「あ、ああ、だろうな。良くわかるよ。俺も初めて食べた時・・・よし!次行くぞ」
何か言いかけた男性は席を立つと歩き出す。再び追いかける私。
「今度はどこへ?」
「行けば分かるよ」
問いかける私に笑って答える姿に警戒心はほとんど無くなっていた。
着いた先はゲームセンターだった。中に入ると大きな音と沢山の機械が置いてある。ゲームなんか触らせてもらえなかったので新鮮だった。男性はその中の1つを一緒にやろうと言ってきた。
言われるがままゲームプレイするが当然上手く出来るはずも無かったが、男性は怒ることなくプレイに付き合ってくれた。一通り遊び終えると、最後にプリクラと言われるらしい機械で写真を撮った。
二つに分け、渡される。ぎこちない笑顔の2人がそこには写っていた。
最後にカラオケに行こうという。勿論初めてのカラオケも目一杯楽しむ。
カラオケ店を出る事には外はもう暗くなっていた。楽しい事続きでテンションが上がっていた私は男性に次は何処に行くか聞くまでには相手を信用していたし、もしかしたら体を求められる事も覚悟していた。
何かを返せって言われたらそれしか返せないから。しかし、男性は切なそうな顔をする。
「付き合わせて悪かった。もう帰れ。楽しい思い出をありがとう。これ、タクシー代な。乗り方くらいは、分かるだろ?」
背を向る男の人。これでお別れ?結局名前も聞いてない。貴方は誰なの?
私は一番気になっている事を問いかける。
「なんで、私を・・・その、連れて行ったの?」
その問いに足を止めるその人は、振り向いてくれる。
「・・・俺は学生時代、よく学校を休んで公園で時間を潰していたんだ。金も無かったし、お金がいる場所には行けなかった。家にも帰りたくなかった。何時間も公園に居たよ。君を見た時、自分と重ねてしまった。君も同じだなんて失礼な考えをしてしまった。強引だったと思う、申し訳ない。君がすぐにでも嫌がる素振りを見せれば関わらないつもりだった。本当だ、でも君は、楽しんでいたようだから俺も調子に乗ってしまった。でも、君が付き合ってくれたおかげで最後にやり残したことが出来た。俺の事は忘れろ、じゃあな。・・・とっ、そうだ、人生の先輩として言っとく。本当に嫌な事はその時に相手に伝えた方がいい。君ならできるよ、我慢で済ませるのは、やめとけ」
その告白に衝撃を受ける。この人も同じだったの?居場所が無かったのはこの人も同じ・・・最後ってどういう意味だろう。
「待って!せめて名前をー」その時、着信音が鳴り響く。私のスマホだった。
「多分親が心配してるんだろう。電話に出た方がいい」
「後でいい!貴方の事を教えてよ!」
瞬間、その人は素早く私のスマホを奪うと通話に切り替え、私の手に握らせると一瞬頭に手を乗せ走って夜の街に消えてしまった。スマホから母の声が響いている。耳に当てる。
「はい・・・」
「結花!?やっと繋がった!今どこに居るの!?あんたねぇなんで学校を早退したのよ!ちゃんと授業を受けないと推薦なんか取れないわよ!あんたが行く大学の偏差値は高いんだから頑張らないといけないでしょう?家にも帰らないでピアノの先生と茶道の先生があんたが来ないって私に文句言ってきたのよ!私が謝ったのよ!恥かかせないでよ。休むならあんたから連絡しなーー」
私はスマホを投げ捨てた。側溝の水に沈んでいくスマホ。あんなものもういらない、視界が滲んでくる、自分の娘すら心配しない人の元になんか帰りたくない。
さっきまでの楽しかった出来事を思い出す。あの人と一緒に居たい、私を救い出してくれるのはあの人しかいない!
何処に行ったのだろう?名前も住んでる場所も知らない。一途の望みをかけ、懸命に夜の街を探した。こんなに走ったのは初めてだ、足が痛い。ローファーで走っているせいで靴擦れになり血が滲んでいるが弱音を吐いている場合じゃない。
もう長い時間探していたいる、時計は10時に近づこうとしていた。でも、あの人は見つからなかった。さすがに限界だった、歩道に座り込む。もう会えないかもしれない、諦めかけた時、ふと、とある言葉が頭をよぎった。
「最後にやり残したこと」まさか・・・不運か奇跡か、道路の反対側にはこの街で一番高いビルがある。
私は走って道路を横切る。足の痛みなんか気にしてられない、轢かれそうになりながらビルの合間を通り裏手に回る。外階段の入り口は施錠されているが、二階部分からは階段に行けるだけの隙間があった。脚立がその部分まで立て掛けてある。あの人かもしれない、直感を信じて脚立を上る。高い所は怖いが階段を駆け上がる。。屋上に着くと、月の光に照らされた、あの人の後ろ姿がビルの端にゆっくり歩いている所だった。
ダメ!だめだめだめっ!
「だめーーーーーーっ!!!」
駆け寄り
「えっ!お、お前!どうして此処に」
「逝かないで!私を独りにしないでよ!私に関わったなら最後まで見捨てないでよ!私に・・・また、楽しい事を教えてよ・・・お願い・・・」
とめどなく涙が溢れる。この人と別れたくなかった。少し間おいて私の腕に手が重ねられる。
「・・・もしかしてだが、俺を探してくれたのか?」
「・・・・・・はい」
「そっか・・・鴫嶋、彰って言うんだ。あんたは?」
「影山、結花」
「結花か、いい名前だな」
彰さんは私の腕を優しく解くと私に向き直った。
「ありがとう。こんな俺を探してくれて。分かった、死ぬことを考えるのは辞めるよ」
その言葉を聞いた時、初めて報われた気がした。安心したのか、疲労が限界を迎えたのか、腰が抜ける私を彰さんが優しく抱きとめる。
「親とは、話したのか?」
「もういんです。親の元には帰らないつもりです。どんなに非難されても私は貴方と共に生きたいんです。この選択を後悔なんてしません」
「・・・分かった。俺のアパートで良かったら一緒に帰ろう」
「はい、そう・・・した・・・い、でー」
そうしたいです。といい終える前に私は意識を失ってしまった。
次に目覚めたのは彰さんの部屋だった。その日から同棲生活が幕を開けた。
ご覧いただきありがとうございます。次回は鴫嶋家の日常回の予定です。
是非感想を書いて貰えたら嬉しいです。どんな感想でも創作の励みになります。




